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第三章 露店市場 9

 白兎の宿に戻った翌日、クエストに出発する時間よりも早くトーアは最寄りの露店市場へと出発する。

 テナーから良い場所から埋まっていくからと聞いたため、手にした木製の大きめのたらいと、木の椅子を手に早足で向かう。

 すぐに露店市場に到着するがトーアの予想よりも露店の多くが準備を進めており、メインとなる大通りに面した場所はほとんどが埋まっていた。

 複数ある広場の入口の一つの近くに商店ギルドの出張所が天幕を張っており、テナーから聞いたとおり露店市場の出店にはこちらで手続きができるようだった。


「おはようございます、露店市場に参加したいんですが」

「おはようございます。では代表の方のお名前と出店内容をどうぞ」


 天幕の中には机がいくつかあり、その中の一つに腰掛けた男性に問われ、トーアは名前と刃物の研ぎと武具などの修繕、新規製作などの出張受付を行うことを説明した。事前にそれらの出店は問題ない事を確認しており、男性からは特に止められることはなかった。

 トーアの名前を聞いた男性はペンを動かしていた手を止めて、台帳からトーアへと視線を移し、笑みを浮かべる。


「あなたがリトアリス・フェリトールですか、噂はかねがね」


 握手を求められて、トーアは素直に応じながらはははと引きつった笑いを浮かべていた。

 出店料を支払い、机の上に広げられた広場の地図で出店場所についての説明を受ける。

 広場には雨水を排水するための細いくぼみがあり、くぼみを挟むようにして二メートル五十センチ四方の露店の敷地を確保すると、自然と大人三人が並んで楽に歩ける幅の小道と、荷馬車が交差できる幅がある大通りが出来上がる仕組みになっていた。

 机の上に広げられた広場の地図は大通りに面した出店場所は埋まっており、トーアは、大通りから小道に入った中ほどの場所を割り当てられる。


――初めから露店市場を行うことを想定した上で広場を作っているのかな。


 街が作られていくどの段階でこの露店市場を行うことを前提とした広場の造りになったのかはわからなかったが、面白い事を考える人もいるのだなとトーアはひそかに感心した。


「ではリトアリスさんの出店位置に案内します。初めはわかりにくいと思いますので」

「お願いします」

「こちらが出店の責任者が持つカードとなっています。露店終了時にこちらへお持ちください」


 男性が取り出したのは金属製の掌に乗る程度の大きさの板で、表面にはトーアの露店を出店する場所の番号と共に花の形が浮き上がるようにエッチングが施されている。

 金属を腐食させることで任意の部分を溶解させる技術で、腐食跡の独特な質感が美しく、カードを手にしたトーアは様々な角度で眺めながら作り上げられた花を撫でた。

 男性に視線を戻し露店を使用する際の注意事項などの説明を受けた後、出店位置の案内を受ける。

 露店は屋根だけの天幕が用意されており、二メートル五十センチ四方という空間が狭くもなく広くもない丁度良い広さだと感じた。

 このサイズに不満があれば隣り合う区画を複数借りることもできるがそれだけ出店料がかかる事になる。

 軽く礼をして去っていく男性を見送り、トーアは手にしていたたらいと椅子を置いて、いつものリュックサックを開けてチェストゲートから昨日作った看板を取り出した。

 『フェリトール総合創作店』と木の厚板を彫り込み、墨を流し込んだもので、見るものが見ればなかなかの業物とわかる代物である。自立できるように立てかける脚も用意しており、露店の目立つ位置に設置する。

 続けて『刃物、武器等の研ぎ、修繕、制作依頼、他、作成可能な物品の依頼お受けいたします』という文句が書かれた板を天幕の骨組みにつりさげた。

 陽がかかる場所にたらいを置き、その前に椅子を置く。たらいを魔法で出した水で満たしてリュックサックから砥石をいくつか沈める。たらいの上に砥石を置いて固定するための台を設置した。

 椅子に腰かけ、下げていた三つ編みを根元に巻き付け、余った鋼材で作った細長い板状の一本簪で固定する。

 続けてタオルをバンダナ代わりにして、頭に巻き付けた。


「よし、準備完了っと」


 と、トーアが気合を入れたものの、いきなりお客さんが来る訳はなかった。そんなものだよねとトーアはぼーっとあたりの露店へと視線を移した。


 しばらくして陽が昇り始め、トーアの露店の前の小道にもいきかう人が増え始める。

 手持ち無沙汰だったトーアはいつも使っている短剣を取り出して水に沈めていた砥石を台に置いて研ぎ始めた。

 トーアが短剣を研いでいると前を通りかかった女性が足を止め、看板を見てトーアに視線を移す。


「いらっしゃいませ、切れ味が鈍っている刃物ございませんか?安く研ぎなおしますよ?」

「刃物と言ってもねぇ……冒険者でもないし」


 迷宮都市というだけあって、住人も刃物と聞くと武器を連想するらしいとトーアは思いつつ、包丁も研ぐことを説明する。トーアをじっと見た女性はまた今度ねと言い残して去って行った。


――やっぱり外見がいけないのかなぁ……。


 少しだけ気落ちしたものの、初めからお客さんが来るわけではないと気を取り直す。


「トーアさん、こんにちは」

「あ、テナーさん。どうしたんですか?」


 テナーとミリーがトーアの露店に姿を見せる。


「ええ、包丁の研ぎをお願いしようと思って」


 手にしていた布の包みを差し出すテナーにトーアは戸惑いつつも布の包みを受け取った。

 宿の仕事を手伝っている際に何度か包丁を研いでおり、露店に来なくとも宿で言ってくれれば無償で研ぐつもりだった。


「テナーさん、あの……」

「今までのお礼を兼ねているので……研ぎをお願いします」


 ゆるく首を振るテナーにトーアは頷いて、軽く頭を下げた。

 袋の包みを解き、入っていた包丁の状態と本数を確認し、代金の説明をする。

 料金に納得したテナーはわかりましたと快諾し、トーアがリュックサックの中から取り出した木札を受け取る。

 木札は濃い色の木材と淡い色の木材を張り合わせて作った寄木細工でできており、引換券代わりにと作成したものだった。淡い色の木材側から濃い色の木材が出てくるように図形を彫り、とくさで滑らかな肌さわりになるよう丁寧に磨いてある。

 図形はレシピに初めから入っていた幾何学模様や花、動物を意匠化した物を使っていた。

 木札の上部分には端切れとして格安で売っていた色布を縛り付けてある。


「これもトーアさんが?」

「はい。同じような形で髪飾りとかも作れますよ」

「わぁ……綺麗」


 テナーから木札を受け取ったミリーは手触りが良いのか、彫り込まれた部分を撫でていた。


「今は他に仕事がないので、早くてお昼すぎには……最低でも明日の朝には出来上がってます」

「わかりました、お願いします」


 ミリーに木札を仕舞うように言ったテナーは軽く頭を下げる。ミリーも木札を肩に下げていたポーチに大切そうに入れて同じように頭を下げた。


 テナーとミリーを見送った後は新たな客は現れず、テナーが持ってきた包丁を全て研ぎあげてしまった。


――宿で渡そうとしても受け取ってくれないだろうなぁ……。


 今やテナーは『餡かけおこげ』のおかげで注目を集めており、そのテナーが商売道具である包丁をトーアに預けるという事で同じように注目を集めれればというのがテナーの思惑だろうとトーアは考えていた。

 だがトーアもまたテナーよりも前から注目を集めている。こうして露店を出したことで耳聡い商人たちがやってくるかもしれなかった。


「……何か起こりそうだなぁ」


 ぼつりと呟く。

 嫌な予感というほどではないが面倒事がやってくるかもと小さくため息をついた。

 お昼を過ぎるころには一部の露店が店じまいを始める。主に朝採り野菜を販売している露店で、店主が丹精込めて育てたことを売りにしていた。

 取り扱っている商品が鮮度を売りにしているのか、家に戻って農作業があるのかもしれない。

 その様子を眺めながらとりあえず露店市場が閉まるまで露店を続けようとトーアは思う。いまのところ店にやってきたのはテナーとミリーの親子だけで、露店に立ち止まってくれるものの、立てている看板に目をやり、トーアに目をやり、そして、去って行くというのがほとんどで、声をかけてはいるもののあまり手ごたえを感じなかった。

 これはいけないかもというトーアの予想通り、露店市場が閉まる迄に受けた仕事はテナーから依頼のみという結果に終わった。


――初日なんだから、初めから売り上げがついたことを喜ぶべきなんだろうけど……。


 ため息を一つついてたらいの水を処分した後、トーアは広場を後にした。


 白兎の宿に戻り、夕食を食べた後は部屋に戻ってホームドアの作業に移る。

 工場の窯の前で冷ましていた木炭を灰から掘り出して、木炭同士を触れ合わせると金属のような硬質な音が鳴った。

 火付きは悪いが火持ちの良い、良質な白木炭が出来上がっていた。


「……いい感じ。じゃぁ、ツヴァイ、私が集めるから荒縄でまとめていって」


 頭を上下させて頷いたツヴァイの前に灰から掘り出した木炭を並べていく。

 トーアがツヴァイと薪をまとめている間にアインとドライには舟で珪藻土と粘土、水を一定の比率で混ぜてブロック状に成型し、窯の下段にある乾燥と冷却を行う場所に並べてもらっていた。

 トーアとツヴァイが木炭の回収を終えるとアイン達の作業に合流し、月が高く上る頃合いまで、作業を続けた。




 翌朝、トーアは前日と同じ時間に露店市場にやってくる。借りれた場所は昨日と同じような場所だった。


「ふぁ……」


 遅くまで作業をして早起きをしたためか欠伸をしてしまう。作るものに悪影響がでないように、あまり遅くまで作業をするのは控えようと少し反省する。

 陽が昇り始め次第に露店市場に人の通りが増え始めていく。昨日と同じように通りかかる人に声をかけているものの、やはり反応はいまいちだった。

 やっぱり駄目かと思っていると、獣人の男性が足を止めた。


「リトアリス、来たぞ」

「いらっしゃいませ、ヴォリベルさん、ガーランドさん」


 クエストに出るような恰好ではなく、武器は腰に下げているものの街を出歩いても違和感のない軽装姿の二人と、後ろには同じように軽装姿のオクトリアとペフィミルが笑みを浮かべてトーアに手を振っていた。

 どこかでトーアが露店を出したことを聞きつけ――十中八九、ジェリボルト経由だろうが――以前の約束通り、武器を依頼に来たらしい。


「はい、約束でしたからね」


 待望の武器制作に期待の篭った視線を受けてトーアは笑みを返す。リュックサックの中から以前二人に見せた剣と新たに作成した片手斧の見本武器を取り出し、二人に差し出した。


「おぉ……まさか用意してあるとは」


 口の端を上げて笑みを作りつつ、片手斧の見本武器をヴォリベルは受け取り調子を確かめはじめる。

 ガーランドとヴォリベルから注文を聞いた後、引き換え用の木札の番号をパーフェクトノートに書き込み、木札をそれぞれに渡した。


「出来上がるのは、三日後というところです」

「ああ。料金はその時でいいか?」


 トーアははいと頷いた。

 料金については説明済みでエレハーレやラズログリーンで確認した相場より少し安い価格にしている。

 エレハーレでの騒動でトーアの武具には希少価値がついて、オークションでは儲けさせてもらったものの、あまり高値で取引されることに気が引けていた。

 材料が希少なものになればそれなりの値段をつけさせてもらうことにしているが、今のところ鋼鉄製のものしか作成できないことと露店市場に出店しているということで相場よりも安めの価格設定にしていた。

 注文を終えて上機嫌で去っていくガーランド達を見送り、トーアはパーフェクトノートに書き込んだ注文内容を再度、確かめてどのように作業を行うか考え始めた。

 組み立て式の簡易作業机を取り出してパーフェクトノートに向かっていると、店の前で立ち止まる気配があった。

 トーアが顔を上げるとテナーとミリーが小さく手を振る。


「いらっしゃいませ、テナーさん、ミリーちゃん。作業は完了していますよ」


 リュックサックに手を伸ばして、チェストゲートからテナーから預かった包丁を包んだ布の塊を取り出した。


「ご確認ください」


 布をほどいて包丁を一つ一つを机の上に並べる。

 確認しますと頷いたテナーは包丁を手に取って刃の状態を確かめていった。


「さすがトーアさんです」


 全ての包丁を確認したテナーは満足げに微笑んだ。研ぎあがった包丁を再びまとめてテナーに渡すと、テナーはいたずらっぽく笑みを作る。


「トーアさんのお店、知り合いのコックさんたちに宣伝しておきましたから」

「え、あ、ありがとうございます」


 包丁を受け取ったテナーは軽く礼をした後、手を振るミリーと共にトーアの露店を去って行った。

 その後、テナーが宣伝したおかげか、トーアの店に包丁の研ぎの依頼が舞い込んでくる。

 そのうちの何人かはラコメの講習会に居た料理人だった。

 テナーにお礼を言わないと、とトーアは思いつつ、包丁や解体用の刃物の研ぎの依頼を捌いていった。

 その日は、ヴォリベルやガーランドから受けた新造の依頼があるため、早めに露店を閉じて白兎の宿に戻った。


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