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第一章 護衛依頼 6

 パーソナルブックを手に現したトーアは、ページを捲りレシピを開き、調理を始める。

 片方の鍋にだけ干し肉と干し魚を刻んだ物をいれ、乾燥野菜や干しきのこ、根菜はどちらのなべにも入れた。調理としてはこれだけで完成していたが、トーアはあるものを作り始める。

 乾燥させたガラズの爪を包丁の背で叩いて砕き、更に細かく切り刻む。一山くらいの量が出来たところで小鉢に入れて小さいスプーンを添えた。


――これで効果が出ればいいけど。


 トーアが作ったのはCWOで付加調味料と呼ばれるアイテムで、料理に辛味を与え、程度が低く効果は短いが耐寒性のステータス補正を与える。

 コトリアナの世界に同じようなものがあるかどうかは不明だが、塩味と野菜の甘みだけのスープに辛味というアクセントを与えるだけでもいいだろうと作成した。


「よし、出来た」


 味を確認したトーアは今か今かと待っている面々に声をかける。護衛依頼を受けた冒険者の一人にジェリボルトに声をかけてきてもらう事を頼み、集まり始めた面々に作った料理の説明を始めた。


「こちらの大きな鍋には、干し肉、干し魚、乾燥野菜や干しきのこ、根菜を入れたスープです。こっちの鍋には干し肉と干し魚を抜いてある野菜だけのスープになります。肉や魚が食べれない人はこちらか、小さい鍋の果実鍋を用意しました。デザート代わりにもどうぞ」


 説明が終わるとトーアの料理を食べた事のある護衛依頼を受けた冒険者達は、自前の食器や建物にある食器を手に並び始める。

 ちょうど姿をみせたジェリボルトたち、クリアンタ商店の面々はその様子に顔を見合わせながらも、並び始めた冒険者達の後ろに列を作った。


「リトアリス、これは?」

「あ、説明を忘れてました。これはガラズの爪を細かくしたものです。スープにアクセントとして辛味がほしい人はかけてください。乾燥させたものをそのまま使っていますので、かけすぎには注意してくださいね」


 鍋の近くに置いた小鉢を掲げながらトーアは追加で説明する。

 トーアの説明を聞いたヴォリベルは、ふむと少し考えたあと、手にしたスープに少しだけかけていた。

 スープを手にした冒険者達は、思い思いの場所でスープと固焼きパンを食べ始める。


「んん~!またこの鍋が食べれるなんて……【調理】のアビリティ……練習しようかなぁ」


 ヴォリベルと同じパーティのオクトリアは目を細めながら、果物鍋を堪能していた。

 トーアの料理を初めて食べたゲイルは、一口食べるごとに、マジか、すげぇ、うぉぉぉぉ!?と騒がしかった。


「はぁぁ~……テイトの実がほくほくでおいひぃ……」


 フィオンははふはふと熱を逃がしながら、テイトの実を歯で崩しているようだった。ギルは、ガラズの爪の粉末を多めにかけて辛味を効かせた状態のスープを口に運んでいる。

 干し肉の塩味と脂の甘み、干し魚の出汁、そして乾燥野菜や根菜の優しい甘み、そして、その後にガラズの爪の焼けるような辛味が口内に広がり、ほぅと息をつく。日が沈み少しずつ寒さを感じる温度になっていたが、身体の中から温まってくる気がする。

 しっかりと煮込んだテイトの実はスプーンで崩れるほど柔らかく、口に運べばほろほろと崩れた。


「ん、おいし……」


 思わず呟きつつ、固焼きパンとともにスープを食べる。

 そして、クリアンタ商店のジェリボルトや護衛をしている面々もトーアのスープに目を丸くながらも黙々と口に運び、次々におかわりをしていた。


 食後、護衛依頼を受けた冒険者達は声を潜めながらもにこやかに話しながら、後片付けを進めている。その様子を横目にパーソナルブックを開いたトーアは、耐寒の効果が発生している事を確認した。

 実験は成功と思いながら、パーソナルブックを閉じる。

 建物の裏の井戸の近くで歯を磨いた後、一通りの形をこなしてから建物に戻った。

 形をしているときに視線を感じたものの声をかけられる事はなく、建物に戻った後には視線が向けられることはなかった。

 建物の中ではすでに寝息を立てている冒険者も居り、雑魚寝状態になっている。

 ゲイルやフィオンも既に横になっており、ギルだけはトーアを待っていたのか上半身を起こしていた。

 毛布を用意してトーアはギルの隣に腰掛ける。ギルが横になったのを見てトーアも横になるが、いつもより少しだけギルとの距離を縮める。


――とりあえず、今はこれが精一杯というか……。


 少しだけ距離を縮めようと考えた方法が結局これだった。向かい合ったギルの少し驚いた表情に恥ずかしくなり、僅かに視線をそらす。


「おやすみ、ギル」

「……おやすみ、トーア」


 挨拶を交わしてすぐにトーアは目を閉じる。

 いつもよりも近くに感じるギルの息遣いと鼓動に少しドキドキしていたトーアだったが、妙に落ち着きすぐに眠りについていた。


 トーアの寝息が聞こえ始めた頃、ギルは静かにゆっくりと長く息を吐いた。突然のトーアの行動に驚き、おやすみと言う声が辛うじて震えないように気を使うだけで精一杯になっていた。いまは何とか落ち着きを取り戻し、思考を纏めようとしていた。


――いきなり、何で!?いや、いや、嬉しくない訳じゃないけど……それにしても、こんな無防備に寝顔を見せて……


 腕を伸ばせば抱き寄せられるほど近い距離で無防備で眠るトーアの顔を眺めていたギルは、無意識に伸びた手がトーアの頬に触れる前で理性を総動員してなんとか止め、手を握り締める。

 静かに深く息を吐き、寝ようと目をつぶった。

 が、余計に息遣いを感じることになり、目を開ける。目を開けると無防備なトーアの顔が近くにあり、触れたいという衝動と戦うことになった。かと言って視線を逸らすのが難しいほど近く、背を向けて寝るのは勿体無いような気がする。

 ギルは一度目をつぶり煩悶したあと、眠くなるまで寝顔を観察することに決めた。




 翌日の早朝、目を覚ましたトーアが半ば寝ぼけながらまぶたを開くと、寝息を立てるギルの顔が間近にあり声を出しそうになる。


――こ、こんなに近かったっけ……?


 暗かったため距離感が測れなかったかなと思いながら静かに起き上がった。荷物を確認して建物から出る。

 丁度、朝日が昇り始めた時間で、隊商が出発するまで時間がありそうだった。

 装備を確認しているとクリアンタ商店の護衛のリーダー格の男性がトーアに気がつき、荷馬車の傍からこちらへやってくる。


「おはよう」

「おはようございます」

「こんな朝早くからどうしたんだ?」

「朝とお昼用の魔獣を狩りに行こうかと。すぐに戻ります」


 トーアがそう説明するとリーダー格の男性は少し待ってくれと言い、護衛をしている他の護衛に声をかけた後、再びトーアの元に戻ってくる。


「念のため同行させてもらう。リトアリスの腕前は噂程度には聞いているがな」

「わかりました。静かについてきてください」


 これも護衛としての安全確保のためだろうと思い、後ろめたいことがないトーアは素直に頷いた。

 すぐに森へ入り、気配を探り痕跡を見つけながら進んで行く。途中、見つけた果物を採取しつつ、まだ角が小さいホーンディアを見つける。男性にここで静かに待つように言って、トーアは近くの木を登り、ホーンディアへと近づいた。

 草を食むホーンディアの頭上に到着する。音を立てないように剣を抜き、倒れこむようにして木の上から宙へ躍り出た。

 トーアに気が付いたホーンディアは顔を上に向ける。

 剣を一閃し音もなく着地したトーアは、ホーンディアの首が静かに落ちるのを視界の横で確認し満足げに笑みを浮かべる。立ち上がり剣の血を払い鞘に納めた後、ホーンディアの血抜きの用意を始めた。


「いや、見事なものだ」

「ありがとうございます」


 草むらを掻き分けてやって来た護衛の男性は切り落とされたホーンディアの切断面を眺めながらしみじみと呟いていた。

 血抜きが済むまで待ちながら、軽食として途中で採ったレドラを男性に差し出す。


「すまんな。夜食のスープ、うまかった。最後の一杯は取り合いになってな」

「よかったです。朝食も頑張りますね」


 血抜きが大体終わった頃を見計らい、手早くホーンディアを解体する。野営地に戻ったらすぐに調理を始めようと解体が終わった後は、男性を急かして野営地へ真っ直ぐに向かった。


 野営地に到着するとジェリボルトが幌馬車から降りて、大きく伸びをしているところだった。


「ああ、おはようございます、リトアリスさん。狩りにでかけたそうですが、どうでしたか?」

「うまくホーンディアを狩ることができたので、朝食も同じように作ろうと思っているんですが……護衛の方の朝食は用意しますか?」


 挨拶を返してジェリボルトに尋ねると、それとなく聞き耳を立てていたらしいクリアンタ商店の護衛の面々は顔を見せて頼むと声を揃えて言った。


「……ははは、ということです。お願いします」


 開きかけていた口を苦笑いに変えたジェリボルトに笑みを返してトーアは裏口から調理場へと入る。手の空いていたクリアンタ商店の護衛の人に食材を運び込んで貰い、さっそくパーソナルブックを手に現した。

 食材を確認しながらレシピを捲り作る料理を決めた後、かまどに底が丸い中華鍋のような鍋を棚から出してまだ火を入れていない竈にかけた。

 昨日使った寸胴鍋に水を入れて乾燥野菜を放り込んでもどしはじめ、ジェリボルトから貰った食材の中から木箱一杯のレドラを手に取る。包丁を使って芯を器用に取り除く。深めの鍋に水を少しだけ注ぎ皿を中に入れ、そこに芯を取り除いたレドラを並べる。

 蓋を閉じたトーアはレドラの入った鍋をそっと竈にかけて火をつけた。

 鍋を竈にかけた後、ホーンディアのバラ肉から余分な脂身部分を切り取り、薄切りにしていく。一つの塊を全て薄切りにし、寸胴に入れておいた乾燥野菜の戻り具合を確認する。


「肉はよし。野菜は……もうちょっとかな」


 乾燥野菜はまだ芯が残っており、お湯でもどすべきだったかなと思う。ジェリボルトから受け取った食料の中に、昨日の昼に飲んだ茶葉を見つけたトーアは少し考えた後、小さいフライパンを棚から取り出して竈に火を入れる。

 茶葉を一掴み熱したフライパンに入れて、焦げ付かないように常に手を動かして炒る。

 お茶として入れたときよりも濃い香りにうまくいきそうだと小さく頷いた。


「おはよう、トーア」

「あ、おはよう」


 お茶の香りで目が覚めたのかギルが調理場に姿を見せる。


「この香りは……昨日のお茶?」


 頷いて炒ったお茶を底の浅い鍋に入れて、棒ですりつぶしていく。トーアの行動にギルは不思議そうな顔をしていた。


「朝御飯作っちゃってるけど、食べる?」


 視線を茶葉からギルの居る入り口に向ける。


「おう、頼むぜ!」


 入り口にはギル以外にもヴォリベルや他の冒険者達が顔を覗かせていた。


「は、ははは……わかりました」


 苦笑いを浮かべていたギルの顔を見て笑い出したトーアは、中華鍋を竈にかけて薪をくべる。

 中華鍋を十分に熱して、切り取った脂身を鍋に入れる。音を立てて脂身から油が染み出し、木のお玉を使って鍋の表面に伸ばしていく。

 そのたびにじゅぅじゅぅと肉の焼ける音が響き、身だしなみを整えていたヴォリベルやゲイル、冒険者達がちらちらと顔を覗かせて様子を窺っていた。

 塩と胡椒のような辛味を持った調味料を振りかけたあと、もどした乾燥野菜を水気をよく切ってから中華鍋に入れる。

 そして、鍋を振り野菜と肉を宙に踊らせて鍋で受け止め、不要な水気を飛ばしていった。様子を見ていた冒険者達からおぉという声が上がる。


「そろそろできるので、お皿用意してくださいね」


 おうと返事を返した面々は手に皿を持ち列を作り始めた。

 味を調えた後、仕上げに炒って砕いた茶葉を少量振りかける。それを見ていた冒険者達が一瞬、ざわつくがトーアは気にせずに鍋を振り、混ぜ合わせた。


「できたので食べたい人はこっちにきてください」


 鍋を振ってお玉に一人分の野菜炒めを乗せる。

 列の一番最初の男性は少し戸惑ったような顔をしていたが、意を決したように皿を差し出した。クリアンタ商店の荷馬車の護衛は両手に皿を持って並んでおり、数人は護衛として残っているようだった。

 次々に野菜炒めを皿に載せていくうちに、トーアの分を残して野菜炒めはなくなる。

 中華鍋をかまどの上に戻したところで視線を感じ、不思議に思いながら顔を向けた。


「…………」

「あ……」


 生臭物を食べれない種族の冒険者が『私達には何かあるの?』という期待の篭った目をして、トーアを見ていた。


「はい、ありますので、こちらへどうぞ」


 最初に竈にかけておいた鍋の蓋を取ると甘酸っぱいレドラの匂いが辺りに広がる。


「リトアリスさん、これは?」

「蒸しレドラです」


 お玉とフォークで柔らかくなったレドラをそっと取り出してお皿に乗せる。

 単純に蒸しただけのレドラだが『蒸す』という調理方法が珍しいのか不思議そうな顔をしていた。

 今回トーアが作ったのは『ホーンディアの野菜炒め 茶葉風味』、『蒸しレドラ』の二つ。

 トーアも用意した皿に最後の野菜炒めを盛り付けた。

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