第三章 月下の鍛冶屋 11
次の日も早い時間から月下の鍛冶屋へトーアは向かう。今日もガルドやイデルが金属を鍛えるところが見れればいいと思いながら、月下の鍛冶屋に入るとカウンターに仁王立ちのガルドが立っていた。
後ろにはカンナも立っており、トーアにおはようと挨拶をしてくる。
「お、おはようございます。どうかしたんですか?」
「ああ。今日はトーアに剣を一つ打ってもらいたい」
「……え?」
ガルドの言葉が予想外すぎて、トーアは若干思考停止した。
トーアはゆるゆるとガルドの言葉を頭が処理し始めて、まず最初に思ったのは嬉しいという感情だった。だがガルドは最初、トーアに剣を打ってもらうことはないと言っていたのを思い出して、トーアは首を捻る。
「その……それはどういうことですか?」
「お前の鍛冶の腕を見てみたい」
本当に剣を打つことが出来るらしいが、今のトーアは身体一つしかなかった。
「それは構いません。でも、その……恥ずかしい話なんですが、今は何も道具を持っていないんです」
「鍛冶場には共用の道具もあるからそれを使えばいい。炉も材料も用意してある」
「……作った剣はどうすればいいですか?」
「トーアは剣を使う冒険者なのだろう?そのまま使えばいい」
トーアの中にじわじわと剣を鍛える事ができるという実感が身体に広がって行く。この世界に来て初めての鍛冶に自然と頬が持ち上がっていたことにトーアは気が付いて頬をたたいて気を引き締める。
レシピの中から汎用性の高い剣を思い浮かべつつ、どんな風に作ろうかと考えているうちに、引き締めたはずの頬がまた緩んでいた。
その後、ズボンに着替えたトーアは剣を打つために必要な素材を用意した後、鍛冶場に入る。
鍛冶場には半信半疑といった面持ちのイデルとミデール、そして、睨みつけてくるトラースが居た。フォールティに関しては興味深そうにしていた。
トラースに関してはまだ鎚にも触れることが許されていないのに、ぱっとやって来たトーアが剣を打つと聞いて気が気でないのかもしれない。トーアはトラースの視線に気が付きながらも、共用の道具から手に合う鎚ややっとこを選び、耐火性のある前掛けとグローブを身につけて、火が入り赤く燃える炉の前に座る。
用意した素材となる鉄の棒とインゴットを近くの台に乗せる。傍らの斜めになった台にパーソナルブックを置き、レシピのページを開いた。
「トーア、何を作るか説明してくれ」
「あ、は、はい。今回作るのは鋼の剣で、形は両刃で刀身も真っ直ぐなものです。月下の鍛冶屋での見本用の剣に近い形をしています。柄は芯が木製で革の平紐を巻く予定です。鍔や他の部品も一緒に作成します」
「トーア、質問だ」
腕を組みながらトーアの説明を聞いていたイデルが小さく手を上げていた。
「はい。なんでしょう、イデルさん」
「その口調だと、うちで使ってるパーツは使わないのか?」
「はい。刀身の幅が違いますから。それに鞘も後ほど作成します」
「えっ……あ、そっか。トーアは革の加工もできるんだったね」
はいと声を上げたフォールティにトーアは頷く。質問がなくなったのを見計らいトーアはインゴットを先に炉に入れて熱し始める。
トーアは用意する間に何を作るか考えた結果、芯材となる鉄の棒の周りを厚く鋼で覆い、成形して砥いで刃をつける方法を取ることにした。
西洋剣の製法としては、芯材、刃材、刃の腹の金属は別に用意し鍛接を行い一体にした後、鍛造を行って成形し、刃を砥ぎ完成する。日本刀の四方詰めと呼ばれる構造に通ずるものがある。
だが今回は素材を貰い、道具も炉も使わせて貰う手前、少し簡易の方法をとることにした。
簡易と言っても外側は鋼、芯材はねばりのある錬鉄を使うため強度は抜群である。
インゴットはガルドが自ら鉄鉱石と大量の木炭を使い溶解寸前まで専用の炉で焼き、炭素を多く含んだ鉄を抽出した後、ハンマーで軽く成形したもので、いわゆる銑鉄と呼ばれるものだった。
この銑鉄は、不純物が多く含まれており、これをこのまま成形したとしても脆く折れやすい代物、つまり最低のアイテムランクである【粗悪】になる。
そこで熱した後、叩く事で不純物の除去と、内部の炭素量を調節して含有量2パーセント以下の鋼へと変える必要があった。
炭素量を減らしすぎると芯材に使うような柔らかく、ねばりのある錬鉄や、より不純物がない純鉄へとなってしまう。CWOでも鉄鉱石を採掘した後は、精錬方法を考え出した過去の人々に感謝しながら何度も精錬した事をトーアは思い出した。
炭素量や不純物の含有量などパラメータでわかる訳ではないので、アビリティレベルの低い時はスキルの補助で、アビリティレベルが高くなればそれまでの経験でなんとなくわかるようになってくる。
今のトーアはなら失敗する事なく作業出来るが、初めの頃は銑鉄のままだったり、錬鉄にしたりと失敗ばかりしていた。
真っ赤に熱せられたインゴットを叩き、鍛えていく。鎚を振り下ろすたびに火花が散り、カーン!カーン!と高い金属音を響かせる。
叩いて行くうちに金属が延びて行くので、金床の端を使って折り曲げて形をまとめ再び叩く。冷え始めたらまた炉に入れて温めるのを繰り返した。
トーアは頃合を見計らい部品に使う量を切り離した後、鍛えて鋼となった金属を細く長く伸ばし、芯材である鉄の棒と鍛接する準備を始める。
鉄の棒を熱して赤くなった所で形を整えて、鋼で包み込んで行く。隙間が生まれないよう慎重に、冷えて固まる前に手早く包み、叩いてひとつの金属に変えていく。注意を払いながら鋼が一定の厚さを保つように叩き、トーアは一度鎚を作業台の上に置いた。
第一段階は完了し、後は叩いて剣の形に整えて行くだけになる。
「トーア、もうお昼なんだけど、一度休憩しないかい?」
「あ、え……もうお昼ですか?」
いつの間にか立っていたカンナに声をかけられてトーアははっとした。カンナがうなずくのを見て、トーアは愛想笑いを浮かべる。
確かに久々の鍛冶でテンションが上がり楽しくて、夢中になっていたのは否定できない。お昼の手伝いをしなかった事をカンナに謝ると、鍛冶をしていたのだからと、声をかけなかったらしい。トーアはいたたまれない気持ちになりながらカンナの後をついていき、食堂へ入る。
食堂の椅子に座った月下の鍛冶屋の面々はトーアの方を見てきたが、何も言ってはこなかった。そして、そのまま静かなまま昼食を食べ終えた。
「トーア、続きをするのか?」
「あ……炉を使うのに問題がなければ、続きをしたいです」
「そこは気にするな」
ガルドから了承を貰い、トーアは頷いて鍛冶場へと戻る。
炉の温度を高め、冷えた鉄を再び炉の中に入れて温めて行く。鍛冶場にはガルドのほかに月下の鍛冶屋の面々が集まっていた。
トーアは仕事はいいのだろうかと思ったが、今は目の前の事に集中しようと真っ赤になった鋼を取り出して、成形に移った。
完成形である剣の形に鎚を何度も振り下ろして形状を変えて行く。真っ直ぐにのびた両刃で、刃はなだらかな曲線を描いて切っ先に繋がっている。
重心はトーアの好みでやや先端よりになっており、振り回すような扱いができるようになっていた。
形状が完成し、トーアはふいごを使い、炉の温度を上げて剣全体を炉の中に入れて真っ赤になるまで熱し、焼入れの準備をする。
タイミングを計りトーアはすばやく刀身を炉から取り出し、水の中に全体を入れた。音とともに水蒸気が立ち上る。これで刀身は硬く強くなった。
焼き入れを行ったあとに、もう一度刀身を炉に入れて再度熱する。
これは焼き戻しと言う作業で硬さが若干失われるものの、焼入れによって低下したねばりを取り戻し、折れにくくする処理になる。タイミングを計って炉から刀身を取り出した後は水に浸けず、徐々に冷やすという徐冷という作業を行うため専用の棚に刀身を置いて、刀身の作業は完了した。
「ふぅ……刀身は冷ました後に砥げば完成です。続けて他の部品も作りますね」
「ああ」
ガルドは頷いて、徐冷中の刀身をイデルやミデールと共に眺め始める。
トーアは切り離していた鋼を熱する。今回の構造では、手を保護する為の鍔の他に、柄に巻く予定の革紐を固定する為の塚頭、刀身と鞘を固定する為のはばき、切羽が必要だった。
小さめな鎚を使って鋼を打ち、必要な部品も焼き入れと焼き戻しを行って刀身の隣に並べる。
その間も、トーアが作った刀身や部品を眺めるガルド達にトーアは首をかしげた。
「変なところ……ありますか?」
「いや、そういうわけじゃない。砥ぎと組み立ては明日にするのか?」
「あ、はい……出来ればそうしたいです。刀身や部品を冷やす必要がありますし……」
「わかった。ここまで作っておいて放りだすのは許さん」
「は、はい!」
「片づけを終えたら、今日は帰っても構わないからな」
「はい、わかりました」
帰ってよいと言われて、トーアは自分の手順に間違いがあっただろうかと考えながら、後片付けを始める。
刀剣の作り方は地域や流派、形状によって千差万別の為、トーアの作り方が珍しかったのだろうかと考えるが、作業速度が速いのも気になった。
――考えてみれば、あれだけの物を機械も無しに一日で作るなんて元の世界の常識を考えれば、とんでもない事だよなぁ……流石、異世界というか……。でも、あれはこの世界でも普通の事なのかな……。
片づけを終わらせてカンナに挨拶をした後、トーアは月下の鍛冶屋を後にする。
カンナは賃金を出す予定だったらしいが、トーアはそれを固辞した。一日中、剣を打っていたため、何も仕事をしていなかったからだった。鍛冶をさせてもらい、報酬まで貰っていては流石に貰いすぎだと、トーアは思っていた。
久しぶりの鍛冶にトーアは今日も上機嫌で夕凪の宿へ向かっていた。
異世界に来て初めて本物の炉の前に座り、鎚を振るったが、身体が自然と動き、CWOと同じように剣を作ることが出来た。本音を言えば、使う炉や道具、素材をしっかりと吟味して、生産系アビリティ【鍛冶】に補正を与える装備を揃えて、万全の態勢で行いたかった。だが今は剣を打てた事が最良なのだろうとトーアは結論する。
夕凪の宿に到着したトーアは、スウィングドアを開けて一階の酒場に入った。
「トーアか、お疲れさん。今日も機嫌が良さそうだが、いいことでもあったのか?」
「なんだかわからないけど、剣を打ってくれって言われて」
いつものカウンター席に座り、トーアは水をベルガルムに注文する。
「……剣を打ってくれ?」
「私は本当は冒険者じゃなくて、生産者なんだけど」
「生産者ぁ?アレでか?」
水をカウンターに置きながらベルガルムは素っ頓狂な声をあげた。
ベルガルムの言うアレとは、ブラウンボアやホーンディアを狩り、解体する腕前のことだろうかとトーアは考える。
「あれは……素材は自分で取った方が安上がりじゃない」
「いや、まぁ……そうかもしれねぇけどよ。トーアみたいな若いのは、だいたい金槌にも触れない駆け出しだからなぁ」
「あー……なら、明日には剣が出来るから、それを見てもらうのはどう?」
ベルガルムの駆け出しという言葉にトーアはトラースの顔が思い浮かぶ。確かにそれもそうかと納得した。
「……今日、打ち始めたんだろう?それで明日だと?」
「今日で成形が終わったから、明日砥いで組み立てて完成の予定だけど」
「……あ~……わかった、わかった。明日見てやる」
ベルガルムの投げやりな態度にトーアはむっとするが、やはりあの鍛冶速度はこの世界でも速いものらしく、信じてもらえていないようだった。明日、実物を見せるしかないかと思ったトーアは、ベルガルムに夕食を注文した。