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第二章 ウィアッド 6

 森を出て村の端であるホワイトカウやホーンシープの牧場にたどり着く。ここに来るまで何度かディッシュに休憩を提案されたが、トーアは小さく首を振って運ぶことを優先した。


「よし、村に出たな。トーア、解体小屋に向かうからついてこれるか?ダメそうなら……」

「まだ大丈夫です、ディッシュさん。解体小屋への案内をお願いします」


 ディッシュは頷き、再び歩きだした。

 解体小屋に向かう途中、だらしなく口を開けた村の青年と出会う。ディッシュは唇をゆがめて笑い出しそうになっていたが、今は青年を無視して解体小屋へと急ぐ。すれ違う時に青年はトーアとブラウンボアを交互に見ていた。本当に狩ってきた事に驚いているのか、ブラウンボアを担いでいることに驚いているか、どちらかはわからなかった。


「よし、ここが解体小屋だ。ブラウンボアはそうだな……ここにおいてくれ」

「はい。んしょ……」


 ディッシュに指示された場所にブラウンボアを降ろした。

 ちょっとだけ疲れを感じながらトーアは息を整える。


「トーア、悪いんだがお湯を用意してくれないか?薪は小屋の横に積んである」

「はい、わかりました」

「すまんな。ブラウンボアの解体は流石に一人じゃ無理だからな、ちょっと解体を手伝ってもらう奴を呼んでくる」


 トーアが頷くとディッシュは慌しく駆け出して行った。頼まれたお湯の用意を始める為、竈に薪や火種となる木屑や藁を用意する。井戸で水を汲み、竈に備え付けの鉄鍋に注いだ。

 薪をかまどに入れて、木屑や藁を薪の上に乗せる。傍らにあった火打石を使って木屑と藁に火をつける。

 燃え上がる藁を薪に突っ込み、薪に火が移ったのを確認してトーアは竈の前から立ち上がった。


――CWOでも魔法を使って着火できるまで、これだったからなぁ……。


 手の中の火打石を眺めて、慣れない頃は火がつかずに泣きそうになった事を思い出す。トーアはふっと笑いながら火打石を元あった場所に戻し、薪が爆ぜる音が響くようになった竈を眺める。


「なぁ、ちょっといいか?」

「……はい?」


 解体小屋の入り口にいつの間にか数人の若い男が立っていた。昨日、トーアがノルドの武器屋から宿屋へ帰る時にこそこそと話していた人物も中に居たことから、狩りに行かない村の若い男達かもしれなかった。


「外のブラウンボアはおまえが狩ったのか?」

「そうですけど、それが何か?」


 青年の態度にトーアは刺々しく言葉を返すと、若い男達は声を潜めて話し始める。トーアが狩ってないとでも言うような疑う視線を向けてきた。むっとトーアはその視線を真っ直ぐに見返すと若い男達はなぜか怯んだ様子を見せた。


――でも、まぁ……疑うのは当たり前かぁ……。


 トーアは自身の外見の事を考えれば仕方ないことかもしれないと思い、沸き上がった苛立ちを収める。だがここでどうこうトーアが言っても信じないだろうとも思い、何も言わないでいた。

 若い男達は更に声を潜めてトーアの方をちらちらと視線を向けてくるものの、それ以上の質問は無かった。その態度に再び苛々とした感情がわきあがってくる。トーアは何かあるならはっきり言ってください、と言おうと口を開いた。


「あぁ?おまえら、こんなとこに集まってなにしてんだ?」

「あ、いえ、そのっ……」


 トーアが声をかける前に若い男達の後ろから精悍な顔をした男性が姿を現し、若い男達は道を開けるように左右に体を引く。言いそびれた言葉をトーアは飲み込んだ。

 姿を見せた男性は、ディッシュと変わらないほど背が高く、横にもみっしりと筋肉の詰まった身体をしており、ぼさぼさの灰色の髪を後ろで纏めて、不適な笑みを浮かべた顔は若い男達に目を向けていた。

 そして、小屋の中に居るトーアに気が付くと、いかつい顔を破顔させる。


「おお、おまえがトーアだな?ディッシュから聞いたぞ。外のブラウンボアを狩ったんだってな」

「あ、はい……」


 でかい手がトーアの頭の上に載せられる。楽しげに笑いながら乱暴な手つきで男性に頭を撫でられ、首が取れるとトーアが慌てて離れようとするがその前に男性が手を離した。


「お湯は沸いてきてるな。解体は俺らにまかせてくれ。おう、丁度いいお前ら順序は逆になったが解体の訓練すっぞ」


 男性の言葉に若い男達は悲鳴にも似たうめき声を上げる。若い男達の態度を気にせずに男性は若い男達に指示を出して道具を取らせて外に出て行った。

 トーアが首と頭を押さえていると、ディッシュが代わりに小屋の中に入ってきた。


「湯は出来ているな。解体は俺らに任せてくれ。……どうかしたか?」

「……いえ、大丈夫です」


 ディッシュと共に外に出ると男性がトーアの使った短槍を手に、ブラウンボアの頭部に刃先をあわせていた。


「こう……だな。他に傷はないし、短槍で頭を一発か。見事なもんだ。いいか、次はお前等だぞ。流石にコレをやれとは言わねぇよ。狩人と言うよりは冒険者かそこらの類の戦い方だ。だがな、弓でホーンラビットかファットラビットを仕留める程度にはなってもらうからな」


 うへぇやげぇっと、若い男達は声を上げる。ウィアッドに生まれた宿命と思って訓練に励んで欲しいとトーアは思う。


「ま、待ってくれよ。本当はコレ、ディッシュさんが狩ったんじゃないのかよ」

「そ、そうだよ。短槍一本でブラウンボアを狩るなんて出来る訳ないだろ」


 若い男達の一人がした反論を皮切りにトーアが狩った事に疑いを持つ声が続いた。思わずトーアは眉をしかめ、そんなに狩りに行きたくないかと思う。だがトーアが狩っても狩っていなくても、ディッシュや男性が狩人として居るのなら結局行くことになりそうだった。


「待て。正直な話、俺でも短槍一本でブラウンボアと正面から戦うことはしない。ブラウンボアの突進はその速度も危険だが、鼻先にある牙も危険だからだ。やるのなら罠を仕掛けた方が安全だ」


 ディッシュが反論するが、若い男達は納得しなかった。


「わかりました。狩った時の事を再現します。それで納得してくれますか?」


 若い男達が頷いたのを見て、トーアは男性から短槍を受け取ってブラウンボアから離れる。狩ったときの事を説明しながら、ブラウンボアに短槍を突きたてた時と同じように声を上げて飛び掛った。

 トーアが発した気迫に若い男達は一様に口を開けて、軽く身を引いていた。


「……こいつはすげぇな。真横に向いた瞬間を狙ったのは驚かせる為か。冒険者に似た仕事の経験があるって聞いたがいい腕だ。おい、お前等納得したか?まったく……これくらいお前らに度胸があればいいんだがな。よし、納得したんなら解体の方法を教えるぞ。道具もってこい」


 トーアは短槍を近くの木箱に立てかけるとディッシュがホーンラビットを手に近づいてきた。


「トーア、ウィアッドでは初めて狩った獲物は自分で解体して食べる習わしなんだ。だが、ブラウンボアを解体するのは一人で無理だろう?」

「あ……はい」


 アビリティが使える状態であれば、採取系アビリティ【解体】によってブラウンボア程度ならナイフ一本あれば解体は可能だった。だが今はそんなことはできないのでディッシュの言葉にトーアは素直に頷いた。

 ディッシュが語ったウィアッドの習わしは狩りの訓練と共に、恐らく自分で狩った命を自分の手で解体し食べるという食育の側面もあるらしい。中々ハードな食育だなともトーアは思った。


「代わりと言っちゃなんだがこっちを解体してくれないか?」

「あ……あの、いいですけど……解体は久しぶりなので、うまくできないかもしれないです」

「そうか?まぁ……やってみろ」


 解体用のナイフを受け取ってホーンラビットの前に膝をつく。アビリティがなくとも解体の経験というプレイヤースキルを生かし何とかしてみようと、トーアは皮と肉の間にある脂に刃を刺し込んで、ゆっくりと切り離していく。


「あ……」


 だが刃が滑り皮を貫いてしまった。トーアはめげずに刃を動かして皮を切り離していく。


 ホーンラビットの解体は終わったが切り離された皮には脂や肉が残り、何度も刃が皮を貫いた為に穴がいくつも開いていた。肉のほうもぼろぼろで綺麗に解体できたとは言えない状況だった。


――生産・解体成功率半減ってこんなにきついんだ……。


 惨状ともいえる状態にトーアは肩を落とす。


「ふむ……まぁ、こんなものだろう」


 傍に立っていたディッシュが切り分けた肉や皮を纏めているが、あえて何も言われないのは逆に心に突き刺さる思いだった。だがトーアはCWOを始めた時はもっとひどかったと思い返し、何とか立ち直る。


「トーアは先に宿に戻ってくれ。ブラウンボアの解体が終わったら肉を持っていくから。そうだ、ホーンラビットの肉はトーアが食え。まぁ、習わしだからな」

「……はい」


 ディッシュからホーンラビットの肉が入った木製のボールを受け取る。

 村の若い男達はブラウンボアを囲みながら、血の匂いや滑る脂に涙目になりながら腰が引けつつも解体を続けていた。時折情けない声を上げるがすぐに男性に怒鳴られている。その姿を横目にトーアは宿へ向かった。


 宿には裏口から入り調理場に顔を出す。すぐにカテリナがトーアに気が付いて、早足に近づいてくる。


「ただいま帰りました」

「トーアちゃん!」


 駆け寄ってきたカテリナに抱き締められ倒れそうになるがトーアは何とか踏ん張る。ホーンラビットの入ったボールも横に避けた。顔がカテリナの胸元に埋まっており、やわらかくいいにおいに身体が硬直する。


「ディッシュさんから聞いたわ。ブラウンボアを狩ったって……怪我はないの?」

「あ、は、は、はい……だい、大丈夫です」

「そう、本当に良かった……。ん……それは、ホーンラビットかしら?」


 身体を離したカテリナはトーアの持った木製のボールに気が付いた。別の意味でトーアの心臓は激しく脈打っているがカテリナの言葉に頷く。

 不思議そうな顔をしたカテリナにホーンラビットの解体の経緯を話すと納得したように頷いていた。


「そういうことね。お疲れ様、トーアちゃん。お昼は食べたかしら?」


 お昼と言われ、トーアのお腹がぐぅっと鳴る。


「あ……ま、まだ、です……」

「ふふ。ならそのホーンラビットで料理を作るわ。先に着替えてらっしゃい」


 顔が熱くなるのを感じながらカテリナにボールを渡して、家の割り当てられた部屋に戻った。スカートと半そでシャツという普段着に着替えた時、解体小屋で綺麗に洗ったはずの手から血の匂いがした。

 ブラウンボアの頭に短槍を突きたてた時の命を奪った感触を思い出し、手を握り締める。

 CWOのデスゲームで再現されてしまったそれは、モンスターを狩ることに初めは躊躇を生んだが、何時のころからか生きる為、生き残るためと割り切り、そして慣れてしまった感覚だった。

 握り締めた手から力を抜いてトーアは小さく息を吐いた。


――慣れていたと思っていたけど……現実で経験するのは結構、クるものがあるなぁ……。


 手を再び握り、開くのを何度か繰り返す。

 躊躇すれば死ぬのは自分でまだ死にたくはないとトーアは思い、手をきつく握り締めた後に部屋を出て宿の方へと戻った。

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