第五章 口福と狂乱の六日間 4
露店販売の三日目。
ピッツァの販売が終了し、二つ目のメニューがお披露目になる日でもある。
荷車を引き、ギルとともに露店市場に来たトーアの顔は笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……まさか、こんなに冷え込むなんて」
「悪い顔してるなぁ……まぁ、確かに追い風になるねこの寒さは」
トーアもギルも革製の上着を羽織っており、吐く息はわずかに白くなっていた。
もう冬ねと話すテナーとリリーの話では、ラズログリーンの冬はごくまれに雪が降るが積もることはなく、朝夕が冷え込むとのことだった。
すでに露店の周りには寒そうに待つ人影がちらほらとあり、トーアはギルとともに設営を始める。
今日用意した調理器具は、石窯の代わりに中型の二口焜炉を二つ用意していた。
トーア謹製の焜炉は鉄製のフレームに耐火煉瓦をくみ上げた代物で、持ち運びを可能にしている。炭の投入口兼吸気口の蓋や鍋を乗せる部分は鉄製になっている。
二人で荷車から必要な道具を下ろした後、ギルはすぐに折りたたまれた椅子と机の設置を始めた。
設置位置を決めると焜炉の上にそれぞれ追加で鍛造した中華鍋を並べ、水を入れる。焜炉に薪をくべて手早く火をつけた。
水が沸くの待つ間に、中華鍋に今回の調理に必要な鉄板を乗せる。
鉄板の中心には大きく穴が開いており、ほぼ中華鍋の大きさと同じだった。
さらにその上に、木製の枠のようなものを乗せる。枠の中には隙間の開いた細長い板が並んでいた。
角蒸篭と呼ばれる調理器具で、今回は蒸す料理になる。トーアは円柱状の中華蒸篭をもちろん作ることができるが、迷った末、角蒸篭を使うことにした。
三つの焜炉の上に乗せられた角蒸篭から湯気が立ち上り十分に温まったところで、冷蔵庫に手を入れてチェストゲートから和紙のように薄い紙の上に乗せられた白い塊を、次々に角蒸篭の中に並べる。
「よしっと、あとは蒸しあがるのを待つだけだから……フィオンとゲイル、列整理のほうをお願い」
「わかりやした!」
「はーい。落ち着いたら注文を取ってもいい?」
「うん、お願い。ギルは会計の準備をお願い」
「わかった」
列整理を始めると粛々と待っていた人たちが並び始める。
しばらくして蒸しあがったのを確認したトーアは、ギルに小さく頷いた。
「お待たせしました、開店します」
「お、ついにだな!今日は……『饅頭』?」
列の先頭で待っていた男性が、笑みを浮かべながらメニューを眺める。
トーアが今日、明日と用意した料理は『饅頭』、いわゆる中華まんと呼ばれるものを選んでいた。
髪型も左右にお団子を作りカバーとリボンでまとめ、上着を丈が膝ほどの長袖のチャイナ服、下はズボンを履いている。
ギルはその姿を見て、良いといろいろと理解していたが、フィオンとゲイル、テナーとミリーは料理に合わせて服装を変えるのかと驚いていた。
この世界では中華まんという呼び方はないだろうということから、軒先に下げられた店名は『フェリトール饅頭』と書いている。
メニューには『肉まん』『野菜まん』『ピザまん』、そして、『あんまん』の四つが断面のイラストとともに具の説明と値段が書かれていた。一律銅貨三枚での販売である。
四種類をまとめて購入すると半銀貨一枚になる割引サービスも行っていた。
「ふんふん……うーん……また並ぶのを考えるとな……セットっていうやつで全部くれ!」
「ありがとうございます、半銀貨一枚です」
セット一つとギルから注文を聞き、トーアは角蒸篭からそれぞれを取り出す。
それぞれは形を変えているため、見た目にもわかりやすくなっている。
中心を絞った形をした肉まん、炒った野菜の種を花びらのように乗せた『野菜まん』、何も乗せず艶やかに丸い『あんまん』、ラカラを生地に練りこみほんのりとオレンジ色の『ピザまん』。
四種類を紙の袋に入れて、ギルに手渡した。
この紙の袋もトーア手製であり、アイン達ゴーレムと共に家庭内工業的に量産した代物である。
「おまたせしました、熱いので気を付けてお持ちください」
「おお……いやぁ、今日は寒いからいいな、これは……」
軒先から離れた男性は、早速一番上にあった肉まんを取り出した。
袋をわきに抱え、両手で熱を逃がしながら大きな口で真っ白な肉まんにかぶりつく。
「あっふっ!?はふっはふっ……!」
口から真っ白な湯気を吐き出しながら熱を逃がし、肉まんをかみしめる。
「くぅ~~!うまい!」
一口目を飲み込んだ男性が大きな声を響かせる。
ちなみにこの男性はトーアが依頼したサクラではない。すでにその必要がないためガーランドたちには依頼はしていないが、普通の客として来店していた。
その間にも次々に並んだ客をさばき、角蒸篭の開いたスペースには次の饅頭を入れていく。
焜炉を二つに分けたのは、生臭ものを食べれない人向けのものを分けるためで、それぞれピザまんと肉まん、野菜まんとあんまんとで調理している。
しばらくしてガーランドたちが訪れた。
「ギルビットさん!あんまん!あんまんを!」
待ちきれない様子で、エルフのオクトリアが勢い込んで注文をする。
オクトリアはあんまんを、試食会で食べていた。
生臭ものを食べれないオクトリアにとって、あんまんはすさまじい衝撃を与えたらしい。
初めて食べたときには目を丸くしながらゆっくりと咀嚼し、すさまじい甘さを与えるものでありながら全く生臭くないという『あんまん』を、神にささげるように宙へと持ち上げていた。
『『あんまん』……これは神が地上へともたらした天上の食べ物なのでは……?これを作り出したリトアリスさんは……神の遣わした使徒?いいえ、神なのでは?』
『あんまん』の衝撃が強すぎておかしなことを言いだしたオクトリアの口に、ヴォリベルは試作品のキノコまんを突っ込んでいた。
その反応を見て『あんまん』を隠し玉にしてよかったとトーアは内心、ほくそ笑む。このために大量の砂糖を作ったのだから。
「ああ……『あんまん』……この滑らかな皮の中には、神の慈愛たるあんこがいっぱいに……はぐっ……くぅ~~……!」
早速、かぶりついたオクトリアは、幸せそうに眼をつぶりその甘さ、うまみに小さく震えていた。
「あそこまで甘いのは俺は好かん……やはり『肉まん』が一番だ」
ヴォリベルは尻尾を上機嫌に揺らしながら肉まんにかぶりつき、目を細める。
ヴォリベルの言葉に、ずっと咀嚼していたあんまんを飲み込んだオクトリアは目を吊り上げる。
「あなたみたいな獣人にはわからないでしょうね!あんまんはね、私が食べられないお菓子並みに甘いのよ!でも、これは生臭さが一切ないの!わかる?この存在の奇跡が!甘味の好きなエルフにとってこれは救世主……いえ、神そのもの……はぐっ!くぅぅぅ~……」
再び大きな口であんまんにかぶりつき、天国にいるかのような表情でふるふると体を震わせるオクトリア。
「……変な宗教、始めないでね?」
「オクトリア、リトアリスに迷惑をかけないように」
「神を食べていいのか……?」
どこか遠くへ行ってしまっているオクトリアを、ペフィミルとガーランド、ヴォリベルは呆れ切った顔で見ていた。
列に並んでいた生臭ものを食べれない人々は、エルフとわかるオクトリアが恍惚とした表情でほおばる『あんまん』に目を奪われ、耳をそばだてていた。
トーアにまつわる噂のおかげか、しばらく大きな混乱はなく――あんまんを食べた一部の客が悲鳴のような歓声を上げていた以外は――販売は進んでいた。
「いらっしゃいませ」
「すまないが、ピザの販売はしないのか?」
「申し訳ありませんが、ピッツァのほうは昨日で販売が終了してまして」
列の先頭の身なりの良い男性が、やや高圧的に訪ねてくる。
ギルは何度目かになる説明をするが、男性は納得した様子はなかった。
「我が主がどうしても食べたいとおっしゃっており、金に糸目をつけないとも言っているのだが」
男性の視線に有無を言わせない、権力というものを理解している人間特有の威圧じみたものが混じる。
ギルは表情も変えずにいたが、“我が主”という言葉に貴族の従者か何かだろうとトーアが前に出た。
「申し訳ありません。専用の窯が必要となりますし、作るとなるといま販売している饅頭を中止しなければならないので」
「それくらい……」
大きめの声でのトーアの説明を鼻で笑おうとした男性だったが、その表情が凍り付く。
『販売を中止』という言葉が聞こえたのか、住民に交じって並んでいる冒険者たちから一斉に男性は殺気を向けられていた。
中には熟練の冒険者もいたのか、かなりの圧が男性に向けられた。男性はかろうじて息を吸い、吐いているようだった。
一触即発ともいえる空気の中、トーアは笑みを男性に向ける。
「ピッツァをお出しすることはできませんが、同じ具を使ったピザまんを用意しておりますので、ぜひご購入くださいませ」
トーアが深々と一礼するとあたりからの殺気が弱まる。男は冷や汗を流しながら大きく息を吐き、セットを一つ購入するとそそくさと去っていった。
「いやぁ、想像していたけど、こうなるとは思わなかったなぁ」
「みんな、おいしいものは食べたいんだよ」
ギルの言葉に並んでいる冒険者たちは、先ほどまで殺気を放っていたとは思えない朗らかさで笑いをこぼした。
夕方になり市場がしまる鐘が響くのとほぼ同時に、トーアは露店を閉める。
いままでの販売と同じく、露店市場が閉まる時間を計算して、新たに並ばないようにお願いしていた。
「よし、今日も完売っと」
午後からは噂が広まったのか、生臭ものを食べれない客があんまんを買い求めに来ていた。
売上に満足しながらトーアたちは道具をまとめて、市場から白兎の宿へと帰っていった。