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第四章 妨害工作 3

 数日後、トーアはいつもどおり露店市場で店を開く。

 この数日はディルやアンの依頼の他に受けていた包丁や短剣類の研ぎや、少ないながらも新造の依頼を受けて納品していた。

 トーアが受けた依頼でまだ納品を済ませていないのは、アンとディルだけとなっていた。


「こんにちは、リトアリスさん」

「いらっしゃいませ」


 お昼を回ったころ、待っていたアンがやってくる。

 今日も質の良い生地を、市井で見かけるようなデザインでありながら品の良い仕立ての服を着ていた。

 差し出された木札と交換で、短剣をアンへと手渡した。

 鞘からそっと短剣を抜いて出来栄えを確かめるアンはすぐに笑みを浮かべる。


「流石だわ」


 アンのお眼鏡にかなったのか、その表情は満足げだった。

 短剣は鍔、柄を含めすべて金属製で、全体が彫金によって美しく装飾されている。鞘は黒く塗られた木に、金属で補強を兼ねた装飾が施されていた。

 短剣を鞘に納めた状態では十字架の装飾具に見えた。この世界では十字架を象徴にしていないためか、少し奇抜な装飾具と思われる程度らしい。

 鞘から短剣を抜けば、全体と統一されたデザインの彫金が細い刀身にも施されていることがわかる。

 トーアの施したそれは、見た目だけではなく刺した際の血抜きにもなっており、実用的な面もあった。

 短剣を握って調子を確かめ、刃の鋭さ、模様を眺めたアンは小さく頷いた後、短剣を鞘へと納め顔をあげた。


「あなた、こっちよ」


 アンがやってきた方向に声をかけると、別の露店を見ていた初老の男性が近づいてくる。

 店の傍へとやって来た男性は、アンと同じく質の良い布を無難なデザインでまとめ、気取らずに着崩していた。だか受ける印象に軽薄さはなく、親し気な雰囲気にまとまっている。

 アンがあなたと呼んだことから二人が夫婦だとトーアは察する。

 男性は自然とアンの隣に並び、身体を寄せていた。短剣の出来栄えについて話し始めたアンをやさしく見つめる視線はとても甘かった。

 二人の歳を重ねた甘い雰囲気に、少しむず痒い気持ちになりながらトーアは一緒に用意したものを取り出そうとリュックサックに手を伸ばした。

 短剣を受け取った男性が、少しだけ鞘から抜いたのも同時だった。

 その瞬間、トーアの首筋にぞわりとした悪寒にも似た感覚が走る。

 伸ばしていた手を止めたトーアは、目だけで発生源である男性を見た。

 思わず止めていた息を、二人に悟られないようにゆっくりと吐いたトーアはリュックサックの中に手を入れながら先ほどの感覚に驚きつつも納得していた。

 先ほどの感覚に似たものはCWOゲームの中ではあったものの、サクラと訓練とは言え対峙した時と似たような感覚だった。

 VRMMORPGゲームではない本当の鉄火場を渡り歩き、幾度も死神の手から逃れ、今日まで生き延びた古強者が放つ独特の空気。それが一瞬とは言え男性から放たれ、余韻も残さず消えていた。

 短剣を無造作に慣れた手つきで扱う様子から、アンと同じく成功した元冒険者かもしれなかった。

 二人の身形から相当に稼いでいる事、お忍びで市井に来る様子などから今も相応の地位にいる事はなんとなく察していた。

 刀身を検分していた男性はそっと短剣を鞘に戻し、アンへと返す。アンは少しだけ驚いた顔をしていた。

 考えてみれば、正体を隠すような恰好をしていながらも僅かとは言え、本来の気配を漏らしてしまっていた。

 その引き金となったのは自身が鍛えた短剣である事に、トーアは心が震えた。

 頬が自然と持ち上がってしまいそうになるのを押さえながら、チェストゲートからあるものを取り出す。


「素晴らしい……話は聞いていたが、噂の腕前、確かに見せてもらった」

「ありがとうございます」


 男性の言葉に小さく頭を下げる。

 短剣をアンへと返した男性から、料金を受け取る。金額を確認したトーアは、手にしていた物を差し出した。


「これはサービスなのですが、良ければお使いください」


 それは細い鎖で鈍く銀に輝いていた。短剣を作るよりも時間と手間がかかっているものの、短剣を際立たせつつ他の装飾品の邪魔にならないよう心を砕いた一品である。


「剣帯代わりということかしら?」


 鎖を受け取ったアンの言葉に頷く。

 男性はアンから鎖をとり、その腰へと短剣を身に着けさせる。

 どのようにでも身につけれるよう、長さも調節できるようにしてあり、短剣は装飾具としてアンの腰を飾り立てた。


「あなた……どうかしら?」

「……素敵だよ」


 短い返答にトーアは内心首をかしげる。

 だが男性の瞳は甘みを帯び、満足げで自慢げでもあった。そして、男性の気持ちがアンに伝わったのか、少女の様に嬉しそうにはにかんだ。


――あっまっ!


 そのままそっと男性の腕に手を絡める様子に、砂糖を吐きそうになりながら、無性にギルに会いたくなったトーアだった。


「ふぅむ……私も一振り欲しいところだが……」


 顎に手をやり見本剣を眺める男性。トーアは大口の客からの連続注文に諸手を上げて喜びそうになりながら、こっそりとパーフェクトノートを取り出す。


「なんで親父と母ちゃんがいるんだ?」

「むっ、お前こそ、どうしてここに?」


 そこへ依頼の品を受け取りにきたであろうディルがやってくる。傍らには護衛の女性が控えていた。

 互いに片眉を寄せ、肩をぶつけ合う二人。いつの間にかアンは男性から離れ、護衛の女性が傍に立っていた。

 二人のやり取りは不穏だが雰囲気はとても気安い感じで、親子というよりも同年代の悪ガキのようだった。二人の会話から親子の触れ合いであるらしい。


「仕事は終わらせてきたのかしら?」

「はい、大奥様。……今日のためと言って、一昨日から先送りで終わっています」

「まったく、いつもそれくらいやる気を出してほしいわ」


 アンは先ほど見せた少女のようなはにかみから、やれば出来る息子のやる気のなさにため息をつく母の顔をのぞかせる。護衛の女性に苦労をかけるわねと労っていた。


「親父、いま噂のリトアリス・フェリトールの店にやってくる理由なんて一つだろ?」

「あ、お前、いつの間に!」


 ディルは見せびらかすようにズボンのポケットから木札を取り出し、トーアへ差し出した。

 四人の様子を見ながら既に注文の剣を用意していたトーアは、木札と剣を交換する。


「多分、母ちゃんと同じ日だな。その日の夜にこの店のこと話したら知ってるって言われたし」


 トーアから剣を受け取ったディルはその場で剣を抜く。

 目を細め握りを確かめる。陽の光に刃を当てて研ぎあがった状態を確かめていく。となりに立った男性も思案顔で顔を覗き込ませ、出来栄えを見ていた。


「まさに“注文通り”だ」


 ディルは満足げに笑みを浮かべ、剣を鞘へと戻した。

 ポケットから革袋を取り出し、トーアへと差し出す。中に入った代金を革袋ごと受け取り、枚数を確認したトーアはありがとうございましたと軽く頭を下げた。


「いい買い物だった」


 そのまま身に着けていた剣帯に鞘を通して、腰に下げたディルはしたり顔で男性に剣を見せつけ始める。

 男性は歯ぎしりをして悔しがり、二人の様子に護衛の女性とアンは頭を押さえてそろってため息をついていた。


「わしも注文をしようと……」

「あなた。その前に今あるものを少し整理してくださいな」

「あ、う、いや、それは、だな……」


 あっさりとアンに出鼻をくじかれた男性はしどろもどろになりながらもアンを説得しようとするが、アンにひと睨みされると口を閉じてそのまま肩を落とし小さくなってしまった。

 どうやら武具を集めて、小言を言われるほどになっているらしいことをトーアは察する。

 その様子をにやけながら見ていたディルは声を出して笑い始めた。


「お前も笑ってられないぞ……」


 小さくなっていた男性が身体を起こして、ディルを見る。

 どうやらディルも同じくらいにため込んでいるらしいが、ディルは不敵な笑みを浮かべる。


「俺は今日までに整理済みだからな。じゃねぇと母ちゃんに取り上げられちまうし」


 腰に差した剣を手で軽く叩きながらディルはすまし顔だった。トーアは顔には出さないものの内心、自慢する事ではないと呆れる。

 護衛の女性も長々とため息をついて呆れていた。


「それにこいつは仕舞っておくには勿体ない代物だからな。このまま普段使いにさせてもらうさ」

「あ、ありがとうございます」


 トーアのほうを見て笑みを浮かべたディルの言葉に、命を預けるのに足るものという言葉を言外に感じた。


「うっし、俺はもう帰るわ。親父も母ちゃんも気を付けて帰ってこいよ」

「お前に言われんでも大丈夫だ」


 悔しそうに苦い顔をしている男性の様子に、ふっと笑ってディルは護衛の女性とともに去って行った。

 それを見送っていた男性はディルの姿がみえなくなったころ、肩の力を抜いた。


「はぁ、わしらも帰るとするか。……だが整理して注文となると時間が……やはり、いまここで注文しておくべきか?常使いなら、別に整理せんでも……」


 男性はちらりとアンを見る。その表情はどこかおもちゃをねだる子供っぽいものがあった。


「あなた」


 アンの二の句を許さぬ態度と言葉に、提案をばっさりと切り捨てられた男性は再びため息をついた。じろりとにらまれると降参するかのように両手を上げる。


「まったく。そういえばリトアリスさんはどこの商店にも所属していないと聞いたのだけど」

「はい。しがらみも多いですし」


 所属する事で被るリスクのほうが大きいことと、もともと自由に行動したいトーアにとってどこかの商店に所属するという選択肢は初めからなかった。


「ラズログリーンに自分の店を持ちたいから、ということかしら」


 続けてのアンの問いかけにトーアは首を横に振った。

 すでにラズログリーンで店を出すことに執着していなかった。露店市場でこうして商売ができる環境がある事や、ホームドアが次第に充実し始めてきたことが理由だった。


「なるほど……開店資金が足りないからという訳ではないのだね」


 ホームドアの事は話さずに説明すると男性は納得したのか、頷いていた。アンと男性が目くばせをして、トーアに向き直る。


「ラズログリーンの支援制度は知っているのかな?」

「噂程度には……」


 露店市場についてテナーから話を聞いていた際、露店市場とは関係ないが、という前置きのもと、公然の秘密とされる制度がある事を聞いていた。

 実際に支援を受けて店を開店させた生産者もいることから、詐欺とか都市伝説の類ではない事は確かだった。

 それは腕が良くても開店資金を準備できず、くすぶっている生産者に迷宮伯自ら開店資金を提供するというもの。

 ほぼ無利子な上、商売に失敗したとしても返還義務はなしという豪儀な制度である。

 もちろん、失敗しないように運営のアドバイスを受けられると言った補助制度も充実していた。

 なぜこれが公然の秘密とされるのか。それは全ての資金は迷宮伯の自費ポケットマネーから出されていることと、明確な選定条件も提示されておらず、年に一度の時もあれば、数回選ばれることもある迷宮伯の気分次第きまぐれというのが理由だった。

 この話をしたテナーにトーアは制度を受けたのか聞いたが、テナーは今は亡き夫と冒険者時代で稼いだお金を使い宿を始めているため、この制度は利用していないとのことだった。

 迷宮伯の気分次第の制度とも言えないこの話はトーアにとって、話の種として覚えている程度のものだった。

 トーアの制度は知っているが期待していないという答えに何やら考え込んでいた男性だったが、アンが傍へ来て顔を上げた。


「そうか……いや、邪魔をした。今度こそ注文を……いや、物置を整理したら注文をお願いしよう」

「そうですね。リトアリスさん、それじゃぁね」


 ひらひらと手を振ったアンは男性とともに寄り添って、トーアの店から去っていく。

 ありがとうございましたと声をかけて二人を見送り、アンとディルが満足そうに帰っていった様子に小さくガッツポーズをする。


――次の依頼も満足できるようなものをちゃんと作ろう。


 満足感を覚えつつ、気持ちも新たにトーアは露店市場での販売を続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日になって更新気が付きました! これからまた読めるのが楽しみです
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