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断章一 ガルゲイル・グランドンの敗北 1

 因縁の相手であるリトアリス・フェリトールに頭をさげるガルゲイル・グランドン、ゲイルの胸に去来した感情は意外なほどさっぱりとした清々しいものだった。


 ゲイルの生まれは王国の北にある村で名馬の産地。実家は馬の育成を行い販売するのを生業としている。三男坊であるゲイルにとって村での生活は面白みのないものであり、いつか出ていかねばならないという強迫観念にも似た焦りを常に抱いていた。

 一番上の兄が家業を継いだのを契機に子供の頃に夢見た冒険者として生きていこうと半ば飛び出すように村を出る。その時のゲイルは村の自警団では負けなしの腕前を持ち、馬の扱いもうまかった。

 村を飛び出した時は兄たちを見返したいという気持ちと、自分ならばできるという根拠のない自信を抱いていた。

 冒険者の街として名高いラズログリーンに到着し、冒険者の登録を済ませたゲイルが思い知ったのは現実だった。

 生活するだけなら街の簡単な仕事をすればよかった。だが街の外へクエストへ行くと朝から晩までクエストに出て、常に危険と隣り合わせで収入がないまま一日が終わることも多くあった。

 何度かクエストをこなすうちに一人では効率が悪く難しいという考えに至る。同じ考えに至った駆け出し冒険者と臨時でパーティを組みクエストに挑むようになる。

 それでもゲイルが思い描いた様な『冒険者の仕事』には程遠かった。

 現実を知った駆け出し冒険者は、ある者は街で冒険者とは別の仕事を見つけ、ある者は故郷へと帰り、ある者は一人でクエストへ出たきり街に戻らなかった。

 その者達を見て、ゲイルは同じようにはなりたくない、だがこの状況を抜け出す方法を見出せないという焦燥感を募らせる事になる。

 その後、ゲイルはなんとか食いつなぎながらクエストをこなし、駆け出しから抜け出しつつあった。

 ある日、組んでいた臨時パーティが人数不足から解散したため、ゲイルはギルドで次のパーティを探していた。そこでクラン『蒼竜騎士団』から勧誘を受ける。クランに所属すればパーティメンバーを探す事も容易になり、なによりもクランから勧誘された・・・ということに優越感を覚えた。

 クラン『蒼竜騎士団』と言えば、竜退治も行うような有名なクランでもあり、所属すれば自分も竜退治に参加できるのではないかとゲイルは考え、その日のうちに加入する事を決める。


 クランに所属して数日。

 ゲイルは状況が変わらないことを知る。

 それどころか、ゲイルと同じように駆け出しを脱した程度の冒険者とパーティを組まされ、エレハーレで活動する事を命令される。逆らうならばクランから脱退してもらうとまで言われた。

 何か違う、別の方法があるんじゃないかという思いを抱えたままゲイルは命令を受け入れ、エレハーレへと向かう駅馬車に乗り込んだ。

 エレハーレに到着後もラズログリーンで感じていたのと同様の味気のない日々が続き、ゲイルの心から村を出るときに抱いていた輝かしい何かが消え去り、澱のようなものが溜まっていった。

 いつの間にか生活をするためだけに必要最低限のクエストを受け、昼から場末の酒場に入り浸り、一杯の安酒を何時間もかけて飲むような生活を送る。

 その日もまたクエストを手早く終わらせて、酒場の一番奥のテーブルで安酒を舐めるように飲んでいた。

 初老の酒場の店主からは何も言われない。何の感情も込められていない視線を送られた事は何度かあり、もしかしたら同じような冒険者を幾人も見てきたのかもしれなかった。


「おい!大変だ!」


 そこへパーティの一人が酒場のドアを乱暴に開け、ゲイルたちが座っているテーブルの近くまで駆け込んでくる。

 ゲイルたちがどうかしたのかと尋ねると、隣村であるアレリナがゴブリンに襲われたという確かな噂を聞いたと言った。


「ゴブリン……ゴブリンか!」

「ああ、ゴブリンだ!」


 ゴブリンの発生。それはゲイルたちにとって、危機の到来ではなく、チャンスの到来だった。

 数年に一度という間隔でゴブリンが大量に発生する事がある。それは主に冒険者の手によって討伐されることになるが、その際に活躍した冒険者は有名になるというジンクスがあった。

 ジンクスと言ってもまじないの類ではなく、ゴブリンが発生すればその情報は討伐した冒険者の名と共に王国内に広がる。

 ゴブリン討伐を成したという腕前を買い、護衛の依頼や指名依頼などが増えることになり、さらに名声を高めていく結果となる。

 エレハーレの街で腐っていたゲイルたちにとって名を上げるには絶好の機会。ゲイルたちは頷きあったあと、酒代を支払い宿へと駆け出した。


 宿で装備などの準備を整えた後、ギルドへと急ぐ。

 もしゴブリン討伐の依頼が出されていた場合は早い者勝ちである。そして、ゴブリン討伐のジンクスを知るのはゲイルたちだけではない。この街に居る全ての冒険者がライバルであった。

 道を急ぐ途中、一人の少女とゲイルはすれ違う。

 黒髪を三つ編みにしてまとめ、軽装過ぎるが冒険者のような格好で腰に剣を差していた。

 少女の歩みは身体の中心線がぶれることなく安定していた。思わず視線で少女を追い、立ち止まる。少女の後姿はすぐに人ごみに紛れ消えた。


「おい、ゲイル!どうした?」

「いや……なんでもない」


 軽く頭を振り、立ち止まっていた仲間と共に駆け出す。一瞬だけ見た少女の目は底知れない何かを感じさせた。


 ギルドに到着しゴブリン討伐の概要を聞くが、ゲイルたちのギルドランクでは参加することは難しそうだった。うな垂れ悪態をつくが、何かがあるかもしれないと参加表明だけはしておいた。

 だらだらと歩きながら宿に戻り、ゲイルは身につけていた防具を脱ごうとする。


「まて、ゲイル」

「どうかしたか?」

「いや、俺達だけでゴブリンを探索して討伐しちまわないか?」


 仲間の一人の提案に、防具を外そうとしていた手を止める。

 考えてみればギルドからクエストを受けなくても、森で偶発的に・・・・ゴブリンと遭遇し戦闘になり、討伐した場合でも『大量発生したゴブリンを討伐した』という事実は変わらない。


「……確かにな。それならギルドランクは関係ねぇな」

「だーめだ。ギルドから正式にお達しがあった」


 仲間の一人が部屋にやってくる。

 やってられんと肩を竦め、部屋にある数少ない椅子にどかりと腰掛ける。


「ギルドから『安全のため、森へ入ることに制限』、ゴブリン討伐まで有効だとさ」

「ああ……そいつは……」


 仲間の一人がぱちんとおでこに手をやる。

 ギルドからの通達を破り、森に入ってゴブリンを討伐したとしても、通達を破った罰則が免除されるだけになってしまう可能性がある。そして、その後に伝わる情報にもルールを破るのを躊躇しないという悪名まで付きまとうだろう。


「けっ……せっかくのチャンス、指を咥えてみてろってのかよ……!」


 悪態を吐きながらゲイルは、乱暴にグローブを脱ぎベッドにたたきつけた。


 翌朝、ゴブリン討伐について進展があるか街で情報を集めた。日が沈み始めた頃、ゴブリン討伐に行っていた冒険者達が戻り、ゴブリンの姿を見つけることができなかった事を報告する。

 ちょうどギルドに来ていた、ゲイルはそれを聞いて内心、ほっとする。しばらく様子を窺っていると、ゲイルの元へ一人のギルド職員がやってくる。


「『蒼き鱗の一片』、ガルゲイル・グランドンさんでしょうか?」

「ああ、そうだが」


 ついにゴブリン討伐に参加できるのかと思いながら、喜色をできるだけ表情に出さないようにして頷いた。


「ゴブリン討伐の件ですが、参加人数を増やして探索する事が決定しましたので、『蒼き鱗の一片』の方々にも参加をお願いしたく」


 なんとか顔が笑みを浮かべそうになるのを我慢しながら頷き、仲間に伝えると言ってギルドを後にした。

 去り際、明日の朝にギルドに集まる事を聞いたゲイルは早足で宿へと戻る。


「おい、明日はゴブリン退治だ!」


 パーティの面々が座っていたテーブルにつくなりゲイルは笑みを浮かべる。テーブルに身体を乗り出した仲間にギルドであった事を話した頃には、テーブルについている面々は笑みを浮かべていた。


「で、ほかに何か情報はあったか?」

「ん、ああ。なんつーか信じられねぇ情報なんだが、ランクGの駆け出しのガキがゴブリン三頭を討伐したって話を聞いたんだ」

「嘘って訳でもなさそうだな」


 同じような話を何人かが聞いており、そんな奴がエレハーレに居たかと首を捻る。ゲイルは何故かギルドに向かう途中ですれ違った黒髪を三つ編みにした少女のあの目を思い出し、頭を左右に振った。




 翌朝、ギルドに集まったゲイルたちだったが、部屋に集まった冒険者の中に、黒髪を三つ編みにした少女の姿があった。他の冒険者の興味深そうな視線に怯えるどころか、威嚇するように視線を返すような目をしていた。

 ゲイルたちも声を潜めて、他の冒険者と少女の情報を交換する。ゴブリン三頭を討伐した駆け出し冒険者というのが少女だという情報が正しいものであったと知る。

 思わずゲイルは少女に視線を向けるが、すぐに視線に気が付いた少女に視線を真っ直ぐに返され、思わず視線を逸らしてしまう。

 はっと、なぜ視線を逸らしたのかとゲイルは自問する。かっと体が熱くなり、再び少女に視線を向けようとすると部屋にエレハーレギルドの長であるリオリムが声を上げた。

 リオリムから今回のクエストの説明を受けて、ゲイルたちは早速、森へと向かうが、その日、ゴブリンの姿は誰も発見する事は出来なかった。


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