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第三章 月下の鍛冶屋 8

 カウンターに座っていた少年が元気良くいらっしゃいませと元気良く挨拶したが、入ってきたトーアの姿を見て、怪訝そうな表情を浮かべていた。


「こんにちは。店主のガルドさんは居ますか?」

「……ガルドさんに何かようですか?」


 むっと警戒を露にする少年に、トーアはどう説明しようかと考えていると、カウンターの奥からトーアよりも背が低いが倍の横幅、腕は子供胴ほどある男性が出てくる。

 肌は浅黒く火に焼かれて顔は固そうな髭と黒髪に覆われており、隙間から見える黒い瞳はじろりとトーアを見ていた。CWOにあったドワーフという種族の特徴と男性の身体つきは似ているため、同じような種族なのかもしれないとトーアは思った。


「俺がこの店の店主、ガルドだ。俺に何か用か」

「ノルドさんがここで修行していたと聞いてやってきました」

「……確かに修行していたが、今は居ないぞ」

「あ、いえ、ノルドさんを尋ねてきたのではなくて……剣を注文したくて」

「剣?それはいいが、腰のはどうした」

「これは……ノルドさんが打ったものを譲ってもらったんですが……」


 トーアはフクロナガサとナガサの剣帯を外してカウンターの上に乗せる。ガルドはフクロナガサのほうを抜いて瞠目した。カウンターに立っていた少年は口をあんぐりと開けている。トーアは砕けた状況を説明するとガルドは眉を顰めた。


「よくそれで無事だったものだ。こっちは……使えそうだな」


 フクロナガサを一旦カウンターに置いたガルドはナガサを抜き、刃や作りを検め始める。一通り確認した後、ガルドはナガサを鞘へと戻しトーアへと視線を向けた。


「腕は落ちていないようだな。今はどうしている?」

「今は、ウィアッドで鍛冶師をしています」

「ふん……そうか。剣の注文だったな?」

「あの、この砕けた方は直せそうにないですか?砕けた破片は全て回収したんですけど……」

「難しいな。折れた程度なら直しようがあるが、残った刃の部分を見るに砕けてしまっているのだろう?ほぼ新しく作りなおすようなものだ」

「そうですか……」

「……トラース、料金表を渡してやれ」


 トーアの様子にガルドはカウンターに立っていた少年の名前を呼んだ。トラースと呼ばれた少年からトーアは作成される武具ごとの値段が書かれた料金表を受け取る。

 料金表にかかれていた値段は最低の物でもトーアの所持金を越える半金貨一枚からだった。


「……足りないようだな」

「あっ……あの!足りない分はここで働かせてもらえませんか?」

「ここでか?」

「はい!私は、リトアリス・フェリトールと言います!トーアと呼んでください!鍛造、鋳造、研ぎ、彫金、皮なめしから革細工、木材加工、何でも出来ます!お願いします!」


 トーアは頭を下げてガルドに頼み込んだ。

 手元にあるナガサだけでは森を探索するのは危険だとトーアは判断していた。【贄喰みの棘にえはみのとげ】はあるが常に使える代物でないため、代わりの武器が必要になる。

 初めは街で仕事を探すつもりだったが、腕の良い職人の居る店で働く事が出来ればその技術を盗みたいとトーアは思う。もしかしたら何か作れる機会が出来るかもしれないと考えたのも少しだけあった。

 だがガルドはトーアの言った言葉を信用していない様子で、腕を組み口を一文字に結んでいた。


「……日雇いの雑用ならギルドにも依頼を出している。別に雇う分には構わん」

「あ、ありがとうございます!」


 雑用でも物作りの現場で働けることにトーアはこみ上げる嬉しさに顔が笑みを浮かべているのを自覚する。だが、トラースはトーアの事を疑うような非難するような目で見ていた。


「後はカンナに聞いてくれ。トラース、店番しとけ」

「はい!ガルドさん!」


 ガルドはそのまま店の奥へと入って行った。

 トーアはこの後、どうすればいいのかとトラースに視線を向けるとむすっと顔を背けられる。


「……カンナさんは、ガルドさんの奥さんだから、少し待っていればこっちに来てくれると思う。……色々納得がいかないけど、ガルドさんが決めたから仕方ないし……」

「やれやれ……飛び込みで働きたいなんて直接店に来るなんて、今時珍しいね」

「あ、すみません……」


 店の奥から出てきた女性は、ガルドと変わらない背丈で横幅もあった。髭は生えていなかったが頭にかぶったバンダナから覗く黒髪は固そうな印象を受ける。


「いいんだよ、そういう気概は私は好きだからね。トーアだったね。私はカンナだよ、よろしくね」


 よろしくお願いしますとトーアはカンナに頭を下げた。働く内容を話し合う為、カンナに店の奥へと案内される。

 食堂らしい作りの部屋には長いテーブルとベンチが置かれ、奥には竈が見えた。


「さてと……とりあえず、ギルドに出している依頼と同じ仕事をしてもらおうかね」

「はい」

「ガルドから聞いたけど、トーアは色々と作れるみたいだね。だけど飛び入りの職人に仕事を任せるのはちょっとね。あの人が言いたいのはそういうことさ」

「それは……わかってます」


 残念だがやはり飛び込みでそこまでさせてくれるはずないかとトーアは思った。

 カンナの話でトーアの仕事は、見習いであるトラースとほとんど変わらず、店の掃除、店番、鍛冶場の掃除、昼食の手伝いといった雑用が主要な仕事となる。

 昼には賄いが出て、日雇い制で賃金は半銀貨二枚。

 薬草採取のクエストよりも報酬が高かったがあのクエストは薬草を採取させるよりも、クエスト完了に至るまでの過程で身につけることの方が重要なためにわざと報酬を低めにしているのかもしれなかった。他の街の仕事は雑用だがしっかりとした報酬が設定されており、生活をしていくための普通の仕事である。

 一日の宿代には足りないが、チェストゲートのなかにあるホーンディア一頭分の肉でベルガルムと交渉しようとトーアは決めた。

 カンナと仕事についての話が終わった後、トーアは今日から働きたいとカンナに告げる。


「それは構わないけど……ならそうだね、仕事内容の確認がてらお願いしようかね。報酬は半分になるけどいいかい?」


 半分でも出してくれる事にトーアは快諾する。


 トーアはカンナと共に昼食の用意を始めるがほとんどカンナが済ませており、今日は配膳を任される。

 カンナは店の人々を呼びに行くと食堂から出て行ってしまった。ちょっと無用心じゃないかなぁとトーアは思いながら、本日の賄いであるビーフシチューのようなとろみを持った茶色のスープが入った鍋の近くに皿を置いた。スープには大きめに切られた野菜や肉が入っており、どれもスプーンで崩せる程柔らかく煮込まれている。トーアは食欲を刺激する匂いに賄いが楽しみになった。

 テーブルにパンが盛られた籠を置くと食堂の外から話し声が聞こえてくる。最初に顔を出したのは糸のように細い眼をした女性だった。


「……ああ、誰かと思った。ガルドさんが話した今日から働くって子?」

「はい、トーアと言います」


 女性の後に入っていたのは、ガルドやカンナ、トラースを含めて五人で、計六人が月下の鍛冶屋で働いていた。

 トーアは皿にスープを注いで挨拶と共に渡していく。最後にトーアが自身の賄いを皿に盛ってテーブルに座る。


「挨拶は済ませたと思うが、今日から働く事になったトーアだ」

「初めまして、リトアリス・フェリトールです。トーアと呼んでください。よろしくお願いします」


 トーアは席から立ちあがって挨拶とともに頭を下げた。トーアが見習いではなく日雇いの雑用係であるとガルドは説明し、仕事の内容は見習いであるトラースと同じであるとも伝えられる。その後、ガルドの一声で昼食が始まった。

 カンナの作ったスープは見た目通りビーフシチューで、牛の旨味を感じれるものだった。パンとシチューを食べつつ、おかわりを注いだりすると割と普通に受け入れられているようだった。

 ギルドにも日雇いのクエストを出しているとガルドが言っていたので、トーアのように働く人間は珍しい訳ではないらしい。


 昼食を終えて店の人々は再び作業場へと戻って行った。トーアはカンナと共に食器を洗った後、仕事の説明を受けながら店の奥を案内をうける。

 昼食を食べた食堂はガルドとカンナの住居でもある母屋の一角で、奥には大型の炉が設置された鍛冶場となっていた。近くには、止め具や鞘を作成するための革細工専用の部屋や、砥石が準備された部屋、素材が積まれた倉庫がある。

 炉には火が入っており、鍛冶場はかなりの暑さになっていた。

 炉の前にはガルドが座っており、大きな鎚を振り上げて真っ赤に熱せられた金属を叩いていた。その様子を邪魔にならない距離でトーアは観察する。

 太い腕が振り下ろす鎚は正確に金属を打ち、火花を飛び散らせる。淀みなく作業を続ける様子からガルドの腕の良さを再度感じた。

 トーアがガルドの鍛造している様子に見入っていると傍に居たカンナに肩を叩かれる。笑みを浮かべたカンナはトーアに鍛冶場を出るように手招きをしていた。トーアは素直にカンナの後をついていく。


「鍛冶場でうるさくすると、あの人が怒るからね。トーアは……鍛冶が好きなんだね」

「あ、はいっ!大好きです!でも鍛冶だけじゃなくて、物作り全般が好きです!最初に始めたのは鍛冶なんですけど、そこから鍛冶に必要な部品も自作したくて、木工や革細工も始めて、装飾を入れるために彫金や裏布や止め具につかう布の……」


 カンナの浮かべる優しい笑みにトーアははっと興奮してしゃべり続けてしまった事を自覚し、顔全体が熱くなるのを感じてうつむいて、横を向いた。


「ふふふ。いいじゃないか、そういう気概ってのは物を作る人間に取って大事なものだと私は思うよ」

「あ……ぅ……そ、そうですか?」

「そうさ。真摯に物作りをするのは本当に好きな人間じゃないと続けられないと思うしね」


 カンナに肩を叩かれて店の別の所へ案内を受け、仕事の説明を聞いていく。

 仕事の基本はカンナの話の通りで、カウンターでの接客では研ぎや修繕、鍛えた武器の受け渡しもあるが、客は引き換えの木札を持っている為、難しい事はない。新しく武具を作る場合は、ガルドが客から直接、要望や注文を聞くためトーアやトラースの出番はなかった。

 丁度、新造で剣を注文する客が現れ、トーアは月下の鍛冶屋での最も基本となる見本剣を見ることができた。見た目は普通の剣であるが、その剣から客の注文を聞いて長さや重み、重心の位置を変えるための大事な剣になる。

 トーアも今後、店を持ち注文をとる場合は、作る必要が出てくるが今は炉どころか鎚も金床もないので、トーアはずいぶんと先の話に感じていた。

 日が傾くころ、トーアはカンナから今日の仕事は終わりと告げられる。


「お疲れ様でした」

「はい、お疲れさん。明日からよろしくね。まぁ、別の仕事を見つけて働く事が出来なくなったら早めに教えておくれよ」


 トーアは頷いて、カンナが差し出した半銀貨一枚を受け取る。もう一度お辞儀をしてトーアは月下の鍛冶屋を出た。

 働き口を見つけてほっとしつつ、久々の鍛冶場の雰囲気、におい、熱さにトーアは手を握っていた。


――ああ……やっぱり、物を作る現場っていいなぁ……あ~……早く自分の炉がほしいなぁ……。


 ホームドアに設置する事を考えると、鉄鉱石や粘土が必要なことを思い出しつつ、トーアは鼻歌交じりに上機嫌で夕凪の宿へ足を向けた。

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