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第五章 口福と狂乱の六日間 3

 トーアの露店が嬉しい悲鳴を上げている頃、トーアの露店の様子を伺っていた他の店の店主たちは、それぞれの場所で正しい意味で悲鳴を上げていた。

 中にはトーアの露店の位置を、あの奥まった場所に変えるよう指示を出した者もいた。


「ここまで行列が出来上がっておきながら、なぜ問題が起きない?」


 ある商店の店主は、物陰から列の最後尾を睨んでいた。


「列整理していると言うのもありますが、恐らくリトアリスの噂によるものかと。あとは単純に列の回転が速いです。ですが、それを超える速度で列が伸びて行っています」

「……その手に持っているものは?」

「まずは敵を調べなければならないかと」


 様子を見に行った部下が戻ってくるものの、手には『四つ折りベーコンピッツァ』と『四つ折りベジピッツァ』があった。

 ピッツァを受け取った店主は部下と共にかぶりつく。熱々のチーズ、脂ののったベーコン、濃くなった口の中を洗い流すラカラの酸味、それらをまとめて包み込む生地の懐の深さを感じさせるうまみ。

 シンプルゆえにそれぞれの長所が引き立ち、組み合わさっていた。店主はあまりの出来栄えにうなるしかできなかった。

 販売の方法も良かった。気温が下がり温かなものが恋しくなる季節に、腹の中から温かくなる代物。

 何より頭を抱えたのは、このピッツァというものを構成する材料はすべてはこの市場で手に入った。なぜこの商品を開発し、レシピを手に入れなかったのか。

 同じような商品を作る事は簡単に思えた。だがそれはトーアの作り出した『四つ折りピッツァ』の二番煎じにしかならない。


「店長、列整理の男から聞いたのですが、今日と明日はこの四つ折りピッツァだそうです」

「……待て。リトアリスは六日間・・・、スペースを借りているはず」

「そのまさかです。三日目、四日目では別の料理、五日目、六日目でもさらに別の料理を出す予定のようです」

「このレベルをあと二品以上、用意しているということか!?」

「おそらくは……」


 部下の言葉に、思いっきり殴りつけられたかのような感覚に陥り店主はめまいがした。

 想像も経験もしたことのない、権力でも、金でもなく『創り出したもの』による暴力など初めての経験だった。

 そして、その対処方法を考えようとするだけでめまいが余計にひどい物になった。


 夕暮れを迎え、トーアは『完売御礼』の札を立てる。

 市場が閉まる時間を逆算し、材料切れを理由に列に並ばないように調節していた。そのため残念がられるものの大きな混乱は起きていない。

 一部の客は、明日の開店時間を尋ねると必ず来ると言って帰っていった。

 後片付けをしながら石窯がある程度冷えるのを待っていると、ジェリボルトが姿を見せる。


「お疲れ様です、リトアリスさん」

「ああ、ジェリボルトさん、いらっしゃいませ。……商品は売り切れちゃって」

「いえ、構いません。明日改めて並びますので。調子は良かったようですね」


 完売したということで、露店は非常に好評であったことをジェリボルトは察したようだった。

 トーアとしてはもっと噂を広げてもらい、人を集めたかった。

 今日『四つ折りピッツァ』を食べた人が酒場でこの話をすれば、明日はさらに人が押し寄せてくる可能性がある。


――そうなってくれればいいけど。


 もともと名を売るためにこのような事をしているが、他の商店が手を出さなくなる程度というのもわからないため、やれるところまでやってみるつもりだった。


「あの商品もいよいよ、というところですね」

「はい……まぁ、ちょっとびっくりするくらいだと思いますけど」


 トーアの砂糖を使った商品をジェリボルトは試食をしていないが、ガーランドたちから話をするようお願いしていた。


「ええ……非常に驚くことになると思います。今日は様子を見に来ただけなので、これで失礼いたします」


 ジェリボルトは苦笑を残し、去って行った。


「よし……なら撤収!」


 トーアとジェリボルトが話す様子を窺っていたギルたちに声をかけ、持ってきた道具を全て引いて白兎の宿へと戻る。

 使っている道具を放置しないのは、営業妨害で破壊されないためであった。

 トーアにとってはすぐ作り直せる代物で、石窯は今日と明日のみ使うという贅沢な予定だが、壊されるのは腹立たしいからだった。

 使い終わった石窯は白兎の宿の裏庭に置いておき、折を見てチェストゲートへ収納する予定である。

 夕食を終えて、明日の準備を整えたトーアは早めに眠りについた。




 トーアが早めの眠りにつく頃、ラズログリーンの歓楽街は明るく光を灯していた。

 酒場には仕事を終えた住民やクエスト帰りの冒険者が疲れを癒すかのように酒を頼み、今日起こった事を肴に盛り上がっていた。

 たまたま酒場に滞在していた吟遊詩人が得意な楽器を鳴らし花を添える。

 ある酒場で飲んでいた冒険者の男の一人が、グラスを手にしたまま宙に視線を飛ばしていた。


「あー……うまかったな、アレ」

「ん?ああ、めちゃくちゃ並んだやつな。……うまかったよなぁ」


 同じテーブルについていたパーティの面々も、しみじみと何度も頷いた。


「大して珍しい物でもないんだが、今までなんでなかったんだか」

「ああ。薄っぺらいパンみたいな奴にラカラのソース、ベーコン、チーズをかけてちっさい石窯で焼いただけっぽいしな」

「野菜のほうもうまかったぞ。テイトがほくほくしててなぁ……」


 一人がしみじみと呟くと、お前、テイト好きだからなと笑いが起こる。


「それにしても……明日も店出すって言ってたよな」

「ああ。あの看板もった奴の話だとな、それで終わりってのも……」

「…………」


 全員が同じ話を聞き、それならと並んで食べていた。その時は特に重要とは思わずに聞き流していたが、ピッツァの味を知った今は何よりも重要な情報だった。

 黙り込んだまま考え込んだ冒険者たちは小さく頷きあう。


「こいつは飲んでる場合じゃないな」

「明日は朝一から並ぶぞ」


 飲みかけの酒を飲み干し、男達は立ち上がった。


「なぁ、何の話をしてんだ?」


 立ち上がった男達に、近くのテーブルに座っていた別の客が声をかけてくる。

 熟練の冒険者でもある男達は、クエスト中であるかのように視線と表情だけで、リトアリス・フェリトールの露店の情報を明かすか確認し合う。

 隠したとしてもすぐに広まるであろうと声をかけてきた男を囲いこむ。


「こいつは、ここだけの話なんだか……」

「いや、ただの露店の話でしょ!」


 声を潜めて情報を明かそうとした男達に、別のテーブルから野次が飛んでくる。

 野次を飛ばしたのは赤ら顔の女性冒険者で、ラズログリーンのギルドで何度か見かけたことがあった。


「なんだよ、知ってるのか?」

「もちろんよ」


 手にした木製のジョッキを口につけ、唇を湿らせた女性冒険者はにやりと笑う。


「リトアリス・フェリトールの店でしょ?あの子の料理は以前、食べたことがあったけど……今回のは質が違うわ。ちゃんと用意したってのもあるだろうけど……思い出しただけでなんか、こう幸せになれる料理ってあるのね」


 ピッツァの味わいを思い出したのか、女性冒険者はうっとりと顔を緩ませる。


「ああ……うまかったよな」

「並ぶ価値はあった。それで銅貨五枚ってんだからな」

「明日もやるんだろ?」


 女性冒険者の言葉を皮切りに、酒場に居た住人や冒険者たちが、トーアの店の話を始める。

 実際に食べたのは半々といったところだったが、食べていない者達は興味津々に話を聞いていた。

 特に生臭ものが食べれない種族や主義、宗教の冒険者たちは、トーアの作る料理のバラエティの多さと味に、毎度驚かされつつもとてもおいしいと絶賛する。


「そんなにか?」


 食べていないであろう冒険者が呟いた一言に、騒がしかった酒場が一瞬で静かになる。

 隣の酒場の喧噪が聞こえてくるほど静まり返った酒場に、尋ねた冒険者はぎょっと目を大きくする。


「……ああ。もちろん明日も行くぜ」


 静まり返った酒場に一人の男の声が響く。それを聞いた誰も彼もが賛同し始める。


「もちろん私も行くわ。今日から六日間店をだすっていうんだから、毎日通うに決まってるでしょ!」


 別の女性客の言葉に、辺りからは「本当か!?」「おい、クエストの期間はまだ大丈夫だよな?」「ランクGのクエスト終わらせてからでも買いにいけるか?」など店の中が再び騒がしくなる。

 その喧噪の中、疑問を口にした冒険者は驚いた顔をしていたが、他の客の狂騒に決意を固めた。


「明日、行ってみるか」

「ああ、そうしたほうがいい。特に今日のピザは明日までしか食えないらしいからな」


 後悔がないよう食べようと、酒場に居た客たちは心を一つにする。


「お、そうだ。リトアリスの飯を食べるときに注意するべきルールってのがあってな」

「ルール?」


 僅かに顔をしかめる冒険者。


「いや、そんな大仰なものじゃないんだが……まぁ、常識的な話なんだがな」


 それは『礼儀正しく列に並ぶこと』。冒険者の説明に当たり前の話だなと酒場にいた客たちは頷きあった。

 こうして、トーアの露店の話と共に『並ばねば食えない』という暗黙の了解が広まって行った。




 食べ物の販売の二日目、『四つ折りピッツァ』販売の最終日。

 トーアが露店に到着したときには、開店を待つ人の姿がちらほらとあった。

 それはある程度、予想済みであったため、最初から四人で店に来ていた。

 トーアとギルは露店の準備を進めながら、フィオンとゲイルが列整理を始める。

 石窯が温まったところで、昨日と同じ役割で客を捌き始めた。


 しばらくピッツァを焼き続けていると、ディルと護衛の女性が列に並ばず店の前へとやってくる。


「噂を聞いて来たんだが、すごいな」

「ディルさん、いらっしゃいませ。購入であれば列に並んでくださいね」

「おう。それはもちろんわかってるぜ。リトアリスの飯を食う時の約束事の事は聞いてるからな」

「……それも広まっていますか」


 トーアは『列に並ぶ事』を約束事としたつもりはなかったものの、こうして暗黙の了解として広まっているらしい。

 少し気恥ずかしさを感じ、視線をさ迷わせる。


「噂も出回ってるし、結構有名みたいだぞ『王様だろうが貴族だろうが列に並べ』っていう話も聞いたが」

「そこまで過激な事は言わないですけど……まぁ、そういった人達は自分が並ばなくても、並んでくれる人がいるでしょうし。だけどいきなり来て寄越せと言われたら……やっぱり並んでもらいますが」


 トーアがにやりと笑うとディルは大きな口を開けて笑い始める。


「あっはっはっは!そりゃいい!なら俺もルールに従って並ばせてもらうぜ」

「ありがとうございます」


 上機嫌でディルは、護衛の女性と共に最後尾のほうへと歩いて行った。


 首にかけたタオルで汗をぬぐいつつ石窯の前でピッツァを焼き続けていると、次は上品な服装に身を包んだアンと夫である男性が列の先頭に並んでいる事に気が付いた。

 トーアの視線に気が付いたのか、アンは柔らかく笑みを浮かべ、小さく手を振る。


「こんにちは、リトアリスさん」

「アンさん、いらっしゃいませ」


 石窯の状態を確認し、もうしばらく時間がかかりそうだったため、トーアは会計であるギルの傍へと移動する。


「先ほどディルさんもいらしてましたよ」

「わしらが先に来ている事に驚いているようだったな」


 勝ち誇り、はっはっはと笑う男性にトーアは乾いた笑いを漏らす。


「あなたってば、まったく……でも、リトアリスさんは本当に多芸ね」

「ありがとうございます。今日でピッツァは終わりですが、明日から二日ごとに新しい食べ物を提供する予定ですので、お時間があればご来店、お待ちしております」

「ええ、必ず来るわ。この人と話しながら並ぶから大丈夫よ。私のお友達にも紹介してもいいかしら?もちろん、行儀よく並ばないとダメっていうのもちゃんと教えるから」

「は、ははは……はい、大丈夫です……」


 ウィンクとともに茶目っ気を覗かせるアンにトーアは再び笑うしかなかった。

 二人は二種類のピッツァを購入し、たまたま空いた飲食スペースで二つのピッツァを分けて、食べ比べていた。

 食べ終わった後、トーアにおいしかったと感想を伝えると仲良さげに去って行った。


 その後、二日目もこれといった混乱はなく終了する。

 むしろ、初日よりも多くの人が来店したため、途中から石窯の小ささを後悔していた。

 今日で石窯の出番は終わりのため今更な話だった。

 迷宮都市の成功者らしきアンやディル、他にも身形の良い従者やメイドらしき姿があった。

 噂を聞いて様子を見に来たのか、見に行くよう命令を受けたのかはわからなかったが、富裕層にも噂が広がっているとみて間違いなさそうだった。


――権力を振りかざすような人はまだいないし、列に並ばないといけないってことまで広がってるし……。


 だが今日でピッツァの販売は終了する。

 明日からピッツァを食わせろと言ってくる人間がいるかもしれない事を、トーアは心に留めておくことにした。

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