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第二章 白兎の宿 3

 ミリーの視線にトーアは頷いて、説明を続ける。


「ミリーちゃんは、何かレシピを持っている?」


 小さく首を横に振るのをみて、レシピが無ければ料理がうまく作れないことを告げる。

 ショックを受けて目を丸くするミリーの頭をぽんぽんと優しくなでる。ふんわりとした髪質に、ふわふわの耳の感触がトーアの指に伝わり、何時までも撫でていたくなる。


「多分、ミリーちゃんの料理がうまくいかなったのは、それが原因かな。次に作る時はテナーさんからレシピを貰おうね」

「はい……でも、次……お母さんが料理をするのを許してくれるかな……」


 トーアが触れているうちからミリーの耳が伏せられ、俯き身体を小さくさせる。ミリーの頭から手を離して膝を折り、視線を合わせる。


「大丈夫だよ。何が悪かったのかわかったのだから、それを直せばいいよ。テナーさんだって許してくれるよ」


 おずおずと視線を上げたミリーに、トーアは優しく微笑んだ。それにミリーははいと頷いた。


「うん。なら今は私に任せてね」

「はい!お願いします、トーアさん!」


 声を上げ、元気良く耳を立たせたミリーに小さく頷き、トーアは手製の包丁でミニコッコを捌いていく。刃を入れて開きながら、骨を丁寧に取り除いていく。

 骨はあとでスープの出汁にするため、捨てずに鍋に入れる。

 ミリーは隣でトーアの手元を熱心に見つめており、その真剣な表情は常日頃から料理をするテナーの手元を観察しているのが感じられた。

 ミニコッコの処理を済ませて、次は土鍋とラコメを用意する。


「次はラコメを炊くよ」

「炊く、ですか?」


 不思議そうに首を傾げるミリーに頷き、トーアの故郷・・でのラコメの食べ方を説明しながら、ラコメを水で濯ぐ。その後、土鍋にラコメと水を入れる。

 その上に、開いたミニコッコを広げて乗せた。


「普通に炊くのにはミニコッコはいらないけど、今日のメニューはラコメを炊くのと同時にミニコッコに火を通し、出た出汁をラコメに吸わせるっていう調理方法だからね」


 なるほどとミリーは頷いていたものの、その顔は不思議そうなもので料理が完成したイメージがついてきていないようだった。

 土鍋に蓋をして竈に置き、火はつけずにラコメに水分を吸わせる。

 火をつけないことに首をかしげたミリーに水分を吸わせる事を説明しながら、小さい土鍋に水とラコメを入れて、竈に置きそちらは火をかける。


「こっちはもう火をかけていいんですか?」

「うん。こっちはちょっと別の料理だから」


 小さな土鍋の火を調節したあと、ミニコッコの骨から出汁をとるため準備をする。

 あわせてトーアが採取した果物を摩り下ろし、倉庫にあった干し果物を使って付け合せのタレを作る。果物で甘みと酸味、香辛料で辛味を効かせる。


「よしっと、後はスープの方は一度煮立つまで待って、タレの方はこのまま煮詰めればいいかな」


 てきぱきと調理をしていたトーアはふと尊敬のまなざしで目を輝かせているミリーに気が付いた。


「すごい、トーアさん、すごいです!」


 ミリーの言葉に照れくさくなりながら、ラコメに水分を吸わせておいた土鍋を置いた竈に火を入れる。


「ラコメを炊く時はまず最初は弱火から」


 火掻き棒を使って竈の火を調節し、くつくつと小さく音がなり始めるのを待ちながら、初めのころは大変だったなぁと土鍋を眺めつつトーアは思い返していた。

 火加減を調節するのが難しい竈で細かな火加減を必要とするレシピ『炊飯』は必要なアビリティレベルは低いものの、高いプレイヤースキルを要求する。

 昔、実家でやったことがあるというサクラにコツを教わりながら、何度も挑戦して、今では絶妙な焦げを作る事ができるほどにトーアは極めていた。

 火にかけられた土鍋はしばらくするとくつくつと煮立ち始める。その音にあわせて竈に薪を入れて火力をあげると、途端にぐつぐつと煮立ち始め、重たいはずの蓋ががたごとと音を立て始めた。


「ぴぃゃぁっ!?と、と、トーアさん!鍋が!鍋がぁっ!!」

「うん、大丈夫だから。こうなっても蓋は取っちゃだめ」


 鍋の様子に驚き、毛を逆立てながら兎耳をピンと立たせ、涙目のミリーはトーアにすがりついてくる。そんな様子のミリーをトーアは頭をなでて落ち着かせようとした。


「ふぇぇぇ……で、でもっ……蓋がとんでいっちゃいそうです!」

「こうなったら、竈の火を調節して……煮立つぐらいに」


 火掻き棒で火の入った薪をどけて、火力を調節すると鍋はごとごとと煮立つ程度に変わった。


「あ、あの……トーアさん、これで本当に大丈夫なんですか?」

「んー……今のところは大丈夫だよ」


 すがりついたままのミリーの頭を再び撫でると、落ち着いてきたのか恥ずかしそうに離れる。

 小さい方の土鍋を確認し、ラコメが煮崩れるギリギリの状態になっているのを確認し、塩と溶いたミニコッコの卵をいれて軽くかき混ぜる。


「トーアさん、これは?ラコメを炊いてるんですか?」

「ううん、こっちは煮るって言ったほうがいいかも。これは『卵粥』って言って、私の故郷で病気とか食欲の無い人が楽に食べれるようにしたものだよ」


 人体に必要な塩と滋養強壮に卵をつかったシンプルな『卵粥』を完成させる。

 ラコメを炊いている方はまだ時間がかかるため、先に卵粥をテナーに持って行くことにした。

 トーアが土鍋を持ち、ミリーには食器を持って貰い、ドアを開けてもらう。


「テナーさん、食欲はありますか?」

「え、ええ……」


 サイドテーブルに土鍋を置いたトーアは起き上がろうとするテナーを助けた後、卵粥を食器によそいテナーに差し出した。


「すごく熱いので気をつけてください」

「これは……ラコメ?トーアさんが作ったのよね……?」

「はい。私とギルの故郷の料理で『卵粥』といいます。病気の時とか、病み上がりの食が細い時に食べる料理です」


 卵粥を木匙で確認していたテナーに調理の方法と使った素材について説明する。浅漬けでも用意しようかと思ったが、新鮮な野菜がなく乾燥野菜を戻す手間を考えて作っていない。

 説明を聞いたテナーは木匙で少しだけ卵粥を掬い恐る恐る口に運ぶ。

 どんな反応を返されるかとドキドキしながらトーアは待つ。考えてみれば今まで料理で生計を立てているような人に料理を食べてもらった事はなかった。


「おいしいわ……あっさりしてるのに、ミニコッコの卵の味がすごく濃く感じる……」

「よかったです。無理をしない程度に食べてくださいね」


 テナーの言葉にトーアはほっとする。

 おいしそうに食べるテナーにミリーは一口頂戴とねだり、テナーは笑みを浮かべて、木匙をミリーの前に差し出した。


「んー……!ラコメ、おいひい!」


 はふはふと熱を逃がしながら口を動かすミリーに、トーアはテナーと共に笑みを浮かべる。

 厨房に戻る事を告げて部屋を出ようとすると、テナーにトーアだけ呼び止められる。

 やっぱり、卵粥が不味かったか、パン粥にすべきだったかと考えながら先にミリーが部屋を出て行くのを見送ると、テナーからベッドサイドの椅子に座るように言われ、素直に腰掛ける。


「ミリーが迷惑をかけなかった?」

「はい、大丈夫です。真剣な表情で調理をしているところを見ていて、疑問に思ったところはすぐに質問してくれました。料理が出来なかったのは、レシピを持たずに作ったからだと思います」


 どういうことなのかと目を大きくしたテナーだったが、すぐに納得して後悔をにじませながら顔に手を当ててうな垂れる。


「当たり前のことだと思って、教えていないわ……レシピも渡していないし……」


 今までミリーはテナーの補佐として食器や食材の用意、配膳といった仕事をしていた。実際に調理をさせることはなく、見て覚えろというスタンスでテナーはミリーに接していた。

 それがこの一件の発端とも言える。


「テナーさん、今は体調を戻しましょう。そしてミリーちゃんに料理を教えましょう」

「……そうね。まずはそうしないとね」


 落ち込んだ様子のテナーに思わず声をかけると顔を上げて、弱弱しくも微笑んだ。その様子を見て、トーアはほっとする。

 食器はあとで取りにくる事をテナーに告げて、トーアは厨房へと向かう。途中、ゲイルの様子を見るため食堂に寄っていく。


「ぅ……お……俺は、一体……?」


 ちょうど顔を覗きこむとうなり声と共にゲイルは目を開いた。ずっとそばで様子を見ていたエリリアーナはほっと息を吐き、ギルとフィオンも安堵の表情を見せる。


「ゲイル、調子はどう?」

「あ……あー……口の中が気持ち悪いす……」


 まだ青い顔をしていたゲイルに口をすすいでくるように言うと、よろめきながらもゲイルは井戸のある宿の裏へと向かっていった。

 ゲイルの様子を見る限り、何が原因で意識を失っていたのか、覚えていないようだった。

 下手にトラウマが残るよりはいいかと何も言わず厨房に入り、土鍋の様子を見る。

 体感でそろそろ、良い感じになっているはずと土鍋に耳を近づける。

 ばちばちと水気が少なくなり、はじけるような音がしていた。


「こういう音になると中の水がほぼない状態だから、すぐに竈から土鍋を避けて、中のラコメを蒸らすためにこのまま少し待つ」

「ふぁー……炊くってすごく大変です」


 兎耳を動かして音を確認したミリーの前で、土鍋を竈からどけて余熱でラコメを蒸らし始める。

 その間に、ミニコッコの骨から煮出した出汁と乾燥野菜でスープを作り、甘辛のタレを仕上げた。

 蒸らしの時間が終わり、土鍋の蓋をとる。ぶわりと湯気と共にミニコッコの香りとラコメの独特の甘い匂いが立ち昇る。その懐かしい香りにトーアは自然と笑みを浮かべた。

 ミリーに平皿を用意してもらい、一緒に炊いたミニコッコを取り出す。炊き上がったラコメを木ベラで混ぜ、馴染ませる。


「うん、上出来。ミリーちゃん、ちょっとおいで」


 声を潜めてミリーを手招きし、木ベラに狐色にこげたラコメを乗せて差し出す。


「味見。こげ部分を狙って食べれるのは作った人の特権だから」


 ミリーがおこげ部分を口に運びはふはふと口を動かす。トーアもおこげを口にして熱を逃がしながら、久々のラコメを噛み締めた。程よくこげたラコメはぱりっと程よい歯ごたえの後、じゅわりとミニコッコの濃い味が染み出し、ラコメの甘さと相まって自然と笑顔になる。

 元居た世界と同じジャポニカ米と変わらない味にほっとした気持ちになった。


「あふあふ……んっ……!ぱりぱりしてて、ミニコッコの味がじゅわーってでてきますぅ~……」


 目を細めて幸せそうに口を動かすミリー。そこへ先に取り出したミニコッコの肉の端を差し出す。


「んっ……んぅぅおいひぃぃですぅぅ……」


 ぱくっと肉を口に含んだミリーは目を細めて小さくジャンプして美味しさを身体で表現した。


「なら、お皿に盛り付けてみんなで食べようね」

「はい!」


 ミニコッコの肉は適当な大きさに削ぎ切りにし、平皿にラコメとともに盛り付ける。作っておいたソースは小鉢に入れて、必要があれば使ってもらう事にした。スープには残っていた卵を溶きいれて『野菜たっぷり卵スープ』に仕上げた。

 用意の整った皿からミリーに食堂へ運んでもらうと、歓声が聞こえてくる。

 最後の皿をトーアが運び、食堂のテーブルに座った。

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