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第一章 護衛依頼 10

 翌朝、トーア達は予定通り野営地を出発する。

 朝食はあっさり目に味付けをしたブラックバイソンのテールスープで、これも好評だった。

 王都主街道を順調に進む途中、左右に続いていた森が唐突に途切れて遠く草原が続く丘陵に出る。

 『灰色狼の草原』で見た光景と異なり、より遠くまで続き広がる景色にトーアは目を奪われた。遠く丘陵の先には太陽の光を反射するエレファイン湖が見える。


「わぁぁぁ……すごい……!」


 幌馬車から顔を出したフィオンの感嘆の声に、他の冒険者達がくすくすと笑いだした。その暖かな笑いに気が付いたのかフィオンはやや恥ずかしそうに幌馬車の中に戻って行った。


「フィオーネはここに来るのは初めてか?」

「は、はい」

「気持ちはわかるぞ、俺が若い頃、初めてこの景色を見たときは胸の高鳴りを覚えたものだ」


 ヴォリベルはその時の事を思い出しているのは、どこか懐かしそうに目をつぶり何度も頷いていた。

 他の護衛依頼を受けた冒険者達も同じ経験をしたのか、同じように笑みを浮かべ、自身の過去の事を思い出しているようだった。


「ヴォリベルの若い頃ってちょっと想像できない」

「おいおい、それはお互い様だろ」


 オクトリアがぽつりと呟き、ヴォリベルは眉を八の字にして抗議する。


「まぁ、私も若い時にはフィオーネちゃんみたいになったけどね」

「いったい何十年前の話なんだ……ま、まて矢筒はやめろ!」


 ヴォリベルの呟きに金属で補強された矢筒をオクトリアは振り上げた。二人の様子に他の冒険者たちは笑いだし、幌馬車の中は騒がしくなる。トーアも思わず笑っていた。

 そして、日が傾き始めた頃、遠目でもわかるほど大きな都市の城壁が見え始める。


「あれが……ラズログリーン」


 幌馬車からラズログリーンの外周を囲む防壁を見てトーアは思わず呟いていた。


「リトアリスたちは初めてだったな」

「はい。想像していたよりもずっと大きい街ですね」

「この国で二番目に大きな都市だからな。エレハーレとは比べ物にならん」


 幌馬車の中に戻ったトーアはヴォリベルや他の冒険者達からラズログリーンについての話を聞く。

 ラズログリーンはエインシュラルド王国で二番目に大きな都市で、一人の貴族によって治められている。

 周囲には八つの異界迷宮が存在し、下はFランク、上はAランクと難度の幅が広い。

 街を治める貴族は必ず冒険者稼業を経験した人物と王命で定められており、他の貴族からは様々な感情を込められて『迷宮伯』と呼ばれている。現在の迷宮伯は数年前に代替わりをしており、親子二代続けて迷宮伯となった珍しい事例であるらしい。


「珍しいですか?」

「ああ。他の貴族様はいろいろあるらしいが迷宮伯だけは世襲制ではないんだ」


 トーアの疑問に幌馬車に乗っている冒険者が答える。

 街の周囲に多くの異界迷宮があるため、街には多くの冒険者がやってくる。街を管理するためにも冒険者について精通している人間、つまり冒険者経験のある者が次代の迷宮伯としてギルドや現役の迷宮伯からの推薦を受け、王が任命する。

 そのため現迷宮伯の子供であっても、名実ともにある冒険者でなければ選ばれる事はないという話だった。


「なるほど。だから珍しいんですね」

「そうだ。前迷宮伯がどんなにその息子に環境を整えたとしても名を上げるには運が絡んでくるだろうからな」


 小腹がすいたのかヴォリベルは干し肉を口に運びながら言った。

 親の七光りがあったとしても、現場に出て戦わなければ冒険者としての名は上がらない。たとえ熟練の冒険者が付き添い偽装したとしてもその程度の名声は簡単にぼろが出てしまう。

 護衛依頼を受けた冒険者達が迷宮伯という名を告げる時に込められる尊敬が混じった声色に、冒険者の世界で迷宮伯になれるほどの名声を得るのは並大抵の事ではないと、トーアは感じた。

 そのあとはラズログリーンの街の構造を聞いているうちに、見上げるほど大きな城門に到着する。

 エレハーレにも城門はあったものの、ラズログリーンほどの大きさではなかった。

 商人専用の受付に荷馬車は並び、荷物の検査を済ませたあと、街の中に進み始める。

 王都主街道の始点でもあり終点でもあるラズログリーンの街並みは、トーアがこの世界で見てきた建物でも大きな建物が多く、そして、今までで最も多くの人が暮らしているようだった。

 そして、駆け出しと思われる冒険者の姿や使い込まれよく手入れされた装備を身につけた冒険者の姿が多く目に付き、エインシュラルド王国で最も冒険者が多い街という話が嘘ではないという事を実感する。

 トーアが街の様子を見ている間に、幌馬車は王都主街道を進みいくつかの角を曲がった。

 ラズログリーンは大まかに東西南北と街の中心の五つの地区に分かれている。中心部は迷宮伯や他の貴族、豪商などのいわゆる金持ちが住むエリアで、そこにある商店は客に見合った高級路線の店が多い。他の四つのエリアは特に差はなく、街が巨大すぎるために同じような施設が四つのエリアに分散しているらしい。

 街が大きすぎるため、辻馬車と呼ばれる街の中を移動する馬車もあるそうだった。


「ある程度大きい商店になると、全部の地区に支店があったりするぞ」


 いままで街の説明をしてくれた冒険者はそう言って締めくくる。護衛依頼を出したクリアンタ商店もまたそのある程度大きい商店に含まれるため、全ての地区に支店があり、トーア達がいま向かっているのは南地区にある支店と御者の商人が話した。


「ということは、ギルドもそれぞれの地区にあるんですか?」


 フィオンの質問にヴォリベルが頷く。


「東西南北のギルドは支部というよりも出張所みたいな扱いだがな。中心にあるのがラズログリーンのギルド支部だ。だが俺達が利用する程度ではどこでも変わりはない」


 なるほどとトーアが頷いていると、とある建物の前で速度を緩めた荷馬車はそのまま裏手へと移動する。

 誰かの到着したらしいという呟きと同時に荷馬車は小さく揺れて止まった。


 それぞれが荷物を持ち荷馬車から降りる。馬に乗り同道していたギルとゲイルも馬から下りて、店から出てきたクリアンタ商店の店員に馬を預けていた。


「皆様、お疲れ様です。クエスト完了の用紙をお渡ししますので、各パーティの代表者の方はこちらにお願いします」


 先頭の荷馬車から降りていたジェリボルトは店から出てきた店員に指示を出したあと、護衛依頼を受けた冒険者達に呼びかけていた。トーアが代表してジェリボルトの近くへと向かう。


「リトアリスさん、お疲れ様でした。突発な依頼でしたが問題なくラズログリーンに到着する事ができました」

「いえ、道中はなにもありませんでしたし……都合よくラズログリーンまで連れてきてもらった感じになってしまいました」


 ジェリボルトからクエスト完了の用紙を受け取る。


「結果的にはそうなってしまいましたが……私は護衛依頼以上に得るものがありましたので」


 にっこりと抜け目のなさそうな笑みを浮かべるジェリボルトにトーアは思わず愛想笑いを浮かべた。

 ジェリボルトから離れ、ギル達や護衛依頼を受けた冒険者達とともに南地区のギルドへと移動する。ゲイルは南地区にあまり来たことがないらしく、場所は知らないようだった。

 しばらく街の中を歩き、王都主街道に面した場所にあるラズログリーンギルド南地区支部に到着する。

 ギルドの内装はエレハーレのものに近かったが、カウンターの数や壁の近くに置かれたテーブルと椅子、クエストが貼られる壁は遥かに大きく、広かった。

 訪れる人もひっきりなしで鎧を身につけ武器を帯びた多種多様な種族が出入りしていた、また、依頼者らしき街の住人の姿もあった。


「よし、ここで解散しよう。それぞれ行きつけの宿もあるだろうし」


 ガーランドの提案にトーア達と護衛依頼を受けた冒険者達は頷き、それぞれに別れていく。


「……ところで、リトアリスはここで店を構えるつもりなのか?」


 別れ際振り返ったヴォリベルの質問に以前、異界迷宮で話した内容を思い出す。トーアは何時になるかはわからないがという注意つきで頷いた。


「そうか、鍛冶の依頼ができるようになったら必ず依頼する。……なので、多少は安くしてくれ」

「ふふ、わかりました。その時は是非」


 ガーランド達と握手を交わしたあとそのまま別れる。

 トーア達は護衛依頼の報酬を受け取ろうとクエスト受注のカウンターに向かおうとしたが足を止める。


「そういえば、ゲイルはラズログリーンに来た事あるって言ってたよね」

「ありやすが、それが何か?」

「宿を探さないといけないから、ゲイルが使ってた宿に行こうかなって」


 ああ……とゲイルはばつが悪そうに頭を掻いた。


「寝泊りしてたのはクランが保有してた建物だったんで……」

「あー……そっか。なら、まぁ、南地区のギルド推奨宿でも聞いてみようか」


 トーアが代表してクエスト受注の窓口で完了手続きを済ませ、報酬を受け取った。そして、エレハーレの時と同じ条件でギルド推奨宿が南地区にないか尋ねる。

 カウンターに座る女性は慣れた口調で、いくつかの宿の名前と場所をトーアに説明した。パーフェクトノートに書き留めたトーアが、顔をあげると女性がやや迷った様子で視線をトーアに合わせてくる。


「……これは個人的な紹介なんですが……」

「個人的な?」


 トーアが僅かに首を傾げると女性は、行かなくてももちろん構わないという前置きをした上で話を始める。

 カウンターに座る女性、エリリアーナが個人的に紹介したいという宿は元冒険者の女性が始めた宿で、エリリアーナとは何度もギルドで顔を合わせるうちに仲良くなった間柄にあった。

 宿を始めて数年後、夫に先立たれ一人娘と二人で宿を切り盛りし、手料理がおいしく清掃が行き届いた宿と評判が良くなっていた。だが、女性が身体を悪くし、一人娘が宿を切り盛りしてから客足がぱったりと途絶えたという噂を聞いたらしい。


「一度、様子を見に行ったのですが、あまり病状が良くないみたいで……あの子も頑張ってはいるようだけど……」

「なるほど……」


 それ以外の条件はトーアが提示した条件と一致しており、ギルド推奨宿に推薦される話が出たばかりという内部情報までこっそりとエリリアーナは明かす。

 念を押すように、よければというエリリアーナの言葉に頷いてトーアはカウンターを離れる。


「うーん……」

「トーア、どうかした?」


 悩みながらギルたちの元に戻り、宿の事を説明する。女性の病の事がなければ、最初に候補に挙がるほど条件は良かった。


「うーん……様子を見に行くだけならいいんじゃないか?」

「あっしは反対ですぜ。その一人娘ってのが何をしでかしているかわかりやせんが、客足が途絶えたってのはそれなりの理由がありやすからね」

「私はゲイルさんのいう事はもっともだと思う。でも心情的には一人娘さんだけで大丈夫かなって、だからギルさんに賛成かな」


 うーんと唸るトーア。ゲイルの考えもわかるが、心情はフィオンに近かった。

 少し考えた後、トーアはとりあえず行って見ることにする。


「泊まるかどうかはともかく、その『白兎の宿』に行ってみよう。明らかにダメっぽかったら、やめる感じで」


 お人よしなのかもしれないがこうして知ってしまったのも縁かもしれないとトーアは結論した。ゲイルは眉を寄せていたが、姉さんのそういうところがあっしをパーティに入れてくれたんすね、と納得して頷いた。

 パーフェクトノートを片手にトーアはギルドを出てエリリアーナから教えてもらった『白兎の宿』へと向かった。


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