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第五章 口福と狂乱の六日間 9

 そして、六日目の朝がやってくる。

 トーアが表明した六日間最後の日であり、トーアの料理を食べれる最終日であった。

 その希少性はトーアが当初予想していた集客力を遥かに上回ることになる。

 いつも通りトーアたちが露店市場の入り口へと到着すると、謎の行列が出来上がっていた。ギルたちと顔を見合わせ首をかしげながら露店市場の中を進んでいく。途中、商業ギルド員と思われる男性が、行列を整理し行き交う荷馬車や荷車の誘導を行っていた。

 荷車を引くトーアに気が付くと悲鳴じみた声をあげる。


「あっ!?リトアリス・フェリトールさんですか!?お待ちしてました!早急に!早急にっ!準備をお願いします!!」

「……え、まさか、この列って……」

「そうです!リトアリスさんのお店のお客様です!!」


 トーアは再びギルたちと顔を見合わせる。ギル、フィオン、ゲイルも驚きに目を丸くしていた。


――いやぁ、これはちょっとやりすぎたかな……。


 露店の場所まで急いで移動し、調理を優先して荷物を下ろす。ギルたちがそれぞれの仕事に取り掛かる中、トーアは焜炉に火を入れて調理を始めた。

 この六日間で対応に慣れたギル、フィオン、ゲイルだけではなく、テナーとミリーも手伝いに来てくれたおかげか、大きな混乱は起こらなかった。

 最終日となる六日目のため、妨害される心づもりであったトーアは拍子抜けしつつも、しっかりと調理を続ける。


 最後は露店市場が閉まる時間を超えて販売を行い、惜しまれながらもトーアの露店は閉店した。

 手早く撤収準備を整えてトーアたちは露店市場を後にし、白兎の宿へと戻った。

 荷車などは宿の裏に置き、庭に置いたままだった石窯に火を入れ、約束していた打ち上げのための準備を始める。


「トーアさんの手際は勉強になりますから」


 と、途中からはテナーとミリーが手伝いを買って出てくれた。

 露店市場での販売は難しいとして販売品目にはならなかったものの、試食では人気であったメニューを作り、ミリーやフィオンの手によって食堂へ料理が運び込まれていく。

 食堂には前日の試食から初日のサクラを協力してくれたガーランドたち冒険者が待っていた。

 ある程度、食べ物の用意ができたところでトーアも、石窯から離れ食堂へと顔を出した。


「六日間、ありがとうございました!」


 ジュースの入ったコップを手にトーアは声を上げる。

 食堂に集まった面々からは、ねぎらいの言葉や歓声があがった。


「どんどん作るので、たくさん食べていってください!では乾杯!」

『乾杯!』


 乾杯の言葉と共に、テーブルに用意されたピッツァや饅頭、唐揚げといった揚げ物に手が伸びていく。

 寸胴にはお汁粉が用意されており、少量だけ手に入ったもち米でついた餅もきつね色に焼かれ、そばの皿に用意されている。

 お汁粉をリクエストしたミリーだけではなくオクトリアもただひたすら美味しい美味しいと言いながら、口に運んでいた。

 すぐにピッツァは空の皿が目立ち始めたので、トーアは調理場を抜けて裏庭へと戻る。

 石窯で焼かれたピッツァの様子を見ていると、ジェリボルトが姿を見せた。


「お疲れさまでした、リトアリスさん」

「ありがとうございます、ジェリボルトさんもご協力感謝します」


 準備の期間中、いくつかの品物の手配をジェリボルトを通じてクリアンタ商店に依頼していた。急かつ納期まで短いという依頼がほとんどであったにも関わらず、すぐに用意してくれたことに礼を言う。


「いえ、リトアリスさんにはこちらが礼を申し上げたいところです」


 笑みを浮かべるジェリボルト。

 トーアがもたらした砂糖のレシピによって、クリアンタ商店はかなり忙しいようだった。トーアとしては安定して安値で供給してもらえるのならば、文句はなかった。

 ジェリボルト自身も忙しいであろうとトーアは思いつつも、打ち上げの話をガーランド経由で伝えたところ、ぜひ参加したいとすぐに返事が返ってきた。


「この六日間、リトアリスさんの思惑通り……といったところでしょうか?」


 ジェリボルトの問いにトーアはこの六日間を思い返す。

 売上に関して言えば、材料や必要な器具の作成を踏まえたとしても黒字ではあった。

 十分に名を売ることはできたはずであり、それに伴って別の厄介事もやってきかねない勢いではあった。


「おおよそうまくいったのではないかと思います」

「そうですか。リトアリスさん、一つお伝えしたいことがあります」


 ジェリボルトが改まって話を切り出したことに、トーアは石窯から視線をジェリボルトへ移した。


「迷宮都市品評会というものをご存じでしょうか?」

「迷宮都市品評会……?」


 思わずオウム返しに口に出したトーア。

 エレハーレでの決闘騒動の時に、ラズログリーンや王都で何かしらのイベントがあるという話を聞いたことを思い出す。


「品評会みたいなものがあるということくらいは……」


 トーアの答えに頷いたジェリボルトは、『迷宮都市品評会』というものがどういったものか話し始める。

 迷宮都市品評会とは、ラズログリーンで生産されるありとあらゆる品物を品評するイベントであり、その品目は、武具だけではなくポーションから魔導具、刻印、服、小物、料理に至るまで『ラズログリーンで作られたものすべて』と言っても過言ではなかった。


「これにはラズログリーンに滞在している方なら旅人であっても参加できます。郷土料理を出品される方も少なからず存在しており、故郷に来てもらうために参加する方もいます。品評会の間、調理場や作業場の貸し出しを行う店もあるほどです」


 『迷宮都市品評会』の話を聞いているうちに、在住しているか、店を持っているような人間だけに参加資格があるのかと思っていたトーアは思わず聞き返す。


「ということは私も参加できるんですね」

「はい。リトアリスさんは作業場に伝手があるということですので、問題はないと思います。開催時期についてはまだ未定ですが、開催することに関しては決定してます。……品評会にまつわる噂が一つありまして」

「噂ですか?」


 頷いたジェリボルトはトーアに近づいた。


「噂と言っても、実際に対象となった方はいらっしゃいますが……最優秀となった人間が望むなら迷宮伯の支援を受けて、店を持つことができるというものです」

「それはあの制度と一緒ということですか?」


 ジェリボルトは小さく頷く。


「あの制度は唐突に支援を表明されますが、品評会で最優秀となった場合に支援を表明される確率がかなり高いのです」


 前回の最優秀賞に選ばれた職人は、迷宮伯からの支援制度を受けて今はラズログリーンに店を構えているとのことだった。

 ジェリボルトの目はトーアが品評会に参加することを望んでいるようだった。


「ちょっと考えてみます」

「そうですか……わかりました」


 トーアの答えを聞いたジェリボルトは、そのまま宿へと戻っていく。

 ジェリボルトにそう答えたトーアだったが品評会に出品することに関しては前向きだった。

 タイミングが良すぎる気もしなくもなかったが、この六日間の仕上げには良いのかもしれないと考えていた。

 焼きあがったピッツァを食堂に届け、トーアもまた打ち上げの輪の中に戻った。




 白兎の宿でトーアたちが料理に舌鼓に打っているころ、ラズログリーンのとある酒場では客である冒険者たちがため息をつき、どこか遠くを見ていた。

 テーブルの上には、来店と同時に注文した酒やつまみがあるが、あまり減っていないようだった。


「……うまかったな」

「ああ……うまかった」


 テーブルについた一人のつぶやきに、同じテーブルに座っていた一人が答える。

 他のテーブルにも同じような状態の客が座っており、何かを思い出すかのように酒を舐めるように飲んでいた。

 夢見心地ともいえる冒険者たちが思い返していたのは、この六日間で振舞われたトーアの料理の数々だった。

 最終日ということもあり、生活ができなくなるギリギリまで何度も列に並び、からあげとフライドテイトを堪能した者も中にはいた。

 さらには、買ったからあげとフライドテイトを食べながら列に並びなおすという荒業を行った猛者もいたらしい。


「次はいつ、店出してくれっかなー……」

「当分……いや、次はないかもしれないぞ」


 答えた冒険者は背もたれに預けていた身体を起こし、テーブルの上に置かれたつまみのジャーキーを手に取った。

 ほぼ断言したかのような口調に一緒のテーブルに座る仲間からだけではなく、周囲からも若干の視線を感じながら冒険者が自身の予想を口にする。


「まず一つ。いまラズログリーンじゃ、ある噂が流れてる。迷宮都市品評会が開かれるって噂だ」


 手の中でジャーキーをくるりと回し、正面に座る仲間に指示棒のように向けた。


「ああ。年に何回か開催されるアレか。出店もあるし、人も増えるし、街の中の仕事も増えるから街の外に行かないで、街で過ごした方がいいかもな」

「……さすがに今の懐事情じゃ、街でダラダラできない……」


 別の仲間のつぶやきに、テーブルに座る全員がそれでも後悔はないと小さく頷く。それぞれがトーアの店で散財していたからだった。


「まぁ、品評会はすぐにって訳じゃないと思うが……それまで貯金だな。それはともかく」

「逆にリトアリスなら稼ぎ時ってことで、店を出すんじゃないのか?」

「いや店は出さないと思う」


 ジャーキーを手にした冒険者の言葉に、テーブルについている仲間だけではなく周囲のテーブルに座り、聞き耳を立てていた客たちもどういうことだという風にわずかに首をかしげる。

 ジャーキーを手にした冒険者もその様子を横目でみつつ、仲間だけではなく周囲に聞こえるようはっきり話し続ける。


「もともと露店でだしてたリトアリスの店は武器全般を取り扱う店だ」

「……包丁も扱ってたがな」


 一応、刃物だろうと仲間の茶化しを笑いながら、酒で唇を湿らせる。


「だが店をだした後が問題だ。もともとエレハーレでいろいろやってたから、ラズログリーンの商店に目をつけられていたと俺は思う。営業妨害っぽいこともされたらしいし、店の位置もあんなところにされちまったしな」


 確かに。と、テーブルに座る仲間たちが頷く。


「それでリトアリスはああいったうまい食い物を扱い、その状況を覆して見せた」


 あの状況を覆して見せたトーアのレシピとアビリティの高さは明らかになり、話をする冒険者たちもうまいものが食えた。


「名は売れたと思うぜ。最終日には、ほかの区画からも客が来てたみたいだしな」


 ラズログリーンは広く、他の区画に移動するなら辻馬車を使った方が早い。その料金を支払ってまで、一つの店にやってくるというのは珍しい。


「充分に店の場所が広まったことで、妨害行為をはねのけたいリトアリスの目的は達成できた。あとは元の店に戻るが、品評会に出すものを作るのに注力するってことで、店は出さないと思うぜ」


 なるほどなと周囲は頷いていた。


「確かに筋は通ってるか……?」

「まぁ、推測でしかないがな。そういうことで品評会には武器ででるんじゃないかと思ってる」

「エレハーレの件もあるしな……ああ……露店の飯を食ってないで、リトアリスに武器を注文しておけばよかったのかもな……」


 後悔を口にする客がいたが、まさに後の祭りであった。


「それもまぁ、積み立てるしかないな……」

「リトアリスはラズログリーンから出ていくと思うか?」

「いや……品評会で優秀と認められれば、迷宮伯から支援が得られるらしいし、それでラズログリーンに店を持ってくれれば……」


 店を持ってくれるならば、急いでお金を積み立てる必要はなくなる。無理のない範囲で資金を用意して、注文すればよい話だった。


「しっかし、リトアリスが品評会に出す武器か……すげぇんだろうな」

「確かに」


 どんなものを出してくるのか、それぞれが想像するなか、店の扉が開く音が店内に聞こえてくる。


「おーす。お前ら、まだ生きてるみたいだな」

「お前こそ。この頃、姿が見えなかったから死んだと思ったぜ」


 顔見知りの冒険者がやってきたのをみて、テーブルに座る冒険者たちは椅子をずらし、座れるように場所を開けた。

 後からやってきた冒険者は、早速酒を注文した後、先に座っていた冒険者たちに顔を向けた。


「いやなに、クエストで七日間ほどラズログリーンから出てただけだ」

「へぇ、そいつは……って、七日間?」

「ん、ああ……別におかしくはないだろう?」


 クエストに七日間というのは別段、珍しいことではない。駅馬車や隊商の護衛ともなれば一月はかかる長い仕事もある。

 七日間という言葉を繰り返しながら、テーブルに座る冒険者だけではなく、周囲からも同情と憐憫のこもった視線を向けられる。


「なんつうか……間が悪いな」

「どういうことだよ?」

「今日を含め六日間、リトアリス・フェリトールがある露店を出したんだ」

「リトアリス・フェリトール?ああ……エレハーレでいろいろとやらかしたっていう。ん……?武器の露店は出してたよな?」


 それは間違っていないとテーブルに座る面々は頷いた。正しい情報をつかんでいるらしいと理解はしつつも、とにかく間が悪かった。この六日間、ラズログリーンに滞在していないということが。


「いろいろとあって、リトアリスは食い物の露店を出したんだ」

「食い物」


 後からやってきた冒険者は、予想外の言葉にきょとんとする。


「いやぁ……うまかった」

「ああ……うまかった」


 しみじみと感想を口にする冒険者たち。周囲の客たちもこの六日間の狂乱と口福を思い出したのか、うっとりと頷いた。

 そして、それぞれがこの六日間に食べた料理の感想を口にし、酒場が騒がしくなる。


「え、なんだよ……そんなにうまいなら、明日も……」

「その……なんだ……今日が最終日なんだ」

「は……?」

「ああ。露店市場も閉まって、リトアリスの店も閉店した」

「え……?」


 間の抜けた声を出し、茫然とする冒険者。現実を知ってしまったことに再び哀れみと憐憫の視線が集まる。

 テーブルについた冒険者たちは先ほどの推測を含め、この六日間に起こったことを後からやってきた冒険者に説明した。


「おぉぉ……なんつう……まじか……本当に間が悪い……」


 酒場にいる面々の口ぶりに身持ちを崩すギリギリまで食い倒れた激安の美味を、食い逃したという事実を理解し、後からやってきた冒険者は手で顔を覆った。


「その、なんだ……残念だったな」

「教えてくれよ……そういうのは」

「俺らだって、いきなりだったんだぜ?いやぁ……口福ってのはこういうことを言うんだなと、つくづく思ったな」


 後からやってきた冒険者はがっくりとうなだれ、テーブルに座っていた冒険者たちに肩をたたかれる。慰めと言わんばかりにテーブルの上にのったつまみを食えと、皿を差し出された。


「ちくしょう!でもよ、品評会があるんだろ?それでうまいものを俺は稼いだ金で食うぞ!」

「ああ……だが、リトアリスの料理を超えるとなるとな……」


 どれほどの貨幣を積めばよいのか、それぞれがまじめに考え始め、後から来た冒険者は自棄気味に酒をあおった。


 その様子を横目に見ながら酒場に噂を集めに来ていた商人は、冒険者が語った見解と同じような予想に至っていた。

 そして、妨害をしなければもっと別の関係を構築できていたのでは?と、いう予想に笑いだしそうになる。

 商人はどちらかというと、この状況を静観している側だった。

 トーアが販売している商品と取り扱っている商品が、まったく異なるというのもあった。

 大店の商店がトーアの出す商品に右往左往するさまを見て、その日の酒がうまくなってもいた。

 品評会に一波乱ありそうだと、結論付けたところで商人は立ち上がり、酒場を去っていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やべぇおなか減った。 そして最新話まで追いついてしまった。 [気になる点] 続き楽しみにしてます!
[一言] 気づいたら更新してた!相変わらず面白いです。一気に読んでしまいました。 それにしても、自分の手で何でもかんでも作れるってこの上なく強いですね… 次回の更新も楽しみに待ってます!!
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