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第四章 期待の新人 5

 ギルドの女性に案内されてトーアは、ギルド長の部屋へと入る。


「こちらへどうぞ、リトアリスさん」

「失礼します」


 ギルド長に促され、トーアはギルド長と向かい合うような位置の椅子に座る。革張りで身体が沈みこむような柔らかさのソファーに高級感を感じた。

 トーアとギルド長から少し離れた所にある机には、ペンを持った男性が座っており、女性のギルド職員が紅茶に似た香りの飲み物を、トーアとギルド長の前のテーブルに置いて退室する。


「彼がリトアリスさんの報告を纏めてくれるので、リトアリスさんは今回のクエストについて話していただければいいです」


 ギルド長の説明に離れた机に座った男性がトーアに軽く会釈をする。トーアは会釈を返し、今回のクエストについて時系列で話していく。

 先走った冒険者を包囲から救出した時の事を話した際に、クラン『蒼竜騎士団』所属、パーティ名『蒼き鱗の一片』がギルド側の“協力して事に当たってほしい”という要請を無視し、突出したことがきっかけで乱戦になった事は他の冒険者からも聞いているとギルド長は話した。

 クラン名やパーティ名についてトーアは色々と思う所があったが、微妙な表情にならないように努め、本人達は真面目にやっているのだから突っ込んじゃいけないとトーアは言葉を飲み込む。


「リトアリスさんは一人、ゴブリンの集団に突撃、『蒼き鱗の一片』の面々を包囲から救出、その後、周囲を囲むまで牽制を続け、リーダー格のゴブリンを一騎打ちで討伐されたと他の方々から聞いています」


 トーアは出来るだけ脚色も誇張もせず、あった事を淡々と報告しただけだったが、戦いぶりについては、他の冒険者から聞いているようだった。


「……たまたまリーダー格と戦う事になり、勝っただけです」

「それで勝つことが出来るのですから、冒険者としてすばらしい事です。……『蒼き鱗の一片』の方々よりも」


 報告を聞く間にどこかトーアを持上げるような言動を混じらせるギルド長にトーアは不信感を募らせる。


「リーダー格のゴブリンについてですが、額に黒い角があったとか」

「はい。他のゴブリンよりも体格が二回り大きく、全体を統率していました。角については長さは20cmほどで円錐状でした」

「やはりそうですか」

「それと……私が止めを刺した時に、角だけ崩れてなくなったんですが」

「…………」


 トーアの報告にギルド長はテーブルに置かれた飲み物に伸ばした手を止めた。手を戻したギルド長は居住まいを正し、トーアを真っ直ぐに見てくる。ギルド長の雰囲気にトーアは居住まいを正した。


「恐らくリトアリスさんが討伐したゴブリンのリーダー格の個体は、王国だけではなく他の国のギルド支部や国の主要機関で確認されている“特異個体”と呼ばれる頭部に“黒い角”を生やした魔物、魔獣と同じものだと思います」

「“特異個体”……ですか?」

「はい。挙げられる特徴としては、頭部の黒い角がわかりやすいですが、他には凶暴性の増大、知性の獲得や向上があります。知性の獲得に伴い、普段は群れない種でも群れを形成し、統率が取れた集団として行動する場合があります。今回のゴブリン討伐がわかりやすい例ですね。“特異個体”となったゴブリンによる群れの軍隊化が原因でしょう」

「……なるほど」

「各国、ギルドも特異個体について調査を進めていますが、リトアリスさんが目撃したように個体の死亡と同時に黒い角は崩れてなくなってしまいます。生け捕りを試みようとした事もありましたが、凶暴性の増大に伴いそれも難しい状態です。死亡し黒い角がなくなった個体は、身体の大きさなどを除けば他の個体と同じため、それ以上詳しく調べることもできません。今は目撃した場合は討伐を行うという状況にあります」

「……それは公表されている情報なんですか?」


 国の主要機関やギルドで調査を進めているような“特異個体”の話に、トーアは嫌な雰囲気をひしひしと感じていた。


「いえ、この話は決して口外しないようお願いします」

「……わかりました」

「このお話をしたのは、リトアリスさんがゴブリンの群れに単独で突撃して生還、特異個体を討伐できるという素晴らしい力量を持った冒険者であるからです」


 おべっかが鼻につき始めたがトーアは出来るだけ表情や雰囲気に出さないようにしていた。

 ギルド長が手を叩くと先ほど飲み物を持ってきた女性職員がトレイを手に部屋に入ってくる。トーアの前にトレイを置いて女性は小さく頭を下げて退室して行った。


「こちらが今回の報酬になります。ギルドランクもFになっていると思いますのでギルドタグを確認してください」

「クエスト報酬は銀貨二枚のはずでは?」


 トレイに置かれていたのはトーアの名前が記され、“F”と刻印されたギルドタグと、銀貨二枚に半金貨一枚だった。


「はい。ですがギルド長のわたくしとしては、有能な冒険者の方には更なる活躍を、と思いまして……」


 どこか含みのある言葉と共に、人好きのするような笑みをギルド長は浮かべる。

 だがウィアッドの村長であるデートンのような温かみのあるものではなく、どこか薄ら寒いものをトーアは感じた。報酬として出された銀貨と半金貨を受け取らない訳にも行かず、三枚の貨幣とギルドタグを手に取った。


「報告、ありがとうございました。ではまた……」

「……」


 ギルド長のまたと言う言葉にトーアは疑問を感じつつ、話は終わったのだからと部屋を出た。

 報酬以外の半金貨の意味はわからなかった。冒険者やエレハーレ特有のやり取りであった場合、駆け出しでよそ者のトーアには察する事は難しいのかもしれない。

 元冒険者であるベルガルムに聞けばわかるかと、トーアはギルドを出てほとんど沈んでいる太陽を背に夕凪の宿へ歩き始めた。


 夕凪の宿の一階にあたる酒場からは笑い声が聞こえてくる。

 トーアがスウィングドアを押して酒場に入ると、いつもよりも多くの客が入っているようでほとんど満員と言える状態だったが、トーアがいつも座っているカウンター席は空いていた。


「おお、トーア。お疲れさん。聞いたぜゴブリン討伐で活躍したんだろ?」

「活躍って、私だけが戦った訳じゃないでしょ?」

「まぁ、そうだがな。飯にするのか?」

「うん。その前に剣の手入れしたいから、席を取っておくのと夕食の用意だけお願い」


 お安い御用だと了承するベルガルムから鍵を受け取り、トーアは一度部屋に戻った。

 軽装に着替えた後、使った剣の手入れを井戸の近くで行う。今日は【贄噛にえかみ】により“贄”を得たせいか、贄喰みの棘・紅は非常に上機嫌で砥がれていた。

 手入れを終わらせてパーソナルブックで、贄喰みの宿主の成長を確認すると少しだけ成長しているようだった。


――自分で武具を作ればもっと早く成長するけど今は無理だしなぁ……。あ、でも異界迷宮に行けるようになったんだった。


 ゴブリン討伐も終わり、ランクFになったため異界迷宮にいけるようになった事を思い出したトーアは、少しはホームドアの充実を計れるかと思った。だが駅馬車の出発を今日を含め四日後に控えている事を考え、【異界迷宮】はまた今度か、当分なしと我慢する事にした。

 剣とリュックサックを手にトーアは酒場に戻り、いつもの席に腰掛ける。

 ベルガルムから夕食を受け取る。今日の夕食はパンと拳大の肉をじっくりと煮詰めた角煮のようなものだった。付け合せに葉野菜を刻んだサラダがついている。飲み物に水を受け取ったトーアは、早速肉をスプーンで崩す。

 スプーンで崩せるほど柔らかく煮込まれた肉と、とろみの付いた煮汁と共に食べると肉の脂の甘みとしょっぱさにご飯が欲しくなってくる。


――おいしい……おいしいけど!ご飯で食べたいメニューだなぁ……。


 黒パンを千切り、口に放り込んだ。

 パンと一緒に肉を咀嚼しているとこの頃、肉ばかり食べていることにトーアは気が付く。

 エレハーレ周辺には川は存在し、ウィアッドから隊商と共に移動した時に橋を通って通過しているため、川魚は流通しているはずだった。距離はあるものの、エレファイン湖もあるため、魚介類がまったく流通していない訳ではないようだが、トーアはちらりと酒場に座る客達に視線をむける。

 屈強な冒険者の男達が、楽しげに話しながらエールが入ったジョッキを傾け、つまみのジャーキーのようなものを齧っている。

 恐らくメニューが肉と野菜とパン中心なのは、客層によるものなんだろうなぁとトーアは小さく嘆息し、明日は休みにしてエレハーレ観光ついでに魚介類を食べに行こうと決めた。

 トーアが肉を崩して口に運んでいると、ベルガルムが調理場からカウンターのほうへ出てくる。どうやら注文が一段落したらしい。


「そうだ。トーア、聞いてるか?今回のゴブリン討伐のクエストですげぇ新人が出たんだってよ」

「すごい新人?」


 手にしたパンを千切り、口に運ぶトーア。

 もぐもぐとパンと肉を咀嚼しながらすごい新人という人物があの中に居たのだろうかと思い返す。だが『青き鱗の一片』を包囲から救出した後は、リーダー格のゴブリンと戦い、その後は乱戦に近い状況で全体を支援しながら戦った為か、いまいち思い当たる人物はいなかった。


「そいつは、まず初めて薬草採取クエストを受けて、難なくこなしたそうだ。これはまぁ、経験がある奴が居るから珍しいことでもない。だがな、次はゴブリン三体をあっさりと討伐し、今日のゴブリン討伐でも凄まじい活躍をして、先走ったパーティを助けたそうだ。その後は群れのボスであるゴブリンと一騎打ちをして、終始圧倒して倒した上に他の冒険者のフォローにも回り、仕舞いにはギルド付に勧誘されたって話だ」

「んぐっ……!?」


 飲み込もうとしたパンが喉につかえそうになり、トーアは慌てて水でパンを胃へ流し込む。

 身に覚えがあり過ぎる『すごい新人』の逸話にトーアはベルガルムから視線を逸らした。

 だがベルガルムは『すごい新人』の正体について知っているためか、笑いを堪えるように口を閉じながら頬を吊り上げており、店内に居る夕凪の宿の常連たちも正体を知っていたり、うすうす気が付いているのか、今にも笑い出すのを堪えてトーアの反応を肴に酒を飲んでいる節もあった。

 ベルガルムはそれ以上話を続けなかったので、トーアは平静を装いながら肉を大きめに崩して口に運ぶ。

 相変わらずベルガルムは笑いを堪えていたがこれ以上遠まわしに追求されないため、トーアは急いで食事を終わらせて部屋に戻ろうと、角煮を飲み込む。

 ベルガルムの外見からは想像できない程、美味ではあるが今は食べ終わる事を優先して味は二の次で、パンや肉を口に運んで飲み込んで行く。


「……あんた、まさか……リトアリス・フェリトールか?」

「ぐぅっ……!?」


 隣の席に座っていた客にそう尋ねられ、トーアは口いっぱいに含んでいた夕食を噴き出しそうになる。

 口に手を当てて噴き出すのを防ぎつつ、視線を話しかけてきた客からカウンターに立つベルガルムに向けると、小さく首を振っていた。どうやらベルガルムが言った訳ではないようだった。

 急いで口の中の夕食を咀嚼しながら、“違います”と言うべきかトーアは考える。だが否定すれば既に笑い出すのをぎりぎりで我慢していそうなベルガルムや店の常連達が噴き出して結局ばれそうだった。かと言って“そうです”と言った場合に何が起こるのかいまいち予想が付かなかった。

 話しかけてきた客である男は爛々と目を輝かせており、雰囲気はどこか浮かれているようなものを感じる。

 ゴブリン討伐戦で逆恨みを買いそれの報復という、もしもを想像し、トーアは足元のカウンターに立てかけてある剣を足で確認した後、トーアは頷いた。


「そうか……やっぱり、あんたが『期待の新人』リトアリス・フェリトールか!」

「……あの……そうですけど、名前の前についていたのって何?」


 口の中のものを飲み込み、名前の前についていた頭の痛くなるような語句にトーアは頭を押さえる。


「なんだよ、本人は知らないのか!『期待の新人』だよ!ただの駆け出しのガキかと思えば、黒髪の三つ編みを揺らし、剣を片手に真っ先に群れに飛び込んだと思いきやゴブリンを斬っては投げ、斬っては投げの大立ち回り!ゴブリンのリーダーと一騎打ちには加勢が必要かと思えば、それもあっさりと倒してみせる!今、街中の噂になってるぜ!」

「え……えぇ……」


 唾を飛ばしながら興奮した様子で話す男から、トーアは距離を取りつつ街中の噂と言われて思わず眉を寄せ、いやそうな顔をする。


「確かにクエストに参加してリーダーは倒しましたけど……」

「まぁ、それはいいんだ、立派な業績だ。そこでだ、俺も冒険者なんだが俺達のパーティに加わらないか?」


 男の言葉にトーアは、なんだパーティ勧誘かとこっそりと息を吐いた。

 CWOと同じようにこちらの世界にもパーティやクランという存在はある。ゴブリン討伐に参加したパーティもあるし、クランに所属しながらソロで参加する冒険者も居た。

 パーソナルブックのギルドの規約にはパーティとクランの厳密な区別はない。だが、クランの場合はギルド側に申請する必要があると記載があった。

 用語集にはパーティは短期間、または突発的に組まれるもので、クランは企業と言った意味合いが強い。一定以上の人数が所属するクランは、クラン内に存在するパーティ同士で人員の貸し借りを行い、円滑かつ効率的にクエストを行っているようだった。

 だが今のトーアに集団行動が出来る程、予定は空いていない。ウィアッドに戻った後は一度、法国まで行ってみるつもりだった。


「申し訳ないですが当分の間、集団行動ができる訳ではないのでお断りさせていただきます」

「そいつは……そうか、それもそうか。わかったぜ、飯の途中だったのに悪かったな」


 男は笑みを浮かべてあっさりと諦めてくれた事にトーアは少しだけ疑問を感じながらも、気にしていないという風に首を横に振った。


「……へっ……!まぐれで“ギルド付”になるんだ。パーティなんか入るわけねぇよな」


 男とトーアの成り行きを見守る為か静かになっていた店の中で、男の声が響いた。

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