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第三章 露店市場 2

 ラズログリーンから数日の距離にあるランクFの異界迷宮『第七坑道』の最深部でトーアはフィオンとゲイルがボスであるラージサンドリザードと対峙するのを見守っていた。

 ラージサンドリザードは巨大なトカゲという外見をしているが、砂色のうろこは生半可な攻撃をはじき、筋肉の塊である尾はたたきつけられれば重症を負うことは必至だった。

 徐々に距離を詰めるフィオンとゲイルに気が付いたラージサンドリザードは、細長い舌を何度かだしながらこちらを警戒する様子を見せる。

 フィオンは小さく息を吐いてやや緊張した面持ちで剣を構え、ゲイルは真剣な表情で同じく剣を構えた。

 トーアはフィオンのフォローに入れる位置に立ち、ギルもトーアと同じくゲイルのフォローができる位置に剣を抜いて立つ。


「ギギャァァァァッッ!」


 フィオンとゲイルの不穏な雰囲気を察したのか、ラージサンドリザードは叫び声を上げて四肢に力を込め、臨戦態勢をとった。

 叫び声にフィオンは少しだけ驚いた様子はあったものの、怯えた様子は見せずにゲイルと共に距離を取りながら、ラージサンドリザードを挟みこむようにしてゆっくりと移動し始める。

 トーアとギルもまた同じように剣を手にしながら移動を始めた。ゲイルとフィオンは視線を交わし、互いの攻撃でラージサンドリザードをけん制しながら追い詰めていく。


――ゲイルの動きは良くなったと思う。フィオンはそれ以上……出会ったときとは大違い。


 つねに動きながらラージサンドリザードの爪や尾の攻撃を躱し、牽制と共に小さくそれでいて的確に傷をつけていく。

 その動きは落ち着きを含んだもので、ラージサンドリザードが後ろ脚だけで体を起こした時にも攻撃の手を止めて必要な距離だけ引いていた。

 そして、体を叩きつけるという行動をとったあとのフィオンの動きは、トーアに笑みを浮かべさせるのに十分なものだった。


「やぁぁぁぁッ!!」


 僅かに助走をつけ、踏み込みと同時に繰り出された突きはラージサンドリザードの首の柔らかな部分を正確に貫いた。


「でりゃぁっ!」


 ほぼ同時にゲイルも鍔に手をかけ、押し込むような突きがラージサンドリザードの目を剣の半ばまで埋まるほど突き刺した。

 びくりとラージサンドリザードは体を震わせると、全身が一瞬で白に染まり塵と化し、そのまま崩れ去った。

 数舜、二人はそのままの姿勢で周囲を警戒し、何も起こらないことを確認するとほっとしたように剣を下ろす。


「やりましたね!ゲイルさん!」

「本当になんとかなっちまったなぁ……」


 嬉しそうにするフィオンと、どこか苦笑いを浮かべながらしみじみとラージサンドリザードが居た場所を眺めるゲイル。怪我らしい怪我もなくラージサンドリザードを討伐した二人の成長をトーアは実感していた。

 隣に立ったギルに視線を向けるとトーアと同じように安堵したかのように笑みをみせる。


「僕は大丈夫だと思うよ」

「うん、私も大丈夫だと思う」


 ギルの小さなささやきに首肯と共に言葉を返したトーアは、ドロップした魔導石を譲り合う二人に視線を戻した。

 この異世界迷宮へ来ることになった発端はトーアが二人に冒険者ではなく生産者として本格的に活動を始める事を伝えた数日前にまで遡る。

 二人の反応は最初は驚いていたものの、トーアがパーティを組む条件の一つとしてあげていたことから、反対する様子はなく了承したかのように見えた。

 だが一瞬の間があった事をトーアは見逃さなかった。二人の様子に、トーアは二人はある不安がよぎったのだろうと勘付いた。

 その日の夜、気が付いた事をギルに相談すると、ギルもまたトーアが気が付いた懸念にいきあたる。


『フィオンとゲイルは冒険者として一人で生活できないのではないか?』


 言葉にしたギルにトーアは二人の独り立ちへの不安はないと断言できず、二人で考え込んでしまう。

 二人にはできるだけの技術を教えて実戦も重ねてきた。だが二人と出会ったときのことを思い出すと大丈夫だろうとはすぐに言えなかった。

 かたやゴブリン三体に扱うには重たすぎる剣を振り回すことしかできなかったフィオンと、功名心に駆られて無謀な突撃をした後に助け出されたゲイル。共に二人を鍛えてきたギルも「大丈夫といいたいけどね」と苦笑いとともに断言を避ける。

 その後、トーアとギルは話し合い、二人がちゃんと出来るか試してみることにした。

 目的地は異界迷宮『第七坑道』、フィオンとゲイルの二人が主導、というよりも、『二人でクエストに来た』という態で異界迷宮を攻略させる。

 危険な時はフォローしようと決めていたトーアとギルだったが、ラージサンドリザードを討伐するまでフォローの必要はなかった。

 譲り合っていた魔導石は止めをさしたゲイルの物になったようで、どこか達成感を漂わせながら二人はトーアとギルの傍へとやってくる。


「フィオン、ゲイル、お疲れ様」

「ありがとう、トーアちゃん!……どう、だったかな?」


 得意げな表情をしながらもトーアに向ける視線には若干、不安が見えた。その姿にテストの結果を聞く子供みたいとトーアは思う。


「いい動きだったよ。ゲイルも変な癖は抜けてたしね」

「ギルの兄貴に徹底的になおされやしたから」


 ははは……とゲイルは苦笑いを漏らす。ギルもまた悪くなかったとゲイルを褒め、くすぐったそうに照れたゲイルは頭をかいていた。

 そろそろ戻ろうとトーアが声をかけ、四人は『現世戻りの石板』で元の場所へと戻る。

 寝泊りする建物で食事を済ませると、フィオンとゲイルはすぐに横になって寝息を立て始めた。

 二人が主導でクエストを進めるのは初めてのことではなかったが、トーアが生産者として活動をすると言った後の事だったので、トーアとギルの意図に気が付いて少し気負っていたのかもとトーアは思った。


 フィオンとゲイルや他の冒険者が横になり眠ったのを目だけで確認したトーアは傍らに置いていたリュックサックと剣を手に静かに立ち上がる。


「また行くの?」

「うん、素材はいくらあっても困らないし……そろそろ人手というか労働力が必要だしね」


 トーアの労働力という言葉に何を探しているのか察したギルは小さく頷いた。


「あの……ラズログリーンに戻ったら、話したいことがあるから、時間いいかな?」

「……ああ、いいよ」


 トーアが突然、切り出した事にギルは驚きを少しだけ見せたがすぐに小さく頷いた。その時にはお酒を用意する事を決めた後、トーアは、音を立てずに建物を出て、一人で『異界渡りの石板』がある建物に入る。


 ランクF異界迷宮『第七坑道』。

 『異界渡りの石板』に触れて移動した先は少し開けた場所で中心に石板が静かに浮き、周囲には朽ちかけた木製のテーブルや椅子が散乱している。壁際には使い込まれたツルハシやスコップが乱雑に入れられた木箱が特に整理されずに並んでいた。

 天井や壁には動力が不明とされる光源があり、その空間を照らしている。


――光ってる部分を基部にあたる部分から取り外すと光が消えて、基部ごと取り外しても動力不明で使えず、要研究って書かれてたなぁ……。


 見た目は電球で電線のようなものが繋がっているものの、動力となるものがどこから供給されているかわからない謎の光源である。

 ギルドの資料をつらつらと思い出しつつ、休憩所の唯一の出入り口である通路を通り隣の空間に向かった。

 そこは坑道の入口とも思われる場所で休憩所よりもはるかに広い空間があり、右手には昇降機と思われる装置があった。だが昇降機自体は落盤によるものか岩と土砂でほとんどが圧し潰されて埋まっており、かろうじていくつかの柱と金網、そして、名前の由来となった看板が残っている。

 看板にはこの世界、コトリアナの『7』の文字に似たものが描かれており、この看板から1から6番目の坑道が見つかっていないにも関わらず『第七坑道』と呼ばれるようになった。

 コトリアナの文字の読み書きに不自由しないトーアでも読めない文字が書かれた看板を眺め、小さく首をかしげる。


「確かに似てると言われればそうだけど……危険を表わすものじゃないと思うし」


 危険であればもっと道をふさぐように設置するはずと思いつつ、トーアは最下層まで道筋を思い返して放射能や毒物が埋められているわけではないと今なら言える事に気が付いた。


――ギルド付の人たちは安全かどうかもわからない異界迷宮に突入するっていうんだから、勇気があるというか無謀というか。


 取返しのつかない環境に放りだされることもあるのだろうかと余計な事を考えていた事に気が付き小さく肩をすくめたトーアは、潰された昇降機から伸びるトロッコ用と思われる線路に沿って坑道の奥へと駆け足で移動を始める。

 異界迷宮『第七坑道』はランクF相当であるため、構造はそこまで複雑ではなく昇降機から伸びる線路に沿って進めば坑道の最深部に到達することができる、そこから先に線路はないものの一本道でボスであるラージサンドリザードの住処へ進むことができる。


「『採掘をしていたらラージサンドリザードの巣につながってしまって、廃坑にせざるを得なかった』って感じかな」


 小さく呟きつつ線路沿いを走り抜け、途中現れるサンドリザードやビックバッド、ラージワームなどをなで切りにしていく。坑道と名の付くだけのことはあり、天然の洞窟といった印象を受けた『小鬼の洞窟』よりも品質の良い鉱物が途中、露出している。

 目についたものだけ採掘を行い、トーアは難なく最深部であるラージサンドリザードの巣へ到着した。

 のっそりとした動きで姿を見せたラージサンドリザードだったが、既にトーアは空中に飛び上がっており、右手には【贄殺しの大棘】が姿を現していた。


「ガッ……!?」

「ふんっ!」


 さくりという小さな音と共に【贄殺しの大棘】がラージサンドリザードの頭部に突き刺さり切っ先が喉の当たりから飛び出す。その状態のまま腕を振ると音もなくラージサンドリザードの頭は二等分され、全身が白く染まり塵芥と化した。


「ん、あー……魔導石じゃないか」


 ラージサンドリザードが居た場所に残されたのは鉱物が多く含まれた石で、砕いて精錬すれば質の良い金属が手に入る。が、トーアは思わずがっかりした声を漏らす。トーアが探していたのは魔導石で今後ホームドアの充実を図るためにとにかく数を必要としていた。


「良質じゃなくてもいいから落ちないかなぁ。いや、質が良いなら文句はないけどね……」


 ぶつぶつとぼやきながら一回で集まる訳じゃないしとトーアは気持ちを切り替え、鉱石をチェストゲートに放りこむ。『現世戻りの石板』のある部屋へ向かい、元の場所に戻り再び『異界渡りの石板』で異界迷宮『第七坑道』へと入る。

 目的の魔導石がある程度集まるまで『第七坑道』を攻略するいわゆる『採取マラソン』であった。

 襲い掛かる魔獣や魔物を蹴散らし、ラージサンドリザードは一撃で屠るというのを月が傾くまで続けた後、トーアは石板を保護する建物を出る。


――まだまだ数は少ないけど、これ以上は明日に響くしね……。まさか異世界に来てまで採取マラソンをするとは思わなかったけど。


 ははは……と小さく乾いた笑いを漏らしつつ、寝泊りをするための建物へと向かった。

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