第四章 妨害工作 7
迫る男達を視界にとらえながらフィオンとゲイルの脳裏には、トーアとギルの対集団における戦い方についての話が蘇っていた。
『多数から同時に攻撃された時、どうするか?まずは死角をなくすこと』
『誰かがいるならば背中合わせに。居なければ絶えず移動をして、囲まれないようにする。壁を背にするのもいいけど、数に押しつぶされる可能性が高いからあまりお薦めはしないよ』
『次に自分の間合い、確実に攻撃ができる距離を把握すること。囲まれて一斉に攻められると言っても、届くまでに誤差が生まれる。よく訓練された相手だった場合、同時に攻撃される場合があるけど、それについてはまた今度ね』
『こうして自分に届く攻撃を最初にさばき、また移動する。隙を見て小さく攻撃していく。一人の相手に固執しない、確実にさばき続ける』
ギルとトーアは説明をしながら、互いに攻撃し手の届く範囲に入った攻撃を順にいなすという説明をしていった。
初めはそんな難しい事を軽々とやってのけるトーアとギルに、二人してぽかんとしてしまったが、訓練を続けるうちに次第に説明の意味、『自身の間合い』というものをつかみ始めていた。
あとはトーアとギルが言った事を実戦で行うだけだった。
覚悟を決めたフィオンとゲイルは、浅く早い呼吸を乱さないように気をつけながら、最も近い相手の攻撃をいなし、身体の先端、指先を狙って木剣と短槍を小さく叩きつけていく。
武器を持たせないようにし、痛みで戦意を失わせるのを目的とした一撃だった。
「ぎゃぁっ!?」
時に場所を入れ替えて互いに動きを補いながら戦う二人に、最初は余裕の表情をしていた男達だったが焦りを抱き始める。
想定していた力量を超えるフィオンとゲイルに、男達はいつしか距離をとりだれも踏み込むことはなくなっていた。
「話が違うぞっ!?本当にランクFか!?」
男の困惑する声があたりに響く。
にらみ合う硬直した状況となったが、フィオンとゲイルはそれ以上の成果を求めなかった。突出せずに男たちと距離をとり、互いにフォローができる位置と距離を保ち続けていた。
僅かに息を吐く、フィオンとゲイル。
自身の間合いを理解し、攻撃を捌き適度に反撃することが教わった通りにできていた。だが、どこまでこの均衡が保てるか、体力的、集中力的な面で不安があった。
それでも二人が構えを解かないのは、異常に気が付いたギルがこの場にやってくると信じているからだった。
「フィオン!ゲイル!」
にらみ合いが続く路地に声が響き、ギルが駆け込んでくる。男達ははじかれたようにギルへと顔を向けた。
「くそっ!撤収しろ!」
ギルの名前は知れ渡っているのか、すぐに男達は別々の道へ向かって走りだし姿を消した。
あっと言う間に襲撃してきた男達は姿を消し、路地には再び静けさが戻る。
ギルがフィオンとゲイルにかけよると、二人は残心の姿勢を解き息を吐きだして顔を見合わせた。
「はー……はー……なんとか、なりましたね」
「ああ……はは、なんとかなんちまったな」
疲れを滲ませつつも笑みを見せ、拳同士を突き合わせる。
「ギル!フィオン!ゲイル!」
声と共にトーアが上から三人の傍に静かに着地した。辺りを見渡し、警戒を露わにする。
だが、だれもいない事を確認したのか、肩の力を抜いた。
「え、えぇ?トーアちゃん、どこからやってきたの?」
辺りを見渡した後、上を見たフィオンが不思議そうにしていた。
「どこって上……屋根からだけど。三人とも大丈夫?」
「うん……その、いろいろ言いたいことはあるけど、私とゲイルさんは大丈夫」
「僕も特に大丈夫だよ」
呆れたような顔をしながら腕を広げて無傷である事を示すフィオン、短槍を掲げ問題がない事を見せるゲイル、どこかほっとしたように微笑むギルの姿にトーアは息を吐いた。
「ああ……よかった」
「トーアちゃんとギルさんのおかげだよ」
「そうっす、トーアの姉御とギルの兄貴のおかげっす」
嬉しそうな達成感に満ちた笑みを見せるフィオンとゲイルにトーアも笑みを見せた。
「トーアも何か……?」
「まぁね……特に怪我がある訳じゃないんだけどね」
それぞれが無事を確認した後、四人は何があったかを話すため白兎の宿へ戻る事にした。
その後は襲われることはなく、白兎の宿に到着する。すでに陽は沈み民家の隙間から光が漏れてくる程度の明るさだった。
トーア達は一旦、それぞれの部屋に荷物を置いた後、食堂で話す内容ではないためトーアの部屋に集まった。
トーアとフィオンはベッドに腰掛け、ギルは備え付けの椅子に、ゲイルは自室から椅子を持ってきていた。
フィオンとゲイル、ギル、トーアの順に何があったのか話していく。
この時、フィオンは『リトアリス・フェリトールに関わるな』と言われた事を口にしなかった。ゲイルもまたそれを訂正せず、ギルは二人の様子から口をつぐんだ。
話を聞いていくうちに次第にトーアの顔から表情が抜け落ちていく。
フィオンとゲイルが言わなくとも、トーアへの妨害でフィオンとゲイルに襲撃があったという事実がトーアの怒りに触れていた。
トーアがぽつぽつと何が起こったのかを話し始め、フィオンとゲイルは何度もギルに視線を送る。
完全に表情が抜け落ちたまま、トーアは何が起こったのか淡々と説明した。
結果、バーゼッタ商店、ルステイン商店がトーアをラズログリーンから排除しようとしていることがわかる。
トーアが話し終わると、部屋が静まり返る。
「ふ、ふ、ふふふふ……」
「ひぇっ……!?」
いきなり笑い始めたトーアに、フィオンは思わず小さく悲鳴を上げた。
「どうやら……殴られたら、殴り返されることを知らないみたいだね……」
「と、トーアちゃん!落ち着いて!暴力はダメだよ!」
明らかに目が据わった状態のトーアに、フィオンはトーアの肩を押さえた。
「まぁ、冗談はさておき」
一連のトーアの言動が怒りに我を忘れたものでないとわかった途端、フィオンとゲイルはあからさまにほっとした顔を浮かべる。
「殴り返すのは殴り返すけど」
「えぇっ!?」
「もちろん、暴力じゃなくてね」
冗談めかして笑うトーアは、思いついた作戦を話し始める。
「料理で胃袋をつかんで、名を上げようと思う」
「トーアちゃんの料理……」
「ああ……そいつは胃袋、つかまれやす……」
トーアに胃袋をがっちりつかまれているフィオンとゲイルは、トーアが作った料理を思い出したのか、どこか恍惚ともとれる表情をしていた。
「うん、暴力じゃないし、いいんじゃないかな」
「トーアちゃん、手伝うことはある?」
「もちろん。準備しなきゃいけないことも、販売を始めてからもお願いしたい事、いろいろあるから……手伝ってくれるかな?」
ギル、フィオン、ゲイルに顔を向けると、三人はもちろんと頷いた。
のちに『口福と狂乱の六日間』と呼ばれる出来事の始まりだった。
トーア達が襲撃された日の深夜、白兎の宿を遠くの路地から隠れるように眺める男がいた。
いつもよりもやや離れた場所で、夕方ごろに見ていたトーアの戦いを思い返していた。
――あんなのを俺はつけていたのか……!?
様子を見ていただけで戦いに巻き込まれた訳ではなかったが、男は身体の震えを止めることができないでいる。
男にこの仕事を頼んだのとは違う依頼主によって襲撃が計画されていた。男はこの情報を事前につかみ、この情報は事前に依頼主に報告する。
すると顛末を報告するよう指示され、状況を観察できるであろう場所にいくつか目星をつけていた。
襲撃が予定された日、男はトーアの後をつけ、包囲の輪の外側から目星をつけていた場所で顛末を窺った。
襲撃の規模は同程度に名が売れた冒険者を襲うよりも、多い数が用意されているというのが男の所感だった。それも用心棒代わりの冒険者崩れまで雇うという周到さである。
想像を超える準備に男はこの仕事も潮時かもしれないと思ったが、トーアはそれらをあっさりと撃退した。それどころか襲撃にまったく本気を出していない事がその後の出来事でわかった。
前任者が口にした「やめておけ」という言葉の意味を男は理解する。
仕事が潮時なのは間違いがなかった、稼いだ金でしばらく身を隠すことを決めた。
すぐに逃げ出さなかったのは報告せずに逃げ出した場合、自身の評判が落ちる事を懸念した保身のためだった。
空を見上げれば月は高く、十分に仕事は果たしたと思えた。
この後に何か動きがあったとしても関係がなかった。報告をするために小さく鼻を鳴らしてその場を離れる。
足音を立てずに路地の暗がりを歩いていたが、男は何かの気配に後ろを振り返った。
僅かに月明かりが差し込む細い路地には男だけが立っていた。辺りの住人はすでに寝ているのか、恐ろしいほど静まり返っている。
トーアの戦いを見たせいか神経が過敏になっていたらしいと、男は緊張を解き小さく息を吐いて再び前を向いた。
「こんばんは」
「ッ!!?」
男からやや距離を空けたところにトーアが、いつの間にか立っていた。いつもの外套を羽織り、亡霊のように音もなく姿を現していた。
その目は光の差し込まない穴のように真っ暗だった。僅かに浮かべた笑みは獲物を見つけた喜びに歪んでいるように男には見えた。
思わず悲鳴を上げそうになった男は、歯を食いしばりなんとか耐える。昼のトーアとごろつきの戦いが頭をよぎり、嫌な汗がじっとりと流れてくる。
背を向けて逃げ出そうとするが振り返った先にはギルが立っていた。
「やぁ、いつもお疲れ様」
「くっ……」
トーアと同じように笑みを浮かべているが、その目は表情からかけ離れた感情が宿っていた。
ギルの言葉に尾行はとっくに気が付かれていて、泳がされていたことを男は悟る。
笑みを浮かべる二人に男は思わず死を連想する。咄嗟に身構えようとした瞬間、膝裏をトーアに蹴られ膝をつく。
「え、あ……」
「静かに、ついでに素直でいれば殺しはしない」
「そう、素直にね」
「まっ……!ぐっ……!?」
声を上げようとした男の首を、トーアが腕を絡めて締め上げる。
一瞬で意識を飛ばされた男はそのまま動かなくなった。
崩れ落ちた男から腕を離したトーアは息をつく。
「……うん、うまく怖がってくれたかな?」
「うーん……やりすぎたくらいだと思うけど……まぁ、早く運んでしまおう」
男をギルが肩に担ぎ、ホームドアを発動させるために作った木箱がある路地へと急いだ。
トーアのホームドアの一室に男を運び込み、トーアとギルは男を目覚めさせる。
「おはよう」
「おはよう」
目を覚ました男の視線がトーアとギル、そして、薄暗い石造りの部屋へと移っていく。後ろで手を縛られ、粗末な木製の椅子に座らせられていることを理解したようだった。
状況を理解したらしい男は恐怖に顔をゆがめる。
「さてと僕たちをつけていた理由……は、まぁ、どうでもいいよ。誰に頼まれた?」
「ぐ……」
男は一応はプロということか、口をつぐむ。その反応はトーアもギルも予想できたもので、演技染みた動作で肩をすくめる。
「その態度は別にいいけど……あなたにとって愉快ではない事になるけどいい?」
「なんだと……?俺は何もしちゃいねぇ!」
「何もしていない訳ではないだろう」
トーアは男の傍に木でできたあるものを置く。大きな歯が四つしかない洗濯板のような板で、角が全て上を向いていた。
「初めて見るだろう?これは僕たちが暮らしていた場所で使われていた拷問の道具なんだ」
「へ、そんな脅しが俺に通用するかよ……」
「ほう。脅しかどうか、実際に体験してみようか」
トーアとギルで男の脇に腕を通して、木の板の上に男を正座させる。
若干、男が抵抗したが足首をつかまれ、脚に体重がかかると飛び上がろうとした。
「ぐっ!?ぐぅぅぅっ!!!?」
「仕組みはとてもシンプルでね、上に座った人間の自重で角が脚に食い込むんだ。痛いだろう?」
ギルは拷問の解説を続けながら、男が板の上から逃げ出さないよう肩に手をやり、がっしりと抑え込む。
「次第に足もしびれて感覚がなくなっていく、果たしてそれはそれだけが理由かな?」
「ま、まさか……」
「腐らなくとも使い物にならなくなる……その前兆かもしれないね」
にっこりと笑みを作るギルだが、その目は笑っていない。もしそうなってもかまわないと態度で示した。
「さて……この拷問の名前を教えようか。これは『石抱き』と言うんだ」
「な、何を……」
「わかるかな?これはまだ始まってもいないんだよ」
様子を見ていたトーアが男の視界の外からあるものを持ってくる。男には石でできた板のように見えた。
「ま、ま、まってくれ!そいつはっまさかっ!」
『石抱き』という名前、用意された分厚い石の板。
『石抱き』がどのような拷問なのか理解した男は声だけを上げる。逃げようと抵抗すれば、より脚に角が食い込むことを学んだためだった。
「そうだ、これをおまえの脚の上にのせる」
ギルが後ろから囁くような声で男に告げる。
荒く短い呼吸で男は後ろに立つギルと、正面に石板を床に立てたトーアの顔を交互に見た。
「いやなら、素直になればいいんじゃないかな?」
「ぐ……」
トーアは僅かに笑みを浮かべて肩をすくめる。男に残った僅かなプライドが素直にしゃべることを邪魔しているのか、苦痛に耐えようとする。
「おっと……一枚だけかと思うかい?」
ギルの言葉にトーアは小さく頷くと石板から手を離し、男の後ろから同じ石板を持ってくる。
床に低く乾いた小さな音と共に並べられていく石板。その枚数に男の顔が引きつっていく。
本来の拷問の手順と異なるが、床に並べられた石板の枚数は男の決心を揺るがせるには充分なようだった。
「素直に話せば殺しはしない」
「ぐ……俺が雇われたのは……リステロン総合商店だ」
「ふぅん……店自体という訳?」
「誰がかはわからねぇんだ!報告先も依頼も多分、下っ端だ!だが、わざわざ店の裏口に来させるんだ!あとはわかるだろっ!?」
トーアの疑問に男が狂乱気味に答える。
明確に誰がとは言わないが、リステロン総合商店自体、またはラズログリーンに出ている店の上位に立つ者が依頼を出しているのだろうと推測する。
「依頼内容は?」
「あんたがた二人がどこに行き、何をしたかを報告するだけだ……だが、ろくな報告はしてない。あんたがたはすぐに姿をくらませる……」
力なく項垂れる男はぼそぼそと話を続ける。
男への依頼には深追いはせずに、距離をとることを厳守するようあった。撒かれたことは報告せずにいたが依頼は続いた事を話し続ける。
話の内容から大した情報は伝わっていないことがわかったが、依頼主は少しでもトーアとギルの動向を知りたかったらしい。
「ほかには?」
「これ以上は何もねぇ!知らねぇよ!」
男への依頼内容を聞く限り、これ以上は情報は得られないだろうとトーアはギルと視線を交わし合う。
一度、男を座らせた板から離し再び椅子に座らせる。
「今後の事だけど……このまま依頼は頑張って、でも、報告の内容は今まで通りに、内容は薄めでね」
「まぁ、僕たちのほうは勝手に撒くから気にする必要はないよ」
「な、は……?え?」
トーアとギルの言葉に男は戸惑いの声を上げる。
「代わりに一つお願いがあってね。何か別のことを依頼されたら……私たちに教えてほしい」
「方法はなんでも構わないよ」
呆気にとられたままの男に、提案という命令を下すトーアとギル。
ダブルスパイを命じられた男は困惑したままだったが、生殺与奪権を握られている事を理解したのかゆっくりと頷いた。
「よし、ならこれからもよろしくね」
肩に手を置いたトーアだったが、するりと男の首に腕を巻き付ける。
「な、あっ……」
再び綺麗に締め落とされて意識を失った男を支えつつ、トーアは息を吐いた。
「まぁまぁ……うまくいったんじゃないかな」
男が目を覚ましていた時とは違う、いつも通りの雰囲気のトーアにギルも息を吐いた。
「そうだね。これで三つめか……」
男の脚の状態を確認したギルは、トーア謹製のポーションをかける。
トーアの襲撃を依頼したバーゼッタ商会、ギルの足止めとフィオン、ゲイルの襲撃を依頼したルステイン商会、そして、尾行を依頼していたリステロン総合商店。
名前がわかったのは三つの商店だけだが、既に露店市場の出店位置を人通りのない場所へと指定されていることから、四つ目、五つ目の商店が現れる可能性は否定できない。
トーアの予想通り、複数の商店がそれぞれの思惑の元、妨害と排除を目的にばらばらに行動をしていることがわかった。
それぞれに対抗するのは非常に面倒なため、トーアが思いついた作戦を実行することを決める。
「準備は出来るだけこっそりかつ、迅速に進めないとね」
「そうだね。まぁ、あちらはトーアが何をしているかなんて、すぐにわからないと思うけど」
「それもそっか」
男を再び路地へと運び、やや離れた場所で壁に寄り掛からせる。その際、胸元に一枚の紙を忍ばせた。
トーアとギルは路地から近くの建物の屋根へと移動する。しばらくして男が目を覚まし、足早に去って行くのを見送り白兎の宿へ戻った。
夜の寒さに男は飛び起きる。
先ほどまでの体験を思い出し、自身の身体に触れて何も欠けていない事、痛みもない事を確認すると、息を吐きながら一気に脱力した。それだけで男の身体が二回り小さくなったように見えた。
脚を確認すればあの拷問具の傷はなかった。普通に触れても動かしてみても異常はない。
夢とは思えない出来事と自分の体の状態に、首をかしげながらも立ち上がる。
辺りを見渡した後、ねぐらにしている建物へと男は帰っていく。
建物の一室に入った男は飲みっぱなしにしていた酒瓶を手に取り、そのまま呷る様に喉を鳴らして飲んでいく。
安酒の強い酒精が喉を焼き、胃まで届いた。ほどよくアルコールが回り、一息ついた男はそのままがたつく椅子に座る。
男はトーアとギルの命令を聞くつもりはなかった。明日の夜にでも報告に行き、金を受け取ったらそのまま姿をくらますつもりだった。
再び酒瓶を口につけて酒を流し込もうとしたとき、胸元に違和感を感じて手を入れる。
出てきたのはしわくちゃの紙切れでかろうじて何かが書かれている事に気が付いた。
月明かりを頼りに蝋燭に火をつけて、紙に書かれた内容を読み取る。
『おまえをみているぞ』
何が書かれているか理解した瞬間、大きな音を立てて男は椅子から転げ落ちる。
あまりの恐怖に酔いが吹き飛び、自然と体ががたがたと震え始める。
先ほどまでの出来事は夢でも何でもなく、現実だった。トーアとギルに命令されたこともまた事実だった。
自然と呼吸が早くなり、思わず口を手で覆う。冷たい汗が頬を伝っていく。
ふとまだ手にしていた紙を放り捨て、酒瓶をひっつかむと再び喉を鳴らして酒を流し込んだ。
男は酔わずにはいられなかった。