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第三章 月下の鍛冶屋 1

 出発の朝、トーアは割り当てられた部屋で旅装を調える。結局貰う事になった着替えや、ウィアッドの人々の厚意によって揃えられた装備、そして、昨日のバザーで受け取った餞別は一部は鞄に入れ、入りきらなかったものは全てチェストゲートへ収納していた。忘れ物がない事を確認して部屋から出て宿の前の広場へと向かう。

 広場では隊商が出発の用意を整えていた。隊商のリーダーである男性とデートンが話しているところにトーアは近づく。


「準備できたようだね。トーア君、これが君の賃金だよ」

「はい、ありがとうございます」


 デートンが差し出した革袋をトーアは受け取る。考えていたよりもずっしりと重たい事に怪訝に思い、デートンを見る。


「賃金の内訳は半金貨一枚分。すぐにつかえるように銀貨九枚、半銀貨十枚が入っているよ。すでに隊商に支払う分は差し引いてあるから安心してほしい」

「は、半金貨一枚分……」


 初めに決めた賃金、銀貨六枚から隊商に乗るために銀貨三枚となった。受け取った賃金は半金貨一枚のため、約三倍の賃金をトーアは手にすることになる。

 思わずこんなに受け取れないとトーアは言いそうになるが、口を開く前にデートンは手を挙げていた。


「トーア君のお陰で熊狩祭を開催できて多くの利益が出ている事と、ブラウンベアから村を護ってくれた礼を含めているから是非、受け取って欲しい。……私は熊狩祭の利益の半分を出してもいいと思っているのだがね」

「えっ……い、いいえ!これで充分です!ありがたくいただきます!」


 デートンが声を潜めて呟いた声にトーアは首を横に振り、半金貨一枚分の賃金を受け取ることにした。デートンは笑みを深めて、丸めた羊皮紙を差し出してくる。

 賃金以外に何があるのかとトーアは首をかしげる。


「これはエレハーレの街に入るための仮許可証だよ」

「仮……許可証ですか?」

「ああ。大きな街に入るには基本的に身分を証明する物が必要でね。出生と同時に国へ申請することで身分証明証というものが発行されるので、普通に暮らしているのならそれを使えばいい。だがトーア君のように身分証明証を持っていない人間は少なからず存在する。そこで私のような立場にある人間が責任を持つ事で、効力は一度だけの許可証を発行する事ができるんだ。そして、街に入った後は冒険者互助組合、通称ギルドで冒険者登録をするんだ」

「冒険者は一定の身分を保証されている、からですか」

「ああ。ディッシュから聞いたのかな?」

「はい。職業神殿に行くのなら必要だからと」

「そうか。なら詳しくは説明しないよ。……職業神殿の事を忠告したのに街に入る事を言わないとは、ふむ……。まぁ、これを紛失すると非常に困った事になるので大切に持っていくようにね」

「わかりました。わざわざ、ありがとうございます。」


 丸められた羊皮紙を受け取ってトーアは頭を下げた。

 鞄の中に入れる振りをして、トーアは羊皮紙をチェストゲートに収納した。こうしてしまえば紛失、盗難といった危険性はない。

 鞄を背負いなおしたトーアの肩に、カテリナが手を置いて顔を覗き込んでくる。


「トーアちゃん、怪我には気をつけて、無理をしたらだめよ?」

「はい、カテリナさん」

「……もぉ……返事だけはいいんだから」


 カテリナの腕がトーアの身体に回されて、そのまま一度だけ強く抱き締められる。離れた時にはカテリナは瞳に涙を浮かべていた。トーアはカテリナの手を取って約束しますと言った。

 ふっとカテリナが表情を崩して微笑みを浮かべ、小さくため息をついた。


「約束よ?……いってらっしゃい、トーアちゃん」

「はい、いってきます」


 挨拶を済ませたトーアは荷馬車に乗り、ウィアッドの住人達の見送りに手を振る。

 そして、隊商はトーアを乗せてエレハーレへと出発した。




 ガタゴトと揺れる馬車に揺られて二日目の昼、隊商はエレハーレ近郊へ到着する。

 馬車は貨物を載せるもののため、大層なクッションなど無くトーアは初日からお尻にダメージを受けた。今は唯一クッションになりそうな毛布を敷いて座っている。

 エレハーレが近くなったお陰で道は石畳に変わり、振動は少なくなっていた。トーアは御者席のそばから顔をだし、進行方向に見えるエレハーレの城壁を眺める。短い旅の中でエレハーレの事をトーアは隊商の面々から聞いていた。

 エレハーレは元々、ウィアッドと同じく街道の休憩村であった。後にその街道は王都主街道となり人通りが多くなる。周辺の地形を調べた際に難度の低い迷宮が二つ見つかり、冒険者や冒険者を相手にした商人、その家族と人口が急激に増大した。

 迷宮都市とも呼ばれるラズログリーンも同じような成り立ちであったが、エレハーレで見つかった迷宮はその二つだけであったため、第二のラズログリーンとなる事はなかった。

 トーアがエレハーレの事を思い出している間に馬車はエレハーレの城門に到着する。

 隊商のリーダーである男性に仮証明証を渡して、城門を護る兵士に提出してもらう。仮証明証が珍しい様子だったが問題はなかったようで隊商の馬車はエレハーレの街へと動き出した。

 御者席からトーアは顔を出して街の様子を眺める。建ち並ぶ建物はウィアッドの宿のような白い漆喰を使用したものがほとんどだった。行き交う人も冒険者然とした革や金属の鎧を着込んだ人、杖を持ち深くフードをかぶりくるぶしまで覆うローブを着込んだ人、獣耳や尻尾を生やした人、頭部が完全に狼や蜥蜴となっている人と様々だった。


――異種族……うーん……ファンタジーここに極まれりって感じ。CWOでなんとなく見慣れた感はあるけど、実物を見るとなんだか感動するなぁ。


 エレハーレ全体に活気があり、住人の数も建ち並ぶ建物の数もウィアッドとは比べ物にならないほど多い。街の中心であるロータリーを馬車は到着する。

 ロータリーの中心はベンチやテーブルと椅子が並んでおり、ボードゲームに興ずる人や談笑する人々、待ち合わせをしてる冒険者、演奏や芸を行いお金を稼ぐ人など、エレハーレの住人が思い思いに過ごしていた。

 ロータリーからは四つの副道が伸びており、迷宮都市ラズログリーン方向へ向かう王都主街道から時計回りに、宿屋が建ち並ぶ『宿屋通り』、日用品や食料などを販売する店が集まった『エレハーレ商店街』、ウィアッド方向へ向かう王都主街道を挟み、冒険者が使う武具を取り扱う店や鍛冶屋などが並ぶ『冒険者横丁』、そして、エレハーレの住人が暮らす家々がある『エレハーレ大通り』とそれぞれに名前がつけられていた。トーアが乗る馬車は『エレハーレ商店街』へロータリーを曲がった後に少しだけ進んだ。大きな商店の裏へと回った馬車はそこで停車する。

 馬車を操っていた御者である男性に到着した事を言われ、トーアは馬車から降りる。そして、最後に馬車から買い付けをしたり、売れ残った荷物を降ろすのを手伝った。短い間であったがお世話になったのでこれくらい減るものではなかった。

 トーアと共にウィアッドで隊商に乗せて貰った冒険者志望の青年もトーアを見習って運ぶのを手伝っていた。青年の面倒をみている冒険者の男性も居たが隊商のリーダーと何かを話していた。青年はいい所を見せようしたのか、重い荷物を運ぼうとしていたが、トーアが同じ量を軽々と運ぶと口を開けて驚いていた。

 荷物を降ろし終わった後、トーアは隊商のリーダーである男性と挨拶を交わした。


「トーアさん、手伝っていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、エレハーレまでありがとうございました」


 二日という短い期間であったが、隊商にうまくとけこめたかなとトーアは思っていた。夜の警備に協力し二日目の朝には、ブラウンボアを狩ってきたりと、雑用以上にいろいろとがんばっていた。


「もういかれるんですか?店の方でお茶くらいお出ししますが……?」

「いえ、職業神殿へ行かなければならないので」

「そうですか……では今後、エレハーレの生活の何か必要なものがございましたら、是非クリアンタ商店をご贔屓に」

「はい、その時はお願いします」


 しっかりと宣伝する男性にトーアは苦笑しつつ、握手を交わした。

 隊商の面々に会釈をしてトーアが歩き出そうとすると、共に乗ってきた冒険者志望の青年がトーアの隣に並んだ。後ろには冒険者の男性がついてきてくる。


「トーアはこの後、どうするんだ?」

「冒険者互助組合、ギルドに行きます」

「トーアも冒険者になるのか?」

「はい、必要なので。まぁ……身分証明と生活費を稼ぐためですね」

「そっか。じゃぁ、当分この街に居るんだ」

「そうですね。次のウィアッド行きの駅馬車が出発する日までは滞在します」

「僕も、次のラズログリーン行きの駅馬車が出発する日まで居るから……」


 青年はどこか嬉しそうに話す。これはまだ狙われているのかもしれないとトーアは思う。やめて欲しいとは思いつつも表情に出さないようにトーアは、曖昧に笑っておいた。

 青年の付き添いの男性に案内されて、トーアと青年はロータリーに面した冒険者互助組合、通称ギルドの建物にやってくる。

 ギルドの建物は比較的古かったが補修がしっかりとされており、味のある佇まいをしていた。エレハーレに迷宮が出来た時に建設された当時の建物を使い続けていると、付き添いの男性が説明していた。

 トーアは青年と共に両開きのドアを開き、ギルドへ入る。

 途端、ギルド中から視線が集まる。軽く威圧が含まれている視線に隣に立つ青年は一瞬身をすくめていた。だがトーアは視線を気にせずに建物の中を見渡していた。

 入って左側には大きな板が設置されており、いくつもの紙が貼られていた。その反対側には『資料室』と書かれた扉がある。正面にはいくつかのカウンターがあり、それぞれ『新規登録』、『クエスト受注・報告』、『解体依頼』と天井から札が下げられている。

 トーアは視線を気にせずに真っ直ぐに歩き、『新規登録』の札が下がったカウンターへと向かう。あたりからは口を鳴らす音が聞こえて、青年もおっかなびっくりトーアとは別の『新規登録』のカウンターへ歩き出した。

 カウンターに座る金髪の女性は白を基調とした服を着ており、カウンターの向こう側で作業している様々な種族の人達も同じデザインの服を着ている為、恐らくギルドの制服らしかった。

 女性は鮮やかな緑色の瞳をトーアに向けており、自然と浮かべられた笑みには妖艶さが香り、人気のある受付嬢という印象をトーアは感じた。


「冒険者互助組合、通称ギルドへようこそ。ギルドへの冒険者登録でよろしいでしょうか」


 はい、とトーアが頷くと細長い紙をカウンターの下から取り出した。


「こちらに名前を書いてください。文字はかけますか?」

「はい、大丈夫です」


 女性からペンを受け取り、ペン先をインク瓶につけて紙に名前を書き込んでいく。

 『ウィアッドの宿』と看板を読んだことで気が付いた言語チートであったが、書くことも自由にできることをウィアッドでの生活でトーアは発見していた。

 つけペンについては、ウィアッドの宿で使う機会があったので何度か触れる機会があったため、苦も無く使えるようになっている。


「リトアリス・フェリトール、で間違いないでしょうか?では、こちらにパーソナルブックを乗せて下さい」


 女性がカウンターの下から取り出したのは、黒い石で出来た正方形の板だった表面にはびっしりと幾何学模様が掘り込まれていた。【刻印】によるものかもしれないが、少し見ただけではどんな効果かわからなかった。

 トーアは言われたとおりにパーソナルブックを石板の上に乗せる。女性が先ほどトーアが書いた紙と楕円状の金属板を石板の上に乗せて、石板の一部を指でなぞる。

 女性がなぞった部分から幾何学模様が青白い光を放ち、乗せられていた紙が青白い炎に包まれて燃えてなくなった。

 突然の事にトーアが驚くと、女性はにっこりと笑みを浮かべていた。


「これでギルドへの登録は完了です。パーソナルブックにギルドのページが追加されていることを確認してください」


 女性にそう言われて、トーアはウィアッドでカルミーゼが言っていた『ギルドではページを追加する術だけが見つかっている』というのを思い出す。パーソナルブックを捲ってギルドの項目が追加されている事を確認し、女性に大丈夫ですと告げた。


「ギルドのページにはギルドの規約、クエストの受注状況、魔獣・魔物の討伐数が記録されています。あとは冒険者が使う用語の解説なども載っています」


 説明を受けながらギルドのページを捲ると、トーアのギルドに関する情報と目次が並んでいた。


「こちらがギルドタグになります。ギルドにてクエストを報告する際には本人の確認と討伐数の確認のため、ギルドタグを提出してください。またギルドタグが身分証明証にもなります。もし紛失した際は悪用を避けるため、なるべく早くギルドへ報告してください」


 女性が差し出した楕円状の金属板を受け取る。金属板には小さな穴と小さな赤色の宝石、そして、トーアのフルネームとこの世界の文字で“G”と大きく書かれていた。


「ギルドタグに書かれている“G”という文字は、リトアリスさんのギルドランクとなります。ギルドランクは“どれほどの技量を持った冒険者であるか?”という目安です。ランクGから始まり、F、E、D、C、B、A、最高のSまであります。ギルドランクによって受注可能なクエストも変わりますので注意してください。こちらはサービスとなっています、穴に通して首からかける等にお使いください」


 差し出された革紐の輪をギルドタグに通して、トーアは首からかけて長さを調節する。


「ギルドについての詳しい説明は、パーソナルブックのほうに載っています。また、ギルドでも質問にはお答えしています。何か質問はありますか?」

「えっと……クエストの受け方について教えてください」

「クエストを受注する際は、あちらのクエストボードに貼り出されている紙を取り、クエスト受注、報告のカウンターへ提出してください。一つだけ注意していただきたいのは、ご自身のランクと同じか下のランクのクエストのみ受注できるということです。クエストの報告も同様にカウンターでクエスト報告を行いたい事を告げてください」


 ギルドランクは説明のあった通り技量の目安であるため、技量の無い人間が難度の高いクエストを受けれないシステムになっていた。

 最後にトーアは、おすすめの宿を聞く。女性の話では、ギルドでは年に何度か街にある商店や宿屋などの店の査定を行い、ギルド推奨の店を決める。程度も格安のものから高級志向までそれぞれであり、利用客はギルドから信用されているということで店を利用する。店はギルド推奨を得ることで客が増えるというメリットがある。


――やっぱり、査定をする時はギルドの査定員である事を隠すのかな……。


 どこぞのグルメガイドを連想しつつ、トーアは狭くても清潔でプライベートが確保され、値段が安めの一人部屋が借りれる宿を聞いた。

 大部屋ではホームドアは使えないし、高すぎては日々の生活に支障が出る。


「それでしたら、『夕凪の宿』をお奨めしますわ。店主はエレハーレ出身の元冒険者で宿泊料や出される食事もお安いと思います。食事の量も多く、防犯もある程度しっかりしています。店主は“自分が冒険者だった時に満足した宿を手本にしている”と話していました。宿は主に冒険者や各地を旅する方々が多く利用されているようです」


 お奨めされた『夕凪の宿』の部屋が空いていなかった事を考えて、他にもいくつかの宿の場所を聞いてパーフェクトノートにメモしていく。そして、職業神殿の場所を聞くとギルドからロータリーを挟んだ向かい側にあるとのことだった。


「……ありがとうございます。質問はもう大丈夫です」

「はい。それではリトアリスさんの活躍をお祈りしています」


 軽く頭を下げた女性は笑みを浮かべて会釈し、トーアも軽く頭を下げた。

 カウンターから離れると、すでに登録を済ませていた青年がトーアに近づいてくる。


「トーアはこの後、どうするんだ?」

「職業神殿に行きます。ウィアッドから来たのはその為でもありますから」

「ああ……そっか。な、なら一緒の宿に……」

「あー……宿は俺の兄が経営している所に行くからな。いつまでもリトアリスに迷惑をかけるな」

「えっ……あっ……そ、そんな迷惑だなんて……」

「じゃぁな、リトアリス。縁があればまた出会うだろうよ」


 トーアが思わず一瞬顔を顰めたのに気が付いたらしい付き添いの男性が青年の服の襟を掴み、別れの挨拶と共にギルドから引きずって出て行った。

 青年が引きずられていくのを呆然と見送っていたトーアは我に返り、そそくさとギルドを後にした。

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