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第二章 白兎の宿 5

 商店が建ち並ぶ道を左右に顔を動かしながら進んでいると、紙類を扱っている店があり、トーアは足を止めた。


「あ、ちょっと買ってきていい?」


 ギルとフィオンが頷いたので、トーアは店に入る。

 店の中は天井まで棚が並んでおり、質の良い真っ白の紙から、和紙のように薄いもの、もちろん羊皮紙もあった。

 その中でトーアは、質は悪いが割としっかりしているわら半紙と、レシピを譲渡するための紙を三枚ほど購入する。

 わら半紙はラコメを醸造する際の皿代わりにするため、レシピを譲渡する紙は念のため購入していた。

 あとは服飾店で、黒に染められた布と糸を購入する。

 ギルやフィオンも途中でいくつか買い物をして、白兎の宿に戻った。


「おかえりなさい!トーアさん!ギルさん!フィオンさん!」


 ドアベルの音に気が付いたのかすぐに店の奥からミリーが現れる。笑顔で出迎えられ、おみやげでも買ってきてあげればよかったかなと思ってしまう。ミリーから部屋の鍵を受け取って、すぐに部屋に戻りホームドアを発動する。

 初期設定の部屋にある竈にチェストゲートから取り出した土鍋を置き、早速ラコメを炊こうとした。


「あ、まてまて、まだ改造終わってない……」


 炊いたところで、麹室の用意ができていないことに気が付いたトーアは、土鍋をチェストゲートに仕舞いなおす。刻印に必要な金属の精錬も進んでいない事にトーアは頭を抱えるが、顔は笑っていた。


「ふふふ……次は、銀の精錬をして、乾燥室の木工は終わってるし……ああ、調理に必要な服も作らないと……」


 作らなければいけないものは山積みだが、それがどこか嬉しかった。

 簡単な木工が出来るようになった事で作成した小さい木槌を使い、裁ちバサミを調節して完成させる。

 続けて買ってきた布を完成したばかりの裁ちバサミで裁断し、同じく自作した針で縫っていく。


――料理を作るならやっぱり、これがないと。


 トーアが作ったのは胸元から膝上までを覆うビブ・エプロンで色は黒無地の飾り栄えしないもの。

 布と糸さえあれば作れるという簡単な代物だが、これだけで生産系アビリティ【調理】に大きく補正を発生させる。

 アイテム名は『お母さんのエプロン』と言い、生産系アビリティ【服飾】のレベル上げにも良く作成される代物である。

 【物品鑑定<外神アウター>】とパーソナルブックを確認し、こちらの世界でも補正が発生する事を確認したトーアは、早速昼食を作るときに使ってみることした。

 昼食はミリーに頼んでおいた食材が届いたため、葉野菜とベーコンを使った『厚切りベーコンと葉野菜の焼き飯』と、ミニコッコの骨を使い香辛料を効かせた『ミニコッコスープ』を作る。病み上がりのテナーには、乾燥キノコと煮込んだ野菜を使った、『五目粥』を用意した。

 ギルとフィオン、ミリーが歓声をあげる傍で、テナーはまた小皿に取った焼き飯を観察するようにゆっくりと食べていた。


 昼食の後、ミリーと共に食器を片付けたトーアは部屋に戻り、ホームドアの鍛冶場で粘土を練っていた。

 粘土は異界迷宮『小鬼の洞窟』で掘り出したもので、【湧き水】で作り出した水を加えて、空気を抜くように練る。

 傍らには適当な枝で作った木枠があり、竈には火が入っていた。

 木枠の中に練った粘土を押し込み、木枠と一緒に作った平らな面に取っ手をつけた器具で平らに整え、木枠を外す。同じ作業を何度も繰り返し、作業台の上に粘土板をいくつも作る。

 出来栄えに満足しながら、細工用のヘラの代わりに切り出し小刀で粘土板の中心から円を描くように溝を作っていく。

 作業が終わった時には、渦を描くような模様が粘土板に彫り込まれていた。

 一息ついたトーアは、以前作った鉄の坩堝を取り出して、竈にかける。スチールシープから刈り取った銀を取り出し、坩堝に入れた。

 熱した坩堝に千切って入れると、みるみるうちに溶ける。


「おー……なんだか、どんどん溶かしたくなる……」


 面白がって溶かすわけにもいかないので、ある程度の量が溶けたあと、掘り込んだ粘土板の溝に溶けた銀を流し込んでいく。

 その作業を繰り返して、全ての粘土板に銀が流しこまれ、あとは冷えるのを待つだけとなる。残った銀は、薄い板状に固めるための粘土板に流し込んでインゴットにした。

 竈の火を落とし、冷却中の銀線を確認する。刻印に使えるものを作成したので、あとは掘り込んだ溝に銀線を埋め込み、銀線を少し溶かしてつなげれば普通の刻印は完成である。


「よしっと。次はどんな夕食、作ろうかな」


 軽く汗を流した後、そう呟きながらトーアはホームドアを出て食堂へと階段を降りて向かった。

 その後、ラコメを使った夕食を作ると、難しい顔をしたテナーが中に入っているものを調べ、味を確かめるように口にする姿が印象に残った。




 そのような生活を続けているうちにあっという間に三日が経った。その日の朝食を終えて、トーアはホームドアの麹室に並ぶ球状のラコメを睨み、唸っていた。

 いくつも並んだ球状のラコメは色とりどりの菌が繁殖しており、【物品鑑定<外神アウター>】で確認しなければ、どれもがただ腐敗したように見える。

 すぐに麹室の改造を行ったトーアは、その日からラコメを炊いてこのように実験を続けていた。その後、木材の乾燥室を完成させて本格的に木工が出来るようにし、今はお風呂のための木材の切り出し作業を少しずつ進めていた。

 鍛冶場では今後のために円匙を作成し、木工室で切り出した柄を取り付けてある。他には野外でも使えるように二つの取っ手を付いた広東式の中華鍋を作成した。吊り下げられるようにフックの付いたL字の釣り具も作成しており、円匙と共に今はチェストゲートに収納されている。

 【物品鑑定<外神アウター>】で表示された内容の中には、念願の麹菌、種麹というものがあった。


「おぉ……本当に採れるものなんだなぁ」


 トーア自身も半信半疑で始めた実験だったが、大成功を収めた。ホームドアとチェストゲートは本当にチートとトーアは一人、顔を引きつらせて笑みを浮かべる。


「まぁ、これでやっと……でもないか。味噌も醤油も樽が必要だし、材料の大豆も探さないとだし……大量の塩、ゆでる大なべ、潰すのは……すりこぎでもつくるかなぁ」


 味噌と醤油を作るのはまだまだ先だという事に気が付いたが、まずは一歩と種麹をチェストゲートに収納する。他のラコメで、使えるものは種類ごとに纏めてチェストゲートに収納した。

 鼻歌交じりにホームドアを出て食堂に向かう。この三日間、トーアは宿からあまりでていない。食材を買いに出かけるミリーと一緒に出かけたくらいで、他はずっとホームドアの拡充に時間を当てていた。

 ギルはトーアに付き合って時間が許す限り一緒に行動していたが、ゲイルやフィオンには、トーアの事情に付き合わなくてもいいと伝えた。

 だが二人はギルと共にギルドの裏での摸擬戦のほうが学ぶことが多いというのと、ラズログリーンは広く最も近い森へクエストに行くのにも数日掛かりになってしまうため、二人はほぼ毎日、朝からギルをギルドへ引っ張って出かけている。

 テナーとの交渉で宿代が安くなっているため、このような暮らしが出来ていた。近頃はテナーの体調も回復してミリーとともにテナーがトーアの調理を手伝っている。


「はぁぁぁ……」


 この生活も終わりかなと考えていたトーアだったが、食堂の手前で聞こえたテナーの深く長い溜息に足を止める。

 非常にタイミングが悪いと思いつつ、姿を隠す。テナーの溜息の理由をトーアはなんとなく察していた。

 善意でとは言え、主たる利用者である冒険者や旅行者の客足が遠のいており、テナーの体調が戻って白兎の宿の営業が再開しても、すぐに以前の客足が戻るとは考えられない。ギルドの推奨宿候補になるにはさらに時間がかかる。

 それまでどうやって生活をして、どうやって客足を回復させるか、それがテナーを悩ませているとトーアは推察していた。

 目玉になるような商品があればどうにかなるのかもしれないが、いきなりトーアがレシピを差し出すのはおかしいだろうと、トーアも溜息をつきそうになる。

 自然とテナーとミリーを助けようと考えている事に気が付いたトーアだったが、そう考えてしまったのだからと気にしないことにした。


――そういえば……手に入っていないレシピを新しく手に入れるってどうすればいいんだろう?


 CWOでの入手方法は、NPC商店からの購入、イベントの攻略、ダンジョンの宝箱、モンスターからのドロップなど、ゲームらしい方法で入手する事が出来た。

 もちろん、以前トーアが購入した紙を使って譲渡してもらうのも方法に含まれる。

 もし、他に方法があるのならば知っておいた方がいい気がしたトーアは、管理者であるという男性に出会ったら聞く質問として、パーフェクトノートにメモをしておいた。

 そろそろ食堂に入ってもいいだろうとトーアは何事もなかったように、姿を見せる。テナーは食堂のテーブルの一つに座っており、すぐにトーアに顔を向けた。


「……トーアさん」

「なんですか?」


 テナーの困ったような恥ずかしそうな表情を見て、顔には出さず、ばれてるなとトーアは悟る。テナーは兎の耳を持っている、聴力は人よりも遥かに優れているのかもしれない。


「聞きましたか?」


 何をと口にしかけたトーアだったが、すぐに首を横に振った。

 客であるトーアに溜息をついている姿を見せるのは経営者として色々と不味いと思うが、現状を考えれば溜息もつきたくなるだろうとトーアは元より何も聞いていないことにしていた。


「……ありがとうございます」

「何もしていないですよ。テナーさんの体調も戻りましたし、そろそろ、宿の営業を再開するんですか?」

「ええ、その事についてもトーアさん達と相談したかったの」


 わかりましたと頷いたトーアはテナーと相談し、今夜の夕食後に話をすることにする。

 今日で最後になるかもしれないため、夕飯は少し気合の入ったものにしようと、ベッドメイクを終えたミリーと共に買出しに出かける。

 ラズログリーンは王都に並ぶ大きな都市ということもあり、様々な食材が集まる。この世界に来てからさまざまな食材を見たが、全てCWOに存在した食材だった。

 目新しさはなかったものの、どこか安心したような奇妙な気持ちを感じていた。

 必要な食品を購入して白兎の宿に戻り、早速、厨房で自作したエプロンを身につけて竈に中華鍋を置いた。

 手にした手製の牛刀を見て、中華包丁も作ればよかったかなと一瞬、思ったが今は料理に集中しようと牛刀を置いてから頬を軽く叩いた。


「さてと、はじめますか」


 トーアが用意したのは葉野菜とにんじんに似た根菜、キャラル、ミニコッコ一羽、安値で売られていた鳥皮、そして、ラコメ。

 最初に普通にラコメを炊き、炊き上がるまでにミニコッコを捌く。別途買っておいた皮を熱した中華鍋で焼き、じっくりと油を染み出させていく。


「トーアさん、これは何をしているんですか?」

「鳥皮から油を採っているんです。鳥の旨味の塊のような油で、風味も良いんです」


 大量の鳥皮と香味野菜を一緒に炒めて鳥の油『鶏油』を用意する。後で使うため熱いうちに小瓶へ移した。

 しばらくして炊き上がったラコメをかき混ぜた後、熱した中華鍋のような鍋に鶏油を少なめに落とす。鍋にラコメを入れてお玉で押し付けるように広げる。


「トーアさん、これは焼き飯?」

「焼き飯とはちょっと違いますよ」


 一度だけ出した焼き飯と同じように炒めるわけではないので首を横に振る。

 焼き飯にして後に用意する物と組み合わせても美味しいが、トーアが作ろうとしているのは別の料理である。

 鍋の中のラコメを回転させるように腕を動かし、焦げ付かないようにする。

 香ばしい匂いに、用意した大皿に鍋のラコメを移した。


「少し乾燥させるからこのままね」


 次のラコメを用意しながら、同じように焦げ目がつくように調理を続けた。

 炊き上がった全てのラコメを同じように調理した後、洗浄した土鍋に葉野菜、キャラル、小さめに切ったミニコッコの肉を火の通りにくい順に炒め、そこへミニコッコの出汁を入れて煮込む。

 何が作られるのか見当が付かないテナーは不思議そうにしていたが、トーアが味を調えてから取り出した粉末を見て、さらに首を傾げる。


「トーアさん、これは……コルリコの粉末?」


 料理に使った事があるのか、テナーは一目でその粉末が何かを言い当てる。そうですと頷いたトーアは小鉢に粉末を入れて水で溶く。

 コルリコの粉末は、元の世界で言う片栗粉で、コルリコと呼ばれるテイトの実に似た根菜を加工し、粉末にしたもの。

 溶いたコクリコの粉末を鍋の中に入れて、竈の火力を上げ鍋を煮立たせ、とろみをつける。

 くつくつと煮立ち始めた餡をかき混ぜて、出来栄えに小さく頷いた。

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