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第三章 月下の鍛冶屋 10

 月下の鍛冶屋の扉を開けて店内に入ると丁度、カンナが店舗側に出てきていた。


「おはようございます」

「おはよう、トーア。今日はスカートなんだね。ズボンはないのかい?」

「鞄の方にズボンとブーツを入れてあります。流石にスカートで鍛冶場を歩くのは危険ですから」

「うん。わかってるじゃないかい。まだ鍛冶場の方は仕事がないから鞄は食堂にでも置いておきな。早速、店の前の掃除をお願いするよ」


 トーアははいと返事をする。鞄をいったん食堂においたあと、箒とちりとりを手に外へと出る。

 月下の鍛冶屋の前は石畳になっていない。エレハーレでも石畳になっているのはロータリーと各副道ぐらいで、地価が高い為か面している店舗は大きく立派なものが多かった。

 掃除を済ませた後は、店のカウンターにトラースと共に立って来店する客の対応をする。

 何人目かの冒険者に研ぎ終わった武器を渡して見送りを済ませたとき、トラースから視線が注がれていることにトーアは気が付いた。


「トーアは冒険者志望なのか?昨日は色々出来るって言ってたけど」

「私は生産者だよ。冒険者はどちらかっていうと、生活費だったり素材、道具を買うためのお金を稼ぐ手段かな」


 納得いかないのかトラースはふぅんと鼻を鳴らす。子供っぽい反応に思わずトーアは微笑む。トラースはトーアよりも身長が低く、紫色の髪の毛はさらさらと揺れて天使の輪と呼ばれるものが出来るほど艶やかで、整った顔立ちをしている。

 着ているものもしっかりとしているので、生まれが良いのかもしれなかった。


「トラースは鍛冶師志望?」

「うん、ガルドさんみたいな鍛冶師になりたいんだ」


 トラースは呟いて憧れをにじませ、瞳は輝きに満ち、前を真っ直ぐ見据えていた。

 ガルドの元で真っ当に修行を続けて、腕を磨けばもしかしたら名工と呼ばれるようになるかもしれないとトーアは感じる。

 新たな客が店に入ってきたので会話は途切れたものの、トーアはトラースに頑張って欲しいと思った。


 お昼近くになりトーアはエプロンを身につけてカンナと共に台所に立ち、昼食を作る。

 調理の際にはパーソナルブックのレシピのページを開いて台所の一画に立てかけておいた。こうやって開かない限りレシピを使用した際の恩恵は受ける事は出来ない。

 メインとなるスープを任されたので、ホワイトカウの骨から煮出したスープをベースにしてポトフに似た具沢山のスープを作ろうと野菜を用意する。


「トーアは手際がいいね」

「ありがとうございます。野営する時は自分で作ることになりますし、おいしいもの食べたいですから」

「それもそうだね」


 トーアが調理を進める様子を薄いインドパンを焼く傍ら見ていたカンナに褒められて、【調理】のアビリティレベルが高いんですとは言えず、誤魔化した。

 下ごしらえを終えた根菜を温めたスープに入れて煮込み、頃合を見計らい他の野菜やベーコン、まるまるとした腸詰めを追加する。

 そろそろ完成する事をトーアはカンナに伝えると、声をかけに行くとカンナは食堂を出て行った。

 丹念に灰汁を掬って調味料で味を調えたスープは【調理】のアビリティレベルだけで行ったにしては、中々な味だとトーアは自負する。

 久々の生産活動にトーアは気合が入りすぎたかもしないと思いつつも、十分な満足も感じており思わず笑みが浮かんでいた。

 しばらくして食堂にやって来た月下の鍛冶屋で働く人々に野菜スープを深皿に注いで渡してく。ガルドの一声で昼食が始まり、それぞれが一口スープを飲んだ後、動きを止める。


「……おいしい」


 月下の鍛冶屋の女性従業員であるフォールティが小さく呟いた言葉が食堂に響いた。

 赤色の混じった金髪をショートカットに切りそろえており、身体の線は細く、糸のように細い目が印象的な女性だが、今は口を押さえて細い目を見開いている。

 主に革細工を担当しており、防具のベルトや武器の鞘を作成していた。


「こいつを、作ったのは、トーア、なのか!?」

「スープは残っていたものだけど、ほとんどトーアが作ったもんだね。手際もよかったし……イデル、食いながらしゃべるんじゃないよ。慌てて食べなくてもスープはいつもの鍋にたっぷり作ってあるんだから」


 カンナにたしなめられつつも熱々のスープを汗を流しながら掻っ込んでいるのは、月下の鍛冶屋の従業員であるイデルという男性。茶色の短髪で側頭部をより短く刈り込んだ髪型をしており、筋肉質で豪快、声が大きい。ガルドと共に鎚を振るう月下の鍛冶屋の鍛冶師の一人である。

 イデルの隣でもくもくとスプーンを動かしているミデールがちらりとトーアに視線向けた後、立ち上がって自らおかわりを鍋から皿に注ぐ。皿には腸詰めや根菜が多めに取られていた。

 群青色の髪を後ろで一纏めにしている寡黙な男性で、昨日の自己紹介の時しか声をトーアは聞いていなかった。その後、イデルから月下の鍛冶屋で修行中の鍛冶師と紹介されている。

 フォールティの隣ではトラースが静かにスープとパンを食べているが、口の中一杯に頬張って食べているのでしゃべれないだけだった。

 店主であるガルドが見ていることに気が付いて、トーアは視線を合わせる。

 だが、ガルドはスープに視線を戻してもくもくと食事を続けていた。その後、皆がおかわりをして食べてくれた事にトーアは嬉しさに頬を緩めた。


「はぁぁ……うまかった……げふ……」

「もぉ、イデルってば……でも、本当おいしかったー。カンナさんの料理だっておいしいのに、トーアの料理も最高ー。月下の鍛冶屋で働いててよかった~」


 トーアがカンナと共に食器を洗っていると、後ろで昼休みと満足げにお腹をなでるフォールティとイデルが話し、隣ではミデールが小さく、トラースが大きく頷いている。


「さ、こんなうまい物を食べたんだ。休みが終わったら午後からもがんばっておくれよ」


 カンナが満足げにしているフォールティたちを見て笑みを浮かべてそう言うと、それぞれ思い思いの返事が返ってきた。ガルドは昼食の時からどこか難しい顔をしており、何かを考えている様子だった。


 午後からはズボンに着替えて鍛冶場へ入り、金属を鍛えるガルドやイデル、ミデールの補助をする。

 と言っても、作業を始める前には準備を整えているため、作業の合間に足りなくなりそうな物や頼まれたものを運んで補充するのが主な仕事だった。

 別の部屋ではフォールティが革を加工して必要な部品や鞘を作っており、イデルに頼まれた部品をトーアは取りに来ていた。ちょうど部屋では作業台に向かいながら難しい顔をしたフォールティが、革切り包丁を窓から差し込む太陽光に当て何かを確認していた。


「どうしたんですか?」

「あ、トーア?うーん……ちょっとコレの調子がよくなくて」

「見せてもらってもいいですか?」


 快諾したフォールティからトーアは革切り包丁を受け取って、刃に光を当てて指先で刃に触れる。

 非常に丁寧な手入れが施され、念入りに研ぎ上げられていたが、少しだけ刃が潰れていた。


「少し刃が潰れてますね」

「やっぱり……?革に変に硬いところあったのよね……うーん……研いでもらいたいけど、ガルドさんやイデルはまだ作業みたいだし」


 部屋の外からは金属を叩く音が聞こえてくる。


「私が研ぎましょうか?」

「え、トーアが?あ、そっか。トーアが【鍛冶】できるってガルドさんが言ってたね。うーん……なら頼んじゃおうかな」


 刃物を研ぐ技能は生産系アビリティ【鍛冶】に含まれる為、革加工を主に行うフォールティは自分で使う革切り包丁を研ぐ事ができない。そして、トーアが言った事をガルドはフォールティたちに話しているようだった。

 トーアは頷くがイデルから部品を持ってくるように頼まれていた事を思い出して、先にイデルへ部品を届けた。

 その際に、革切り包丁を砥いでもよいか確認し了解を取る。

 砥石が置かれた研ぎ専用の部屋に並ぶ棚には天然の砥石がいくつも置かれており、使用頻度の高い砥石は水に浸けられていた。その中からトーアはいくつかの砥石を選んで台の上に置き、近くの椅子に座る。


「フォールティさん、要望とかありますか?どんな感じに仕上げてほしいとか……」

「え……うーん、いつも任せちゃってるからなぁ」


 フォールティの言葉にトーアは革切り包丁の状態を確認して、ついている癖をなくさないように丁寧に研いで行く。刃の状態をみながら研いでいくといつの間にか、部屋にカンナが来ていた。


「フォールティさん、これでどうでしょう?潰れていた部分は直っていると思います」

「ん……うん。ちょっと試してみるね」


 トーアから水気を丁寧に拭き取った革切り包丁を受け取ったフォールティは足早に部屋を出て行く。トーアは使った砥石を片付けようとする。


「ああ、トーア。ついでみたいで悪いけどさ、包丁の方も研いでくれないかい?」

「お昼に使ったのですか?私はいいですよ」

「なら、お願いするかね」


 包丁を取りに一度部屋を出て行ったカンナ。トーアは包丁なら別の砥石がいいかなと別の砥石を台の上に用意する。そこへフォールティが興奮した様子で駆け込んできた。


「トーア!すごいよ!さくさく切れる!なんだか、うまくなった気分になっちゃうね!」


 よかったですとトーアは答えつつ僅かに視線を逸らした。それは恐らくトーアの【鍛冶】アビリティのスキルによるもので、ある程度使用するまでアビリティと生産に補正がかかる状態に革切り包丁がなっているからだった。まぁ、使ってくれるフォールティが嬉しそうならいいかとトーアは思うことにする。

 嬉しそうに部屋を出て行くフォールティと入れ替わりに、数本の包丁を持ったカンナが部屋に入ってくる。

 お昼の調理の際に切れ味の落ちているものが混じっていることに気が付いたが口にはしなかった。


「じゃぁ、こっちも頼むよ」

「はい」


 包丁の状態を確かめた後、砥石に当ててゆっくりと研いで行く。包丁は全てガルドが打ち上げたものだと【物品鑑定<外神アウター>】で知る事ができた。部屋に刃物を研ぐ音だけが静かに響いている。

 水で包丁を濯いだ後にタオルで水気を丁寧に拭い取り、刃に光を当てて砥ぎあがったことを確認したトーアは、カンナに見てもらおうと振り返った。


「砥げたのか?」

「は、はい」


 いつの間にかトーアの後ろには月下の鍛冶屋で働く全員が集まっており、ガルドがトーアに声をかける。

 ガルドが差し出した手にトーアは柄を向け渡すと、刃の状態を確かめた後、後ろに立っていたイデルに包丁を見るよう顎をしゃくり差し出していた。


「トーア、鍛冶や色々と出来るといっていたが、鍛冶は何年続けている?」

「鍛冶ですか……えっと、十年ぐらいになります」


 ガルドの質問にトーアは少しだけ考えた後に答える。

 鍛冶だけはCWOを始めた時からずっと続けていた。一日や二日という間が空いた時や他の生産系アビリティのレベル上げを行っていた事もあるが、鍛冶はプレイ期間と同じ時間がかかっていると言えた。


「……十年……」


 イデルが驚いたように小さく呟いた声が響くほど静かに月下の鍛冶屋の面々に見られていた。トラースは目を見開いて口をだらしなく開けて驚きを露にしている。

 職人にとっての十年が短いものか長いものかはトーアは判断がつかなかった。


「そうか……いい腕だ。他の包丁も頼む。お前らも仕事に戻れ」


 ガルドの言葉にトーアは頷いた。腕の良い職人にいい腕と褒められるのはやはり嬉しかった。

 上機嫌で、しかし手は抜かずにトーアは残った包丁を全て砥ぐ。その後は使った道具を元あった場所に戻し、部屋の掃除を行う。ゴミはゴミ箱へ、整理整頓とトーアは手際よく片づけを済ませる。

 綺麗にすることもあるが、使いっぱなしで物を置いておくのは危険だからだった。

 掃除が終わった頃には陽が傾き始めており、砥ぎあがった包丁をカンナに渡した際に今日は終わりにしていいといわれる。

 トーアはカンナから今日の賃金を受け取って、挨拶とともに月下の鍛冶屋を後にした。


 仕事が終わった後も上機嫌でトーアはまっすぐに宿へ向かった。歓楽街には縁がないのと、生産に必要な道具を買うにしても販売する伝手がないので、トーアが使うぐらいしか用途がない。調理器具や食器は見に行きたかったが、買っても当分死蔵する事になりそうで、寄り道する場所がないためである。


「おう、トーア。おつかれさん」

「今日は街に居たし、何も狩れてないよ?」


 スウィングドアを開けて夕凪の宿に入ると、ベルガルムが声をかけてきた。


「ああ、わかってるよ。トーアから買ったブラウンボアやホーンディアが残ってるからな。飯はもう食うのか?」


 街の外に出ているわけではないので、手入れをするような物もない。ベルガルムの言葉にトーアは頷いて、いつものカウンター席に座る。


「はいよ。今日の夕食だ」

「これは……雑炊?」


 トーアの前に出されたのは大麦をメインにきび、あわのような雑穀を加えて煮詰めた麦雑炊のようなものだった。スープは白く濁っており、牛ブイヨンに似たコクのある香りが漂ってくる。

 米じゃないのかと少しだけ残念に思いながらトーアは木製のスプーンで麦雑炊を軽く混ぜて掬う。


「ああ。ただの雑炊じゃないぞ?ブラウンボアの骨を煮出して作ったスープを使って、肉も使ったものだ。賄いだったんだが、店に出してくれって言われてな」

「ベルガルムの旦那よ~確かに出してくれって言ったけどよ、これだけってのはないだろよ~。酒のつまみじゃなくてコレは締めだろうよ~」


 つまみじゃないと言いつつも既に赤ら顔で出来上がった客が声を上げる。

 トーアは一口麦雑炊を食べると、最初は濃厚なブラウンボアの風味が聞いているが塩味が効いていて、あっさりとしていた。


「スープで使った骨でも齧ってろ馬鹿野郎」

「流石に犬じゃねぇんだから、それは無理だろ~」


 ゲラゲラと笑う客達の声を聞きながら、トーアは麦雑炊をそのまま食べ進め、ベルガルムにおかわりを頼む。後味さっぱりだが、普通に食べるには量が欲しいものだった。

 おかわりを食べたトーアは部屋に戻って、【ホームドア】内で日課の柔軟と湯浴みを済ませる。

 日記をパーフェクトノートに書き込んだ後、湯冷めしないうちにとホームドアから出てベッドに寝転がり眠りについた。

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