第四章 期待の新人 6
店の中の視線が言葉を発した男に集まる。店の奥のほうで酒を静かに飲んでいた一団の一人でトーアも声の主を確かめる。店内の視線を集めたのは僅かに見覚えのある男だった。
周りに座る男達も含めてトーアがゴブリン討伐時に、包囲から助け出したパーティだと思い出した。
静まり返り緊張感を漂わせ殺気立つ店内の様子から男はトーアを罵ったのだとわかる。だが、まぐれはわかるとしても“ギルド付”という名称がわからず、いまいちどう罵られたのかまではトーアにはわからなかった。
視線の集まるテーブルを視界の端に捉えつつ、トーアはベルガルムを手招きする。トーアの手招きに気が付いたベルガルムは顔を近づけた。
「……あの、ギルド付ってなに?」
「……ああ……わかんねぇのか……どおりで無反応だと思ったぜ……」
トーアの質問に毒気を抜かれたのか、ベルガルムから滲み出ていた殺気とも怒気とも取れる気配が霧散する。
隣のパーティ勧誘をした男も、目を疑うかのように目頭を揉んでいた。
的外れな質問だっただろうかと、ギルド付についてもう一度思い出そうとしたが、『期待の新人』の噂に出てきたのが初めてで、流し読みしたギルドの用語集にも記載はなかったはずだった。トーアは視線をベルガルムに向けて解説を待つ。
「あ~……ギルド付ってのは略した呼び方でな正しいのは『ギルド付属特命探索者』って言うんだ。主な仕事は凶悪な魔物・魔獣の討伐、未開の場所や新しい迷宮などの初期探索を行うのがほとんどだ。普通の冒険者に比べて人の手がまったく入っていない未知の場所に行くことが多く、危険はもちろん相応に高い。だがその分、富、名声なんかは普通の冒険者よりも遥かに稼ぐ事が出来る。引退してもその経験を買われてギルド長に就任する場合もあるって話だ」
「そんなにすごいものなの?」
「ああ。ギルドからのスカウトでしか就く事が出来ないギルドの役職と思ったほうがいい。探索者って名称が付いているが、ほとんどギルド専属で冒険者をするようなもんだ。ギルドの規約にも書かれていないしな。まぁ……富、名声は思うがままだが、どんなに危険でもギルドの命令に従わなきゃならん」
「……普通の冒険者よりもギルドに拘束されてる感じがする」
「確かにそうだな。普通の冒険者は、クエストをするしないは判断含めて自己責任だ。まぁ、指名依頼や強制依頼はあるがあれらは例外だがな。あとはギルドからのスカウトって言ったが、ほとんどギルド長の独断に近い部分がある。あいつから半金貨を受け取ったか?」
「……受け取った」
あいつと言われ、トーアは頷きながらギルド長の薄ら寒い笑みを思い出した。
“また明日”という言葉と、半金貨一枚は符丁だったのかもしれない。ギルド付になれば好きなように生産が出来る気がまったくしなかった。トーアは思わず国外逃亡まで一瞬で考えを巡らせる。
「そいつは“あなたにギルド付属特命探索者の話をしますよ”っていうギルド長の意思表示だ。後日、ギルドに呼び出しが行われてギルド付になるかどうかの意思確認が行われる」
「ということは、まだギルド付になるかどうかは決まってないって事?」
「ああ。その半金貨はギルド長のポケットマネーから出すってのが通例らしいぜ。それにギルド付が成功を収めれば、採用したギルド長もギルドの中で地位が高くなっていくらしい。まったく、あいつらしい方法だよ」
ベルガルムの言葉にまだ決まった訳でないとわかりほっと息をつく。
ギルド付という面倒くさいものは絶対になりたくないとトーアは思っていた。冒険者としてのエリートコースを歩きたいのではなく、普通に生産して暮らしていきたかった。
明日、ギルドから呼び出しがあればギルド付については断ろうとトーアは決めた。だが、手元にある半金貨一枚はどうすればいいのかわからなかった。
「半金貨ってギルド付になる時や、断る時に何か使うの?」
「受け取った時点でその冒険者のモノだ。自分の武具を買い換えるのも、ぱーっと使うのも、大切に保管するのも自由だ。ただ単にギルド側からの意思表示ってだけだからな。だが、まぁ……断る場合は返すってのが大体らしいぞ。昔には断った上にぱーっと使った野郎もいたらしいがな」
「へぇ……」
ちょっとだけ良い事を聞いたとトーアは頬を吊り上げて笑う。
妙に持上げてきたりと腹黒さが透けて見え、トーアを自身の出世の道具にしようとしたギルド長に意趣返しがしたかった。
ウェストポーチに手を入れて、【チェストゲート】から半金貨を取り出す。トーアはその半金貨をベルガルムの前に差し出した。
「そいつが、件の半金貨か」
「そう。ギルド付が冒険者の出世コースだっていうなら私は……」
トーアは半金貨をベルガルムに向けて指で弾いた。ベルガルムは器用に片手で半金貨を受けとめた。
「……どうすんだ?」
「私はギルド付にはならない。冒険者は自分の命を危険と共に天秤にかけて、名誉を手に入れるものだと思う。だけどそれはギルド付のようなものじゃなくて、自分が思う自由の中で手に入れてこそ、冒険者として名声を得たということなんじゃないかな」
トーアの言葉が静かになった酒場に響く。ベルガルムは頬を吊り上げて笑みを作り、身体を振るわせ始める。
「くっくっくっく……はっはっはっはっは!!そうだな!確かにそうだ!言うじゃねぇか!!」
「それに私は冒険者じゃなくて生産者だしね。そういう気概を持った冒険者の人が、命を預けれるような武具を作ってあげたいんだ」
トーアの言葉に酒場の冒険者が歓声をあげる。トーアの鍛冶の腕を知っている冒険者達は絶叫に近い注文を叫んでいた。
「流石、トーアだぜ!」
「俺はそうだぞ!」
「最高だー!俺に剣を作ってくれー!!」
手を叩き、口をならし、床を踏み鳴らす冒険者達。トーアはその様子に笑みを浮かべた。
一通り歓声が静まった後にベルガルムは笑みを浮かべたまま、半金貨とトーアの顔を見比べる。
「それで俺に半金貨を渡してどうするんだ?」
「酒場に居る自由な冒険者達が飲んで食べてる酒代とつまみ代にして。余った分は私のおごりってことで……夕凪の宿の酒、空にしてみない?」
トーアが笑みのまま、店内の客達に尋ねた。一瞬、店内は静まり返り、歓声で爆発する。トーアは水の入ったコップを手にして掲げる。
「じゃぁ、冒険者の自由に……乾杯!」
『乾杯!!』
酒場の客達は手にしたジョッキを掲げて、トーアの掛け声に応えた。そして、ぞくぞくとジョッキを空にしてトリアにおかわりを注文していた。
トリアは笑みを浮かべながら肩をすくめて、ジョッキやコップを用意し始める。
だがその中でトーアをまぐれと罵ったパーティはテーブルに金を置いて店を出て行った。
「トーアは知っていたのか?」
「何を?」
「断った上に半金貨を使った奴が居たって言っただろう?そいつも『冒険者は自由じゃないと』と笑いながら言ったそうだ」
ベルガルムの話にトーアは同じことを考える人は居るんだなぁと思いつつ、首を横に振った。
「で、そいつは結局、ギルド付にならなくても冒険者のまま、富も名誉も手に入れたって話だ。冒険譚もいくつか残ってるはずだな。トーアも同じように何か逸話を残すのかも知れねぇな」
「は、ははは……」
思わずトーアは乾いた笑いをあげた。
異世界にやってきた理由は思い当たるものの、こちらの世界の神と直接話していないため、正しいかどうかはわからない。
このまま放置されてしまってはかなわないので、エステレア法国まで行ってみる事にする。その前にウィアッドに戻らなければと考え、トーアは酒場の様子を見る。
酒場はすでに戦場のようなありさまで、酒を浴びるように飲む者やいつの間にか、飲み比べを始める者達、それで賭け事を始めたり、野次を飛ばしたりとする者達と、先ほどまでの殺伐した雰囲気が吹き飛び、騒がしくも明るい雰囲気になっていた。
その様子にトーアは自然と笑みを浮かべ、ベルガルムに料理の追加を頼む。追加の料理を食べながら、なぜか肩を組んで歌いだした一団を笑っているうちに夜は更けて行った。
その夜、夕凪の宿の酒場からは明かりが消えることがなく、冒険者達の楽しそうな声がずっと響いていた。
名前を呼ぶ声にトーアは目を覚まして顔を起こした。昨日と言うよりも今日眠ったトーアは久々の夜更かしに欠伸をかみ殺した。酒は飲まなかったものの、ベルガルムの出す様々な料理をたらふく食べて酔った冒険者たちが騒ぐのを眺めていたはずで、いつの間にかカウンターに突っ伏して眠ってしまったらしい。
「ぅ……」
意識がはっきりするに連れて、鼻を突く異臭に鼻と口を手で覆った。またかと思いつつ、声をかけてきたトリアに顔を向けた。
「おはよう、トーア。ギルドの人が来てるわ。たぶん、ギルド付の事だと思うわ」
「あ……はい」
トリアは昨日、早い時間に酒場から帰っていたので、何時も通りてきぱきと仕事をしていた。だが表情はどこか厳しく、ため息混じりに目を覚まし、うめき声を上げる冒険者に水を配膳していた。
酒場はいびきやうめき声が響き、壁際にはだれかの吐瀉物がある。入り口の近くにギルドの制服を着た男性が立っていたがその顔は引きつっていた。
トーアが近づくとほっとした様子をみせる。
「お、おはようございます。リトアリスさん、ギルド長がお話したい事があるのでギルドに来ていただきたいという言伝をお伝えに来ました」
「おはようございます。言伝の件、了解しました。……今起きたばかりなので、身だしなみを整えてからでもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです。では……」
男性は頷くとそそくさと夕凪の宿から出て行った。
一度部屋に戻ったトーアは必要な物をもち、宿の井戸で身だしなみを整える。そして、まだ姿を現さないベルガルムの代わりにトリアに部屋の鍵を預けてギルドへ出発した。
ギルドに到着するとすぐに昨日、クエストの報告を行ったギルド長の居る部屋へと案内され、同じようにギルド長にソファーに座るように促された。
「おはようございます、リトアリスさん」
「おはようございます。お話があると聞いて来ました」
「はい。早速ですが、リトアリスさんをギルド付属特命探索者、通称、ギルド付に任命したいのですが、いかがでしょうか?」
「お断りします」
トーアは悩む様子を見せず、即座に申し出を断る。その様子にギルド長の貼り付けたような笑みが一瞬だけ引きつる。
断ることを想定していなかっただろうかとトーアは笑みを浮かべ、これはこれで意趣返しになってるなと思った。
「……そうですか。それは仕方ありません」
「お話はそれだけでしょうか?」
なんとか動揺を押さえ込んだギルド長にトーアは退室してもいいか遠まわしに確認する。
「ギルド付を断る理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?ギルド付になれば富も名声も思うがままです。それ相応に危険が付きますが、私がしっかりとサポートさせていただきます。ゴブリン討伐で目覚しい結果を残されたリトアリスさんならば、きっと歴史に残るような冒険者になるにちがいありません」
「私は冒険者をしたいわけではありません、生産者になりたいだけです。冒険者は生活するうえで必要なお金を稼ぐ手段でしかないんです」
「せ、生産者?……それだけの腕があるのに……生産者……ですか……?」
「はい。もう退室しても?」
抑えることの出来なかった動揺をギルド長から感じつつ、トーアはストレートに退室してもいいか確認する。これ以上、話を続けてもトーアの気持ちは変わらない事の意思表示でもあった。
ギルド長は小さく頷いたのでトーアはソファーから立ち上がり、部屋の入り口へ向かう。だがギルド長は何かに気が付いたように顔をトーアに向けた。
「もう一つよろしいでしょうか?昨日、お渡しした半金貨一枚はどうされましたか?」
「あれはすでに使って手元に残っていません。ゴブリン討伐の成功を祝って泊まっている宿の酒場で、その場に居た冒険者達を巻き込んで宴会をしたので」
「……えっ……えん……かい……?宴会に……私の……半金貨……一枚」
震える声と完全に引きつった顔を晒して、ギルド長は背もたれへと倒れこんだ。
本当にギルド長のポケットマネーから出てたんだと、トーアは内心、ほくそ笑みながら退室の挨拶を述べてからギルド長の部屋を後にした。