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第二章 白兎の宿 8

 ヴォリベルと話していると、ギル、フィオン、ゲイルが宿に戻り、ガーランド、オクトリア、ペフィミル、共に護衛依頼を受けた冒険者たちが白兎の宿にやってくる。

 久々の来客にミリーは顔を輝かせてテーブルに案内したり、お茶を用意したりと店の中を嬉しそうに動き回っていた。

 トーアはテナーと共に前に立ち、簡単に自己紹介を済ませる。


「『白兎の宿』の噂は聞いたことがある。なんでも『借金を抱えた店主は、病を押して宿を開いていたが、この頃、閉店している』というものだ」


 冒険者の一人の呟きを聞いて、数日前に聞いた噂が尾ひれがつくどころか全く別のものになっていることがわかり、テナーは呆然としていた。ミリーはおろおろと泣き出しそうなほど歪んだ顔をトーア達とテナーに交互に向け、トーア達はどう言葉をかけていいかわからず、目だけで視線を交わしあった。


「と、とりあえず、その噂は根も葉もない噂です」


 このままでは埒があかないと話を変えるためトーアは声を上げる。続けて白兎の宿に呼んだ理由を説明し、協力して欲しい事を頼んだ。


「つまり、宿を盛り上げるための新しいメニューの試食に協力してほしいと」

「そういうことです。これと言って報酬はないですけど……」

「そのメニューっていうのはリトアリスが教えたのか?」


 回答に少し迷ったが、トーアは頷いた。

 今まで口にしたことのない料理を作ってきたため、目新しい素材で新しい料理を出せばすぐにトーアが何かしたと悟られる。嘘をつく相手でもないとトーアは思っていた。

 トーアが頷いたのを見て、それぞれのパーティで一言、二言話した後、あっさりと協力を申し出る。


「そんなあっさりといいんですか?」

「ああ。リトアリスが一枚噛んでいるってことは面白い事になりそうだからな」


 他の冒険者も同じことを考えていたのか、楽しそうに笑みを浮かべていた。いつもそのような評価を受けている事にトーアは軽く頭を抱える。隣のテナーは若干、顔を強張らせていたが、トーアが小声で味は大丈夫ですと伝えると、顔を強張らせたままそうですよねと頷いた。

 協力する上で、必要な取り決めをいくつか決めた後、テナーと共に厨房に戻り、早速『餡かけおこげ』を作り始める。

 具材は葉野菜とミニコッコの肉で、最も基本となるレシピから始めた。

 ガーランド達の座るテーブルに揚げたラコメを置くと、四人は不思議そうな顔をする。


「リトアリス、これが新しい料理か?」

「はい。でも、これで完成じゃないんですよ」


 不思議そうなまま尋ねるヴォリベルに首を横に振り、手にした鍋からトーアは煮えたぎった餡をラコメにかけた。

 途端に、ぱちぱちと音を立てる『餡かけラコメ』にテーブルに座ったガーランド達だけではなく、別のテーブルから様子を見ていた冒険者達も立ち上がり、おぉっと歓声を上げる。


「『餡かけおこげ』です。とても熱いので注意して食べてください」


 小皿に取り分けたガーランド達は、はふはふと熱を逃がしながらさくさくと音を立てるラコメを口に運んだ。


「さくさくしてて、じゅわっておいしいのが染み出してくる~……!」

「……トーアちゃん、私にも食べれるもの、ある?」


 顔を上気させて口を動かすペフィメルの横で、じーっとオクトリアがトーアを見つめてくる。

 『餡かけおこげ』は具に肉を使い、かつ、ラコメを獣の油で揚げているため、エルフであるオクトリアは口に出来ない。おいしそうに口を動かすガーランド達をオクトリアは恨めしそうに視線を送っていた。


「すみません、オクトリアさん!エルフの方が食べれるようなメニューはまだ……」

「あ、いや、リリーテナーさんが悪い訳じゃないですよ!」


 ぺこぺこと謝るテナーに恐縮するオクトリア。エルフなどの人種にも配慮したメニューも考えなければなとトーアは思いつつ、厨房に戻り、残っているラコメのおこげの部分を使い『塩おにぎり』を作る。


「すぐに『餡かけおこげ』は用意できないですけど、ラコメの味は知ってほしいので……。あ、手で持って食べてください」

「ん、トーアちゃん、わざわざありがとう。エルフって面倒よねみんなと同じもの食べれないし……でも、体が受け付けないのよね……ん!?あ、これ、好きだわ」


 穀物であるラコメと水、塩だけで作った塩おにぎりなら、エルフであるオクトリアも食べる事ができるようだった。

 目を細めておにぎりにかぶりつくオクトリアの様子に、試食を終えたガーランド達はじっとオクトリアの持つおにぎりに視線を向けていた。


「ねぇ、オクトリア、一口頂戴?」

「ダメよ。これは私の特別メニューなんだから」


 手を伸ばしたペフィメルを避けながらオクトリアはおにぎりを口に運び、おいしそうに目を細めていた。

 最初の試作を食べ終わり感想を聞くと男性が多いためか、『もっとがっつりしたもの』という意見が多かった。

 その意見を聞き、ブラウンボアのバラ肉と野菜で『餡かけおこげ』を作ると男性陣からは歓声があがる。

 感想や意見を聞き、テナーは足りない食材や試してみたい食材をメモに書き込んでいた。

 その様子を見ていたトーアは買出しはミリーが行うのだろうと考えた後、眉を寄せる。


――もし人気が出たとき、レシピを奪おうとして強硬手段に出るような輩が出てくる……かな?


 少し考えた後、レシピという『縛り』がある限り、何かを発表した後ではそのような『不逞の輩』が出てくる可能性は限りなく低い事にトーアは気が付いた。

 今まで誰も見たこともない、料理、道具、武具を世に公表した場合、公表した人物がレシピを発見したと考える可能性が高い。

 もし新しい物が世間に浸透する前に別の人物が同じ商品を出せば、レシピを譲り受けたか、黒に近い灰色な方法で奪ったかと勘繰られるのは目に見えていた。

 最初に公表した人物が譲ったことを公言すれば何も問題はないが、口の利けないような状態になっていれば、痛い腹を探られ、商売であれば信用を失う事に直結する。

 だが新しい物を発表する前、誰もそのレシピのことを知らなければ、この前提は崩れる。

 何かのきっかけで情報が漏れ、テナー、ミリーに害を及ぼしてレシピを手に入れるようと考える存在が出てくるのは、まだ情報が広まっていないこの時期と、トーアは考えを纏めた。

 ガーランド達が約束を破る事はないと思うが、一応の防止策を講じておく事を決める。


 最初の試食を終えてから更に、いくつかの『餡かけおこげ』のバリエーションを食べた後、今日は解散することになった。


「では、明日の昼前にまた伺います」

「はい、よろしくお願いします」


 最後に店を出たガーランドにテナーとミリーは頭を下げて見送る。

 それを後ろで見ながら、トーアはギルの傍に立った。


「ギル、話があるんだけど」

「……ああ、わかったよ」


 ちらりとテナーとミリーの方を見たトーアに、何かを察したのかギルは優しい笑みと共に頷いた。

 ゲイル、フィオンも巻き込んで食器を片付けた後、トーア達は部屋に戻る。テナーとミリーも後片付けを終えた後は、部屋に戻るというのをトーアは確認していた。

 部屋のドアを閉める前にギルが姿を見せたので、トーアは部屋に招いてすぐにホームドアへと移動する。


「トーア、どうしたの?」

「テナーさんとミリーちゃんに聞かせるような話じゃないからわざわざ来てもらったんだけど……」


 兎の耳を持つ二人の聴力がどれほど高いものかわからないため、空間的に隔絶した領域であるホームドアで、明日からはそれとなく買出しにいくミリーやテナーの護衛をすべきではないかとギルに切り出した。

 思案顔のギルに、レシピと新しいメニューを公表するときに発生しうるだろう弊害を説明する。


「トーアの考えすぎ、とは言えないか……」


 レシピについてこの世界の管理者である男性と話してから、トーアのレシピに対しての考え方が変わりつつあった。

 トーアのパーソナルブックに収められたレシピがこの世界の劇物と化した事で考えを改めざるを得ないのもある。


「まぁ……ガーランドさん達から情報は漏れる事はないと思うけど、一応、買出しに私かギルが付いていけばいいかなって考えてる」

「それくらいならね。荷物持ちって事で付いていけると思う。テナーさんがまた申し訳なさそうにしそうだけどね」


 苦笑いを浮かべるギルに、トーアも釣られて困ったように笑った。




 翌日、食堂に行く前にトーアはゲイルとフィオンに昨日の夜、ギルと話した内容を話す。トーアの話にフィオンが沈痛な面持ちで行商をしている下の兄からそのような噂を聞いたことがあると言った。

 義理というよりも、レシピを渡したのにそれが無駄になる事を嫌ったトーアは二人にそれとなく協力して欲しいと頼むと、フィオンとゲイルはもちろんと頷いた。

 朝食の後、買出しに行くテナーにギルとゲイルは同行を申し出る。テナーは恐縮していたが、ギルが荷物持ちとして存分に使って欲しいと冗談めかして言うと笑顔を見せた。


「わかりました。今日は西区の方へ足を伸ばしてみようと思います」


 ラズログリーンの西区はゲイルが生活していた時期があり、案内は任せて欲しいと胸をたたく。ほどほどにするようにトーアは言って三人を見送る。

 残ったトーアとフィオンはミリーの手伝いをすることになり、宿の裏でシーツを踏み洗いしていた。

 短い期間であったが、ウィアッドで宿の手伝いをしていたときのことを思い出し、トーアはスカートと長袖のシャツを着ている。

 トーアの珍しいスカート姿にフィオンは最初は驚いていたものの、かわいいと叫び頬を緩ませていた。


「失礼する……リトアリスか?」


 トーア達が洗濯と掃除を終わらせた頃、約束通りの時間にやってきたヴォリベル達は、トーアのスカート姿を見て固まった。先頭に立っていたヴォリベルの言葉にトーアは首をかしげる。


「え、ええ。そうですけど……何か変ですか?」

「いや、その、なんだ、うむ……その格好だと、普通の街娘にしか見えなくてな」

「は、ははは……ありがとうございます?」


 一体どんな風に見られていたのかとトーアは思ったが、それ以上は何も言わなかった。

 そして、戻ってきたゲイルに同じような事を言われ、思わず顔が引きつる。


「かわいいと思うよ」


 すぐににっこりと微笑むギルにはそう言われ、引きつったはずの顔が緩みそうになった。

 トーアの百面相にテナーは気が付き、微笑ましいものを見たという風に笑みが浮かぶ。なんとも言えない気持ちになったトーアは、照れ隠しにテナーが買ってきた食材を倉庫に移した。




 五日経ち、ガーランド達を巻き込んだ試作品作成は佳境を迎える。

 今のところ、トーアが懸念したような事は起こっていない。

 多くの試作品を作り、何をメニューに加えるかを相談していた。それには食べ続けたガーランド達も参加しており、今日もテーブルに座り、議論を続けている。


「この『ホーンディアのバラ肉餡かけおこげ』が最高だ」

「何言ってるのよ、そんなの私が食べれないでしょ!ここはやっぱり『十種類野菜の餡かけおこげ』よ!」

「ここはバランスよく、『五目餡かけおこげ』の方がいい」

「えー私は『干し魚とキノコの餡かけおこげ』かなぁ」


 その実体は議論とは名ばかりで、それぞれが好きなメニューを声高に叫ぶような様相と化していた。

 ちなみに、ヴォリベル、オクトリア、ガーランド、ペフィメルの順に主張をしている。

 二日目からオクトリアのような生臭物が食べれない種族、主義の人向けに、油を穀類から抽出したものに代えて調理した『餡かけおこげ』を用意していた。

 他にも自身の気に入ったメニューを推して食堂は騒がしい。

 これまでに『餡かけおこげ』を提供するのは、ラコメを炊くことを考え、朝、昼、夜の三つの時間、ラコメが無くなれば売り切れとして扱うことが決まっている。

 トーアの隣でテナーは困ったように笑みを浮かべていた。


「テナーさんは、どう考えているんですか?」

「メニューを固定しないで、その時折で安価に手に入ったもので作ろうかなと思いついたんですが……」


 テナーの思いつきに、食堂で大声を出していた面々はぴたりと止まった。


「確かにそれだと、いくつもバリエーションがあってもいいですし、季節限定であったり、期間限定という付加価値もできますね」


 トーアの隣に居るフィオンも頷いている。

 『どれか』ではなく『全て』と言ったテナーの提案は、先ほどまで議論していたガーランド達を納得させるには充分だった。

 話が纏まった事でペフィメルが拍手すると、協力していた冒険者達もつぎつぎに拍手を始める。

 店内は拍手に満たされ、ミリーは満面の笑みを浮かべてテナーの顔を見上げており、テナーも嬉しそうに頬を緩めた。

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