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第二章 白兎の宿 6

 最後の調理のため必要な食器をそろえ、中華鍋にブラウンボアの脂身を煮出して抽出したラードを入れる。

 ラードが全て溶ける間に、焦げ目をつけて乾燥させたラコメをある程度の大きさに切る。

 中華鍋になみなみと熱した油が用意されると、テナーはどんな料理が作られるのかとそわそわしていた。


「油が跳ねるかもしれないので、少し離れていてください」


 ミリーとテナーに注意を呼びかけ、熱した油に先ほどのラコメを入れる。音を立ててラコメが油に沈み、無数の泡が広がった。

 その様子をテナーはじっと見て、ミリーはテナーの後ろに隠れつつもトーアが調理しているのを見ている。

 ラコメが狐色になったところで、全て油からとりだして油を切る。

 ラコメをすばやく皿に盛り付けて、テナーとミリーに配膳してもらう。

 トーアはぐつぐつと煮立つ餡が入った土鍋ごと、食堂に運び皆の座るテーブルに置いた。

 ギルはすでに何が出来るのかわかっており、期待の篭った顔で小さく頷く。


「それじゃぁ……仕上げです」


 ラコメを揚げた『おこげ』に熱々の餡をかける。

 ぱちぱちという弾けるような音と共に、香ばしい匂いがあたりにひろがる。フィオンもゲイルもミリー、テナーも目を丸くしてトーアが作り出した料理に釘付けだった。


「とっても熱いけど、気をつけて食べてね」


 それぞれの深皿に餡を注ぎながらトーアは熱々の内に食べる事を勧める。

 さくさくのおこげに、風味豊かな餡がしみこんだ状態もトーアは好きだが、やはりさくさくのおこげに絡む餡も楽しんで欲しかった。


「あっふぃっ!でも、おいひー!」

「あちっ……うめっ……あつっ……うめぇっす!」

「はふはふっ……んっ……んふ~!」


 フィオン、ゲイル、ミリーは熱々の餡に屈せず、汗をかきながらおこげと餡を口に運ぶ。

 ギルも頬を緩めており、おいしそうにおこげを噛み締めていた。

 トーアもおこげがぱりぱりなうちにと、テーブルに座り餡の絡んだラコメを口にする。

 餡とおこげの熱を逃がしながら、噛み締めるとざくりという快音と食感が歯を通して伝わる。

 何度も噛むうちにラコメが吸い込んだラードの濃厚な油の旨味が、塩味のさっぱりした餡と絡み、自然と頬が弧を描く。

 次はしっかりと餡をしみこませておこげを口にすると、餡を吸い込んだおこげは噛めば噛むほど、味の濃い旨味が染み出しつつもさらさらと喉を通っていく。

 思わずトーアは含み笑いを漏らしていた。

 空になった深皿を見て、トーアは満足げに深い息を吐く。テーブルについた面々も同じように顔を緩ませ、味の余韻に浸るように目をつぶっていた。


「あ……」


 何かに気が付いたようにテナーは声を上げる。食後の余韻に浸っていたようだったが何かあったのかとトーアがテナーに声をかけようと手を伸ばす。

「と、トーアさん!」

「は、はい!?」


 伸ばした手をがしりとテナーにつかまれ、驚きに声が大きくなる。繋がれた手とテナーの真剣な表情を交互に見るだけでそれ以上、言葉が出てこなかった。


「いきなりで本当に申し訳ないけど……この料理のレシピを私に譲って欲しいの!」

「レシピを、ですか?」


 以前、エレハーレのカンナに料理のレシピを譲っているため、それくらいならとトーアは思ってしまう。トーア以外の面々も食後の余韻から冷めて驚いた顔をして成り行きを見守っている。

 レシピの難易度もテナーの腕前であれば、ラコメが上手く炊けるようになれば問題はない。そして、レシピを渡すのはトーアの善意であり、それ以上の他意はなかった。


「トーアさんが努力して手に入れたレシピを出会ってすぐの私に譲っていただけるなんて甘い考えかもしれません。ですが今後、宿を建て直すためには目玉になるものが必要なのです!」


 少し考えていたトーアを見て、譲ることを渋っているように見えたのか、テナーは手を繋いだまま立ち上がり頭を下げる。

 ミリーも母の姿をみて、テナーの隣に立ち一緒になって頭を下げた。


「……わかりました。テナーさん、ミリーちゃん、頭を上げてください。レシピを譲りましょう」

「あ、ありがとうございます!お礼なんですが……」


 顔を上げて対価を尋ねてくるテナーにトーアは少し迷ったあと、宿の割引を続けてもらう事を対価にしてもらう。


「それは……わかりました。ありがとうございます、トーアさん!」


 目を丸くして驚いたテナーだったが、トーアが笑みを向けると同じように微笑み、頭を下げる。

 トーアだけではなく、ギル、フィオン、ゲイルの宿代も安くしてもらう。

 レシピを譲渡する紙はテナーが明日、ミリーに用意させると言って、その日は休む事になった。

 ある事が気になっていたトーアは部屋に戻る際、ギルに目配せをする。すぐにギルは小さく頷いた。


 部屋に戻り待っているとドアを静かにノックする音にトーアは立ち上がる。ギルか確認し、ドアを開けて部屋に招いた後、鍵をかけてホームドアに移動する。


「テナーさんが言っていたレシピに関することだけど……」

「『トーアさんが努力して手に入れた』ってところだね」


 察しの良いギルにトーアは頷く。

 エレハーレで商店街を歩いたり、ミリーと共にラズログリーンの商店を巡った際にレシピを販売する商店は見かけ、CWOと同じような入手方法なのだろうかと思っていた。

 魔物を倒す事で手に入れる、迷宮探索の果てに手にしたというのが努力というなら意味は通じる。

 トーアとギルが知るCWOでの方法とは別の方法があるのなら少し問題があるのかもしれなかった。


「もし、テナーさんの言う努力が『誰かの元で修行を経てレシピを手にした』なら……」


 テナーが『餡かけおこげ』を作れるようになるまでトーアはラズログリーンから出ることは難しいかもしれないと危惧する。


「いや、それはないと思う。あっさりとレシピを譲渡する紙を用意すると言っていたし」

「まぁ……確かに。エレハーレのカンナさんにパスタのレシピを渡したときはそんな事、言われなかったんだよね……」

「やっぱり、聞いたほうが早いか。この世界を管理しているんだし」

「……え、あ。あー……あの人?いや、人?」


 ギルの言う人物に思い当たったのはこの世界を管理し、『神』であって神ではない存在。

 一番、この世界の事を知っているであろう男性に会う方法は以前、顔を合わせたときに受け取っている。

 他に良い方法も思いつかず、必要な物を作るためトーアは立ち上がった。

 作業するところを見たいというギルに頷いて、地下にある鍛冶場へ移動しつつ徐々に充実しつつあるホームドアを見せる。


「この頃、トーアが部屋に引きこもってると思ったら、やっぱりこうなってたか……木材と金属の加工はできるようになったみたいだね」

「ま、一応って程度だけどね。全盛期には程遠くて鋳造は無理、木材加工は全部手動、焼き物の窯も未完成、木炭もコークスも焼けないし、調合系はほぼ全滅、革なめしもむりだし、織工の類は道具だけ……」

「……トーア、顔が笑ってるよ」


 両手で頬を挟まれ、大変大変と言いつつもにやけていたことを自覚し、正面から咎めるような目をするギルから視線を逸らす。はぁとギルから溜息が漏れ、手がトーアから離れた。


「このところの上機嫌の原因はわかったけど、そろそろ異界迷宮攻略も考えてね。フィオンとゲイルの訓練をするって言っても限度があるんだから」


 正座しそうになりながら、はいとトーアは俯きながら小さく頷いた。

 鍛冶場へ入り、彫金用の道具をチェストゲートから取り出して並べる。

 パーソナルブックを捲り、男性から受け取ったレシピを開き、刻印を確認する。

 刻印を刻むのはたまたま銀を板状にしたものがあるので、それにすることにした。


「銀板?」

「うん。スチールシープから採れたやつを溶かして固めただけだよ。純度は高いから、こうしてすぐ使えるのはいいね」


 軽く鎚で叩いて表面を平らにしたあと下書きをし、鏨と鎚で刻印を掘り込んでいく。


「さすがに早いね」

「まぁ、ちょっと複雑だけど、難しいものじゃないし……クアルのもってくる刻印に比べたら全然」


 トーアが苦笑いを浮かべると、はははとギルは笑い声を上げる。

 クアルの作り出した刻印は最も新しいものになるにつれ、精密回路か何かかと疑うようなものになり、専用の道具まで作る必要が出てきた。

 それをどこか懐かしく思いながらトーアは苦笑いを浮かべる。


「神に会えるのは『神託の巫女』だけ。僕の目の前でその常識を根底からぶち壊すものが作られているけど……この世界の人たちはどう思うだろうね」

「う、うーん……バレなきゃいいの。それにこういうものがある時点で……」


 ある考えに至り、色々とおかしいでしょと後に続くトーアの言葉は自然と途切れていた。指先はパーソナルブックのレシピを差したままトーアはギルに顔を向ける。


「違う……こういうものレシピがなければ、存在できない・・・・・・んじゃない?」

「……いや、そんな……まさか」


 トーアが口にしたのはレシピが無ければありとあらゆる物は作り出せないという事。その先にあるのはレシピの全てを管理する存在が許さない限り、あらゆるものは存在を許されず、技術を発展させることは出来ない。


「……ある意味、『管理する』という観点では出来た方法だと思う。技術の発展をコントロールすることで、人口の増加も可能と言えば可能だし」

「確かにメリットはあるけど……今ある技術を高めるという意味ではいいかもしれない、でも、あるのは停滞、そして、滅亡だよ」


 トーアはギルの言葉にわかっていると頷いた。

 限界点が決められているという事はそれ以上、発展することは出来ない。トーアの頭に、『そんな事をあの存在が許すだろうか』という考えが、引っかかり回っていた。


「……まぁ、これが出来たら直接聞けるんだし……」

「そうだね。一応、何を聞くか纏めておこうか」


 手早く残っていた作業を仕上げた後、出た金屑は集めてもう一度溶かすことにし、何を聞くべきかトーアのパーフェクトノートに纏める。


「あとはお願い」

「うん。ちょっと聞いて来る」


 ホームドアを出た後、トーアはギルと入り口で挨拶を交わした後、ドアの鍵を閉める。

 ベッドの枕元に刻印が刻まれた刻印を置き、横になり目をつぶった。

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