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第四章 期待の新人 7

 ギルドから出たトーアは、今日こそエレハーレ観光をしようと『冒険者横丁』へ向かって歩き出す。途中でロータリーにある駅馬車の発着場の前を通りかかり、足を止めた。


――そういえば、駅馬車の出発が遅れるとか議論していたっけ?


 ベルガルムが言っていたことを思い出して、トーアは発着場を覗く。発着場は、ウィアッドの中心にあった広場と同じように馬車が方向転換できるようなスペースがあり、馬が引いていない馬車が幾つも並べられ、少し離れた所から馬のいななきが聞こえてきた。

 スペースのすぐ傍には待合室のような一部の壁が取り払われた建物があり、中にはベンチがいくつも並べられていた。壁には夕凪の宿に貼られていた運行予定のカレンダーが同じように貼られており、他に延期を説明するようなものはなかった。


「嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「あ、ゴブリンが現れて駅馬車の運行が遅れるって聞いていたので、どうなったのか確認に来たんですけど……」


 入り口から顔を覗かせた男に尋ねられる。男性はつなぎのような服装でズボンの部分には干草がついており、手にはピッチフォークが握られていた。駅馬車で使う馬の面倒を見る仕事をしていそうだとトーアは思い、来た理由を話した。


「ああ。すでにゴブリンは討伐されたし、いつも通り出発すると今朝決まったよ」

「そうですか……わかりました」


 男の説明にトーアはほっとする。

 今日は七の月 十六の日。駅馬車がウィアッドの方向へ出発するのは、三日後の十九の日になる。

 男に礼を言ってトーアは駅馬車の待合所を後にした。

 今度こそ、トーアは『冒険者横丁』に向かい、フクロナガサを直すため店を探した時と同じように建ち並ぶ店のショーウィンドウを眺めながらゆっくりと歩く。

 だが今は特に必要な物はなかった。採取や採掘に必要な道具は見かけたが、異界迷宮に行くのは我慢している為、無理に購入することはなかった。

 旅の時に食べる保存食も、ウィアッドを旅立つ時にもらったものがチェストゲート内に保存してあるため買い足す必要もなかった。


――前に見て回ったけど、やっぱり見るだけでも楽しいし……。


 商店のショーウィンドウを眺めながら『鍛冶屋小道』に差し掛かり、月下の鍛冶屋で出発の挨拶を済ませておこうとトーアは、『冒険者横丁』を曲がり、月下の鍛冶屋に向かって歩いて行く。


「こんにちは」

「あ、と、トーア?大丈夫だったのか?」

「大丈夫って?何が?」


 カウンターに立っていたトラースが店内に入ったトーアの顔を見た途端、慌ててカウンターから出てくる。

 トラースの言葉にトーアは首をかしげた。


「あの……ゴブリン討伐に参加して、ほとんどのゴブリンをなます斬りにした黒髪三つ編みの少女ってトーアの事かなって」

「…………多分、私の事だと思うよ……」


 ゴブリンをなます斬りという噂にトーアは頭を押さえる。

 一体何が、どうなればなます斬りという噂が出てくるのか、昨日のパーティ勧誘の男も妙な事を言っていたのを思い出し、なぜそんな事になっているのかトーアは想像できなかった。

 今は、とりあえずトラースの誤解を解くべきだろうと顔を上げる。


「トラース、噂は忘れて。いい?」

「あ……うん」


 トラースの肩に手を置いて、目を見て微笑みながらトーアが言うとトラースは首を何度も縦に振った。


「ほかの冒険者と協力して討伐したんだから、私だけが戦った訳じゃないよ」

「そ、そうだよね……」

「トーアじゃないか。ゴブリン討伐に参加したって聞いたけど大丈夫だったかい?」

「あー……」


 出て来たカンナの言葉にトーアは噂が広がってる事を理解した。その後、月下の鍛冶屋の面々にトーアは噂のほとんどは誤解である事を説明する。

 ついでに昼食をいただく事になり、トーアはカンナの昼食を作る手伝いをした。


「ふーん、トーアも大変だねぇ」

「フォールティさん、人ごとですよね……」

「まぁね」


 茹でたパスタにひき肉とトマトを使ったソースをかけた昼食を食べながら、フォールティが呟いた言葉にトーアはため息をつく。楽しげにフォールティは笑いながら、おかわりを自ら皿に盛っていた。

 ギルド付についても説明したので誤解は解けたようだった。

 誤解が解けたことにほっとしつつ、ほとんどパンが主食と思っていたためパスタがある事にトーアは少し驚いていた。


――うーん、乾燥パスタは確か保存食だったっけ……?断面が四角いのはキタッラって名前だったような……。


 少し太めのパスタにホワイトカウの牛骨から煮出したスープをベースにしたボロネーゼを絡めているため、お腹にたまるがつんとした一品になっている。


「まぁ、無事でなによりだよ」

「はい。打たせてもらった剣で、討伐に貢献できたと思います」


 カンナの言葉にトーアは笑みを浮かべた。


「今日はどうしたんだ?」

「あ、今日は次の駅馬車でウィアッドに出発する予定なので挨拶に来ました」

「え……トーア、エレハーレから出てくの?」


 パスタを口に運んでいたフォールティが残念そうな声を上げて、イデルは口を開けて眉を寄せていた。ミデールも残念そうに視線を向けていた。


「もともと別の用事でエレハーレに滞在していたんで……」

「そうか……もう一度くらい、剣を打つ所を見ておきたかったが」

「すみません……」

「いや、事情があるのなら仕方がない」


 ガルドは珍しく残念そうに視線を落とした。


「……って事は、トーアの昼飯もこれで食い収めか……」

「しっかり食べて堪能しておこうっと……」


 イデルとフォールティの言葉に、ミデールとトラースは頷き味わうようにして口を動かしていた。


「トーアからソースを作るときのコツは教えてもらったから、そんなに残念そうにするんじゃないよ」

「おおー、トーアは太っ腹だな!」

「はははは……」


 カンナの言葉にイデルは喝采を上げて、トーアは乾いた笑いをもらす。カンナの生産系アビリティ【調理】のレベルがどれほどかわからないため、高レベルでスキルの補正が大量にかかっているトーアと同じ味になるか保証できなかった。

 昼食を終えてトーアはカンナとともに食器を片付けると、エレハーレの観光に戻ることにした。


「トーア、出発する前日にでももう一度顔を出してくれ」

「あ、はい。わかりました」


 店を出る時にガルドにそういわれたトーアは不思議に思いながら頷いた。


 その後、トーアは冒険者横丁をゆっくりと歩きながら店を見て回り、日が暮れる頃に夕凪の宿へと戻った。

 酒場は朝の惨状から回復しており、吐瀉物も片付けられていた。常連客たちはまた酒を飲んでおり、どういう身体してるんだろうとトーアは呆れた。

 ベルガルムもカウンターに出てきており、トーアの顔を見ると笑みを浮かべる。


「お、トーアか。ギルドに呼び出しをうけたんだって?」

「朝にね。ギルド付の話だったけど、断ってきたよ」

「どんな顔をしてた?」

「半金貨一枚を宴会に使ったって聞いてびっくりしてたよ」

「がはは!そうだろうよ!」


 大笑いするベルガルムからトーアは鍵を受け取って夕食を頼んだ。

 夕食を済ませた後は日課の柔軟と型の確認、湯浴みを済ませて日記を書き、トーアは眠りに付いた。




 翌朝もトーアは、エレハーレの観光に街に出ていた。

 エレハーレの商店が並ぶ『エレハーレ商店街』をトーアは歩いて行く。入り口近くにある『マクトラル商会』は、今日も人が多く入っているようだった。

 エレハーレ商店街は、昨日の冒険者横丁と異なり、日用品を扱う店や食材などを扱う店が並んでいた。


――野営にも普通にも使えるような深めのフライパンを探そうかな。


 建ち並ぶ店をゆっくりと見て回りながらトーアは、食器や調理器具を扱う店を見つけた。

 店内には様々な種類の鍋が並んでおり、色々と見比べながら使い勝手の良さそうな物を探す。

 散々迷ったトーアは、鍛造の鉄製フライパンを選ぶ。柄はやや長く作りは深めの物にした。

 吊り下げるような取っ手はないため、野営に使うには不便かとトーアは思ったが、一目見て気に入り、手に馴染む形にほれ込んで購入を決めた。


「……調理アビリティ持ちの人が武器に使ってるのを見たなぁ」


 コックコートを着込んで、片手に牛刀、片手に長柄フライパンという戦闘スタイルで戦っていたプレイヤーを思い出し、トーアは小さく笑った。

 そのプレイヤーの長柄フライパンを作ったわけではないが、生産系アビリティ【刻印】により、火がなくてもフライパンが熱せられるものだった。


「魔導石があれば作れる……かな?」


 レシピを思い出したトーアは、この世界の魔導石の入手方法がCWOと同じとは限らないかと考え直した。

 道具もないし今はいいかとフライパンの改造は先送りする事にし、フライパンと木製のヘラも購入し、店を出る。ずしりと重たいフライパンは鞄に入れる振りをして、チェストゲートに収納した。

 ロータリー周辺まで戻り、オープンカフェで昼食を済ませたトーアはそのまま、ロータリーを走る馬車や、行き交う人々を眺めてすごした。


――はぁ……久しぶりにゆっくりしたような気がする。


 異世界に来てからは大きな熊と戦い、ゴブリンと戦って妬まれてと、息つく暇がない生活だったとトーアは思い返しながら、小さく息を吐いた。

 この後も、何事も起こらなければいいなとトーアは思いながら、少しだけ早く夕凪の宿へと戻った。


 夕凪の宿の酒場に入るとカウンターに立つベルガルムは険しい表情で腕を組んで立っていた。

 もともと強面のベルガルムがそのような表情をしているのは非常に恐ろしい。店内の客達もベルガルムの雰囲気に圧されてか、声を潜めて話をしている。


「……トーアか。客が来てるぞ」

「客?」


 ベルガルムが腕を組んだまま指差した方向には、テーブルに座ったライトブルーの髪をポニーテールに纏めた少女、フィオーネ・マクトラルが森で出会った時のようなしっかりとした装備で座っていた。

 フィオンはトーアに気が付くと席を立ち、トーアが立つカウンターの近くに近づいてくる。


「フィオン、どうしたの?」

「あの……トーアちゃん、あのね……」


 ぐっと唇を一文字に結び、視線を彷徨わせるフィオンの態度をトーアは不思議に思い、首をかしげる。

 もう一度、声をかけようととトーアが口を開いた瞬間、フィオンはいきなり膝をついて、床に頭をぶつけるほど下げた。

 いわゆる土下座と言うものをいきなりされたトーアは呆気にとられる。


「へ……!?」

「わ、私をトーアちゃんの弟子にして下さい!!」


 ライトブルーの髪が床につくのも気にせずにフィオンはそのままの姿勢で、声を張り上げる。

 突然の事にトーアは声を漏らし、助けを求めてカウンターに立つベルガルムや他のテーブルで酒や食事をしていた客達に視線を向けるが、全員がさっと視線を逸らした。


――え……いやいや……ど、ど、どうしよう。


 トーアとフィオン以外は微妙に肩を震わせている事に、あの妙な雰囲気は必死に笑いを堪えていたからだとトーアは気が付いて、怒りを通りこして途方に暮れそうになった。

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