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第二章 白兎の宿 4

 帰ろうとしていたエリリアーナにも一緒にご飯を食べて行かないかと声をかける。ギルドの仕事がと言いかけたエリリアーナだったが、ミリーが運んできた料理を見て、テーブルに座りなおしていた。

 トーアが今日、作ったのはミニコッコの炊き込みご飯『カオマンガイ』、『たっぷり野菜と卵のチキンスープ』の二つ。

 ギルと先ほど試食したミリー以外はラコメを珍しそうにしていたものの、ミリーがおいしそうに口に運ぶ様子を見て恐る恐る口にする。


「んぅぅぅっ~!」

「うぉぉぉっ!!」


 フィオンとゲイルが木匙を口に含んだまま歓声をあげて、口いっぱいにラコメを詰め込んでいた。

 エリリアーナも目を見開いて口を押さえていたが、不味いから手を止めているという訳ではなさそうだった。

 トーアもラコメを木匙で一口食べる。

 ふっくらと炊き上がったラコメを噛み締めると、ミニコッコの風味が感じられ、良く噛んでいるとラコメの独特の甘みが口の中一杯になる。

 この世界に来てから初めて口にする米の味は、元の世界とほとんど変わらず、それどころか、アビリティの補正によって、笑ってしまうほど美味しい。

 添えられたミニコッコの肉はしっとりと柔らかく、コラーゲンを含んだ皮はぷるぷるとしている。噛み締めれば肉汁があふれ出し、思わず頬が上がる。

 小鉢に入れていたソースを肉にかけてラコメと一緒に頬張ると、辛味と酸味が効いたソースがラコメの甘さとミニコッコの肉の旨味を引き立て口の中で一つになる。

 思わず含み笑いを漏らしてしまったトーアを見て、ゲイルやフィオンもソースをかけて口に運び、悶絶していた。


「トーアちゃん、これってなんていう料理?」

「『カオマンガイ』って言って、ラコメを炊く時に一緒にミニコッコの肉を入れた炊き込みご飯だよ」


 ラコメがこの頃ラズログリーンに流通している事を話すと、フィオンは実家に手紙を書くときに伝えようと、呟いていた。


「いやぁ……なんつーか、生きててよかったす……」


 ミリーの料理で死を垣間見たゲイルのしみじみとした一言に思わず噴き出し、笑ってしまう。


「ふふふ、おかわりはあるから、一杯食べてね」


 トーアの言葉にフィオンとゲイルだけではなくミリーも大きく返事をした。

 そこへ卵粥が入った土鍋と食器を持ったテナーが食堂に姿を見せ、トーアはテーブルから立ち上がって駆け寄る。


「テナーさん、食器ならあとで取りに……」

「いいの、トーアさんの料理を食べたら元気が出てきたし、おいしそうに食べる声が聞こえてきて……トーアさんが何を作ったのか料理人としても気になったから」


 とりあえず土鍋を受け取ったトーアは厨房で、小皿にカオマンガイを盛り付け、テーブルに座ったテナーの前に置いた。

 不思議そうにカオマンガイを観察したテナーに簡単に調理方法を説明する。


「ラコメを……炊いた?」


 ミリーから聞いた話ではレシピを持ち、挑戦しているはずのテナーは怪訝そうにカオマンガイを木匙でくずし確認しているようだった。


「正しく炊けるとこんな綺麗に、おいしくできるなんて……」


 少しショックを受けているテナーの様子に、プレイヤースキル、つまりコツがわからなければ、レシピの情報からは正しく炊くのは難しいだろうなとトーアは思う。

 カオマンガイを食べ終わったテナーがいきなり、顔を上げてトーアの手をがっしりと握ってくる。いきなりの事に驚いていると、テナーの瞳に料理人と商売人の貪欲な鋭さが宿っていることに気が付いた。何を言われるか身構えると、テナーは口を開いた。


「トーアさん!私にラコメを炊くコツを教えて欲しいの!も、もちろんタダとは言わないわ!」

「そ、それくらいなら構いませんけど……」


 カオマンガイのレシピを売ってくれと言われるかと思っていたが、コツだけを教えて欲しいと言ったのはテナーの料理人としての矜持があるのかもとトーアは思い、そう返事をしていた。

 その後のテナーとの交渉で、現金ではなく宿の宿泊費を値引きすることにまとまる。

 今はテナーの体調が戻るまでは身体を休めることを優先し、その間の食事の用意はトーアが引き受ける事となる。これはテナーから別途に報酬がでるため、エリリアーナがランクG相当のクエストとしてギルドで処理をすると言っていた。


「さてと、そろそろ私はギルドに戻るわ。クエストの手続きもあるし」


 食器を片付けた後、エリリアーナは店を出て行った。フィオンとゲイルはミリーにお湯を頼んでおり、それを横目にトーアは借りた部屋へと戻る。

 部屋に戻ったトーアはホームドアで汗を流したあと、ベッドに横になった。

 久々の米、ラコメという呼び名だったが、味や食感は変わることなく楽しむ事が出来た。明日の朝食は何を作ろうかと考えているうちに、ある事に気が付いて、トーアは身体を起こす。


「そうだ……ラコメがあるなら麹が……」


 麹は醤油や味噌、日本酒の醸造に欠かせないもの。元の世界では簡単に手に入れることが出来た。

 こちらの世界ではまだ見たことはなかったが、日本酒に似た酒を造っているところがあれば同じようなものが手に入るかもしれなかった。だがラコメがあるのなら、ある事が試せるとパーソナルブックを現してホームドアを設定するページを開く。


「えっと……麹室は作れる」


 表示したARウィンドウを操作し、チェストゲートに収納している石材と木材を使い、『麹室』を作成する。

 再びホームドアを発動したトーアは、作成した麹室にまっすぐに向かった。

 麹室は石造りで大人二人が両手を広げて歩く程度の幅しかない。壁面には木材の乾燥室と同じように刻印が刻まれている。

 刻印は麹菌が発酵するのに適した室温と湿度を保つもので、普通よりも早く発酵が進む。本来は蒸した米を広げ、麹菌を付着させておくという部屋だった。


「この世界に元の世界と同じ麹菌がいるかどうかわからないけど……ホームドア自体がトンデモ空間だしなぁ……」


 外と同じように日が昇って沈み、庭や地下という概念が存在する謎の建物と繋ぐ扉を現す【ホームドア】。その中で発酵が早く進むという『麹室』には麹菌が存在しているかもしれない。『蔵付き』と呼べる状態の麹菌がうまく採取できればとトーアは考える。

 ダメで元々という考えと、他に採取できるカビ菌も調べて【錬金】などに使えるものがちゃんと採取できるか調べるつもりだった。

 壁の刻印は常に魔力を流し続けなければいけない物であるため、改造も必要な上、ラコメと土鍋も手元にないため、活用するのはまだ先の話になる。


「まずはラコメと土鍋を手に入れないとなぁ……」


 テナーに聞いてみようと考えながら、トーアはホームドアを出てベッドに寝転んだ。




 翌朝、テナーは起きて歩けるまで回復しており、ミリーと共にトーアが土鍋でラコメを炊く様子を見ていた。


「おぉぉ……」


 炊き上がったラコメを見てテナーは感嘆の声を上げる。立ち昇る湯気に粘りつくような独特な甘い香り、一粒一粒が艶々と輝きながらふっくらと盛り上がっていた。

 軽く木べらで混ぜたトーアは、パーソナルブックのページを捲り別のレシピを開く。

 手を湿らせて塩を少量、手にすり込み熱々のラコメを木ベラで掬い、手に持った。


「と、トーアさん!熱くないんですか!?」

「熱いです!すごく熱いです!でも、こうして熱いうちに握らないとダメなんです!」


 いきなりのトーアの行動に母娘揃って目を丸くし耳をぴんと立たせたのを横目にすばやく手を動かし続ける。

 ラコメを両手で軽く握りながら形を整え、三角の形にして一つ目を完成させる。同じようにして土鍋のラコメがなくなるまでラコメを握った。

 赤くなった手を井戸水で冷やしながら、トーアはつみあがった料理の説明をする。


「ふぅ……これは『おにぎり』っていいます。塩とラコメだけのシンプルなものです。携帯性が良いこと、塩が使われているので、私の故郷ではお弁当として食べられてます。中に好きな具をいれたり、先に混ぜ合わせたりして味を変えることもできますよ」


 今日はそれを朝食にしようと大量におにぎりを作成した。近所の女性と男性がミニコッコの卵を持って来てくれたので、溶いた卵に塩を少し入れて『厚焼き玉子』を作り、干し魚と干しキノコから出汁をとり、塩で味を調えた『キノコと魚の澄まし汁』を用意する。

 ミリーと共に食事を運び、テナーにはラコメを炊く時に一緒に用意していた、お粥を用意した。付け合せに乾燥した野菜をお湯で戻し、塩で軽く揉んだ『浅漬け』も深めの皿に盛り付ける。

 食事を全て運び、テーブルに座るとフィオンとゲイルが早速、おにぎりに手を伸ばして食べ始めた。


「ん?甘い?ううん、しょっぱい?」

「こいつは幾らでも食えそうですぜ!」


 おにぎりを頬張ったフィオンが首を傾げながらも口を動かし、ゲイルはおにぎりに齧り付いていた。


「フィオン、それはラコメ自体の甘さが塩で引き立っているんだ」


 ギルはおにぎりをしっかりと皿に確保しつつ、厚焼き玉子をおかずにおにぎりを食べ、隣に座るミリーは口いっぱいにおかずとおにぎりをほおばって、兎というよりもリスのような状態になっている。


「今日のはラコメの味がシンプルにわかるわ……」


 小さな土鍋から小鉢にお粥をよそい、ほぅと息を吐きながらテナーは木匙でお粥を口に運んでいた。

 食事を終えて食器を片付けた後、トーアはテナーにラコメを卸している商店を尋ねる。


「倉庫のラコメがなくなったの?」

「そういうわけじゃないのですけど……個人的にラコメが欲しいのです」


 素直にテナーに伝えると少し考えた様子を見せたテナーだったが、すぐに店の場所をトーアに話した。


「いいわ。特に隠すような事でもないから」


 気にしない様子で店への行き方を説明するテナー。何に使うかを勘繰られたようだったが、聞かれてもホームドアで腐らせるだけですとは答えられない。

 わざわざ腐らせるのは理解されないだろうと思いながら、借りた部屋で外出の用意を整える。食堂に下りると外出の用意を整えたギルとフィオンが居た。


「トーア、一緒に行くよ」

「私も!ラコメのこともうちょっと知りたいし。あ、ゲイルさんは部屋で寝てるって言ってたよ」


 ゲイルはラズログリーンで生活していた期間があるので、外に出ても特に目新しいものはないのだろうと、トーアはギルとフィオンと共に白兎の宿を出発する。

 ラズログリーンの街を歩きながらテナーに教わった道順を通るとあっさりと商店に辿り着く事ができた。

 店名と小麦に臼を意匠化した看板が下げられた『パストリア卸売商店』は、二階の一部が張り出ており、その下を通ってすぐ裏に回れるようになっていた。

 あたりの商店は主に食材を扱う店が並んでおり、ラコメを購入したあとは少し覗いてみようかとトーアは思う。

 パストリア卸売商店に入ると人当たりの良さそうな若い店員が近づいてくる。


「ラコメを購入したいんですが」

「はい!どの程度、必要でしょうか?土鍋が必要な場合は、一定の量をご購入して頂かないといけませんが……」


 土鍋のくだりに入った途端、店員は申し訳なさそうに頭を下げた。ギルとフィオンと顔を見合わせたあと詳しい事を尋ねる。

 土鍋の数、大きさはラコメの購入量によって決められていると説明を店員の説明を受けた。


「商店でラコメを購入している村が土鍋を作っているのですが、どうしてもラコメも買って欲しいといわれて……」


 パストリア卸売商店としては、売れ行きの良い土鍋をメインに販売したかったが、土鍋だけを売ることは出来ないと言われ渋々ラコメも仕入れているようだった。

 テナーが話していたように土鍋はラズログリーンで、最も人気ある調理器具として注目を集めており、今までにない料理が出来ると話題の商品になっている。唯一、仕入れを行っているパストリア卸売商店としては専属契約を行い、販売を独占したいという思惑もあるように感じられた。

 若い店員の表情と言動がまだまだ未熟で、トーアでさえも何かまだ裏がありそうと察してしまう。

 若手の中でも出世頭と言われ、王都主街道の行商のリーダーを任されているジェリボルトと比べてしまうのは酷な事かもしれないともトーアは思った。

 今のところ関係ない事かと、買えるサイズの中で真ん中くらいのサイズのものが買えるだけのラコメを購入する。


「土鍋でラコメを炊くためのレシピは……」

「ああ、持っているのでいりません」


 店員が差し出したレシピを手を振って断り、ラコメの入った俵と土鍋をリュックサックに入れる振りをして、チェストゲートに収納する。

 レシピを差し出した店員は驚いた顔をしていたが、気にせずにトーアは店をでた。

 近くの店の軒先で売られている果物を眺めていたギルとフィオンに合流し、辺りの店を物色することにする。

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