第三章 月下の鍛冶屋 12
翌日、トーアは月下の鍛冶屋で冷えた刀身を砥いで刃を作っていた。他の部品も磨き上げて最後の工程である組み立てに入る。
刀身の中子と呼ばれる柄に収まる部分に、はばき、切羽、鍔を通し、木材を削って作った柄を差し込み、目釘を刺して刀身を固定した。
革の平紐を強めに引きながら編むように巻き上げて、柄の端に柄頭を被せて革の平紐を固定し解けないようにする。
フォールティに道具を借りて、木材と革で専用の鞘と剣帯を作り、剣を鞘に納めた。
刀身と鍔、柄は遊ぶことなくしっかりと固定されており、鞘に納めた後も動くことがない。飾り気のない真っ直ぐな鍔と革紐で調節された柄。柄頭にはのちのち必要になると思い、大き目の穴が開いている。
道具や炉、装備の補正なしに打ち上げたトーアの最初の剣は、アイテムランク【希少】となっていた。
鞘から抜いた後、トーアは刀身を眺めてほぅと息を吐いた。歪みなく真っ直ぐに伸びた刀身、顔を映すほど磨き上げられた刃は紙を乗せただけで切れそうな鋭利さを放っている。
そして、刃に映るトーアの顔はにやけていた。
「トーア、完成したのか?」
「は、はい!完成しました」
かけられた声にトーアは顔を引き締めて立ち上がる。
そばに立っていたガルドに鞘に収めた剣をトーアは渡す。ガルドは無言のまま剣を抜き、全体を見て、後ろに立つイデルへと剣を渡し、鞘をフォールティに渡した。
「トーアはなぜ冒険者をしている」
「私は今、こうして炉や道具を借りないといけないほど、何ももっていません。冒険者はそれらを手に入れるための、生活費を稼ぐための手段でしかないんです。……どうしてそうなったのかは、聞かないでください」
「……そうか。ここまでの腕は、エレハーレでもごく一部だ」
ガルドの後ろに立つイデルとフォールティは、小さく頷いていた。そして、鞘に剣を収めてトーアに差し出していた。トーアは剣を受け取る。
「トーア、お前が良ければ、たまに剣を打ってくれないか?」
「……は……え?」
ガルドの言葉に今度は完全に思考停止するトーア。剣を作ってくれといわれた時以上の驚きだった。
「お前の腕をイデルやミデール、トラースに盗ませてやってほしい」
――腕を盗む……。【鍛冶】のアビリティレベルを上げる為には、毎日毎日、腕が上がらなくなるまで鎚を振るい、何かを作り続ければって、それはCWOの話か……?でも、同じ理が働く世界なんだからあながち間違いでもないはずだし……。
トーアが反応を返せないで居ると、ガルドはトーアに顔を近づける。
「もちろん、俺も参考にさせてもらうぞ」
ガルドの言葉が、トーアにすっと響いた。
そして、じわじわと震えを伴って嬉しさがこみ上げ、鳥肌が立つ。夕凪の宿や商店が腕がいいと褒めるガルド自らが、更に腕をあげるため、見習いにも見えるトーアの技術を盗むと正面から言った事に、トーアはしびれる。
技術に貪欲でさらに高みを目指そうとする職人の気概をトーアはしっかりと感じ取り、ガルドの申し出に頷き、満足げにガルドも頷いた。
「今日はこの後、どうするんだ?」
「……この後は、お店の手伝いをしようと思います」
「わかった。明日はどうする?剣が直ったのなら冒険者の仕事をするのか?」
「あ……受けっぱなしのクエストがあるのでそれだけでも、完了してきます。その後は、また働かせてもらえれば嬉しいです」
「わかった。カンナにもそう伝えておく」
そう言ってガルドは鍛冶場を出て行った。イデルやフォールティはトーアの肩を叩いて、がんがん技術を盗ませてもらうと意気込みをトーアに伝えてそれぞれの仕事へと戻って行く。
トーアはその後、ガルドに言ったとおりに店の手伝いのため、スカートに履き替えて、剣は鞄のそばに置いて店舗の方へと向かった。
カウンターではトラースが複雑な表情で立っていた。トーアに気が付くと顔を上げる。
「トーア、なんで俺と同じくらいなのに、そんなに腕がいいんだ?」
「あー……ま、前に十年、鍛冶をしているって言ったでしょう?」
「うん、でも……同じように十年続けてもトーアみたいな人はエレハーレにあまりいないし……」
「私はね、自分が満足する物を作りたくて、ずっとずーっと作り続けてるからね」
「ガルドさんが褒めるほど、腕がいいのに?」
驚きを露にして納得が行かないという表情のトラースにトーアは、優しく頭を撫でた。
「もし、トラースがガルドさんの了承を貰って初めて剣を打ち上げたときに、私の言った事を思い出してみて。私の気持ちがわかるかもね」
一瞬、トラースは嫌がる素振りを見せるが、何かに気が付いたようにおとなしく撫でられていた。トーアは、今はガルドさんの言う事を聞いて焦らない事と付け加えた。
月下の鍛冶屋での仕事を終えたトーアは、剣を腕に抱いて夕凪の宿へと向かった。もちろん完成した剣をベルガルムに見せるためである。
スウィングドアを押して酒場に入ると、何時も通り赤ら顔の客達が酒を飲んでいた。
「トーアか。そいつが言っていた剣か?まさか、本当に今日できるとはな」
「ほら、見て感想を聞かせてよ」
「おう、どれどれ……」
トーアはカウンターに剣を置くと、ベルガルムは鞘から剣を抜く。その瞬間、ベルガルムの表情が茶化すようなものから、真剣な表情に変わる。
そして、目の前のベルガルムから肌がちりつくような気配が生まれる。元冒険者と言う話をギルドで聞いていたが、今もこうして濃密な闘気を生み出せるのは、かなり腕の立つ冒険者だったかもしれない。
酒を飲んでいた客達も一瞬で静まり返り、緊張した様子をみせる。飲んでいるとは言え、ここに居る客達は現場で戦っている現役の冒険者なのだ。トーアはいつも飲んだ暮れてる訳じゃないみたいと少しだけ見直していた。
「……こいつは、いい剣だ。あ~……ダメだな。血が騒ぐな、こんなの見せられちゃぁ……」
顔を左右に振り、ベルガルムは剣を鞘に納めてカウンターの上に置き、顔を洗ってくると調理場のほうへ行ってしまった。ベルガルムの殺気ともいえる気配が消えて、店の客達は興味深そうにカウンターに近づいてくる。
「なぁ、俺らにも見せてくれよ」
「どうぞ」
顔はまだ赤かったがその表情は真剣だったので、トーアは剣を渡した。
ざわつきながらも剣を見て、人は見かけによらないなと、トーアと剣を見比べて呟いた。そこへ顔を洗ってきたのであろうベルガルムがカウンターに戻ってくる。
「すまんな、トーアの腕を疑っていた」
「ううん、仕方ないと思うし、気にしてないよ」
「ん?おう、トーア、銘が入ってないぞ!」
「銘?」
刀身の裏と表を確認した客の一人が声を上げた。銘と言われてトーアが最初に思いついたのは、日本刀の中子に刻まれる刀匠と刀身の名前の事だった。
「いやいや、トーアはまだ店持っていないだろう?」
「それもそうか」
「あの銘って?」
店という言葉に想像していた物と違うらしいと思ったトーアは、素直に疑問を口にする。
途端に酒場が静まり返る。あ、やばいとトーアが思った時には、哀れみの含んだ目で宿の客達から見られてしまった。銘がないと言った客がばつが悪そうに頭をかいて、剣をトーアの手に戻した。
「あー……えっと、なんだ、銘ってのは店や生産者の屋号みたいなもんだ。作ったものには大体、銘が入ってるんだよ」
「あ、こういうの?」
腰に刺していたナガサを抜いて、刀身の根元に打ち込まれたノルドの銘を見せる。
「ああ、それだそれ。店を持つときには絶対に必要だからな、見習いとか半人前は自分の店を夢見ながら銘を考えるもんさ……俺の故郷にそういう奴がいてな……」
唐突に始まった酔っ払いの語りを聞き流しつつ、銘についてトーアは考え始めていた。
CWOでも同じように自身の作品に銘やロゴを入れるのが流行り、生産者たちの間ではわりと定着していた。中二臭かったり、名前を書き込んだり、凝ったサインだったりと様々だった。トーアも銘に似た刻印を持っており、そのままそれを使うかなと考える。
――店を持つなんて一体何時になるのかなぁ……。
トーアは小さくため息をついて、ベルガルムに夕食を頼んだ。
夕食を食べた後、今だ続く酔っ払いの語りを横目に部屋に戻る。
ホームドアで身体を洗った後、剣を抜いて首に下げた贄喰みの棘・紅を取り外した。
「本当は素材から全部私が、作ったものにしたかったけど……流石にそれまでお預けなのはね」
剣を床に置き、トーアはその前に膝をついて座る。
「【贄食らい】」
ある事のために贄喰みの棘のスキルの一つ、【贄食らい】を発動する。手の中の贄喰みの棘が一つの艶の無い棘へと変った。
ゆっくりと棘を剣に突き刺すと刺した部分から同じ色の棘が剣から次々と生まれ、次第に剣を包み込んで行く。
【贄食らい】は、贄喰みの棘に武器の形状を記憶させるためのスキル。これによってトーアの作った剣の形に贄喰みの棘が擬態する。
こうする事で普通に剣を振るう事はもちろん、贄喰みの棘が持つ固有スキルも発動可能になる。
記憶できる武器の数に限りはないが擬態できる形状は珠につき一つであり、トーアは紅と蒼を持つため、同時に二種類の武器を贄喰みの棘が擬態できた。
剣の全てが棘に覆われて手の中の棘が剣の中へと入り込む。剣を覆っていた棘も切っ先から剣の中へと埋没していき、トーアの作った剣を寸分違わぬ姿を取り戻して行く。最後の柄頭から生まれた棘が剣の中に消えると、柄頭に空いた穴には贄喰みの棘・紅が象嵌されていた。
【贄食らい】に似たスキルには【贄喰み】、【贄噛み】、【贄砕き】がある。
「よし、大分時間がかかったけど、これでいいかな?……蒼の方はもう少し待ってね。翠は……大分、後になるかも」
トーアは申し訳なく思いながら、胸元に揺れる蒼い珠と翠の珠をなでると、気にしないというような慰めるような雰囲気を感じる。拾い上げた剣に象嵌された紅の方は剣と化したことでかなり上機嫌だった。
剣を鞘に納めて、トーアはホームドアを出る。
そして、剣を抱いてベッドで眠りについた。