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第三章 月下の鍛冶屋 2

 ロータリーを歩きギルドの向かい側にある職業神殿へトーアは向かう。職業神殿は白い壁の三角屋根の建物で近づくにつれて、他の建物よりも古く、ところどころ傷んでいるように見える。

 だが建物の高さは他の建物に比べて屋根一つ高く、周囲からは非常に目立つ建物だった。木製で金属補強された観音開きの扉を押して入る。扉を閉めた途端に街のざわめきが完全に途切れ、呼吸が聞こえてきそうな程の静けさが場を満たした。天井は高く、採光のための窓からしか光が差し込んでいないため薄暗い。教会の礼拝堂のようなつくりだったが祭壇やベンチと言ったものはなく、神が祭られる所には一つだけ扉があった。


「こんにちは。職業神殿へようこそ」


 入り口から少し歩いたところに椅子に座っていた女性に声をかけられる。

 女性の手にはレース編みがあり、膝にはひざ掛けがかけられていた。薄暗いためか女性の顔立ちははっきりとせず、黒く長い髪が印象に残る。女性の正面には軽鎧をつけた男性が脚を組んで座っており、ぎらついた瞳がトーアの方を向いていた。


「職業神殿をご利用ですか?」

「は、はい」

「では、こちらに身分証明書かギルドタグを置いてください」


 女性が指差したのは小さな机の上に置かれた丸い石板。大きさは大人の手に乗る程度でギルドで見たものと同じような幾何学模様がびっしりと刻み込まれていた。

 トーアが石板を見ていると、背後の男性から威圧するような気配にトーアは咄嗟に身構えようとする。


「こらっ!誰でも威圧しないの!」

「ちっ……」


 男性は面白くなさそうに舌を鳴らし、足を組みなおして椅子に座りなおした。


「ごめんなさいね、これはギルドや国から職業神殿の使用を禁止されている人かどうか判断するものだから危険はないわ」

「あ、そういうことですか……」


 石板に刻まれた【刻印】をよく見ようとしていたのを別に捉えられたらしいと思ったトーアは、首から下げたギルドタグを石版の上に置く。女性が石板を操作するとギルドの時と同じように石板が青白い光を放ち、消えた。

 トーアの後ろの男性は、再び足を組み替えてだらしなく座りなおしていた。恐らく職業神殿の使用を禁止されているような人物の場合は、男性が取り押さえることになっているのかもしれなかった。


「はい、問題ありません。あちらの部屋に入り中にある珠に触れてください」


 女性が差し出したギルドタグを受け取ったトーアは、女性の言葉に頷いて奥の扉に向かう。扉の先には小さな部屋になっており、中心にはボーリング大の大きさの珠が何の支えもなく宙に浮いていた。

 部屋の珠が僅かに放つ光だけで照らされており、他に光源はなかった。


――この雰囲気や置いてあるものはCWOの職業神殿と変わらないなぁ……。


 少しだけ懐かしさを感じながらトーアは珠に両手で触れる。一瞬、珠の光が強くなった気がしたがそれ以上の反応はなかった。

 この反応もCWOと同じだなとトーアは思いつつ、手を離してパーソナルブックを現す。これで元に戻っていなかったらという考えが頭をよぎり、開こうとした手を止めた。


「その時は……ウィアッドで神様のポップ待ちをしてやる」


 恨み言にも似た言葉を呟いた後、ごくりと喉を鳴らしページを開く。開かれたアビリティの一覧は全て白い文字に変わっており、使えることを示していた。

 緊張のため、止めていた息を吐き出す。途端に沸きあがってきた嬉しさに歓声を上げそうになり、トーアは手で口を押さえる。

 緩む頬は部屋に誰も居ないので、そのままにページを捲り、取得していたアビリティが全て使える事と職業に【特級創作士マスタークラフター】を設定できる事を確認して、トーアは無言で両手を上へと突き上げた。

 すぐに職業を【初心者ノービス】から【特級創作士マスタークラフター】へ変更したトーアの身体から、この世界に来てから感じていた違和感が無くなり、足の先から指先まで漲る力に、何度か深く呼吸を繰り返す。

 少しだけ気持ちが落ち着いてから、パーソナルブックを捲りレシピの一覧を開く。レシピのページには目次が全て白文字で並んでいた。CWOの時に揃えた総数と変わっていないようだった。


「っ……ふっ……!ふ、ふふふ……!」


 嬉しさに何とか声を漏らさないよう歯を食いしばるが自然と顔がほころび、唇の隙間から声が漏れる。溢れ出てくる歓喜の感情にこのままではここで笑い出してしまうと、トーアはパーソナルブックを消して部屋から出る。

 眠っているかのように目をつぶった男性と椅子に座りレース編みを再開していた女性の前を会釈して通り過ぎ、そのまま職業神殿を出て行く。女性は笑みを浮かべていたのでもしかしたら、トーアが漏らした歓声が聞こえていたのかもしれなかったが、今はそんな事を気にしていられなかった。

 扉を開けた途端、街の喧騒が戻ってくる。トーアは嬉しさに移動系のスキルを取得できる戦闘系アビリティ【駆動】の【八艘飛び】で飛び上がり、【空駆】で宙を宙返りしながら駆け出したい衝動に駆られるが、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


――お、お、おち、おち、落ち着け!落ち着け、私!CWOのい、いつもの状態になっただけだから……。でも、職業もレシピも戻ってよかった!本当によかった!!


 すでに頬を締めるのは無理と判断して、早く宿に行く為にパーフェクトノートを開く。道筋を確認しロータリーから『宿屋通り』に進み、ギルドでお奨めされた『夕凪の宿』へ向かった。


 終始、頬を緩めながらトーアはギルドで教えてもらった角を曲がり、通りから一つ路地に入り『夕凪の宿』へ到着する。

 釣り下げられた看板には夕凪の宿と掘り込まれており、その下にはギルド推奨の宿である看板が下げられていた。宿の入り口はスウィングドアになっており、トーアはこっそりと店内の様子を窺う。

 カウンターには眉も髪もないスキンヘッドの男がもくもくとグラスを磨いており、酒場じみた店内には屈強な男達が陽も高いうちから酒を飲み、赤ら顔で話をしていた。

 トーアは横目でもう一度看板が間違いがない事を確認すると、意を決してスウィングドアを押して中に入る。

 店内はアルコールの臭いが僅かに漂い、スウィングドアの軋む音に店内から一斉に視線を向けられた。酔っているように見えてその視線は質量を感じるほどだったが、トーアはさっきから視線を向けられることが多いなと、臆することもなくカウンターに近づいた。

 グラスを拭いていた男性はグラスからトーアへと視線を移しており、どこかむすっとしたような表情は鋭い目つきといかつい顔つきと相まって、ウィアッドから一緒にエレハーレに来た冒険者志望の青年では震え上がるかもしれない程度には恐ろしいさがある。

 だがアビリティを取り戻して、本来の職業である【特級創作士マスタークラフター】になり、レシピも無事だったトーアはそのような些細な事を気にも留めなかった。


「……嬢ちゃん、何か用か」

「ギルドの紹介で来たんだけど、一人部屋は空いている?」

「ああ、一人部屋は一日半銀貨三枚だ。飯は別料金でこの酒場で食ってもいいし、余所で食ったっていい。それとうちは一日ごとに更新だから、続けて泊まる時は朝に料金を払ってくれ」

「なら、それで」


 トーアは男性に半銀貨三枚を渡すと男性はカウンターの下から木札のついた鍵を取り出してカウンターの上に置いた。


「これが嬢ちゃんの部屋の鍵だ。数字は読めるか?読めるなら、札についてる数字が嬢ちゃんの部屋番号だ。外に出る時は鍵を俺か、そこのトリアに渡してくれ」


 男性の指差した方向には女性がカウンターに肘をついていた。話を振られたのに気が付いたのか、ウェーブのかかった橙色の髪を揺らして赤茶色の瞳をトーアに向けてくる。浮かべた笑みは妖艶でトーアはドキッとして慌てて男性に視線を戻した。

 男性は観察するような視線を向けてきており、トーアはなに?と尋ねた。途端に男性は大きく口を開けて笑い始める。トーアも酒場に居た他の客達も驚きながら男性を見た。


「がはははっ!いや、俺の顔を見てもビビらない嬢ちゃんが面白くてな!大の大人でも腰が引ける奴がほとんどだってのによ!」

「……そろそろ嬢ちゃんはやめて。私のことはトーアって呼んでほしい」

「くくっ!はははっ!!そうかそうか!トーアだな!俺はベルガルムだ!よろしくな!」


 でかい手を差し出す男性、ベルガルムの手をトーアが握ると、握手というよりも握られて上下に振られる。

 ベルガルムの様子に酒場の客たちは珍しいものを見ているかのように、酒や食事をする手を止めていた。


 ベルガルムの握手から解放されてトーアは階段を登り、夕凪の宿の二階にある借りた部屋へと入る。

 シングルの小さなベッドに机と椅子、正面に窓があるものの開く事はないようだった。ウィアッドで使った部屋よりも遥かに狭く寝るための部屋という感じだが、綺麗に掃除されておりベッドも清潔そうに見えた。

 トーアにはホームドアがあるため、部屋が狭くても構わないが寝具が揃っていないので清潔であっては欲しかった。鍵をしっかりと閉めた後、トーアはすぐに【ホームドア】を発動する。

 ホームドアに入ったトーアは、しっかりとドアを閉めてブーツと外套を慌てて脱ぎ捨て部屋の真ん中に歩き出し、身体を震わせ始める。


「ふ……ふふふっ……ふはははは……!はーはっはっはっは!!」


 職業神殿から押さえ込んでいた喜びを爆発させて笑い声を上げたトーアは、床に倒れこみお腹を抱えて部屋の中を転げまわった。


「あははははっ!!【パーソナルブック】!やっと……やっと、やっと!生産が出来る!!」


 うつぶせになりながらパーソナルブックを捲り、アビリティとレシピのページを眺める。トーアは笑いを堪えずに笑い続けていた。ホームドアの音はドアを開けていない限り漏れる事がないので、存分に喜びを解放した。


「ふふふっ!あははははっ!!っ……ぐっ……げほっ……!げほっげほっ!!」


 そして、咽た。

 咽たことで少しだけ冷静になったトーアはパーソナルブックを捲り、レシピ以外の図鑑である、魔物図鑑、素材図鑑はウィアッドで手にした素材と相手にした魔獣だけが記されていた。魔導図鑑については元からあまり魔法を使っていないため、イベントなどで入手したものがあるだけで初期化はされていなかった。

 もし【初心者ノービス】になっていたのがCWOで転生した事が原因であるとすれば、他が初期化されている理由が思い当たらなかった。仰向けになったトーアはホームドアの天井を見上げて考える。


「……うーん、アビリティとレシピのために他が犠牲になった?魔法はアビリティ上げないと取れないから、アビリティに含まれてたのかな……?」


 推測でしかないが、トーアの脳裏に浮かんだのは“神に願いを捧げる代償”や“等価交換”といった言葉。ファンタジーだなと思いつつも、大神本人が行った事なのだから多少は目こぼしして欲しいとも思いつつ、ついに生産が出来るだけのアビリティを取り戻し、早速、何かを作ろうかと考え始めた。


「……って、チェストゲートもホームドアも初期化されて、素材も道具も施設もないから……どれだけ高いアビリティを持っていても所詮ただの人……」


 呟きながら膝を抱えてころりと横になる。

 現状を改めて認識し涙が出てきそうになるが、トーアは空腹感を覚えて少し早いが夕食にしようと立ち上がって、ホームドアを出た。

 職業やアビリティは戻ったものの、今はウィアッドに戻るまで生活費を稼ぐ必要がある。そして、ウィアッド方向の駅馬車の出発する日付を確認していない事にトーアは気が付いて、とりあえず宿の店主であるベルガルムに夕食を食べながら聞いてみることにして、リュックサックに入っていた荷物をチェストゲートへ移した後、リュックサックを片手に部屋を出た。

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