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第二章 白兎の宿 1

 ギルド職員であるエリリアーナから聞いた道は、大きな通りから二つほど小さい道へと入っていくもので、辺りには民家が建ち並んでいた。

 隠れ家的、と言ってしまえば聞こえがよいが、わかりにくいだけなのではとトーアは思いつつ、無事に迷う事なく辿り着いた。

 入り口の傍に下がる看板には、『白兎の宿』という店名と兎と食器を意匠化したものが彫り込まれている。

 建物は二階建てで他の民家よりは大きく、一階部分を窓から覗くとテーブルと椅子が並んでいた。夕凪の宿と違うのはカウンターの後ろに酒瓶が並んでいないくらいだった。


「おかしな所はなさそうだけど……」


 何が悪いのか、と考えるトーアと同じようにギル、フィオン、ゲイルも店の様子を窺うが、客が全くいない事ぐらいしか、おかしな点はなくそれぞれが首を捻る。


「……一日だけ泊まってみようか?」

「わざわざ危険を冒す必要はないんじゃありゃせんか?」

「でも宿代が安いのは魅力ですよ」


 眉根を寄せるゲイルにフィオンは今のところの良いところをあげた。ゲイルは腕を組み、メリットとデメリットを天秤にかけているのか小さく唸っていた。


「わかりやした。まぁ、変なところがありゃすぐに宿を変えればいいことですし……」


 ゲイルが頷いたのを見て、フィオン、ギルもトーアを見て頷いた。意見が纏まり、トーアが先頭になり宿のドアを開ける。

 カランカランとドアベルが小さな音を立てると、すぐに店の奥からばたばたと足音が響いた。


「はいはいはーい!い、いらっしゃいませっ!白兎の宿にようこそ!」


 姿を見せた少女の姿を見て、トーアは店名の由来を理解する。

 店の奥から姿を現したのは、肩ほどに切りそろえた真っ白な髪と赤色の瞳、そして、髪と同じ色の毛に覆われた兎の耳がぴんと頭から生えていた。

 少女の耳は忙しなく動いており、緊張しているのが伝わってくる。


「えっと、宿はやってる?」

「はい!やっています!皆様は冒険者の方ですか?どれくらいの期間、宿泊の予定でしょうか!?」


 僅かに頬を紅潮させながら、鼻息荒く少女は尋ねた。その様子に内心、戸惑いながらもトーアが一泊する事と全員個室に泊まれるか確認する。


「はい、大丈夫です!こちらに名前をお願いします!」


 少女が用意した宿帳に名前を書き、トーア達はそれぞれ部屋の鍵を受け取った。

 少女を先頭に食堂の奥にあった階段を登って部屋へと案内してもらい、トーアの部屋だと言われた扉を前に、部屋が悪いのかと心配しながら扉を開ける。


「……あれ?」


 どんな酷い状態なのかと想像していたが、部屋は夕凪の宿と余り変わらない内装と様子に思わず声が出た。部屋の広さは夕凪の宿と変わらず、置かれているベッドに使われているシーツも肌触りも良く、綺麗に洗濯された清潔で真っ白な物が使われていた。

 部屋の隅やベッドの下を確認するが埃が溜まっている様子もなく、部屋の空気も澱んでいる印象はない。窓にはめ込まれた硝子は綺麗に磨かれており、窓を開けると軋むことなく開いた。旅装を解きながら問題らしい問題がない事にトーアは首を傾げる。

 旅装をチェストゲートに入れて軽装に着替えて部屋をでると、同じタイミングで軽装に着替えたギルが部屋から出て視線があった。


「何かおかしいところ、あった?」


 声を潜めて尋ねてくるギルにトーアは小さく首を横に振る。そうしていると、フィオンとゲイルも困惑した表情で部屋から姿を見せ、ギルと同じように声を潜めて何も問題がなかったと話す。

 何か引っかかるような、見落としているようなむず痒い感覚に気持ち悪さを感じつつ、とりあえず夕飯にしようとトーアは提案する。


「あっし、もう一度部屋をみてきやす。先に食堂のほうへ行っててくだせい」


 再び部屋へと戻ったゲイルを見送った後、トーア達は先に階段を降りて食堂に入り、手近なテーブルに座った。

 トーア達が降りてきたことに気が付いたのか、少女が店の奥から顔を覗かせる。


「すみません、夕食ってもう頼めますか?」


 トーアの問いかけに少女はびくりと身体を竦ませ、僅かに顔を俯かせた。その反応を怪訝に思っていると少女は俯かせていた顔をあげる。


「はい!大丈夫です!でも、あの……メニューは一つしかないんですけど……」


 申し訳なさそうにした少女にトーアはそれでいいと人数分の注文をする。すぐに元気な返事をした少女は店の奥へと戻っていった。

 奥からは何かを切ったり、炒めたりする音が聞こえ始め、トーアは一息つき、ゆっくりと店内を見渡しながら何が悪くて客足が遠のいているのかを考えていた。

 しばらくして奥から聞こえていた音が途絶え、少女がトレーに料理を載せてトーア達の座るテーブルに運び始める。

 それとほぼ同時にゲイルが姿をみせ、テーブルに並ぶ料理に笑みを浮かべた。


「うまそうっすね」


 上機嫌なゲイルがテーブルにつき、料理を運ぶ少女が離れた時に、小さな声で何もおかしなところはなかったとゲイルは言った。

 何度もテーブルに料理を運ぶ少女を眺めながら、ギルド職員のエリリアーナから聞いた、元冒険者であり店主であるという女性の姿を見ていないことにトーアは気が付き、眉を寄せた。

 少女がその冒険者というにはあまりにも幼く、一緒に居るという娘と言う方が妥当である。

 そして、その少女が体調を崩して伏せった店主に代わり店を切り盛りし始めてから客足が途絶えたという事を思い出した。


――もしかして、あの子から提供されるものに問題がある?


 はたとそれに気が付いたトーアは、今までの少女の行動を思い返し、接客や部屋の掃除については何も問題はないと結論付ける。

 しかし、料理を頼んだ時に一瞬だけ怯えをにじませて、すぐに何かを覚悟した表情に変わった事に違和感を覚えた。ある結論に辿り着いたトーアはすぐにテーブルに並ぶ料理のアイテムランクを【物品鑑定<外神アウター>】で確認する。


「あっ……」


 表示された鑑定結果を確認し、推理が間違っていなかった事にトーアは顔を引きつらせる。鑑定結果のARウィンドウ越しにゲイルが料理を口に運ぶのをみて、さっと血の気が引くのを感じた。


「ゲイル!食べるな!!」

「んぐ……?」


 トーアが慌てて立ち上がり叫んだのと、ゲイルが料理を口に含んだのは同時だった。


「んぅごぉぉっ……!?」


 即座にゲイルは悲鳴にも似た声を上げて白目を向き、そのままテーブルに倒れこんで泡を吹きながら痙攣をし始める。


「リトアリスさん!ミリーの料理はっ……あっ、ああぁぁ……間に合わなかった」


 ばんっと音を立てて食堂の扉を開けて入ってきたのは、ギルド職員の制服を着たエリリアーナで、ゲイルの様子を見て息を切らせながらもがっくりと肩を落とした。

 すでにギルとフィオンは手にしていた料理から手を離して、テーブルから立ち上がっている。ギルはすぐにゲイルの様子を確かめ始めるが、フィオンは顔を青くさせていた。


「と、トーアちゃん、これは……毒?」

「毒ではないけど、ある意味……毒というか……原因は料理なんだけど」


 原因が原因なだけにトーアは少し歯切れ悪く軽く頭を抱えると、料理という場にそぐわない単語にフィオンはきょとんとしていた。


「料理がね。想像を絶するほど、まずい」

「料理が、まずい……?で、でも、そのくらいの事で、ゲイルさんがこんな風になっちゃうの?」

「なる。実際の症状は始めてみるけど……」


 ギルは指にナプキンを巻き、ゲイルの口に残った料理を掻き出していた。エリリアーナが椅子を使って即席のベッドを作り始めたのでトーアはフィオンと共にそれを手伝う。

 完成した即席ベッドにゲイルを横にして寝かせるとエリリアーナは店の奥へと足早に向かって行った。

 先ほどから表示されたままの鑑定結果をもう一度確認する。アイテムランクには軒並み最低の【粗悪ジャンク】と表示されており、通常は生産や採取に失敗した際になることが多い。


――最低ランクの【粗悪ジャンク】だけど、この料理は最低の最低って感じ……。


 見た目は普通の料理からゲイルへと視線をむけ、無理にこの宿に決めたことを心の中で謝っておいた。

 同じ【粗悪ジャンク】でも、我慢すれば食べれるというものと、調理した者への呪詛とともに吐き出す不味さの物がある。CWOでは鑑定では【粗悪ジャンク】としかわからないため、見た目で判断するか、【粗悪ジャンク】ならば口にしないようにしなければいけない。

 流石のトーアもゲイルのように泡を吹いて痙攣するほどの味は作った事も、出遭ったこともなく、一体どれほどの失敗をすればいいのかすぐには想像できなかった。

 今のゲイルは痙攣はおさまり、うなされているものの、嘔吐する様子もなく、命に別状はないだろうとギルと話す。

 店の奥に向かったエリリアーナが、といつの間にか姿を消していた少女を捕まえて戻ってくる。

 涙目になり耳を伏せて、しゅんとする少女の姿を見て、トーアはウィアッドですごしていたときに角を捕まえてしまったホーンラビットの事を思い出した。

 料理はそのままに別のテーブルに座りなおすと、エリリアーナが少女の肩に手を置いた。


「ミリー、どうしてこうなったのか、訳を話して頂戴」


 びくりと身体を竦ませる少女が言葉に詰まっていると、店の奥から少女と同じ白髪でうさ耳、赤目の女性が壁に手をついてよろめきながらも姿を見せる。頬はこけており、顔色も青かった。


「お、お母さん!寝てないとダメだよ!」

「ミリー……」


 駆け寄った少女に弱弱しくも微笑んだ女性だったが、店の状態を確認するや、少女の頭に手刀を落とした。


「きゅぅ!?」


 いきなりの事にトーア達が驚いていると、弱弱しくよろめいていたのはなんだったのかと思うほどの形相と気迫で女性は少女に詰め寄る。


「ミリー!ダメと言っていたのに、料理を作ったでしょう!私が治るまで、作っちゃダメって言ったの忘れたの!?」

「で、でもっ……!」

「でもも、何もないの!」

「て、テナー!待って、落ち着いて!ミリーだって何か理由があるみたいだし……!」


 あまりの怒気にエリリアーナが女性を止めた。

 ぽかんとしていたトーア達に気が付いたのか、女性はぴんと立てていた耳を垂れさせて頭を下げる。


「うちのミリーが申し訳ないことをしました……」

「い、いえ……被害?は一人だけですし、命が危ないわけでもないですから」


 料理がもたらした結果を被害と言っていいのかわからず、疑問符をつけつつトーアは手を横に振る。

 もしかしたらゲイルにトラウマが残るかもしれないが、それは断りもせず一人で食事を始めた罰かもしれない。

 体調の悪そうな女性をテーブルに案内し、互いに自己紹介を済ませる。


「本当に、リトアリスさん達にはご迷惑をおかけして……申し訳ありません。全ては私の責任なんです……」


 青白い顔で『白兎の宿』の女店主であるリリーテナー・フィルール、テナーは頭を下げて謝り、何が起こったのか話し始めた。

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