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第三章 月下の鍛冶屋 5

 トーアの自己紹介にフィオンは目を見張り、口を開けて驚いているようだった。トーアが首をかしげると、ぽつりとランクGという呟きが聞こえる。

 どこかおかしいところがあるんだろうかとトーアは思いながら、ブラウンボアの血抜きが終わったので木から降ろし、トーアはナガサを抜いてブラウンボアの解体を始めた。

 最初に腹に刃を入れて、内臓を取り除き、食用に向くものは革袋に分けておく。排泄物の詰まった膀胱などの器官は丁寧かつ慎重に取り除いて、掘った穴に入れて後で埋める。

 四肢の蹄部分を切り落とした後、皮と脂肪の間にナガサの刃を入れて皮を切り離していく。普通であればすぐにブラウンボアの脂でナガサの刃は鈍るものだがトーアの採取系アビリティ【解体】のパッシブスキルにより、より長く解体時の刃物の切れ味は保たれていた。

 切り離した皮の上で脚と腰の関節に刃を入れて後ろ足を切り離し、前足も同様に切り離す。胴の部分はフクロナガサの方を使って背骨に刃を入れて縦に半分にする。

 一通りの解体を済ませた後は、鞄から取り出した革袋に入るようにある程度、分割した。そして、フィオンに見せるように鞄に入れる振りをして、鞄の中に現したチェストゲートのARウィンドウに収納する。


「ふぅ……【湧き水】」


 解体を終えて血と脂だらけになったグローブやフクロナガサ、ナガサを魔法で生み出した水球で丁寧に綺麗にする。

 ブラウンボアの背骨を切ったり、関節をはずしたりしたがフクロナガサ、ナガサともに刃は欠ける事はなかった。ノルドの鍛冶の腕をしみじみと感じつつ、トーアは生み出した水球を消した。


「あの水球って……魔法使えるの?」

「ええ……基礎のものしか使えないですけど」


 トーアは戦闘系アビリティに類される魔法系のアビリティは【魔法基礎】というアビリティのみレベルを上げている。

 使える魔法は先ほど使った飲み水を生み出す【湧き水】、火種を指先にともす【火種】、小さな明かりを生み出す【灯火】等と旅や日常生活であると便利だが、戦闘に向かないものがほとんどだった。

 CWOのプレイヤー達も、魔法は覚えなくても【魔法基礎】はあったほうが便利という認識が広がっていた。

 魔法を使わないトーアは、生産系アビリティの【錬金】、【刻印】、【付与】に【魔法基礎】が前提となっているため、レベルを上げている。

 CWOの魔法は様々な属性、形状、効果範囲を現す数多くの語句を組み合わせることで魔法を創ることが出来た。

 そして、語句を組み合わせることで作成される詠唱を正しく行い、魔法名を言葉にすることで魔法は発動する。

 だが魔法の詠唱に成功、失敗関わらずに一度使用すると次の魔法を使えるようになるための時間、いわゆるクールタイムと呼ばれるものが発生した。

 クールタイムは組み合わせた語句が強力であったり、多くなるとクールタイムは長くなる傾向にある。

 そのせいか詠唱が苦手な魔法系のプレイヤーはお荷物扱いされることもあったが、一つの魔法で強大な威力を発揮させるためか、その一撃に浪漫を追い求めるプレイヤーも少なからず存在していた。

 魔法使い達の戦い方に変化が起こったのは、CWOのアップデートにより“詠唱器”と呼ばれる装備が実装されてからだった。

 詠唱器の機能は三つの種類があり、プレイヤーのクールタイムのみ肩代わりする“スペルローダー”、詠唱のみを肩代わりする“マクロスペル”、消費するマナのみを肩代わりする“マナタンク”がある。

 それぞれは一つの詠唱器に同時に組み込む事が出来る為、魔法使いはより多くのスペルローダーやマクロスペルが組み込まれた詠唱器を求めるようになるが、魔法名を言葉にする詠唱器はないため、同時に魔法を発動させる事はできなかった。

 しかし、魔法を連続で使用する事は可能になった為、魔法使い達にも一つの魔法の火力を追い求めたり、連続で魔法を使い続けるようになったりとプレイスタイルが多様化する結果になる。詠唱が得意ではないプレイヤー達も詠唱器を使う事で魔法使いとして荷物扱いされることは少なくなった。

 トーアは魔法は使わなかったが詠唱器はいくつも作り上げており、その中でもある杖の核として組み込んだ詠唱器は今までの詠唱器とは異なるコンセプトの元で設計されている。

 詠唱器には莫大な量のスペルローダーとマクロスペル、膨大なマナタンクを搭載した。更に本来、排出されてしまう余剰マナを球体の詠唱器によって再利用する事でその能力を飛躍的に加速していく事を可能にした。

 杖の名前は“梔子の歌くちなしのうた”。詠唱器が発動すると複数のマクロスペルが発する音が合唱しているかのように聞こえる為、『口無しの歌』をもじり、名付けられた。

 その高すぎる性能をフルに扱えるプレイヤーは一人しか居なかったが、梔子の歌とそのプレイヤーによってCWOの魔法の常識をひっくり返す事態になろうとはトーアは思いも寄らなかった。


――やりすぎたかなと思ったけど、あれはあれで生産者冥利に尽きるというか……うれしかったなぁ……。でも……あんなものが創れるようになるのは一体何時になるのやら。


 梔子の歌は友人二人と共に悪ふざけのように機能を盛り込み、半ば冗談で話していた余剰マナ再利用のシステムを実装し、希少な素材をつぎ込んで生産された一品物。だが今は素材も道具も施設もなしとトーアは内心嘆息する。

 ふと傍にいたフィオンが目を輝かせていた。


「トーアちゃんはすごいなぁ。鞄も容量拡張と重量軽減が使われてるっぽいし」

「そ、そうです。……あの、ちゃん付けはちょっと……」


 カテリナについで二人目のちゃん付けにトーアはやめてもらうように言うが、フィオンは腕を組んで一人、納得していた。

 なぜ、ちゃん付けをやめてほしいと言う言葉は届かないのか、トーアは頭を押さえる。

 だがちゃん付けに感慨も抱かなくなってきているのはカテリナに呼ばれ続けているため慣れてきているのかしれなかった。


 その後、フィオンの提案で昼食を取る事となり、群生地から少しだけ離れた所に移動する。森の開けたところに倒木があり、近くには焚き火の跡があった。恐らく他の冒険者達が休憩や野営に使ったのだとトーアは思った。


「トーアちゃん、お昼はどうするの?」

「来る途中でホーンラビットを狩ったので、串焼きでも作ろうかなと。フィオンさんは?」


 群生地から道すがら集めた薪を使って焚き火の準備をする。【火種】を使って火をつけて薪が燃え上がるの待つ間、膝の上にパーソナルブックを開いて、話をしながら細いめの枝をナガサで削って細く尖らせて串に加工する。


「私はお弁当があるから……。あ、敬語使わなくていいし、フィオンでいいよ。堅苦しいでしょ?」

「ん……なら……」


 いくつか串を用意した後、ホーンラビットの肉を取り出して串を刺して、火であぶり始める。


「トーアちゃんって冒険者になって長いの?……あ、でもさっきランクGって言ってたよね……」

「昨日、冒険者になって二日目だよ。この薬草採取が初クエストになるかな」


 肉から油が滴り、芳しい香りが放ち始める。そこに塩と探索中に拾った香辛料となる小さな実を指で砕いて振りかける。


「……ふつかめ?はつくえすと?」

「うん。ご飯食べた後はどうする?私は街に戻ろうって思ってるけど」

「あ、う、うん、私も採取、終わったし街に戻るよ」

「ん、焼きあがったみたいだし、昼食にしよう」


 フィオンは背負っていた鞄から布の包みを取り出して、揃えた膝の上で開くとサンドイッチがいくつか包まれていた。フィオンはグローブを脱いでサンドイッチを食べ始める。

 トーアは焼きあがった肉を手にいただきますと呟いて熱々をかぶりつく。鶏肉に似た触感だが、噛むたびに肉汁が口の中に広がり、塩と香辛料のバランスも絶妙だった。

 ただ火で炙っただけの調理だったが、トーアは生産系アビリティ【調理】の高いレベルが味を極上のものに変えていた。アビリティだけの補正だけならこの程度かなぁと思いながらトーアは肉を咀嚼する。

 ごくりという喉のなる音に、トーアは肉にかぶりつこうとして視線をフィオンへと向けた。途端に顔を赤くするフィオンにトーアは少しだけ笑ってしまった。


「サンドイッチと交換する?」

「いいのっ!?じゃぁ、はい」


 トーアはフィオンから差し出されたサンドイッチを受け取って、焼きたての串を渡す。


「えへへ……ありがとう、トーアちゃん。んっ……ん~!?おいしいっ!」

「フィオンのサンドイッチもおいしいよ」


 焼き串だけの昼食はどうなのかと考えていたので丁度良かったとトーアは思いつつ、サンドイッチに噛り付く。新鮮な野菜と酸味の利いたマヨネーズのようなソースのアクセントがあっさりした味に仕上げている。

 トーアは途中から焼いた肉を串から外して挟んで食べると、フィオンも真似をしてサンドイッチを頬張ると目を見張った。


「ん~!おいひ~!」


 口いっぱいに頬張りながら声を上げるフィオンの様子に作った料理が褒められるのは悪い気がしないなぁと思いながら、トーアは微笑んでサンドイッチにかぶりついた。

 即席ラビットサンドに舌鼓を打ち、昼食を済ませたトーアは火の後始末をして立ち上がる。既にフィオンは鞄からコンパスと地図で街の方向を確認していた。

 トーアはこっそりとポケットサイズのパーソナルブックを開き、地図のARウィンドウを表示させて街の方向を確認する。


「それじゃ、行こう」

「あ、うん」


 トーアが先に歩き出して、森を進む。

 フィオンは再度地図と方向を見比べて驚いているようだった。


 何事もなく街の城壁が見え始め、森を抜ける。

 トーアはフィオンと共に街の中に入り、ギルドへと向かった。陽は大分傾いてきており、クエストを終えた冒険者の姿もちらほらと見えた。

 ギルドに入り丁度、空いていた『クエスト受注・報告』のカウンターに真っ直ぐ、トーアは向かう。

 クエスト報告の旨を告げて、アリネ草とギルドタグをカウンターの上に置く。


「お疲れ様です。リトアリスさんは薬草採取ですね。クエストは初めてでしたよね……はい、状態も良いですし問題はありません。こちらが報酬になります」


 報酬の半銀貨一枚とギルドタグを受け取る。かなり少ない額ではあるが、街の外へ出るクエストのため仕方がないとトーアは思った。だが他の街のお手伝いクエストはもっと報酬が高いものが多かった事を思い出す。


――でも、極端すぎるかな……何か理由があるのかも。


 賃金は少なかったもののチェストゲートの中は植物系の素材が収められており、トーアとしては賃金を得るよりも有意義なクエストだった。

 トーアがカウンターを離れるとフィオンがクエスト完了の手続きをした後、トーアに近づいてくる。


「トーアちゃん、お疲れ様。この後はどうするの?」

「フィオンもお疲れ様。この後は予定はないから、泊まってる宿に戻るかな」


 フィオンと話しながらトーアはギルドの外に出た。


「そっか。私も家に帰ろうかな、それじゃ、またクエストで出会ったらよろしくね」

「うん、よろしく」


 トーアが頷くとフィオンは笑顔を浮かべて手を振りながら『エレハーレ商店街』のほうへと向かって行くのを見送る。

 家と言うことはエレハーレに住んでるのだろうかとトーアは思うが、関係ないことかと拠点にしている夕凪の宿がある『宿屋通り』へと歩き出した。

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