断章一 ガルゲイル・グランドンの敗北 2
翌日、再びゴブリンの探索を行う。
昨日の話で南側の森に居るかもしれないというギルドの見解は納得できたものの、ゲイルたちにとっては半信半疑だが、それも森の開けた場所にゴブリン達が固まっているのを見つけるまでの話だった。
少し離れた所でゲイルたちは声を潜めて作戦を話し合う。ゴブリンの数は考えていたよりも多かったが、手負いのゴブリンに遅れは取らないだろうと装備を再確認する。
「誰だ……!?」
あたりを警戒していた一人が小さくだが鋭い声を上げる。反射的に全員が剣の柄に手をかける。
「待て……!同業だよ。ゴブリン討伐の依頼受けてる冒険者だろう?」
声をかけながら冒険者然とした男が草陰から姿を現す。そして、男はギルド長のリオリムが言ったとおり、クエストに参加した冒険者を集めて囲んで一斉に討伐するという作戦を説明した。
「あ、ああ……わかった。俺たちはここで待機している。どうせ、囲むとなるとここらの近くにやってくるだろう?」
「ああ。タイミングを合わせるから、また声をかける」
そう言って男は草陰へとまた消えて行った。
「……どうするんだ?待つのか?」
「待つわけないだろ。せっかくの機会を棒に振るほど馬鹿じゃない」
「そうだよな。ま、全部終わった後で問い詰められたら、ゴブリンに見つかって戦いが始まったって有耶無耶にしちまえ」
パーティの全員が剣を抜いて手にし、頷きあう。互いにある程度の距離を取り、ゴブリンの警戒が薄い方向から固まって突撃する。
「ギギャァッ!?」
一匹目を一振りで倒すとゲイルはやれると確信し、目に付くゴブリンに剣を振るっていく。他のパーティメンバーも散開しながらゴブリンを倒し始めていた。
「っ!?」
次第に態勢を立て直したゴブリン達は盾を構えて、ゲイルの攻撃を防ぎ始める。距離をつめられ後ずさるゲイルの背に何かが当たった。
「な……お前ら……」
それはゲイルと同じように突っ込んで行ったパーティのメンバーで、同じように距離をつめられ逆に一塊に追い詰められていた。
辺りに視線を走らせると盾を構えたゴブリン達が円状に並びゲイルたちを取り囲んでいた。
包囲から抜け出すために剣を振るうが、盾で防がれ近くのゴブリンから武器とも言えない鉄片で切りかかられ、ゲイルは後ろに下がる。
「くそっ……!」
悪態をつくがゴブリンの包囲はすでに二重になっており、切りかかったとしても脱出する事は難しそうだった。次第に包囲が狭められ、仲間と背中を合わせてなんとかゴブリン達からの攻撃を防ぐ。
――くそっ!どうしてゴブリン程度倒す事ができない!?
はっと、ギルドで群れを纏めている個体が居るという事を思い出す。ゴブリンの攻撃を凌ぎつつ、ゴブリン達の中からギルドで聞いたような個体が居るか探す。
「あいつかっ……!」
普通のゴブリンにはない黒い角を生やしたゴブリンを見つけるが、二重の包囲の先、外周を警戒するゴブリン達の中に立っていた。
あの黒い角を生やしたゴブリンを倒せばもしかしたらとゲイルは考えるが、ゴブリンの包囲を突破する事もできないゲイル達ではどうする事もできなかった。
「ギャァッ!?」
突然、ゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。
何匹かのゴブリンがそちらに顔を向けたのを見て、ゲイルたちも剣を握りなおし、包囲から抜けようとした。
その前に黒髪の少女が包囲を崩して輪の中に飛び込んできた。
「付いて来い!包囲を抜けるぞ!」
それだけを言った少女はゲイルたちの頭上を飛び越え、反対側のゴブリンを縦に両断した。それに思わず口を開けていると少女はゲイルたちの様子を気にする様子もなく、ゴブリンを切り倒しながら包囲に穴を開けて脱出しようとしていた。
慌てて、ゲイルたちは少女が空けた包囲の穴をふさがれないようにゴブリンを牽制しながら包囲を脱出し、離れた場所まで移動した。
結局、ゲイルたちはそれ以上ゴブリン討伐に参加することはできなかった。参加するなとは言われなかったが、少女の後から来た冒険者達が手早くゴブリンを囲み、討伐して行った。
そして、黒い角を持った個体は少女が単独で討伐する。その戦いぶりは堂に入ったもので、一切の油断も隙もなかった。
程なくしてゴブリンは全て討伐され、地面に掘られた穴に埋められた。
――俺もあんなふうに戦えた……!戦えたんだ!!
エレハーレへ戻る道すがら、ゲイルはそう叫びそうになる。悔しさに歯を食いしばり、拳を握り締める。だが結局は事を成したのは黒髪の少女だった。
少女の表情は、他の駆け出しのようにゴブリンを討伐したことでの興奮もなく、かと言ってゲイルのような名を上げたい冒険者が得られる名声の事を考えうかれている様子もなかった。
熟練の冒険者達と同じように無事に帰れることに安堵しているように見える。
そして、その表情はますますゲイルの気持ちを逆撫でしていく。
エレハーレに到着しギルドでクエストの結果を報告する。参加したパーティ単位で、ギルド長から聞き取りを行うと聞き、ゲイルは舌を鳴らす。
「『蒼き鱗の一片』の方々ですね。報告は聞いています」
歳若いギルド長であるリオリムは、うっすらと笑みを浮かべつつ息をつく。ギルドの言った『協力して』ということをないがしろにしたことを怒っているのかと、ゲイルたちは一様に睨みつける。
「……それがどうしたんだ」
「いえ、ギルドとしては何もいう事はありません。戦闘が始まってしまったのは仕方がないことです」
両手を上げてリオリムは首を横に振る。
「隠れるのに失敗しゴブリンに気付かれて否応なしに戦闘が始まったとしても、故意にパーティで突撃しゴブリンに囲まれてしまったとしても……そして、その結果、死んだとしても、それは全てギルドが関与することではなくあなたたち、それぞれの責任でありますから」
笑みを深めたリオリムの言葉にゲイルたちは思わず腰を浮かしかける。
「っ……!」
「聞き取りはおしまいです。こちらが報酬となります」
「……ああ」
さらに笑みを深めたリオリムに放った怒気をかわされて、拍子抜けしながらも報酬を受け取る。そして、苦々しい顔をしたままギルドをあとにして、宿に戻った。旅装を解いてゲイルたちはいきつけの酒場へ足を向ける。
「……はぁ……」
テーブルにつき、酒を頼んだ後、パーティの一人が溜息をついた。
ちびりちびりと酒をあおるが、誰もクエストの結果について口にしなかった。
「おい、聞いたか?ゴブリン、討伐されたってよ」
ゲイルたちが座っているテーブルの近くで、酔っ払いが近くに座っていた客に話しかけていた。思わずゲイルたちは耳をすます。
「ああ、俺も聞いたゴブリンが増えるのは困るが……で、面白そうな奴はいたのか?」
「おう、『期待の新人』ってわけだ」
びくりとゲイルは意味ありげに仲間と視線を交わす。
「何でも黒髪の女の子だって話じゃないか」
「……っ!?」
ゲイルは思わず立ち上がる。
誰と言わなくともそれが誰かわかった。
ゲイルたちをゴブリンの包囲から助け出したあの少女のことだった。思い返してみれば、あの少女の動きは他の冒険者と違っていた。そして、あの表情も、目も。
ゲイルのほかのメンバーも立ち上がっており、酒代をテーブルに置くと誰も何も言わずに酒場を出て少女が泊まっている宿へと向かって歩き出した。
少女が泊まるという『夕凪の宿』の酒場は人が多かったが辛うじてゲイルたちはテーブル席に座る事ができた。
「しっかし、トーアの奴もすげぇよな」
「ああ。あれだけあっさりと魔獣を狩ってくるんだから、何かやらかすと思ってたら、ゴブリン討伐ときてギルド付に勧誘だろ?」
「だなぁ……。でもよ、あいつが素直にギルド付に勧誘されると思うか?」
「……いや、うーん、いや……」
「俺は思わねぇな!だって、トーアだぜ?」
「お、なら賭けるか?」
がやがやと近くのテーブルが騒がしくなるが、ゲイルたちはギルド付という話に驚き、顔を見合わせる。
そして、いま知ったことを伝えるために互いに首を横に振っていた。
他の客の話に新しい情報がないか聞き耳をたてながら、しばらく酒を飲みながら待つとあの場でみた少女が宿にやってくる。慣れた様子でカウンターに近づくと強面の店主が笑みを見せた。
「おお、トーア。お疲れさん。聞いたぜゴブリン討伐で活躍したんだろ?」
「活躍って、私だけが戦った訳じゃないでしょ?」
「まぁ、そうだがな。飯にするのか?」
「うん。その前に剣の手入れしたいから、席を取っておくのと夕食の用意だけお願い」
自身の成果を誇る訳でもなく、あっさりと次のために剣を手入れするという言動にゲイルは思わず、あの後から手入れをしていない剣に触れてしまう。
私服らしき軽装に着替えたトーアと呼ばれた少女は、カウンター席に座ると店主が用意した夕食を食べ始める。
「そうだ。トーア、聞いてるか?今回のゴブリン討伐のクエストですげぇ新人が出たんだってよ」
「すごい新人?」
ゲイルからはトーアの背中しか見えなかったが首をかしげているようだった。店主との会話の中でトーア自身が『期待の新人』という事を知り動揺しているようだった。その後のパーティ勧誘もあっさりと断っていた。
「……へっ……!まぐれで“ギルド付”になるんだ。パーティなんか入るわけねぇよな」
何をどう考えてもギルド付になるのなら、パーティに所属する暇はないのだろうとゲイルは思わず口に出していた。
そして、酒をあおり、もし自分がギルド付になる事が出来たらと一瞬だけ想像する。きっとそれは冒険者らしい生活なのだろうと小さく笑った。
店中から殺気の混じる視線を向けられるが、ゲイルはそんなものは気にならなかった。仲間からも非難の篭った目を向けられたが、お前達も同じことを考えただろうと真っ直ぐに見返すと視線を逸らされた。
「……あの、ギルド付ってなに?」
「……ああ……わかんねぇのか……どおりで無反応だと思ったぜ……」
トーアが困った顔で店主に質問しているのを聞いて、ゲイルは唖然とした気持ちでカウンターに顔を向ける。
一瞬で酒場の怒気が霧散し、先ほどトーアのギルド付について賭けをしていた客達も苦笑いを浮かべて肩を竦めていた。
そして、店主からギルド付の説明を受けたトーアは、半金貨を取り出してみせる。
――あれは冒険者にとってただの半金貨じゃない。冒険者としての成功の切符だ……!
唐突にトーアは半金貨を指で弾き、店主に渡す。
驚きに口を開けているとトーアの声が酒場に響く。
「私はギルド付にはならない。冒険者は自分の命を危険と共に天秤にかけて、名誉を手に入れるものだと思う。だけどそれはギルド付のようなものじゃなくて、自分が思う自由の中で手に入れてこそ、冒険者として名声を得たということなんじゃないかな」
冒険者の自由を説くのは幾つもの死線を潜り抜けてきた熟練の冒険者ではなく、駆け出しと言ってもいい少女。だが、それは嫌味でもなく駆け出しの夢物語でもない事を歓声を上げる客達は知っているようだった。
「それで俺に半金貨を渡してどうするんだ?」
「酒場に居る自由な冒険者達が飲んで食べてる酒代とつまみ代にして。余った分は私のおごりってことで……夕凪の宿の酒、空にしてみない?」
冒険者の自由だとかを言っても結局は半金貨を自身の懐に納めるのだろうと思っていたゲイルは再び口を開けて驚く。歓声に沸く酒場でゲイルは酒代を置いて、立ち上がった。
後を追うようにゲイルと同じパーティの面々も酒代を置いて立ち上がり、ゲイルの後を追ってくる。
そして、一言も言葉を交わさないまま別の酒場へと向かった。
酒場で酒を飲みながら、なぜこんなにも腹が立つのかゲイルは考えていた。求めていた冒険者としての成功の切符をあっさりと捨て、手に入れた半金貨という大金も一夜の夢と使い込んでしまうことが理解できないからか。
その日、ゲイルは一人で深酒をして深夜まで考え続けた。だが腹に抱えた焦りのような怒りのような奇妙な感覚がゲイルの気持ちを苛立たせた。
数日後、トーアがエレハーレを出発した事を知り、抱えたままの感情をどこに吐き出せばいいのかわからなくなってしまった。