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第四章 期待の新人 4

 草木の間から開けた場所が目に入る。

 ゴブリンたちの一団は円状に先走った冒険者を囲み、隙を突いてぼろぼろの剣や鎧の一部であろう金属片を棒に巻きつけただけの小斧のようなもので切りかかっていた。

 先走った冒険者達は、それぞれ背をあわせて互いを援護できるような状態で居たが、腕や身体に小さな傷が生まれ血がにじんでいた。

 いつの間にか先導する男性の隣を走っていたトーアは、先導する男性に視線を向けて目的地に到着した事を確認する。

 男性が小さく頷いたのを見て、戦闘系アビリティ【駆動】のスキル【疾駆】を発動し、男性よりも早く駆け出して落ちていた小石を右手で拾う。


――他の人たちが囲むまでの時間稼ぎをしよう。


 草陰を跳躍と同時に飛び出し、群れの陣形を確認する。

 中心には突っ込んだ冒険者達の五人組のパーティ、その周囲を囲むようにゴブリン、外周のゴブリンは周囲を警戒しているのか、こちらを向いていた。

 飛び出したトーアと視線が合ったゴブリンに向けて拾った石を戦闘系アビリティ【投擲】で投げる。

 真っ直ぐに石は飛び、ゴブリンの顔面に命中した。


「ギャァッ!?」


 石によって鼻を潰されたゴブリンは、緑色の血を撒き散らしながら、衝撃で後ろに倒れこむ。

 トーアは着地と同時に剣を抜き、二歩目で更にゴブリンの群れに向かって地面とほぼ水平に飛ぶ。


「……【贄噛にえかみ】!」


 小さな声でトーアは【贄喰みの棘】のスキルを発動する。剣に象嵌された贄喰みの棘・紅が一瞬、瞬き、剣が歓喜に震えた。

 振り上げた剣を中途半端に盾を構えたゴブリンに向けて振り下ろす。剣は木の皮を重ねたような盾と言えない物を構えたゴブリンの腕、体ごとたやすく切り裂く。

 更に傍にいたゴブリンを横に吹き飛ばすようになぎ払う。盾で防ごうとするゴブリンだったが、盾に剣の刃が当たった部分の周囲に黒く艶のない小さな棘が生まれ、盾を穴だらけにしていく。

 盾を構えたゴブリンは盾を構えていた腕を横に割かれながら、胸の半分以上を切り裂かれ、後ろに吹き飛び他のゴブリンを巻き込んで吹き飛んで行く。構えていた盾は剣によって切り裂かれる以上に破壊されていた。

 贄喰みの棘で消費無しで常時発動するタイプのスキルである【贄噛にえかみ】は、攻撃した武具を破壊しながら贄喰みの棘が成長する為の“贄”に変える。

 普通の武具であれば発動した状態で何度も攻撃しない限り破壊する事は難しいが、武具とも言えないゴブリンの装備であれば、剣の切れ味も合わさり容易に破壊することが出来た。

 任意でスキルを停止させる事もできるため、無用に破壊することはない。今回、斬り裂いたのは盾とも言えない代物だったが、贄喰みの棘・紅は歓喜の感情をトーアに伝えていた。

 トーアが突撃した事で、ゴブリンの一部の包囲が崩れ、囲まれていた冒険者の前にトーアはたどり着く。


「付いて来い!包囲を抜けるぞ!」


 あえて荒い言葉をかけてから大地を蹴り、トーアは冒険者達の上を前宙しながら飛び越える。

 囲んでいたゴブリンの頭上から落下しながら剣を振り下ろし、ゴブリンを縦に真っ二つに斬り割く。

 悲鳴を上げることなく絶命するゴブリンと上から降ってきたトーアに慌てるゴブリンを蹴り飛ばし、包囲に穴を開ける。囲まれていた冒険者達は突然の事に唖然としていたが、はっとしたようにトーアの後を付いて包囲から脱出した。


「ギャ!ギャギャッ!!」


 一匹のゴブリンが鳴き声を上げるとその鳴き声に従うかのよう、密集した陣形を取ろうへと動き始める。トーアは他の冒険者達が到着し、包囲を完成するまで牽制を続けたが、ゴブリンは次第にトーアから一定の距離を取りながら周囲を囲もうとしていた。

 この程度の包囲は簡単に破れるが、群れの中からトーアの前に先ほど声を上げたゴブリンが現れる。他のゴブリンよりも一回り身体が大きく、額に20cmほどの黒い角を生やしていた。身につけている装備は他のゴブリンたちに比べればしっかりした物だった。新たな“贄”を持った敵の出現に、贄喰みの棘・紅は嬉しそうに震える。


――こいつが群れのリーダーかな。


 ゴブリンたちの動きにほぼ包囲を完成させた他の冒険者達はトーアを助けようとするが、トーアは小さく首を横に振る。

 どれほどの力を持っているかは未知数だったが、トーアがリーダーのゴブリンをひきつけているうちに、他の冒険者がゴブリンを討伐してしまえばいいと考えていた。

 トーアの意図を悟ったのか、冒険者達は自身の得物を振るい盾を構えるゴブリンとの戦いに集中し始める。

 トーアは剣を振りついていた血を払い、正眼に剣を構えた。

 構えたトーアを笑うかのようにゴブリンは見せ付けるようにゆっくりと盾を構えて、ゆっくりと距離を詰め始める。

 距離が徐々につまり互いの間合いに入るが、ゴブリンはそれ以上何もしてこなかった。盾を構えてトーアの前に立っているだけである。

 侮られているのか、それともこれしか戦い方を知らないのかトーアにはわからなかったが、眉を顰める。

 牽制の意味を込めて盾に向かって剣を振るう。すぐにゴブリンは盾に身を隠したが、切っ先が盾の表面を【贄噛にえかみ】によって削るように太い斬撃の跡を残す。更にトーアは続けて剣を振り、破壊するつもりで盾に切りかかる。


「ギッ!?」


 削られ、軋み、歪んでいく盾にゴブリンは慌ててトーアの間合いから距離を取る。

 盾の状態に焦りをにじませて手にした剣でトーアに斬りかかってくるが、その太刀筋はひどく幼稚なもので、簡単に避ける事ができた。

 次第にゴブリンの表情から余裕と嘲りが消え、焦りと怒り、殺意が滲み出す。その様子にトーアは小さく笑った。


「ギッ……ギギャァァッ!!」


 ゴブリンを挑発し、煽るための嘲笑だったが、その反応は顕著だった。叫び声を上げて盾も使わずに両手で剣を大きく、大きく振りかぶった。

 トーアもそれに反応し同じような構えを取る。

 ゴブリンが剣を振り下ろすよりも早くトーアは、剣を振り下ろす。

 剣同士が一瞬だけ触れ合い、わずかな金属音を響かせる。

 トーアが振り下ろした剣はゴブリンの剣を弾き、ゴブリンの両腕を斬り飛ばした。更に一歩踏み込み、ゴブリンの体を蹴り飛ばす。


「ギャァァァッッ!!?」


 ゴブリンの腕と共に飛んだ剣をトーアは左手で逆手に取り、戦闘系アビリティ【投擲】を使い、槍投げの要領で身体を起こしたゴブリンに向けて投げる。

 投擲された剣は投げ槍のように真っ直ぐにゴブリンの胸に突き刺さり、刀身の半ばまでゴブリンの身体にもぐりこむ。貫いた切っ先が背中から飛び出していた。

 斬り飛ばされ、手のない腕で剣を抜こうともがくゴブリンはゆっくりと動かなくなり、後ろへ倒れこんだ。だが、途中で胸の中心に刺さった剣が地面にあたり、それ以上倒れこむ事はできなかった。


「……角が」


 絶命したゴブリンに近づくと、額から生えていた黒い角が崩れ、角だった塵は風に溶けた。

 一体、なんだったのか?という疑問が浮かぶが、あたりはリーダー格のゴブリンが倒され混乱し始めたゴブリンとの戦闘が続いている事に気が付いたトーアは、他の冒険者を支援する為に剣を一度振り、ついた血を払いった後に他のゴブリンとの戦いに向かっていった。


 しばらくしてトーアと冒険者達はゴブリンを殲滅した。

 角がついたゴブリンが死んだ後のゴブリン達の統率はあっさりと崩れ、次第に倒されていった。トーアは剣に突いた血を払い、鞘に納める。あたりにはゴブリンの死体が転がり、緑色の水溜りがあちらこちらにできていた。


「無事か?」

「はい。そちらは?」


 作戦指揮を取った男性の問いかけにトーアは頷いた。


「小さい怪我をしたのは居るが、誰も死んでいない」

「そうですか、よかったです」


 死者なしという結果にトーアはほっとする。怪我の大小は冒険者家業で必ず生まれるものだと思った。

 辺りにはゴブリンの死体が山積みになっているが、既に血の匂いには鼻が慣れてしまっていた。だが何時までもこの場に居るのは流石に気が引けた。


「これだけの数のゴブリン、そのままにしておくんですか?」

「いや、流石にそれはダメだ。魔法を使える奴がいるから穴を掘ってそこに埋めておく。アンデッドになられても困るからな」


 既に一部の冒険者は作業を始めており、魔法を詠唱する声が聞こえてくる。少し離れた所には、戦いを始めるきっかけになった冒険者達が集まり、木を背にして座っていた。

 トーアが見ているものに気が付いたのか、男性は声を潜めて、あいつらの事はギルドに報告すると呟いていた。

 それは仕方ない事だとトーアは思った。ギルドからも協力してクエストに当たるように言われていた。自身の力量を弁えずに独走して失敗したのだからそれによる罰を受けたりするのは自己責任、自業自得である。だが報告から先の処罰についてはギルドが勝手にやるだろうとも思った。


――まぁ、何であれ死人もなくクエストが終わってよかった。


 ゴブリンの死体を穴に埋め終わった後、トーアと冒険者達は森を出るため歩き出した。ほとんどの冒険者達はトーアと同じように無事クエストが終わり、ほっとしている者や、ギルドからの報酬やゴブリンとの集団戦を経験したという自身の経歴についた箔をしみじみと感じていたり、実戦の後でやや興奮した表情で居る若手、それをたしなめるベテランと比較的明るい表情をしていた。だが集団の中には対照的に暗くイラつきをにじませる人物が五人居た。


 トーアと冒険者達は森を抜けて街へと戻る。

 陽は真上を少しだけ傾いた所だった。街の人々は歓声を上げてトーア達を出迎える。冒険者達の表情からゴブリンが無事討伐された事を悟ったらしい。

 歓声を浴びながらトーアと冒険者達はギルドへ到着する。全体の指揮を取っていた男性が代表してカウンターに向かい、ゴブリンの討伐を達成した事を報告する。


「お疲れ様でした。……今回の件についてはギルド長が参加した冒険者から話を聞きたいという事でしたので、少々お待ちいただけないでしょうか」


 冒険者達は口々に返事を返して椅子に座ったり、パーティや今回のクエストで知り合った者同士で集まり、時間を潰し始めた。

 最初にギルド長の部屋に案内されたのは、報告した男性が居るパーティで奥の部屋へと案内されて行く。途中、昼食の変わりにと薄焼きのパンに葉野菜と薄切りの肉、酸味のある白いソースがかかった物が配られる。

 味は違ったがケバブサンドみたいだなぁとトーアは思いながら食べて、デザート代わりに森で採った果物にかじりついた。

 トーアが林檎のような食感の果物を咀嚼していると報告を終えた最初のパーティがギルド長の部屋から出てくる。トーアに気が付いたリーダーの男性が軽く会釈をしたので、トーアも軽く会釈を返す。男性はパーティと共にそのまま、ギルドから出て行った。

 その後、他の冒険者達が呼ばれ部屋から出て行くのを眺めながらトーアは呼ばれるのを待った。だが、一向にトーアが呼ばれる気配がない。

 トーアの他に待つ冒険者もイライラしながら待っているようだった。


――あーあ、こんなに待たせるくらいなら一人ひとりに話を聞くなんて言わなきゃいいのになぁ。


 ギルドに訪れる人々を眺めて時間を潰すトーア。ギルドに訪れる人々は多種多様で、街に住んでいる人、旅をしている人、そして、冒険者。困った事の解決や必要な物を手に入れるため依頼を出す人、名声を得ようと冒険者になる人が居た。

 ここに訪れる冒険者達でどれだけの人数が名をとどろかせるような英雄譚を紡げるのか、そして、その影にどれだけの生産者達の願いがあるんだろう。と、トーアは益体もない事を考えていると、名前が呼ばれる。


「リトアリスさん、最後になってしまい申し訳ありません」

「あ、いえ……」

「今回のクエスト完遂に伴い、リトアリスさんのギルドランクはGからFになります。手続きの為、ギルドタグをお預かりします」


 トーアは首に下げていたギルドタグを外してギルドの女性に渡した。

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