第三章 露店市場 8
白兎の宿に到着したトーアは再びテナーとミリーに迎えられ、再びの宿生活となる。
昼間や夜にホームドアの作業を続けながら、時折テナーやミリーの宿の仕事を手伝っていた。
「テナーさん、露店市場に出店するにはどうすればいいんですか?」
お昼のピークが過ぎて食堂が落ち着いたのを見計らい、遅い昼食を食べたトーアは食器を洗いながらテナーに尋ねる。
食材の調達のために出向いた露店市場で販売している人が常に同じではないことや、販売している住人がラズログリーンの外に住んでいて街の市場だけではなく自分たちでもこうして販売して稼いでいるという話を聞いていた。
「露店市場ですか?市場ごとに商人ギルドの出張所があるので、そこで出店料を支払えば誰でもできますよ」
「あ、結構簡単なんですね」
「郊外の人たちや職人修行中の子たちが、自分たちの作った物を売ってますからね。トーアさんも何か売りたいものがあるんですか?」
「あー……鍛冶で作った物だったり、研ぎとか武具の修理とかもやってみたいですし……あとは、依頼次第でなんでも作りたいかなぁとか。これをしたいというのもないんですが」
CWOでは初心者向けの装備を街の外で売っていたが、他にも多種多様なアイテムを作り、オークションなど様々な方法で販売していた。
ゆくゆくは店を持つかして、作った物を並べて売りたいなぁとトーアは考えている。だが、少しだけ国内だけではなく、様々な国に行って気ままに旅をしながら物づくりに打ち込んでもいいかなともこの頃、考え始めていた。
テナーからは何度か包丁を研いでいるので、トーアの腕前なら人気がでるかもしれないとお墨付きをもらうが、そのような店が出店できるか確認したほうがいいと言われ、トーアは頷いた。
――刃物を研ぐにしても、いろいろと必要だしね……。
出店するまでには確認しておこうとトーアはパーフェクトノートのToDoリストにその項目を書き加えた。
その翌日、トーアは再び木箱を置いた路地へとやってきて、ホームドアを発動させる。
いつものごとく尾行者はいたが以前とは別のルートで撒いていた。
――尾行する人には悪いけど、ばれる訳にはいかないしね。
ホームドアの中で旅装を解き、トーアは早速工場へと向かった。
白兎の宿での作業で二つ目の階段は完成しており、今は焼成窯の予定地の手前に乾燥や焼きあがった物を並べる平地を作っているところだった。
坂になっている一部を掘り返して坂の下側に土を移し、石を組上げて石垣を作り土が崩れ落ちないようにしていた。他にも階段側や削った部分にも同様に石を組上げて土が崩れないように作業中である。
『マスターリトアリス、お戻りですか』
「うん、今日から当分は続けて作業できるから」
『わかりました』
石を運び並べていたアイン達に魔力を補充し、トーアも作業に加わった。
数日掛けて石垣を整備し作業場をしっかりと完成させたトーアは、焼成窯の予定地となる坂を掘り返していた。
坂のままでは窯を作ることができない事と、窯の前にはある程度平地が必要となるため、作業場と同じように坂を掘り、掘り出した土で平地を作っていく。
掘り返した坂は焼成窯の壁面となるため、やや大きめに掘り返していった。
ドライには舟と呼ばれる浅い金属製の四角い桶に入れた土と珪藻土、水を加えたものを練ってもらってい、ドライが練ったものをツヴァイに団子状に成型してもらう。土の硬さは叩きつければ伸びる程度に水の量を調節した。
トーアは膝下くらいまで円匙を使って地面を掘り返し、掘り返した土は少し離れたところで山になっている。
しばらくして窯の予定地の準備が整い焼成窯作成に必要な石材の選定作業にトーアは入った。
――正直、いまは必要じゃない素材なんてないから掘って出てきたもの、全部をチェストゲートに放り込んじゃったからなぁ……。
座り込みながら、チェストゲートの内容が表示されたARウィンドウを空中に大きく表示させる。
焼成窯の当面の生産物として耐火煉瓦がある。耐火煉瓦は焼き上げる温度が高ければ高いほどその耐熱温度は高くなっていく。だがその高温に耐えるだけの窯を作るには高温に耐えれる耐火煉瓦が必要という矛盾があった。
「じゃぁ、耐火煉瓦というものがない時代の人たちはどうしてたのか?っていう話なんだけど……どうにかしちゃった人達が居たのは本当すごい事だよね……」
トーアが選んだのは石段で選んだ岩とは異なり、軽く柔らかい材質の岩を完成した作業場に並べていく。石段で坂を登れば焼成窯の予定地となっている。
成功と失敗の繰り返しの果てにどの岩で作れば、高い温度に耐えることができるという技術へとたどり着いた先人達の弛まざる改良と工夫にトーアは並べた石を眺め、畏敬の念を抱いた。
あとはパーソナルブックを立てかけてくための木の台を取り出し、焼成窯のレシピを開いて台に立てかける。
ドライとツヴァイには追加分の土を練ってもらいつつ、トーアはアインと共に取り出した石を石段を作る時と同じ要領で割り始めた。
しばらくして石材がそろうと掘り返した穴に異界迷宮で岩を掘り出した時に出た砕石や砂利を中心部に敷き詰める。
ドライに練ってもらいツヴァイが成形した団子を崩して、敷き詰めた砂利と砕石の上に厚めに塗り、その上に用意した岩を平らな面を上にしてのせる。空気が入り込まないように叩きつけるようにしながら練った団子を石の隙間に押しこんだ。
続けて窯の壁面になる部分に成型した石を積み、団子を叩きつけて再び
石を積んでいく。途中、窯の入り口に当たる部分から最も遠い箇所に煙突を作る。
「ん、んー……よし。ちょっと試してみようか」
チェストゲートに放り込んであった小枝と薪を取り出す。短剣で小枝を根元を切り離さないように薄く削り、枝を回して小枝のさきに綿毛ができたかのような形にしていく。フェザースティックと呼ばれるブッシュクラフトの技術で小枝とナイフでできる簡易の着火剤である。
【種火】でフェザースティックに火をつけ、煙突の下部に入れた小枝に火を移す。火を大きくさせながら薪を入れていき、煙突の先から真っすぐに煙が昇っていくのを見て、空気が漏れず、うまく流れている事を確認する。
出来栄えに一人頷いたトーアだったが、お腹が小さく音を立てた。
途中で休憩をはさんだものの、時間を確認すればすでに夕飯時になっている。今日はここまでにしようと煙突の火を消したトーアは、初期設定の部屋で夕飯を食べてお風呂に入った後は針と糸、ラズログリーンで買っておいた白い布であるものを作る。
必要か不要かと尋ねられても首を傾げかねないものだったが、一応の礼儀、願掛けだろうとトーアは一人、頷く。
作業を終えたトーアは自立式のハンモックにゆられて眠りについた。
次の日は朝から焼成炉の残りの壁面と屋根部分の作成に取り掛かる。
壁面の高さは一メートルほどでツヴァイであれば、立って中に入れるほどにした。屋根部分は特に長めに成型した長方形のブロック状の石を二つ、アーチ状に組み合わせる。
固定や隙間には土団子を使い埋める。そして、屋根を完成させた後は、全体を覆うように残っていた土団子を叩きつけながら張り付けていく。
「よし、完成……かな」
手についていた土を水で洗いながし、出来栄えを眺める。
見た目は土饅頭のような外見で、表面の土はまだ十分に乾いてはいない。あとは実際に使ってみて、問題がないかを確かめようとトーアは白木で作った台をチェストゲートから取り出す。窯が完成した後、やっておくべき事柄がひとつだけあった。
それはCWOの時にも行っているプレイヤーは半々といったもので実際に特別な効果があるわけでもなく、トーアもそこまで信心深い訳でもなかったがこれは一応の礼儀だろうと行っている側のプレイヤーだった。
「アイン、ちょっと用意してくるから、辺りの掃除をお願い」
『かしこまりました』
アインが頭を下げたのをみて、トーアは一旦、お風呂場へと移動する。
汗を流した後、何度か水を頭からかぶり禊を行う。水をタオルでふき取り、作成しておいた白衣を羽織り、同じ布で作った帯で前を閉じる。
サンダルを履いて再び工場に戻り窯の前に置いた台、簡易神棚に酒、米、水を小さな皿に入れて並べる。
「よし。じゃぁ……」
簡易神棚から一歩離れたトーアは、腰を折る丁寧なお辞儀を二回し、柏手を二回打つ。窯の前だけではなく工場に響いた音は、空気をぴんと張りつめさせる。
「本日、ここに窯の完成を迎えることができました。無事に完成を迎えることができ感謝いたします。ここで生まれる素材、道具たちが手にした人の力になりますよう、お願いいたします」
はっきりと通る声色で口上を述べたトーアはゆっくりと腰を折った。
頭を下げたトーアの頬をふわりと風が撫でて目を丸くする。工場の換気扇は停止しており、扉も閉まっているため風が生まれる要素はなかった。
――神は死んでいない……ってことなのかなぁ。
ゆっくりと身体を起こしたトーアは不可思議な体験に神妙な気分になりながら、簡易の神棚はそのままに後ろに控えるアイン達に向き直った。
「今日はこれで終わり、明日には窯に火を入れるから長丁場になるよ」
『かしこまりました、マスターリトアリス』
胸に手を当ててアインが腰を折ると、ツヴァイ、ドライも同じように礼をした。
次の日、トーアは窯の調子や癖を見るために木炭を焼くことにした。完成した窯の前で硬い木質の木を並べ、窯の中にいるツヴァイに手渡していく。
入口近くまで木材が並んだのを確認し、細い枝や乾いた葉を使って火をつける。
中までゆっくり燃えていくので、窯全体に火が通るまで焦らずに入口の火に細い枝を足していく。
煙突からは真っ白な煙が勢いよく噴き出し、工場の上部にある換気扇で空間の外へと排出されていく。
その様子をホームドアはチートだなぁと思いつつトーアは眺めていた。
しばらくして立ち上る煙が白い水蒸気を含んだものから、青みがかかったものに変わり始め焦げ付いたにおいがあたりに漂い始める。
窯全体に火がいきわたり、中の木材の燃焼が始まっている印だった。
窯の入口を六角形の石蓋で閉じ、温度調節用の四隅の隙間を練った土で埋める。隙間は完全には塞がずに空気を取り込むために少しだけ開けてあった。
窯の中では木材が炭化していくのだがこれにも時間がかかるため、工場の端に置いたハンモックでトーアは仮眠をとることにした。
「アイン、私は少し寝るから。窯に異変があったら起こして」
『わかりました』
アイン達に魔力を補充してトーアは横になった。
トーアが目を覚ましたのは窯の煙突から煙が上がらず刺激臭が漂い始めた頃合いで、中の様子を隙間から確認して徐々に土を崩して中に空気を入れる。
途端に窯の中に充満していたガスに火がついて、猛烈な勢いで中の木炭が真っ赤になるほど燃え始める。
少し離れた場所に居るトーアにも熱が伝わるほど窯は高温となり、木材の表面に残っていた樹皮が焼けて落ちていく。
「窯は大丈夫そうだし……あとは木炭の出来栄えかな……」
窯の熱を感じながら窯の入口近くに、灰と土を混ぜたものを畑のうねのように盛り上げておく。
細く長い金属の棒の先に三角形の鉄板を取り付けた火かき棒を使い、中の木炭を慎重に取り出していく。窯に入れる前よりも細く、小さくなった木炭はあたりを真っ赤に照らすほど赤く輝いていた。
取り出した木炭をうねとうねの間に並べて、灰を崩して木炭を埋め、空気を遮断しこれ以上燃えないようする。すべての木炭を取り出して灰の中に埋めた後、真っ赤になった火かき棒を魔法で生み出した水の中に入れて冷ました。
このまま自然に木炭が冷えれば完成である。木炭の出来栄えは確認できていないが、取り出した感触からなかなか良い物が出来上がったという手ごたえをトーアは感じていた。
「なかなかうまくいったんじゃないかな」
『はい、以前の窯よりも質が向上しているかと思います』
「ああ、まぁ、前の窯は途中からあまり使わなくなって作り直したりしなかったからね……」
湯気を立ち上らせている灰の山を眺めながら、あの木炭でバーベキューとか焼き鳥をしたら絶対おいしいだろうなぁとトーアは思う。少し考えた後、次は台所の整備を進めようと今後のホームドアの方針を決めた。
「じゃぁ、冷めるまでこのまま放置しておいて。私は拠点に戻るよ」
『わかりました』
アイン達に魔力を補充した後、トーアは初期設定の部屋から路地へと出る。そのまま白兎の宿に向かいながら、次は露店を出すために必要な物を考え始めた。