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第二章 ウィアッド 12

 ノルドの鍛冶屋の扉を開けると、再びアルコールの臭いが鼻につく。昨日のノルドの様子からかなり飲んでいることは予想がついた。ノルドはカウンターにつっぷしてぴくりとも動かないが、一応、店は開いているようだった。


「ノルドさん、大丈夫ですか?」

「ん……ああ、トーアか。カルミーゼ先生から二日酔いの薬は貰ってるから、朝よりは多少楽になったよ」


 朝はどれだけ酷い状態だったのかと思わず半目でノルドを見るトーア。昨日、カルミーゼが言っていた準備とは、まさか二日酔いの薬を用意することなんじゃとも思う。


「ノルドさん、二日酔いのところ悪いんですけど、旅装が欲しくて来たんです」

「隊商が今日、到着するからね……まぁ、その為に呼んだんだけどさ。トーアに必要なのは寒さや雨を凌ぐ為の外套と、眠るときに使える毛布かな。後はそうだな……各種の手入れ道具ってところかな」

「ノルドさん、代金は……」


 トーアがデートンに請求して欲しいという前にノルドは二日酔いで青ざめた顔を起こして、にこやかに笑いながらサムズアップする。


「ブラウンボアとブラウンベアの皮のお礼だと思って、貰っていって」


 ノルドの言葉にトーアは頭を抱えてうつむく。すぐに顔を上げてカウンターに両手を突いた。


「ノルドさん!流石に何でもかんでも私にあげすぎです!ちゃんと代金は払います!」

「お、大きな声は頭に響くから……わ、わかったよ……」

「デートンさんに請求してもらえれば、私の賃金から引かれますから、お願いしますね」


 まったくと呟きながらトーアは外套のコーナーへと向かう。

 ほとんどが革を使ったもので、風雨に耐えれそうな質の良いものを選ぶ。出来ればフード付で深くかぶれるもの、戦闘時に武器を抜くなどの取り回しの良いものを探す。いくつかの外套を試着し、止め口が左肩にあり、丈の長いものを選んだ。

 毛布も少し大き目の物を選び、外套と毛布を持ってカウンターに戻った。


「ついでに、前に貰った剣のお礼としてお店の手伝いをしたいんですけど」

「えぇ……気にしなくてもいいのに。あー……ああ、わかったよ……」


 苦笑いを浮かべたノルドをトーアは軽く睨むと、諦めたようにノルドは両手をあげた。

 隊商が来た時に在庫を補充する必要があるか確認する為、在庫確認をお願いされる。在庫数が書かれた在庫表があるので、数が合っているか確認してほしいとのことだった。

 トーアは在庫表を手にノルドの鍛冶屋の倉庫へと足を踏み入れる。

 倉庫には木製の棚が並び、棚には置かれている品物の名前が記された紙が張られていた。

 在庫表と見比べながら鍛冶に使う金属や革細工で使うなめされた革や毛付革、武器や防具、農具の修繕用の部品、天然の砥石の数を確認していく。

 鍛冶に使う金属を確認中にある金属の名前にトーアは手を止めてた。

 棚の上には鮮やかな赤色のインゴット。CWOで見覚えのあるもので、触れると僅かに熱を持っていた。他の金属と異なり、金属板の上に置かれていた。


「赤熱鋼……」


 ぼそりとインゴットの名前を呟く。

 【物品鑑定<外神アウター>】を使って確認すると“赤熱鋼”と表示された。

 赤熱鋼は生産する際に混ぜ合わせる事で火の属性と、永続的に熱量を発し続けるようになる。生産方法は火蜥蜴サラマンダーなどの火の属性を持つ生物の心臓を、少量の鉄と共に鋳造することで出来た。

 ここにある赤熱鋼のアイテムランクは低い為、金属板に載せておくだけで問題は無い。だがアイテムランクが高くなると自然発火するほどの熱量を発生させる非常に危険な金属である。

 在庫表の他には軽青鋼という、同じ大きさのインゴットでも他の金属に比べて質量が非常に軽いものもある。生産方法は雫石という温度の低い洞窟などで見つかる石を砕いてインゴット型に押し固める。

 トーアは軽青鋼も【物品鑑定<外神アウター>】で確認するとCWOと同じ説明が表示された。この二つはCWOで“色彩鋼”と呼ばれる金属で他に、『灰鋭鋼』『軟緑鋼』『黒重鋼』『白魔鋼』などがある。

 特に『黒重鋼』の加工を得意としたトーアは、様々な製品を生み出していた。


――チェストゲートの中には、最高級の色彩鋼がいっぱいあって……


 心の傷トラウマを思い出し、トーアは乾いた笑いを上げた。ため息をついた後、在庫の確認を終わらせた。


「ノルドさん、在庫の確認終わりました」

「ありがとう、トーア」


 ノルドの顔色は先ほどより少し回復しているようだった。カルミーゼは腕のいい薬師なのかもしれない。


「うーん……あまり減っていないし、注文はしなくていいかな。はい、これ。さっきの荷物を纏めておいたよ」

「ありがとうございます」


 渡された綿の袋には外套と毛布が折りたたまれて入っているのを確認する。他には剣や装備の手入れを行う為の道具や、野営に使うような道具も一緒に入っていた。

 ちらりとノルドを見るととてもいい笑顔だった。思わずトーアはじと目で見るが、挨拶をして武器屋を後にした。


――ああ……結局貰いすぎたような気もする。まぁ、デートンさんに請求されるんだし、いいか。……賃金、足りなくならなければいいけど……。


 旅費が足りなくなりそうな時はいくつか返品しよう、とトーアは考えながら宿へと戻った。


 隊商はお昼を過ぎた辺りに到着し、隊商のリーダーがデートンに挨拶に宿に訪れる。二人は少し話した後、隊商に昼食が振舞われた。

 熊狩祭で残った最後の肉を使った料理で、熊狩祭があった事を知ると隊商の面々は非常に残念そうにしていた。その後、広場では小規模なバザーが開かれ、カルミーゼの二日酔いの薬が効いたのか、ウィアッドの人々は楽しそうに買い物を楽しんでいた。

 そして、トーアはバザーの端で隊商のリーダーである人物とデートンの交渉に同席していた。隊商のリーダーである男性は暗褐色の髪の上にベレー帽のようなものをかぶり、使い込まれた膝上ほどの外套を着ていた。デートンの話を聞きながら、髪と同じ色の瞳がトーアに向けられている。


「デートンさん、この子がブラウンボアやブラウンベアを?」

「ああ。そのお陰で午前中は村中が開店休業といった状態だったよ」


 男性の視線がトーアからデートンに移る。


「熊狩祭ですか……一日早く到着していれば参加出来たと思いますが残念です。見習いの時分に一度だけ参加することはできましたが、なにぶんお酒を飲む事ができませんでしたから、楽しさは半減でした」

「お酒は今は、大丈夫なのだろう?」

「ええ、お昼にいただいた料理は熊狩祭で使われたお肉を使ったものと聞きましたが絶品でした。熊狩祭に間に合ったときは予定を変更してでも楽しんでいきましたよ。それでデートンさん、この子を私に紹介したいだけではないでしょう?」

「ああ、この子はリトアリス・フェリトールと言うんだがね、事情があってエレハーレまで同乗させてもらえないかと思ってね」

「確かにエレハーレには行きますが……事情ですか」


 再び男性の視線がトーアへと戻る。トーアは真っ直ぐに男性の目を見た。

 顎に手を当てて考えてた男性は小さく頷く。


「ふむ、うーん……デートンさんの紹介と言うことですし、まぁ、いいでしょう。荷馬車も空いていますし、半銀貨八枚に、多少雑用をしてもらうという事でどうでしょう?」


 男性の提示した金額は駅馬車よりも少し安めのものだった。デートンに視線を向けると小さく頷いたので条件に問題はないらしかった。トーアは腰を折って頭を下げる。


「はい、よろしくお願いします」


 丁度、近くの商品を見ていたエリシアは話を聞いたのか、驚いた顔をしていた。


「トーア、エレハーレに行くって聞いていたけど、もう行っちゃうの?隊商と一緒だなんて……明日には出発じゃない!」


 エリシアの声に、あたりに居たウィアッドの住人達が集まってくる。


「なんだかトーアが村に来たのが昨日のことのようだねぇ……」

「ウィアッドにまた戻ってくるのか?」


 見知った人も居れば、知らない人も居る。だがトーアの顔は昨日の熊狩祭の挨拶で功労者である事と共にウィアッドの人々は知っているようだった。


「はい。エレハーレで用事が済んだら戻ってきます」


 トーアの答えにデートンは少し驚いているようだった。

 ウィアッドに戻る事は前々から考えていたことで、もし職業神殿で何も起こらなかった時は、このままウィアッドで生活をしてこの世界の神が接触してくるまで待つつもりだった。そして、職業が戻った場合は、報告する程度には義理を感じていた。


「そうかい……。ああ、ちょっと待ってな!丁度、特製の干し肉が出来たから、持って行きな」

「お、うちには乾燥させた野菜があるからそれも持っていけ」


 旅で使える食料や日常に使うものをウィアッドの人々から渡されてトーアは目を白黒させた。トーアは助けを求めるようにデートンをみるが、苦笑いを浮かべていた。


「トーア君、君が無事戻るのを待っているよ」

「……はい」


 ウィアッドの人々が個々に持ってくる量は少なかったが、村中の人々から受け取った食料や道具はトーアの両手では持ちきれない量になっていた。隊商の男性もいつの間にか笑みを浮かべており、トーアはノルドから貰ったリュックサックに全て入るだろうかと考えて、ある程度はチェストゲートへ収納しようと思った。

 いきなり異世界に放り込まれて最初に行きついた場所がウィアッドで本当によかったとトーアは礼を言いながら思い、両手に持ちきれないほどの餞別に胸が暖かくなるのを感じる。


――職業神殿の結果がどうであれ、ウィアッドには戻ってこよう。


 トーアはそう、心に決めた。

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