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第一章 護衛依頼 7

 野菜炒めを盛った皿を手にトーアも台所を出て、広い部屋に戻る。部屋には入ったトーアはいつもとは違う雰囲気を感じ、不思議に思いながらギルの隣に座った。

 もう一度、あたりを見渡し違和感の正体に気が付く。だれも食事を始めておらず、皿に盛られた野菜炒めを眺めた後、互いに顔を見合わせるという行動を繰り返していた。


「……茶葉の使い方が予想外だったみたいだよ」

「……そういうこと」


 そっと耳打ちをしてくるギルの説明に納得して小さく頷く。今までお茶として飲むものだった茶葉を炒り、調味料として使ったというのはショックだったのかもしれない。

 トーアは手本を見せるように肉と野菜を一緒に口に入れて噛み締める。

 ホーンディアのジューシーだがやや臭みのある肉が茶葉の抜けるような香りにより、癖になるような味わいになっていた。

 本当は生の野菜を使って野菜の歯ごたえや旨味も楽しめるような野菜炒めにしたかったが、今の状況では高望みしすぎだとトーアは考えていた。


「ん、おいし」


 隣ではギルも食事を始め、頬を緩ませていた。

 固焼きパンを千切り、パンで野菜炒めをつまむようにして食べると様子を窺っていた冒険者達も恐る恐る食べ始める。

 口に含み一口噛んだ瞬間、目を見開き猛烈な勢いで野菜炒めを口に詰め込み始めた。

 その様子にトーアはほっとする。

 蒸しレドラのほうも目をつぶり、恐る恐るといった感じに食べており、口を押さえて目を大きく開けていた。


「どうですか?」

「焼いたやつは何度か食べた事あったけど……それとは違ってジューシーって言えばいいのかな……初めてな感じ」


 ヴォリベルと同じパーティのエルフの女性は驚きつつも綺麗にレドラを食べきる。

 朝食を終えた他の冒険者達も満足げな顔をして、腹をさすっていた。

 しばらく腹休めをした後、後片付けを済ませて出発の用意を整える。


「リトアリスさん、朝食ありがとうございます。まさか茶葉料理が食べれるとは思いませんでした」


 にこやかに話すジェリボルトの言葉にトーアはやっぱりあったかと思った。ジェリボルトの話では茶葉の産地で食べられる事が多く、また、生の茶葉を使う事から他では滅多に食べることがないらしい。


「ジェリボルトさんが用意した茶葉が質の良い物でしたので。お昼は残っているホーンディアの肉を使おうと……」

「それは是非」


 食い気味にうなずくジェリボルトにトーアは思わず笑ってしまう。様子を見ていたクリアンタ商店の御者や護衛は笑みを見せて話していた。


 アレリナに向けて野営地を出発したが、昨日と同じように長閑な時間が過ぎていく。今日の夕方にアレリナに到着するためか昨日よりも少しだけ移動の速度が速かった。


――……まさか、お昼を早く食べたいとか……。はは、まさかね。


 荷馬車を引く馬が疲労するためそのような事はないと思いながらも速度をあわせて移動する。

 お昼になるまで魔獣や盗賊などに出遭うことなく移動し、トーアはホーンディアの肉を使った料理を振舞った。メニューはあばら肉を骨付きのまま焼いたものと果物を焼いたもので、一度だけ振舞ったものである。

 トーアが考えていたよりも好評で特にヴォリベルは食べ終わった骨を休憩地を出発してからも咥えて齧っていた。


「そんなに美味しいの?」

「いや、なんというかやめられん」


 いつまでも骨を噛んでいるヴォリベルにオクトリアは呆れた表情をしており、ヴォリベルは結局、アレリナに到着するまで骨を齧っていた。


 日が傾き始めた頃、隊商はアレリナに到着する。

 トーアがエレハーレで暮らし始めた頃にゴブリンに襲撃を受けた村だが、今はそのような痕跡は残っていなかった。

 点在する建物はウィアッドにあったような一階建て平屋がほとんどだったが、牧草地は少なく逆に畑が多くあるようだった。

 村の中を進む途中、畜舎の近くを通ることがあったが、中からはトーアが知っている鶏よりも遥かに低い鳴き声が聞こえてくる。


――こんな鳴き声の鶏ってまさか……アレがアレリナの特産物ってことかなぁ。


 あの低い鳴き声の正体に思い当たるものがあったトーアは、デートンが言っていた『王都主街道の村や街はそれぞれ特色を出している』という説明を思い出していた。

 アレリナの中を進み、村の中心と思われる広場に到着する。

 広場の前にはウィアッドと同じ宿と思われる村で一番大きな建物があり、広場の近くには馬を休ませる為の馬小屋と荷馬車を止めておくための駐輪場があった。

 駐輪場に荷馬車が並んで止まり、ジェリボルトが御者席から最初に降りた。


「私はアレリナの村長に挨拶をしてきますので、後のことはお願いします」


 クリアンタ商店の護衛達のリーダーが、わかりましたと返事を返すとジェリボルトは宿へと向かって行った。その姿を見ながらトーアは乗っていた馬から降りた。


「馬に乗っていた者は先に馬小屋へ、荷馬車に乗っていた者は荷馬車から馬を外すのを手伝ってくれ」


 護衛のリーダー指示を受け、ヴォリベル達と共に手綱を引いて馬小屋へ移動する。


「とりあえず、鞍を外してやろう」


 ヴォリベルの言葉に頷いて、トーアは鞍を固定している器具に手を伸ばした。

 そこへ村の方から駆け寄ってくる人影に気がついた。


「ご苦労様でーす!」


 栗色の髪をおさげにした少女は元気よくトーア達に挨拶をしてくる。トーアはきょとんとしながらも挨拶を返した。

 少女はそのままトーアが撫でていた馬に近づき鼻先をなでる。馬も慌てる様子なく目をつぶり気持ち良さそうにしていた。


「リトアリス、彼女はこの村の厩務人代表だ」

「ヴォリベルさん、お久しぶりです!」


 後ろからかけられたヴォリベルの説明にトーアは視線を馬から少女に戻した。トーアの外見より少し年上に見えるくらいの年齢で代表なのかと感心する。


「あはは……生き物が好きなだけですよ。あ、そういえば、あなたは初めて会いますね」


 照れたように笑った少女はトーアに向き直る。トーアは姿勢を正した。


「私はリトアリス・フェリトールといいます」

「ヒリア・テトラスです。あなたがリトアリス・フェリトール?想像してたよりずっと若くて、可愛い!」


 笑顔のヒリアに抱きつかれトーアは目を白黒させる。ぎゅっと抱きしめられたまま、トーアはどうしようと近くのヴォリベルや他の冒険者に視線を向けた。


「ヒリア、すまんが後ろがつかえているんだが」

「あ、そうだったね。鞍を外した子は汗を拭いてあげて。それが済んだら手前から小屋に入れてあげて」


 あっさりとヒリアから解放されたトーアは、乗ってきた馬の汗を拭ってやり小屋へと連れて行った。

 その間に、荷馬車を引いていた馬達をゲイルが連れてくる。


「トーアの姉さん、こいつらは俺がやりますんで」

「ゲイル……姉さんはやめてってば。トーアでいいよ、トーアで」

「へ、へい!と、トーア、さん」


 頭を掻いたゲイルは少し迷ったあと、トーアの名前を呼んだがまだ呼び捨てには出来ないようだった。

 しょうがないかとトーアは小さく息をつくとゲイルは申し訳なさそうに小さく頭をさげた。


 最後の馬を馬小屋に移動させた後、トーアはギルやフィオン、護衛依頼を受けた冒険者たちと共に荷馬車の近くへと戻ってくる。

 ゲイルは馬の世話がしたいとヒリアと共に馬小屋に残っていた。

 厩務人代表であるヒリアとゲイルはすぐに打ち解けており、馬が好きなゲイルと生き物が好きなヒリアは通じるものがあるのかもしれなかった。

 トーアたちが荷馬車の近くに戻って来るとすでにジェリボルトが戻っており、トーア達の姿を見るとすぐに近くにやってくる。


「護衛依頼を受けた冒険者の方はこれから自由時間とします。宿で休まれても村の中を散策しても構いません。宿の部屋はパーティごとに用意してますので、部屋の鍵を宿の方で受け取ってください」


 それぞれ返事を返した後、護衛依頼を受けた冒険者達はそれぞれ宿へ向かって歩き出した。

 最後尾を歩いていたトーアは、宿の前で立ち止まり入り口にかけられた看板を見上げる。『アレリナの宿』と刻まれた看板の上には鶏のような鶏冠を持った生物と蹄鉄を意匠化したものが書き込まれていた。

 宿の中に入るとウィアッドの宿の食堂と同じ構造をしており、少しだけトーアを懐かしい気持ちにさせる。

 先に入った護衛依頼を受けた冒険者たちはフロントで宿帳に名前を書き込んでおり、トーアは最後に名前を書き込んだ。


「あなたが、ゴブリンを倒した、リトアリス・フェリトール?」

「あ、はい。そうです」


 トーアの書き込んだ名前を確認した壮年の女性に尋ねられ頷く。


「私がこういうのもなんだけど、色々と始末をつけてくれてありがとうね」

「い、いえ……」


 色々と思惑の末、結果的に巻き込まれたとは言えず、トーアは曖昧に笑っておいた。

 先に鍵を受け取っていたギルとフィオンと共に、部屋に向かうと四つのベッドが置かれた相部屋でベッドの下には鍵付きのチェストが置かれていた。

 壁の近くには男性と女性が使う事を想定しているためか、いくつかの衝立があった。


「どうかしたんですかい?」

「あ、いや、実は相部屋って初めてで」


 初めての相部屋にトーアが固まっていると後ろからゲイルがやってくる。


「昨日の雑魚寝とそんなに変わんないすよ。一応、衝立もありやすし、湯を浴びる時は食堂にいやす。……覗こうだなんてこれっぽちも考えていやせんよ!」


 ギルの突き刺さるような視線にゲイルは手を上に上げて物凄い速さで顔を横に振っていた。


「なら、こっちは私とフィオンで使って真ん中に衝立を置く形でいいかな?」


 一方の壁際を歩きながら提案すると三人は頷いた。

 衝立を移動させて壁を作った後、チェストに鞄を入れてトーアはアレリナの村を散策することにする。

 ギルはトーアと共に行くため用意を整えており、ゲイルは食堂へ、フィオンは部屋で休むとベッドに寝転がっていた。


「なら、行って来るね」

「うん。いってらっしゃい。何か面白いものあったら教えてね」


 寝転がったまま手を振るフィオンに手を振り返して、ギルと共に部屋を出る。


 宿を出発した後、ギルと共に村の中を歩き、柵に囲まれた中に大きな鶏が地面を突いているのを見つける。

 ごっ、ごっと濁った鶏の鳴き声を上げており、かなりの迫力があった。


「やっぱり、キングコッコーなのかな」

「恐らくね。こっちではどんな風に呼ばれているかはわからないけど」


 トーアとギルの会話に何を思ったのか、もっとも近くに居た大きな鶏、CWOではキングコッコーと呼ばれる生き物が顔を向けてくる。

 羽先や尾羽は個体差があり色とりどりだが、鶏冠は赤く、胴体の羽色は白、そして、大きさが七面鳥並みの鶏である。

 ホワイトカウと同じくCWOでも同じようなモンスターがおり家畜化されていた。

 生み出す卵は大人の握りこぶし二つ分になるほど大きく、味は濃い。肉も申し分なく単純に焼くだけでも美味。骨から煮出す出汁はあっさりとしていながらも力強い風味がある。

 羽は飾りや矢羽に使われるほど強靭なものから、寝具に使えるほど柔らかなものまで一羽から獲ることができる。

 唯一の問題としては非常に好戦的かつ獰猛な性格なことだった。


「ゴォゲェエェェェッッッ!!」


 低く響くような鳴き声を上げてトーアを威嚇してくるキングコッコー。

 下手に手を伸ばそうものなら、鋭いくちばしで突かれ、強靭な足腰で飛び上がり、鋭い爪で怪我を負う。


「…………」

「コケッ……」


 無言でトーアはキングコッコーに殺気を浴びせ威圧する。

 唯一の弱点は上下関係をわからせると途端に従順になることで、トーアのように威圧するのが手っ取り早い方法だった。

 その容姿からCWOではイベントモンスターとなることも多く、イースターイベントの際には黄金の冠を被ったキングコッコーが現れたりもしていた。

 先ほど威圧されたキングコッコーはぴくりとも動いておらず、トーアはCWOで触れたふわふわの羽毛を思い出して撫でようと手を伸ばす。


「ストーップ!指がちょんぎれるよ!」

「あ、ヒリアさん」


 村の道を走り大きな声を上げたヒリアにトーアは手を引っ込める。だがキングコッコーの様子をみてぽかんとした表情を見せた。


「あれ?コッコさん、おとなしいね」


 ヒリアの姿を見たキングコッコーはどこかほっとしたように脱力し、ゴッ、ゴッ、と低い鳴き声を上げながらトーア達から離れて行った。


「ヒリアさん、あの生き物の名前はなんていうんですか?」

「ん?あ、リトアリスちゃんはコッコさんは初めて?ここら辺の人はコッコとかコッコーとか呼んでるよ」


 特に差はないらしいと思いながら、なるほどとトーアは頷いておいた。

 キングコッコー改めコッコは遠巻きにトーア達の様子を窺っていた。

 だが警戒した様子はなく、ヒリアの姿を見ようという風に感じられる。だが見知らぬトーアとギルの姿に警戒しているためか近づいてこないらしい。

 トーアはヒリアとコッコの様子を見ながら、ヒリアのアビリティ【獣師】の高さに感心していた。

 【獣師】はモンスターを調教する事で共に戦ったり、その能力を引き出す事が出来るアビリティで、他には家畜化したモンスターの調子を整えたりといった使われ方をしていた。

 ヒリアが元々、生き物が好きということもあるかもしれないが、ヒリアの姿を見ようとしたり、近くに居るだけで非常にリラックスした様子を見せていたのをトーアは馬小屋で見ていた。


「ヒリアさんはコッコたちに信頼されてるみたいですね」

「んー……よく言われるけど、私は普通にしてるだけなんだ」


 照れたように笑うヒリアにトーアはギルと共に釣られて笑った。

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