第一章 護衛依頼 9
用意を終えて外に作った竈に戻るころには、作業を終えた護衛依頼を受けた冒険者達とクリアンタ商店の護衛が集まっていた。
「お、今日は外だって聞いたぜ」
はいと頷きながらトーアは持って来たフライパンを簡易竈にかけ、持って来た鍋にソースとなる果物を煮始める。
他の冒険者に頼んで持って来て貰ったレドラをみっちりと押し込んだ鍋は竈から離れた場所におき極弱火といった感じに熱し始めた。
充分にフライパンが熱されたのを確認したトーアは、ブラックバイソンの塊肉をそのまま焼き始める。
歓声と驚きの声があがるがトーアは、それを気にせずにヘラとお玉を使って器用に肉を動かし、表面をしっかりと焼いていく。
全体に焦げ目が出来たのを見計らい、火の勢いを弱めた竈に移す。そして、次のフライパンで新しい塊肉を焼き始めた。
「リトアリス、こっちは出来たのか?」
「いえ、それはいま休ませているところです。もう少しまってくださいね」
手に皿を持った冒険者の質問にトーアは首を横に振って答える。
いくつかの肉を焼きながら、竈のそばに置いたフライパンの肉を動かし、塊全体に熱を入れるようにして火を通していく。
同時に、果物を潰しながら火を通し、出てきた肉汁を入れてソースを作る。
更に、肉類が食べれない人用に野菜スープの準備も始めた。
「よしっと、そろそろいいかな」
最初に焼いた肉の様子を見たトーアは、肉をフライパンからまな板の上に移し、待っていた冒険者達に声をかける。
「切り出すので、並んでください」
おぉと声があがり、待ちくたびれた様子で冒険者達が竈の近くに皿を手に並び始めた。
トーアは肉をやや厚めに切り、そして、差し出された皿に載せて果物を煮込んだソースをかける。
「どうぞ」
「……おいおい、リトアリス、まだ中が生じゃないのか?」
肉を受け取った冒険者は戸惑ったように皿をトーアに突き出す。切り分けられた肉の断面はまだ赤い色を残していた。
「……リトアリスさん、これはもしやローストビーフという料理では?」
顔を覗かせたジェリボルトの言葉にあたりの視線が集まる。
トーアもレシピ上の名前と違うだろうと考えていたため、面食らってしまう。
「あ……はい、そうです。『ブラックバイソンのローストビーフ 果実のソース掛け』って感じです。ご存知でしたか?」
「はい。ですが茶葉の料理と同じくホワイトカウの産地ならば食べられるようなメニューですが……まさか、野営で食べれることになるとは」
さっとジェリボルトが差し出した木製の皿に厚めに切ったローストビーフを乗せて果実のソースをかける。
「では皆様、お先に」
上機嫌で去って行ったジェリボルトを見送り、最初に並んだ冒険者はまだ迷っているようだった。
「食わないのなら先にいいか?」
その後ろに立っていたヴォリベルが顔を覗かせる。
ああと頷いた冒険者は横によけ、前に出たヴォリベルはトーアの前に皿を差し出した。
「ヴォリベルさんもこの料理は知っているんですか?」
「ああ。まだこのパーティを組む前、駆け出しの頃に一度だけな。恐らくジェリボルトが言った村と同じだろう」
切り分けた肉を皿に載せてソースをかけると、ヴォリベルは嬉しそうに口角を上げて釣られて目も弧を描く。
「な、なぁ、どんな味なんだ?」
「ん、どんなと言われてもな……とりあえず、肉って感じだぞ」
列を離れたヴォリベルは適当な場所に座り、フォークを肉に刺しローストビーフに齧り付いていた。
次の肉を切り出したトーアを見て、最初に並んでいた冒険者は覚悟を決めたのか皿を差し出す。手早くローストビーフを乗せてソースをかける。
「よし……まぁ、リトアリスが作るもんだからな。不味い訳はないんだ……」
ぶつぶつと言いながら冒険者は離れていき、座った後恐る恐るローストビーフにかぶりつき、うめぇぇぇっ!と叫び声を上げた。
その様子を列に並びながら見ていた冒険者達は、視線をトーアの方に戻すと前に並ぶ人に早くしろと無言でプレッシャーをかけはじめる。
「慌てなくても、一頭分はありますから」
てきぱきと包丁を振るい、ローストビーフを切り分け皿に載せて行く。一つ目の塊が切り分けられた頃、皿を差し出したのはギルだった。
「トーア、僕のは薄切りにしてくれないかな」
「薄切り?あ、挟むなら私がするけど」
ギルのやりたいことを察したトーアはローストビーフを薄く切り始める。
「なら、お願い」
二人のやり取りに気が付いたのか、列に並んでいる冒険者や護衛が顔を覗かせ、すでに肉を受け取った面々も視線を向け始める。
ギルから円形の固焼きパンを受け取り、半分に切る。中に刃を入れた後、薄切りにしたローストビーフを詰めてソースを上からかけた。
ローストビーフを受け取っていない、いるに関わらずその様子に一度だけざわつく。
「ありがとう、トーア」
もう半分にも同じようにローストビーフをつめ、ギルの差し出した皿に載せると笑みを浮かべてギルは少し離れて座った。
「ね、ねぇ、リトアリス、私もアレにしてくれない?」
「いいですよ」
ヴォリベルと同じパーティのペフィミルに言われ、トーアは手早く『ローストビーフサンド』を作る。
「マジかよ!俺もそっちがよかった!」
既にローストビーフを受け取っていた男性が悲鳴に近い声を上げた。他にもギルの皿に乗っているローストビーフサンドを羨ましげに眺めている姿がちらほらとある。
「おかわり分はあるので、その時に言ってもらえれば作りますよ」
トーアの発言に辺りが息を呑む音の後、静かになり竈の薪がはぜる音だけが響く。別の意味で剣呑な雰囲気に気がついたトーアは、慌てて手を左右に振る。
「一頭分のお肉はあるんで!慌てないで食べてください!」
剣呑な雰囲気が霧散し全員がもくもくと食事を再開する。列に残っていた冒険者にも肉を配り終わると、肉類が食べれない種族や主義の冒険者が期待の表情でやってくる。
「私達には何があるのかなー……?」
「いろいろと迷ったんですが、コレにしてみました」
鍋の上に鍋をかぶせたものを竈からどけて作業に使っていた台の上に置く。すでにローストビーフを食べていた冒険者も鍋の中身が気になるのか、肉を食べながら顔を向けている。
「では……」
上に被せていた鍋を揺すりながらそっと上に持上げると、中から姿を現したのは茶色の円柱の物体。
「……え?あ、うわ……すごいいい香り……」
じっと見つめていた冒険者があたりに広がる甘酸っぱいレドラの香りにうっとりと目を細めた。
「これは『レドラのタルトタタン』……の、上部分だけというか。レドラをじっくりと蒸し焼きにした料理です」
「タルトタタン……初めて聞きますね。それで上部分だけというのは?」
いつの間にかジェリボルトが傍にやってきており、まじまじとレドラのタルトタタンを眺めていた。
本当は、レドラに被せるパイ生地が必要になるが、今は用意していない。パイ生地には牛の乳から作られるバターを使うため、結局食べれないからでもある。
その事を説明するとジェリボルトはなるほどと頷いた。タルトタタンを切り分けて、肉類を食べれない冒険者のそれぞれ皿の上に載せる。
表面はキャラメル状になっており、中のレドラはあっさりと崩れるほど柔らかい。スプーンに載せたタルトタタンを口に含んだ女性の冒険者はそのまま歓喜の悲鳴を上げる。
「外は苦味があってパリってしてるけど、中は甘酸っぱくて、外の苦味と合わさって……やばい、これ、舌が肥える!普通にレドラ食べれなくなる!」
口の中のタルトタタンを飲み込んだ女性冒険者が一息に捲くし立て、タルトタタンを受け取った他の冒険者も、一斉に口に運びそのまま、身もだえしはじめる。
「……リトアリスさん、私にも少しいただけないでしょうか」
「そう言われると思って、もう一つ用意してますよ」
じっとタルトタタンを見つめていたジェリボルトの言葉にトーアはにっこりと笑って返した。
しばらくして、用意したブラックバイソンの肉や、タルトタタンがほぼなくなり、夜食用にローストビーフを薄切りにしたものをソースに漬け込んだ物を用意して、夕食は終わった。
後片付けを満足げな冒険者達に任せて、トーアは顔を洗い建物の中に戻る。既に何人かが建物の中に戻っており、横になっているものも居た。既に座っているギルの隣にトーアは静かに腰掛ける。
「おいしかったよ」
「ありがとう」
ギルの囁く声に笑みを浮かべて小さく頷いた。
「……本当はフルーツソースじゃなくて醤油ベースのソースにしたかったけど……」
「まだ見たことないね……。米もないし」
「米があったらなんとか……自然に発生するのを待つことになるけどね」
ひそひそとギルと話す内容は、米とそれから作られる米麹、味噌、醤油の話題だった。コトリアナの食生活にも慣れてきたが、馴染み深い食材が恋しくもあった。
「ラズログリーンはこの国でも二番目に大きな都市だって話だし、もしかしたら……」
「ご飯、食べたいからね」
小さくギルは溜息をついて横になる。トーアもいつもよりは近い距離で寝転がり、鞄を枕に目をつぶる。おやすみと挨拶をするとギルの返事が僅かに緊張を含んでいる事に気が付いた。
――嫌だから緊張してるってわけじゃないみたい……。
薄目を開けてギルの様子を窺うと滅多に見ることがない照れた顔をしていることに気が付き、嬉しいようなほっとしたような気持ちで眠りについた。