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第四章 期待の新人 2

 月下の鍛冶屋の面々に挨拶をしてトーアはエレハーレの街を歩いていた。

 明日からの仕事も決まり、少しはゆっくり出来るかもしれなかった。取ってきた薬草の乾燥などの下準備でもしようかと考えながら歩くと、道往く冒険者がいつもより多いことに気が付いた。

 冒険者たちはゴブリン討伐のクエストがあるためか、どこか急いた雰囲気で仲間と話しながら足早に歩いている。ガルドの言っていた名を上げるチャンスをものにしようと冒険者達に気合が入っているようだった。

 夕凪の宿に到着したトーアはウィングドアを押して、酒場に入ると一斉に視線が向けられ、トーアとわかると酒場はどこか浮ついた雰囲気になる。


「おう、トーア。ご苦労さん。今日は森に行ったんだろう?どうだったんだ?」


 カウンターに立つベルガルムの労いの言葉に返事を返しながら、リュックサックを降ろして、カウンターの椅子の上に置いた。


「今日はブラウンボアとホーンディア、それにゴブリン」


 トーアが成果を告げると宿の中が静かになる。真剣な表情になったベルガルムは、腕を組んだ。


「前二つはわかる。ゴブリンってのは街で噂になっているアレリナを襲った群れと一緒か?」

「アレリナを襲った群れかどうかはわからないけど、北側の森でゴブリンと遭遇して討伐したよ。そういえば、ゴブリンは特に手負いってわけじゃなかったかな。アレリナじゃ冒険者とか自衛団と戦って逃げ出したんでしょう?」


 ベルガルムは顎をなでなにやら考えているようだった。酒場に居た冒険者達も声を潜めて言葉を交わし、トーアの情報について議論しているようだった。


「ふぅむ……まぁ、追々ギルドから正式に連絡が来るだろう。トーアはどうするんだ?」

「どうするって何を?」

「ゴブリン討伐のクエストだよ。アレリナの一件でギルドは森へ入る事を一時的に禁止して、クエストを発行するってのを聞いたぞ」


 ギルドでの話はトーアが月下の鍛冶屋に行っている間に大分、広まっているようだった。


「ああ。私はランクGだし、クエストにはランク順で採用って話だから私には関係ないよ」

「……ああ。そういえばそうだったな」


 そういえばそうだったとばつが悪そうにベルガルムは自分の頭を撫でた。

 月下の鍛冶屋での反応とベルガルムの反応にトーアは、そんなにランクGには見えないだろうかと思わず考え込みそうになる。


「で、ブラウンボアとホーンディアは売ってくれるのか?解体してきたんだろう?」

「もちろん、血抜きも解体も済ませてあるけど……」


 トーアは売るつもりはなく、そのまま食料としてチェストゲートに収納しておくつもりだった。だがチェストゲートの事を話せないので、何かに使うあてがなければ腐らせるだけと思われる可能性が高い。

 少し正直に話しすぎたなとトーアは思いながら、今後、法国まで行くことを考えれば旅費はいくらあっても問題はないかと結論し、前と同じようにベルガルムに売ることにした。


「うん、いいよ。幾らで買ってくれる?」

「そうだな……ブラウンボアとホーンディアの大きさは前と同じなのか?」


 トーアは戦った時のことを思い出して、うなずく。


「なら、ブラウンボアは銀貨三枚、ホーンディアは銀貨四枚と半銀貨五枚でどうだ?」

「……うん。それならいいかな」


 ギルドで書かれていた金額と差はあまりなく適正価格かなとトーアはベルガルムとの交渉に頷いて、鞄の陰でポケットサイズのパーソナルブックを現し、鞄に手を入れて【チェストゲート】を発動する。肉を入れた革袋を取り出して、ベルガルムに渡して行く。

 酒場の客達は、肉が食べれると歓声を上げて酒を追加注文する声を上げる。


「今日は二頭分だし、革袋は後で返してもらえればいいから。当分、街の外にも行かないしね」

「ああ、わかったぜ」


 酒場の客達は嬉しそうに酒を頼んでいたが、トーアの街の外にいかないという言葉に声を失い、一様に動きを止めて、嘆きの声をあげた。


「あー……あいつらは気にするな。これが代金と部屋の鍵だ」

「あ……うん……」


 ベルガルムから鍵と肉の代金を受け取ったトーアは通夜会場と化した酒場から階段を登って部屋に戻った。

 軽装に着替えた後、今回のクエストで使った道具や剣を手入れする道具を片手に、宿の井戸の近くに向かう。

 贄喰みの棘の力によって剣は切れ味が落ちる事はない。破損したとしても時間を置けば自然と修復されるため、手入れは不要に思えるが手入れの為の砥石で剣を磨くように砥ぐと擬態している贄喰みの棘・紅が非常に喜ぶ。


――ブラッシングされる犬のような、猫じゃらしを追いかける猫のような……。


 微妙な気分になりながらもタオルで丁寧に水気を拭き取った後、トーアは剣を眺めた。

 長く使わないのであれば専用の油を極薄く刀身に塗布するが、冒険者家業で自身の得物を長く使わないという事は廃業に近いことなのかもしれない。

 ゴブリンの討伐が終われば再び森に入るつもりであるトーアは、剣全体の調子を確かめて問題がない事を確認し、剣を鞘に納める。

 自身で作った剣をこうして手入れするという喜びに頬を緩ませてトーアは部屋に戻り、酒場へと向かった。


 いつものカウンター席に着いたトーアはベルガルムに夕食を頼むと、出てきた料理は薄切りにしたブラウンボアの肉をソースを絡めて焼いたものだった。葉野菜の千切りがたっぷりと肉とともに盛られている。

 甘辛の味付けは無性にご飯が食べたくなるものだったが、こちらの世界に来てからはまだ米は見つけていなかった。


――CWOにはあったんだから、この世界にもあると思うけど……。王都やラズログリーンとか大きな都市じゃないとないかなぁ……。


 ないものはしょうがないとトーアは今は我慢してパンと共に肉を食べる。


「こんばんは、ベルガルムさん」

「ん?ああ、ゴブリンの件か?」


 トーアが夕食を食べ進めていると、ギルドの制服を着た男性が挨拶と共に酒場へ入ってくる。ベルガルムの言葉に男性は頷いた。


「はい。情報は広がっていると思いますが、ギルドからの正式な通達です。森への進入制限とゴブリン討伐クエストの発行についてです」

「了解した」


 男性は説明と共にベルガルムに紙を一枚渡していた。


「連絡事項は以上です。では、失礼しますね」

「ああ。ごくろうさん」


 別の宿屋にも連絡をするためかギルドの男性は連絡事項を伝えると軽く会釈をして宿から出て行った。


「目新しい情報はないな」


 ベルガルムは紙に書かれた内容を確認した後、紙を宿の壁に貼り付ける。


「まぁ、珍しいパターンのゴブリンの出没だがな」

「やっぱり群れで街を襲うっていうのは珍しい?」

「いや、どちらかというと二つの街にまたがるっていうのがな。出没した街や村で大体はけりがつく。今回みたく、アレリナで出た群れがエレハーレ周辺に来るっていうのは珍しいってだけだ。アレリナ側でも討伐の為に動いているようだしな」


 なるほどとトーアはベルガルムの話に頷いた。

 何か今までとは違う行動を起こされた要因があるのかもしれないとトーアは考えたが、クエストに参加する訳でもないからなぁと、千切ったパンを口に放り込んだ。

 その後、トーアは夕食を済ませて部屋に戻り、ホームドア内に手に入れた薬草を干す。今後の生産で使うときに乾燥しているほうが使いやすいためだった。

 日課の柔軟を済ませてからお湯を含ませたタオルで身体を拭いた。その後、日記を書いてトーアは眠りについた。




 翌日、トーアは月下の鍛冶屋での仕事を終えて宿に戻ってくる。

 スウィングドアを開けるとカウンターに立ちグラスを磨くベルガルムと、カウンター席に腰掛けたトリアが退屈そうにしていた。

 他に客が居ない事に思わずトーアは外を見て、夕日が沈み始めている時間だと確認する。いつもなら何時から飲んでいるかわからないほど顔を真っ赤にした客が酒場の席を埋めている時間のはずだった。


「……何かあったの?」


 酒場に入りトリアの隣、いつものカウンター席に座る。


「トーアか。店に客が居ないのは全員、クエストを受ける為に出払ってるんだよ」

「クエストを受ける為に?」

「ああ。昨日のゴブリン討伐クエストに集まった冒険者は今日、北側の森の探索をしたらしい。だけどよ、ゴブリンの痕跡がまったく見つからなかったそうだ。トーアが倒したゴブリンの跡は見つかったみたいだけどよ」

「ああ……急いでたから土にも埋めなかったけど……」

「森の魔獣が食ったみたいで、ほとんど残っていなかったらしいぞ。まぁ、あまり気にするな」


 トーアがベルガルムに話の続きを促すと、ギルドがクエストに参加する冒険者を増員すると発表し、酒場の冒険者達は我先にとギルドへ向かって行き、このような珍しい事態となった。


「それで誰も居ないのね」

「そういうことだ。まぁ、日が沈む頃にはまた戻ってくるだろうよ。クエストに失敗してゴブリンが見つからなかったせいか、駅馬車の出発を遅らせるって話も出たらしいが……」

「駅馬車……遅れるの?」

「いや。まだ議論の段階で遅れると決まった訳じゃない。俺に言わせれば駅馬車を護衛している冒険者の腕を考えればそんな必要はないと思うんだがな」

「どういうこと?」


 駅馬車の護衛を担う仕事は、拘束期間が一月と長く移動を含めてきつい仕事であるが、確かな腕と実績を持つ信頼の置ける冒険者のみ採用されるため、だいたいが中堅どころと言った冒険者だとベルガルムは語る。

 そして駅馬車護衛の実績があると、他の隊商の護衛などの仕事も依頼として届くようになり、冒険者として一定の成功を収めたといえるらしい。

 その為、手負いのゴブリンが群れでやってきたとしても冒険者が護衛についている限りは何も問題ないらしい。ベルガルムも冒険者をやっていた時期に何度か駅馬車護衛の仕事を請けて、完遂したと語っていた。


「なるほど……出来れば、早くゴブリン討伐が終わって普通に運行されてほしいけど」

「まぁ、そうだろうな。それにトーアも人事じゃなくなってるぞ」

「え?」

「ほれ、ギルドから指名依頼だ」


 ベルガルムはカウンターに手のひらに乗る程度の紙を置いて、トーアの前に差し出す。

 紙に書かれた内容は、明日のゴブリン討伐に参加して欲しいというもので、ギルドランクのランクアップも考慮すると書かれており、普通であればもろ手を挙げて喜びそうな内容だった。

 『指名依頼』という言葉は、ギルドの用語集を流し読みした時に目にしており、特定の冒険者を指名して依頼を出す方法とあった。

 似たような言葉に『強制依頼』というものがあるが、それはギルドからの罰則として発行されるもので、冒険者の腕を見込んで発行される『指名依頼』とは真逆のものになる。

 ギルドランクが最低のGなのに、何を見込んで『指名依頼』を発行したのだろうかとトーアは首をかしげる。


「指名依頼って……断ることできる?」

「できるが、あまりしない方がいい。ギルド側の評価が下がるって噂だ。だがまぁ……どうしても出来ない理由があるなら断ってもいい」


 請ける理由もなければ、断る理由がトーアにはなかった。ちょうど武器も直っているので状態は万全に近い。

 いまいちギルドの思惑がわからずトーアは眉をしかめる。だが隣の席に座ったトリアに困ったような笑みを浮かべられて、眉間の皺を指先で優しくほぐされる。


「ほらほら、皺が寄ってるわよ。ランクアップなんて普通の冒険者なら喜ぶのにね」

「ん……ランクGの私に指名依頼っていうのと、あんまりランクアップのメリットがわからなくて」


 トリアとベルガルムはトーアの言葉に顔を見合わせ、ベルガルムはこめかみを揉み、トリアは困惑気味だった。


「トーアを指名した理由に思い当たるのは、一つはゴブリンを実際に討伐している実績があるからじゃないか?」

「まぁ、そう考えればわかるけど……」

「あと一つは……今のエレハーレのギルド長が原因かもしれん」

「ギルド長ってあの?」


 ギルドで見かけた男性の顔を思い出す。確かに指名依頼はギルドの職員が簡単に発行できるような代物ではないように思え、あのギルド長が一枚噛んでいる可能性が高い。


「ああ、あのギルド長だ。あいつはギルドの運用の腕は悪くはないんだがな。ぶっちゃけると腹黒い」

「腹黒……」


 ベルガルムの口から出た言葉にトーアは見た目から受けた印象が音を立てて崩れ、あまり関わり合いになりたくないような気持ちになった。


「だが、まぁ、滅多に会わない俺でも腹黒さがわかるって程度の腹黒さだがな」

「顔はいいんだけどね。顔は」


 トリアのギルド長への評価も酷評といえるものだった。頭痛がした気がして、ベルガルムのようにこめかみをトーアは指で揉む。

 明日は休んでエレハーレ観光と考えていたトーアは、すでにガルドとカンナに話をしているため、クエストに行くことは問題ではなかった。


「明日は休みにしようと思ってたからクエストを受けることはいいんだけどね」

「まったく……指名依頼を受けるには腕と実績だけじゃなくて、こういう事件に遭遇する運も必要だってのにな。受けたくても受けれない奴はいっぱいいるんだぞ?」

「それは酒場の状態を見れば名を上げるってことに一生懸命なのはわかるけど」


 トーアの言葉にベルガルムは、贅沢者めと小さく嘆息し、腕を組んで言葉を続ける。


「あとはランクアップのメリットか?そうだな……ランクアップすれば出来る依頼も増えるから、名を上げやすくもなるが……名を上げる事はメリットじゃないのか。まぁ、トーアはあれだけの剣を打つ腕があるんだ、別に冒険者じゃなくても……って、そういえば何で冒険者してるんだ?」

「あー……うん、だいたい生活費を稼ぐ為だよ。道具も素材も施設もないしね」

「どっかの工房……月下の鍛冶屋で鍛冶師ってのもできるだろう?」

「技術を盗ませてくれって言われちゃって……そう言われて鍛冶師として働くのも気が引けるっていうか」


 トーアはベルガルムの言葉に少し言葉を濁しながら頭をかく。

 店主のガルド自らがそんな事を言い出したところで働くというのも色々と問題がある気がした。そして、トーアは街を出る予定のため、短い間だけ鍛冶師として働くのも禍根を残しそうで避けていた。


「そいつは……流石、ガルドのおやっさんだな。しっかし、腕があっても鍛冶が出来なきゃ冒険者の駆け出しか」


 こめかみから眉間へと手を移して揉みながらベルガルムは、頬を吊り上げ笑う。トーアもそれを重々実感しているので、乾いた笑いを漏らした。


「素材といえば、ランクアップしてランクFになれば『異界迷宮』に入れるようになるな。鉱石なら『小鬼の洞窟』で採掘できるし、いつも使ってる鞄なら結構な量が入るんじゃないのか?」


 ベルガルムの言葉にギルドの項目に書かれた異界迷宮の『採取できる天然資源は一日で元に戻り、ほぼ無限に収集する事ができる』という説明を思い出したトーアは、チェストゲートがあれば素材の問題は解決するんじゃないかと考える。

 素材が一杯集まればホームドアの施設が充実する、施設が充実すれば生産が出来る!とトーアの頭の中でファンファーレが鳴り響いた。


「……確かにそうかも」


 そう思えばクエストにもやる気が出てくる。


「トーアちゃんがやる気を出してくれてよかったわ」


 トリアがトーアの頭を呆れ顔で撫でてくる。


「一応、すぐにギルドに行った方がいい?」

「いや、クエストを受けた冒険者は明日、ギルドに集まるし、連絡の内容にもすぐ来いってかかれてないから大丈夫だろう」


 ならとトーアはベルガルムに夕食を注文する。

 トーアが夕食を食べ終わる頃には、酒場をいつも利用している冒険者達がギルドから戻り、明日のクエストの英気を養うと言って酒を注文していた。

 結局、何時も通りじゃないかとトーアは思いながらベルガルムから部屋の鍵を受け取って、部屋に戻った。


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