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第三章 露店市場 7

 次の日の朝、食事を済ませたトーアは、再び石工の部屋で机にむかっていた。

 昨日の作業で形を整えた魔導石を目の細かい砥石で磨き、水晶のように整える。

 磨き上げた魔導石を作業台に置いて固定し、金属製のけがき針と定規を使って六角柱状の魔導石の下にあたる面に刻印を刻み込む。失敗はできないため、一筋一筋、慎重に彫り込む。時折、息を吐いて雑にならないよう、力を抜きながらトーアは手を動かし続けた。

 刻印が彫り終わった魔導石はゴーレムの核となる。トーアはこの後の作業の手伝いなどを行うゴーレムを作るため、魔導石を集めていたのだった。

 魔導石の六つある側面には可能な限り、魔力の消費量を軽減する刻印を彫り込み、アイテムランクが低い魔導石でも出来るだけ長い時間の活動を可能にさせていた。

 刻み込んだ刻印はクアルが改造、改良しており、通常の刻印に比べれば大幅に小さく、かつ消費マナも少ないものになっている。


「クアルさまさま……てね」


 友人に感謝しつつ私も大概だけど、やっぱりクアルやメリアも大概だよねと刻印を掘り終えた魔導石を眺めつつトーアは思った。

 この作業は電気かマナを原動力にしたリーマーを用意すればもう少し作業は早く疲労も少ないが今は手彫りで行っている。

 以前手に入れた果物で小腹を満たしつつ、他の魔導石も同じように加工を施していく。

 全部で三つのゴーレムの核、そして、小さなものは目に相当する部品として刻印を刻み込みトーアは石工部屋からゴーレムの開発、管理を行う部屋に移動する。


 作業台の上には、くみ上げられたゴーレムが横になっていた。

 ゴーレムの骨や関節部分にあたる部分には鋼鉄を使い、魔力を伝える神経にあたる部分には銀を使っている。外装部分は加工と交換が比較的簡単な木材を使用していた。

 ゴーレムの見た目はポージング人形を大きくしたもので、全長が二メートルと一メートルのものが用意されている。

 魔導石以外のパーツは、夜な夜な作ったり、宿の裏で削りだすことで作成した。


「さてと……早速、ゴーレムコアにAIを入れますか」


 ゴーレムの素体が置かれた作業台とは別の作業台の上には、焼き上げた粘土板が置かれている。

 粘土板には刻印が彫り込まれて銀が流し込まれていた。

 粘土板は魔導石にゴーレムの人格を封じ込めるための専用のもので、これもまたこつこつと作っていた。

 パーソナルブックと紙束を取り出したトーアはゴーレムの人格が記述されたページを開いて紙束を挟み込み、パーソナルブックを閉じた。紙の端を撫でると僅かに光を放ち、取り出した紙束には人格のAIがびっしりと記述されていた。

 CWOでのゴーレムは簡単な動作がブロック化されたものを組み合わせて挙動を制御する方法と、AIプログラムの記述による制御の二通りがある。

 どちらもパーソナルブック上で記述を作り上げ、レシピ譲渡と同じように紙に移すことで使用できるようになる。

 トーアは本業のAIデザイナーであるメリアの力を借りてAIの記述を行っており、その記述量はちょっとした厚みになっていた。

 粘土板の上に削り込んだ魔導石と人格を記述した紙束を置き、刻印に魔力を流し込むと仄かに刻印が光を放ち、紙束が淡い燐光を放ちながら浮かび上がる。紙束は燐光を放ちながら小さくなり、そして、消えた。

 紙束が無くなったのを確認したトーアは魔力を注ぎ込むのをやめ、魔導石を手に取る。

 魔導石の中心は淡く光り輝き、人格の封入が成功した事を示していた。


「……そういえばギルドに登録したときの石っぽい板ってこれに近いかも」


 紙束が燐光を放っていく様子に今更トーアはその類似点に気が付いた。何かに応用できるかもしれないと思いつつ、作っておいた部品に魔導石をはめ込んだ。

 銀製の部品はゴーレムと魔導石の接続部であり固定具になっており、ゴーレムの身体に接続することでゴーレムは稼働するようになる。トーアのデザインでは胸部に接続部があった。

 魔導石を接続部にはめ込み、動力源となる魔力を魔導石の限界まで流し込む。


「『おはよう、アイン』」


 魔力の充填が完了しトーアはゴーレムの起動命令を口にした。

 ゴーレムコアの接続部から神経である銀を伝わって各部に魔力が流れ込み、ゴーレムの身体が小さく動く。目に相当する魔導石に僅かに光が灯ったのを確認してトーアはゴーレムコアから手を離した。


『おはようございます、マスターリトアリス』


 トーアが手を離したことでゴーレムは身体を起こして床に立ち、胸に手を当てて軽く会釈した。

 CWOでトーアが作成し、ホームドア内での作業などの補助を任せたゴーレム達は全部で十体居たがホームドアの初期化に伴いゴーレム達も消失していた。

 いまトーアに会釈した『アイン』は十体居たゴーレム達のリーダー人格にあたる。


「アイン、『自己診断』、完了後、結果を報告して」

『了解しました』


 自己の性能、状態を確認させるコマンドを命令し、立ち上がったゴーレムであるアインを眺める。

 量産出来て修理もたやすい素材となると現状では鋼鉄と銀、木材となり、以前と比べるとみすぼらしくなったなぁとトーアは少しだけ打ちひしがれる。


『自己診断完了しました。以前より素体性能が著しく低下しています。何かあったのでしょうか?』


 言葉と共に小さく首をかしげるアインにトーアは頷いて、これまでのいきさつを掻い摘んで話した。

 メリア謹製のゴーレム人格は人間じみたかなりファジーな反応をするように調整されている。

 特にメリアが引きつれたゴーレムの軍団、通称『人形兵団』は見た目はメイドや執事と言った服装と外見をしており、主であるメリアに傅いている。その様子から人形たちの王国を統べる女王、『人形王国の女王マリオネットクインダム』の二つ名をメリアは冠していた。

 トーアはあえて口調や態度に関する部分を調節しており、少し器械的な反応を返すようしている。

 メリアのゴーレム達は見た目が人間に近いため違和感はほぼないが、トーアのゴーレム達はマネキン、もしくはポージング人形のような形をしているため、人間臭い動作をさせると不気味なのが理由だった。


『現状把握いたしました。マスターリトアリスはいつもながら巻き込まれ体質なようで』

「そう言わないで……本当に胸にくるものがあるから」


 メリアの調整が絶妙なためか、アインはときおり皮肉が効いた言葉を話す。

 続けて一メートルサイズのツヴァイ、アインと同型のドライを起動させる。現状アイン以外は音声出力はないが、アインとの相互通信、記憶の共有などを行えるようになっており、声がなくともジェスチャーで大まかな事は伝わる。

 トーアのゴーレム達の名称はドイツ語の数字読みになっており、リーダー機であるアインからツヴァイ、ドライ、フィア、ヒュンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェンとなっている。

 奇数番目のゴーレムはアインと同型の二メートルほどの大型機で、偶数番目のゴーレムはツヴァイと同型の一メートルほどの小型機となっている。小型機のゴーレムは閉所作業を行う事を目的としており、基本的に、アインとツヴァイ、ドライとフィア……とペアでの活動を行う。

 今はまだドライまでの三体しか作成することはできなかったが、材料や作業状況を見て、素体の作り直しやゴーレムコアの改良を進めることにしていた。


「魔力量が足りなくなったら私の方から随時補充するから、すぐに申告すること」

『わかりました』


 頷くアインにトーアは笑みを返した。


 アイン達、ゴーレムという人手を手に入れたトーアはアイン達の動作試験も兼ねて、ホームドアの地下三階まで階段を下りる。

 ホームドアの地下三階部分は以前では大型の施設が並んでいたが、今は廊下とトーアが『工場』と呼ぶ部屋があるだけになっていた。

 『工場』は体育館ほどの広さと三階分の高さと一階分の地下部分がある長方形の部屋で、短い辺の真ん中が入口となっている。そして、作成時に基本素材に大量の土を追加して、地下一階分を土で埋めつつ部屋の七割に当たる空間に土でできたなだらかな坂を作成していた。

 坂の高さは二階の真ん中あたりまであり、しっかりと固められている。


「うん、これなら焼成窯も登り窯も作るのに問題なさそうだね」

『あの施設群をもう一度作成するということでよろしいのでしょうか』

「そう。今は……鍛冶部屋と木材加工室くらいとこまごました部屋くらいしかないからね」


 アインに答えながらチェストゲートから数本の木の棒と木綿糸を玉にまとめたものを取り出す。木の棒は一つだけ長い物があり、トーアは長い物を片手に工場の地面にざっくりとした予定地を書き込んだ。

 工場に作成する予定の施設は、木材から耐火煉瓦、陶器、磁器などを焼くことができる焼成窯、焼成窯を大型化させた登り窯、焼成窯と登り窯で焼くもの、焼いたものを乾燥、冷却させる専用の空き地、金属精錬を行うための反射炉、また、それら施設への移動を妨げないような石段である。

 大量に出る排煙は鍛冶場と同じように工場内の排気口から異空間へと排出されるようになっていた。

 何度かの修正を経て、坂を上るための階段、反射炉と鋳造設備、焼成窯、登り窯、そして、焼きあがった物、焼き上げる物を置くための空き地に木の棒をさして木綿糸を張り終わった。

 工場の区画を入口から見て縦に分け、比率としては五分の二を反射炉、五分の三を焼成窯と登り窯で半分ずつになるようにしていた。

 三つの区画は二つの階段で区切られる様になっており、階段を作ることも工場の作業に含まれている。

 明日からの作業予定をパーフェクトノートにまとめて今日の作業を終了したトーアは作っておいたベンチを取り出してアイン達を待機させた。


「じゃぁ、明日からよろしくね」

『かしこまりました、マスターリトアリス。このまま待機モードに入ります』


 軽く会釈をしたアインに頷き返したトーアはお風呂に入り夕食を食べた後、寝室へと向かう。

 寝室にはまだベッドはなく、ラズログリーンの店で購入した布と縄で作った自立式のハンモックが置かれている。

 布団の素材となるスリーピングシープの羊毛は用意できたものの、まだ加工できないため、床で寝るよりはと思いとりあえず作成したものだった。

 寝心地は悪くないが、できるだけ早くスリーピングシープの羊毛で作ったベッドでゆっくりと寝たいなぁとトーアは思いつつ、ハンモックにゆられ眠りについた。




 翌朝、朝早くから工場での作業を再開する。

 ツヴァイとドライに書き込んだ階段の予定地部分をスコップで掘り出してもらい、トーアはアインと共にチェストゲートから取り出した岩に炭で線をひいていた。

 岩はどれも硬く重たい物を選んでいたがそのどれもが大きく、石段とするために割る必要があった。

 そのための道具もトーアは事前に用意しており、岩の近くに置いた作業台の上に並べていた。

 穴をあけるための金属製の棒、チクサ。チクサで開けた穴を使って石を割るセリ矢。表面を整える鎚、びしゃん。石の角を整えるコヤスケとセットウ。挟み込んで持ち上げるクランプなどなど、必要な道具はこれまでに夜な夜な作成していた。

 引いた線に沿って等間隔にチクサを打ち込み、回転させ削孔させて穴をあける。開けた穴にセリ矢を入れ、それぞれのセリ矢が均等に打ち込まれていくように加減をしながら金づちで打ち込んでいく。


「よいしょーっと」


 掛け声とともに金づちを打ち下ろすと音もなく岩が割れる。トーアの読み通りうまく岩は一直線に割れていた。

 よしよしとセリ矢を回収して再び線に合わせてチクサを打ち込み、セリ矢を入れて金づちで石を割っていく。

 おおまかな形に割った後、コヤスケとセットウを手に取り、石段のサイズになる様に端を加工し始める。

 片側がマイナスドライバーのようになった杭に持ち手がついたようなコヤスケを端に当て、セットウで叩くことで石を割って成形する。


「よっ、ほっ、やっと」


 カン、カンと甲高い音を響かせ、一辺が真っすぐになる様に端から割っていく。石が綺麗な立方体に整ったところで片側がミートハンマーのように凹凸が付いているびしゃんで足をのせることになる部分を軽く叩いていく。わざと表面に凹凸を作り、足が滑らないようにという加工になる。

 集中しむらなく凹凸を作るという作業をしていると、自分の心が無になっている事に気が付いた。


「こういう作業していると、何か悟りが開けそうな気がしてくるんだよね……」

『時折、表情が抜け落ちている時がありますが……何か悟れましたか?』

「いやそんな気分になるだけで、こう悟れるわけではないのだけど」


 アインととりとめのない会話をしながらしばらく手を動かし続け、一つの面を叩き終えるとトーアは立ち上がって大きく息を吐いた。加工の終わった石を上からクランプで挟んでアインと共に持ち上げて、階段予定地の坂に移動させる。

 まだまだかかりそうだと思いながら、トーアは割った石の加工へと戻った。




 数日掛けて石段の段となる石を加工し終え、加工時に出た砕石も集めたトーアは階段造りに取り掛かる。

 砕石を石段を置く部分に敷き詰めて大まかに整えた後、石段をのせて木づちで叩いて平行になる様に調節し、石段の周囲を土で再び埋めた。


「よし、とりあえず一段目完成」


 試しと言わんばかりに石段に乗り出来栄えを確認したトーアは手早くやらないと目標の物に手を付けるのにいつになるやらと、思わずため息をついた。

 同じような作業を坂の上まで続け、階段が上まで届いたのは翌日の昼のことだった。


「終わりー!……片側だけだけど」


 階段の上で大きく伸びをしたトーアだったがすぐに肩を落とす。今回完成したのは、焼成窯と登り窯の予定地を区切る階段で焼成窯と反射炉の予定地を区切る階段も作成する予定だった。


「……いったん白兎の宿に帰るかな」


 さすがのトーアもずっと石を割り、叩き続けていたためか、やる気を湧き上がらせることができず肩を落としたまま階段を下りていく。トーアの脚の間隔に合わせて石段の高さ、幅を調節してあるためか歩きやすく、階段の完成度に下まで降りたトーアの気分は再び上向きになっていた。


「アイン、一旦、拠点にしている宿に戻って顔を出してくるから」

『かしこまりました、マスターリトアリス。ここで待機しております』


 お願いねとトーアは返しながら使った道具をチェストゲートに入れる。

 初期設定の部屋へと移動したトーアは旅装を整えて、外套のフードを被りホームドアから出て薄暗い路地へと足を踏み出す。来た時とは別の道を通り、少しだけ大きな通りに出たトーアはフードをとって白兎の宿へと歩き出した。

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