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第三章 露店市場 5

 翌朝、朝食を済ませた後、出発するまでスリーピングシープの毛を刈り取ろうとトーアはギルと共に再び『眠り羊の草原』へ向かう。

 異界渡りの石板は小高い丘にあり、トーアは防塵マスクを身に着けて辺りを見渡した。

 すぐにスリーピングシープの群れを見つけ、防塵マスクを身に着けたギルと共に風上と風下に立たないように移動する。


「じゃぁ、またお願い」


 スリーピングシープたちはトーア達の存在に気が付いたようだったが、特に逃げ出す様子はなかった。

 ギルはしゃがんで地面に手を付けて詠唱を始める。

 詠唱が完了し、昨日と同じように土の壁がスリーピングシープたちを囲い込んだ。

 中からはスリーピングシープたちの鳴き声が聞こえるものの、壁を飛び越えようとする個体はいないようだった。


「よし、やりますか」

「ん……トーア、待った。あれは……」


 あたりを警戒していたギルの言葉にトーアもギルが視線を向けていた方向に顔を向けた。


「……え?」


 薄茶色の塊がゆっくりと揺れながらこちらに向かってくる。大きさは檻の中に囲い込んだスリーピングシープの数倍はあった。

 まだスリーピングシープの毛は刈り取っていない。だがその塊は生き物のようにゆっくりゆっくり、左右によろめくように揺れながらトーア達の元へと移動を続けている。

 距離が縮まるにつれ、毛の塊の中から僅かに鼻先と足先が出て動いている事を視認したトーアはあれが生物であることに気が付いた。


「あ、まさか、あれってエルダースリーピングシープ?」

「スリーピングシープのボス格……というよりも放置されてどうにもならなくなった羊のようだね」


 ギルドにあった資料に書かれていた項目を思い出し、様子を伺いつつ首をかしげる。


「資料を見た時は半信半疑だったけど……実際にお目にかかるとは思わなかったなぁ」

「まぁ……そうだね」


 スリーピングシープの体毛は一定の長さで睡眠導入効果を発生させながら消失する。

 だが長寿が原因かは不明だが、時折、通常の長さを超えて体毛が成長する個体が現れるとギルドの資料には書かれていた。

 そんな個体いるんだなぁとトーアとギルは半ば冗談のように話していたが、実際に出会うとは思ってもいなかった。ギルドの資料にもまだ報告事例が少ないと書かれていたのもあった。

 徐々に近づいていたエルダースリーピングシープだったが、とある距離でピタリと足を止める。

 不思議に思っていると風向きが変わっている事にトーアは気が付いた。

 その瞬間、ぐらりと視界が揺れる。意識が遠のきかけ反射的に口にふくんでいた丸薬をかみ砕く。

 咥内に広がる苦味と辛味に意識が覚醒する。トーアは顔を思いっきりしかめつつ、同じように顔をしかめているギルとともに風上に移動した。

 口にふくんでいたのは念のためと作り、口に入れていた気付け薬で短時間ではあるが睡眠などに抵抗できるようになる。即効性もあり効果は確実だが、苦味や辛味といった味覚による覚醒作用なので非常にまずい。

 風上に移動したトーアは一度防塵マスクを外して、口をすすぐ。


「ふぅ……エルダーだと睡眠効果が高いなんてギルドの資料になかったのに」

「そこまでわかるまで人が来てないのかもしれないね」


 同じように口をすすいだギルは苦笑しつつ、口直しの干し果物をトーアに差し出した。

 干し果実を受け取って口に放り込みつつ、こちらの様子を伺うエルダースリーピングシープに視線を向ける。


「どうしよっか」

「どうするもなにも……今の装備じゃ放置するしかないと思うけど」


 干し果実をかじるギルも同じくエルダースリーピングシープに視線を向ける。

 だが、あれだけの体毛を刈り取らないというのはもったいないとトーアは思わず考えてしまう。防塵マスクでも防げない睡眠効果をいまの装備でどうするのか、パーソナルブックをめくる。

 チェストゲートに収めた素材を見て、とある装備が作れることに気が付くがトーアの眉間に深い皺が出来た。


「ああー……」

「トーア?」

「できなくもないけど、あんまりなぁ……」

「……諦めるという選択肢はないんだね」


 頭を押さえ呆れと共にため息をつくギルを横目に、トーアは昨日刈り取ったスリーピングシープの毛の塊を取り出す。

 腹側から皮を剥ぐのと同じ要領で刈り取った体毛は開かれたスリーピングシープの身体の形をしていた。


「トーア、それで作れるのかい?」

「うん、まぁ……質は落ちるだろうけど、特性は関係ないから」


 何を作ろうとしているのか察したギルが横から覗き込む。チェストゲートから続けて木でできたブリーフケースを取り出して開く。

 そこには裁縫道具が綺麗に収められており、トーアは大ぶりの縫い針と糸を用意する。

 取り出した羊毛の塊に糸を雑に通し、開いた部分を閉じていく。一番大きな部分には木の枝を細く削ったものをボタン代わりに使って閉じれるようにする。


「よし、これで完成」

「さすがに早いね」

「まぁね。でもギルの分は用意できないから……サイズ的に」

「……まぁ、遠くから見守ってるよ」


 どこか納得がいかないような表情をしたギルだったが仕方ないと頷いた。

 ちょっとだけ嫌な顔をしながら、トーアは完成させたそれに後ろ脚の部分に脚を通し、前脚部分に腕を通す。腹部分のボタンを留めて、顔に当たる部分を被った。

 獣臭さに顔をしかめつつ、防塵マスクを再び身に着ける。


「臭いし暑い……」

「防塵マスクが鼻先みたいだよ」


 刈り取られた体毛をスーツ状に加工し身に包む『スリーピングシープスーツ』。本来は刈り取った体毛を糸に加工する必要があるが、今回加工の時間がとれず無理やりスーツ状に加工している。かろうじてアイテムランクは【普遍コモン】となっていた。

 トーアは二足歩行するもこもこの羊のような恰好をして再びエルダースリーピングシープに近づく。

 このスーツはイベント名『那由多の羊、竜の見る夢』で配られたレシピで、必要とする素材も特別なものはなく、作成に必要な【裁縫】のアビリティレベルも低い。

 防御性能は皆無だが最低のアイテムランクの【粗悪ジャンク】でも完全な睡眠耐性を得ることができるというイベント用装備である。

 寝不足の竜を眠りに誘うという羊たちという、見た目はファンシーなスリーピングシープスーツを着たプレイヤーたちが殺意全開の武器を手に、悪夢から現れる異形と入り乱れるシュールなイベントだった。

 今ある素材で作ったものながら、しっかりと睡眠への完全耐性は機能している。


「外敵らしい外敵もいないし、大丈夫でしょ」

「辺りは警戒しておくよ」


 毛刈用のはさみを片手に、ゆっくりとエルダースリーピングシープへと近づく。先ほど意識が飛びそうになった距離になっても変化はなく、そのまま手が触れる距離まで近づいた。


「め~……」

「あー……いま刈ってあげるからね」


 身体をふるふると震わせながら鼻先をトーアへと向け弱弱しく鳴くエルダースリーピングシープに声をかけ、鼻先をそっと撫でる。

 抵抗する様子もなくエルダースリーピングシープはトーアに毛を刈られていく。

 巨大な羊毛の中から現れたのは他の個体よりも一回り程大きな個体で頭には立派な巻き角があった。


「よしっと、これで大丈夫かな」

「めぇー」


 お礼を告げるように声を上げて、頭を下げるエルダースリーピングシープ。だがいまだスリーピングシープたちを拘束している土の壁に視線を向け、そして、物言わぬ瞳でじっとトーアに顔を向けた。


「……すぐ開放するから……毛を、刈ってから」


 ギルに合図を出して呼び寄せ、昨日と同じ方法でスリーピングシープ数頭から毛を刈り取り、開放する。


「めぇーめー」


 エルダースリーピングシープが声を上げて群れを先導しながら山へと走り去って行く。それを見送ったトーアはシープスーツを脱いで防塵マスクを外した。

 近くにやってきたギルもすでに防塵マスクを外しており、すっきりした顔をしていた。


「お疲れ様」

「これはばらして普通に素材にしちゃおう……」


 トーアはシープスーツをチェストゲートに放り込み、大きく伸びをしたあと大きく息をはいた。


 異界迷宮『眠り羊の高原』を出たトーアとギルは、以前攻略した『第七迷宮』へと向かう。異界迷宮をはしごしての素材探索である。

 ギルと共に異界迷宮『第七坑道』へと移動して鉱床を探しながら最奥へと移動していく。

 今回の目的は鉱石や土、様々な岩の切り出し、魔導石の入手と目的は少なくない。

 防塵マスクのフィルター替わりの薬草と布は交換しており、少しだけハーブを入れて使いやすく、呼吸しやすく改造していた。

 フィオンとゲイルと共に攻略したときは夜の間かつ睡眠時間を考えてほとんど走りっぱなしだったが、今回は時間の心配はせず好きなだけ採取と採掘、討伐を行った。


 二日間にわけて異界迷宮『第七坑道』内部、休憩用の建物を拠点にして周辺の討伐、採取活動に当てたトーアのチェストゲートの中にはトーアを満足げにさせるだけの素材が収められていた。

 ラズログリーンへ向かうトーアの隣を歩くギルは特に疲れた表情はなく、満足げなトーアに笑みを浮かべている。


「ところでトーア、例の件は進んでるのかい?」

「もちろん、場所の選定も済んでるよ」

「ならラズログリーンに到着したら案内を頼むよ」


 笑みを浮かべてトーアは頷いた。


 ラズログリーンに到着した後、トーアとギルは再び白兎の宿に泊まる。

 久々に姿を見せたトーアにミリーは嬉しそうに飛びついてきたが、数日後には再び宿を出る事を話すと肩を落としていた。


「こら、ミリー。トーアさんは冒険者なんだからそんな顔しないの。ちゃんと笑顔で送り出して、帰ってきたときは笑顔で迎えるのよ」

「はぁい……お母さん」


 ミリーの頭を撫でながら、トーアは道すがら狩り、解体してきた魔獣の肉が入った革袋を机に積み上げていく。


「と、トーアさん、またこんな……」

「いいです、いいです」


 困り顔のテナーに笑いながらトーアは宿泊料金を支払い、部屋へと移動する。ギルはギルドでクエストの報告をして後から白兎の宿にやってきた。

 トーアと同じようにミリーに出迎えられたギルは途中で買ってきたというお菓子の入った袋を「いいから、いいから」とミリーに渡していた。


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