第一章 護衛依頼 5
翌朝、トーアたちは早めの朝食を終えて、出発の準備を整える。
ベルガルムからは焼き締めた固焼きパンを受け取り、トーアは部屋の鍵を差し出した。
「ベルガルム、色々とありがとう」
「おう。俺もトーアに色々と稼がせてもらったからな」
トーアが差し出した部屋の鍵を受け取ったベルガルムは笑みを浮かべる。
「ベルガルムさん、ありがとうございました」
「おう。フィオンの嬢ちゃんもがんばれよ」
「短い間だったけど、お世話になりました」
「ギル、トーアのこと頼んだぜ。何かあったとき、お前くらいしか止められねぇんだから」
ギルの肩をベルガルムが頼み込むように何度か叩いていた。ギルは苦笑いを浮かべており何故か頷いていた。
どういうことだとトーアは唇を尖らせるが、今までのことを考えれば仕方ないかと反省する。
ゲイルは先に外に出ており、ベルガルムとトリアに別れの挨拶をしてトーアはギルとフィオンとともに夕凪の宿を出発した。
朝の早い時間だったがすでに冒険者達が用意を整えてギルドへと向かう姿があった。
その中を少しだけ違う方向へ進み、ギルドの前を通りクリアンタ商店へと向かう。そして、真っ直ぐに店の裏へと移動する。トーアが最初にエレハーレに降りたった場所から再び発つこととになった。
少しだけ感慨深いものを感じながら、トーアは用意の整った荷馬車に近づいた。
「おはようございます」
荷馬車の近くに立ち旅装を調えたジェリボルトがトーア達に気が付いて小走りにやってくる。挨拶を交わした後、ジェリボルトの紹介で他の護衛依頼を受けた冒険者達と顔合わせをすることになった。
「リトアリス、久しぶりだな」
その中でも目立つ風貌の人物が笑みを見せながら近づいてくる。
「ヴォリベルさん?お久しぶりです」
「お前の噂は聞いているぞ。ますます武器の製造依頼を出したいところだ」
やや硬い獣毛に覆われ硬くなった肉球がある手で頭を撫でられ、トーアは照れくさそうにはにかんだ。ヴォリベルの後ろには同じパーティのガーランド、オクトリア、ペフィメルが手を振っておりトーアは会釈を返した。もう一つのパーティもトーアが一人で『小鬼の洞窟』に行った時に夕食を振舞ったパーティだった。
「トーア、その人達は?」
やや警戒を含んだギルの声にトーアは振り返り、一人で『小鬼の洞窟』に行ったときに出会った冒険者のパーティだと説明する。
「ヴォリベル・ガララレドという。その風貌……貴公はギルビット・アルトランか?」
ヴォリベルの言葉に面くらいながら頷くとヴォリベルはどこか嬉しそうな顔を見せた。
「灰鋭石の硬剣の一件で見せた剣技の噂は聞いているぞ。今回はよろしく頼む」
ヴォリベルが差し出した手をギルは笑みを見せて握り返す。
「ところで、どうしてあいつが居るんだ?」
ヴォリベルの視線がゲイルに向けられる。ヴォリベルのパーティである三名もまた訝しげな表情を浮かべていた。
ゲイルがトーアに模擬戦を挑み、逃げるように去って行ったことを知っているのに思い至ったトーアはどう説明したものかと思いながらも素直に話すことにした。
「ゲイルはいま私たちのパーティに参加しているんです」
「……ほう」
ヴォリベルの目が細められ肉食獣じみて鋭く獰猛で、何か言いたげな視線がゲイルに向けられる。その途端、ゲイルは頭を下げた。
「あれは俺が言い出したことっす、許されているとは思っちゃいやせんが、それでも、それでも俺はぁ目指すものがあるんす」
「……ふん。まぁ、外野である俺達がとやかくいう事柄ではないからな」
ヴォリベルの視線がトーアへと戻り、本当にいいのかと小さく尋ねてくる。それにトーアは小さく頷いた。
「……そうか。ジェリボルトの方の用意もそろそろいい頃合だろう」
ヴォリベルが言い終わるのと同時にジェリボルトが声を上げて護衛依頼を受けた冒険者達を呼び集める。
ほらなと肩をすくめて見せるヴォリベルにトーアは頷いた。
ヴォリベルがトーア達のパーティが臨時で護衛依頼を受けたことを説明すると、冒険者達からは思い思いの気の抜けた返事があがる。
護衛依頼を受けたのはトーア達、四人のパーティを含む計十二名だけのようだった。
商店の裏に用意された馬車は、大型の幌馬車が二台、商品と思われる木箱を満載し、上から布をかけて固定した四輪の荷馬車が三台の計五台が準備を整えて出発を待っている。
護衛が十二人では少ないのではとトーアは少し不思議に思っていると、先頭の幌馬車の近くにほぼ同じデザインの装備を身につけた男女が集まっているのに気が付いた。人数は護衛依頼を受けた冒険者と同じ程度で、すぐに幌馬車に乗り込み始める。
「あっちはクリアンタ商店所属の護衛なんだ。夜に商品を護衛するため、日が出ているときは幌馬車で待機してるんだ」
ガーランドがトーアが不思議そうにしているのに気が付いてそれとなく説明してくれる。トーア達、護衛依頼を受けた冒険者達は、だれが最初に馬に乗るかの相談を始めていた。
三つのパーティがあるため、すんなりと二頭ずつ馬を割り振りパーティ内で交代で乗ることに決まる。
トーア達のパーティはトーアとギルが練習を兼ねて最初に乗ることになった。
「うー……ごめんね、トーアちゃん、ギルさん」
「いいよ、流石に乗れないフィオンを無理やり乗せるわけにも行かないし、二人で乗って教えてもいいけど、馬の疲労もあるからね」
しょんぼりとするフィオンの肩を軽く叩き、機会があったら乗馬の練習をしようと約束する。
それぞれの準備が整い、ジェリボルトを御者としたクリアンタ商店所属の護衛が乗った幌馬車を先頭に三台の荷馬車が続き、ゲイルやフィオンといった護衛依頼を受けた冒険者達が乗る幌馬車を最後尾にして王都主街道に出る。
トーアやギルのような馬に乗った面々は、一台目、三台目、五台目の馬車と併走するように馬を操り、移動を開始した。
馬の操作に始めは少し戸惑ったトーアだったが、すぐに勘を取り戻す。ギルはトーアよりも早くに勘を取り戻したのか、馬と共にリラックスした様子で道を進んでいた。
エレハーレの街を出て王都主街道を北向きに移動を開始し、その頃には日が昇り始めていたが日差しは柔らかく風も穏やかだった。魔物や魔獣の気配はなく、トーアは長閑な旅路と欠伸をかみ殺した。
途中、昼食のために街道脇に広がる草原に荷馬車を止める。
ギル達や他の護衛依頼を受けた冒険者達が馬達を休ませる傍らでトーアはフィオンと共に先に昼食の用意を始めた。
焚き火の跡がある場所に簡易竈を作り、鍋に【湧き水】で作り出した水を入れてお湯を沸かし始める。
「リトアリス、何か作るのか?」
「あ、えーっと……」
とりあえずお茶でも入れようかと思っていたので、料理と言われてトーアは考えてしまう。ここまでの道のりでは魔獣の類は現れなかったため、昼食に一品追加するということも難しい。ギルのチェストゲートには未加工のモノが入っているが、それを調理するのには色々と説明が必要だった。
「いえ、途中、魔獣も狩れませんでしたし……」
「そうか、それもそうだな……弁当もあるしな」
がっくりと肩を落としたヴォリベルが去って行くほうを見ると、すでにそれぞれが過ごしていた宿で作ってもらった弁当を広げ、口に運ぶ冒険者達の姿がある。トーアの視線に気が付いたのか、気にしていないという風に手をふっていた。
期待を裏切ってしまったのだろうかと若干、ショックを受けるトーア。だが食材がなけれはどうする事もできない。
――今から狩りに行く?いや、流石に狩って解体して調理となると時間がかかる……ギルに言ってこっそりチェストゲートの魔獣を受け取るとか……。いやあっちも結局、血抜きと解体が必要だし……。
火にかけた鍋に視線を向けながら考えこんでいると、近くにギルがやってくる。
「トーア、今は仕方ないよ」
「ぅ、あ、うん、はい……そ、そうだよね」
呆れたようなギルに図星を突かれ動揺しながらもトーアは頷いた。
今は仕方ないかと思い、ベルガルム手製のお弁当を食べ始める。パンに焼いた肉や野菜を挟んだ簡素だがボリュームのあるサンドイッチで、なかなか食べ応えのあるものだった。
昼食の後はジェリボルトが差し入れた茶葉でトーアがお茶を入れ、希望者に振舞う。ジェリボルトの用意した茶葉は中々の良品であったため、味がよいだけでなく一時的に抗睡眠の効果が発生していた。
充分に休憩を取ったあと、ジェリボルトの号令で一日目の野営地を目指して出発する。
トーアは再び馬に乗りながら、魔獣でも出れば夕食のおかずになるかもしれないと考え、あたりの気配を探っていた。
途中でギルと交代し幌馬車に乗った後も、後ろの景色を眺めながら気配を探り続けたが魔獣の類は現れなかった。
夕日があたりを染める頃、何事もなく野営地に到着したトーアは小さく溜息をついていた。
――まぁ……野菜スープでも作ればいいかなぁ。
野営地には、異界迷宮の傍にある建物と同じ造りの建物があり、内装もほぼ同じようだった。
奥の台所には複数の竈と食器、大小さまざまななべが用意されている。鞄を下ろしたトーアは早速台所へ向かった。
「何か作るのか?」
台所に入ったトーアの後を追ってやってきたヴォリベルの言葉にトーアはこめかみを掻きつつ、ぎこちなく頷いた。
「野菜スープくらいですけど」
「あるだけ最高だ。日中は暖かいが夜はまだ冷えるからな。俺達の分も頼めるか?」
前と同じ条件であればとトーアが言うともちろんだとヴォリベルは頷いた。
もう一つのパーティも様子を窺っていたためか、すぐに乾燥野菜や干し肉、干し魚と言った保存食を台所に持ってくる。
今回はトーアだけで調理が出来る作業量なので、鍋を竈にかけつつ乾燥野菜や干し肉の用意を始めようとするとジェリボルトが姿を見せる。
「リトアリスさん、少しよろしいでしょうか。スープを作ると聞いたのですが……夜食の分を含めて少し多めに作ってもらう事をお願いできるでしょうか」
「えっと……」
トーアが料理を作る際のスタンスを説明しようと口を開くが、護衛の依頼主であるジェリボルトにも同じ条件を提示すべきか少しだけ迷う。
「リトアリスに飯を頼む時は、食材の提供と料理の手伝い、もしくは雑用をするのが決まりだぜ?」
トーアの様子に気が付いたのか、ヴォリベルとは別のパーティの冒険者が異界迷宮『小鬼の洞窟』での話をかいつまんで説明する。
その説明を聞いたジェリボルトは少し考えた様子をみせ、すぐに顔をトーアに向けた。
「食材の提供については問題ありません。ですが、手伝いの方となると少し難しいです。ですのでヴォリベルさん達のパーティの分など夜食分を含めた食材を提供しますので、手伝いの方を免除していただけないでしょうか」
「うーん……調理する分には構いません。ですが手伝い云々については、ヴォリベルさん達と交渉してください」
ジェリボルトの視線がヴォリベルたちに移る。顔を見合わせたヴォリベルたちだったが、二言、三言、話し合った後、ジェリボルトの提案を受け入れることにしたようだった。
「では、リトアリスさん少しお待ちください、食材を持ってきますので」
意外なところから食材の提供を受けたので、集まった保存食をヴォリベルたちに返す。全員に返し終わったところでジェリボルトが干し肉の塊と乾燥野菜、ドライフルーツ、干し魚、日持ちの良い根菜を、クリアンタ商店の護衛と一緒に運んでくる。分量も夜食の分も含めて用意されていた。
クリアンタ商店の護衛はちらりとトーアに視線を向けていたが、ジェリボルトが台所から出て行くのについて出て行った。