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第一章 護衛依頼 4

 フィオンの案内で迷うことなくクリアンタ商店に到着する。

 エレハーレに到着した時には店舗側に行ってはいないため、少しだけ新鮮だった。

 店に入ると店員の一人が近づいてくる。


「隊商の護衛依頼を受けたリトアリスなんですが」

「ああ、お話は聞いております。担当の者を呼びますのでそれまでこちらへどうぞ」


 店員に案内されたのは店の奥にある商談用と思われる部屋で、置かれている調度品は派手さはないものの品の良いものが揃えられていた。トーアとギル、フィオンは勧められたソファーに腰掛けるが、ゲイルはやや緊張した様子で腰を下ろす。

 紅茶のようなお茶が運ばれてしばらくしたあと部屋のドアが開いた。


「リトアリスさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです、ジェリボルトさん」


 トーアは立ち上がり部屋に入ってきた男性、ジェリボルト・アーフェンナと握手を交わす。

 ウィアッドからエレハーレに向かう際に乗せて貰った隊商のリーダーで指名依頼の依頼主でもある。別れ際にセールストークを受けたことを思い出し、一度もクリアンタ商店を利用してないことに気が付いた。

 握手を交わしたジェリボルトに悪いなと思いつつ、ジェリボルトに勧められて再びソファーに腰掛ける。

 そして、初めて顔を合わせたであろう、ギル、ゲイル、そして改めてという形でフィオンが自己紹介をしていた。


「突然の依頼でしたが、受けて下さるということでよろしいのでしょうか」

「エレハーレからラズログリーンまでの隊商の依頼ということでなら依頼をお受けします」

「その点については変わりありません。一つ訂正があるとすれば、隊商の護衛ではなく、商品移送の護衛となります。今回の依頼は少し特殊な事情がありまして」

「特殊な事情、ですか」


 頷いたジェリボルトは、この依頼を出した経緯を話し始める。

 ジェリボルトは本来、王都主街道を回る隊商のリーダーが本来の業務である。隊商と商品移送の差は露店を開くかのどうかだけであり、街や村を回るという事に関しては変わりがない。

 隊商としてラズログリーンからエレハーレに到着した際、別の商品移送を主とするチームに問題が発生しており、その解決のためにトーア達のパーティに依頼を出したということだった。

 商品移送を行う際にも隊商と同じようにラズログリーンから王都までの長い期間での護衛依頼をギルドを通して出しており、主に顔なじみの冒険者達を指名して依頼していた。

 だが、いつも依頼を出すあるパーティの一人が怪我により依頼を続行することが難しくなったらしい。


「そのパーティは大丈夫なんですか?」

「はい。怪我自体は治るものだったのですが、こちらには商品の期限というものがあります。怪我が治るのを待つことはできませんでした。そこで臨時で別のパーティを雇うことになったのです」


 王都にて臨時で雇ったパーティはクラン『誉の剣』に所属する冒険者達。だが、そのパーティもエレハーレに到着後、突然契約を一方的に打ち切り、エレハーレを去って行ったという話だった。

 『誉の剣』と聞いてトーアは僅かに顔をしかめる。クラン『誉の剣』はポリラータが所属していたクランの名前で、また迷惑をかけているのかと思った。


「ギルドへ報告したんですか?」

「それは……報告はしましたが、違約金が多く支払われクリアンタ商店としてはこれ以上、事を荒げるつもりはないのです」


 やや苦々しい顔を見せるジェリボルトにトーアは口止め料という事ということや商店としての面子もあるのかもしれないと感じる。


「だけどよ『誉の剣』の評価を知っていればそんな重要な依頼、出す事はないと思うぜ」

「ゲイル、どういうこと?」

「あ、そいつはぁ……なんというか……」


 微妙な表情をしていたゲイルはどこかばつが悪そうに『誉の剣』について話を始める。

 クラン『誉の剣』は貴族の子息、子女のみが所属を許される。

 設立は数人の貴族の子息が『民を守るのは貴族の務め』という崇高な思想の元で集まったパーティが母体と言われている。最初は貴族の坊ちゃんたちのお遊びと言われていたが、貴族がやらないような地味な依頼をこなして着実に信頼を重ねた。

 しかし、所属する子息達のギルドランクが上がるのと同じく、新たに参加する貴族の子息や子女達の数が膨れ上がり、クランとなってから次第に当初の思想が歪み、変質を始めたらしいとゲイルは語る。


「実家じゃ見向きもされない三男坊やそれ以下の坊ちゃん、政治の駒にも使えないような嬢ちゃんたちの逃げ場になっていったそうらしいっす」


 そのような逃げ場として参加した者達もクランの掲げた『貴族の義務』に共感し、貴族としてではなく冒険者として名を上げるものも確かに居た。だが横暴な態度を取り、逆にクラン『誉の剣』の名に泥を塗るような者達も存在していた。

 その結果、市民や他の冒険者達からの評価は、崇高な貴族の義務を体現するような礼節正しい冒険者、その一方で横暴で依頼を途中で投げ出すだけではなく報酬の額に納得せずに騒ぎ立てる冒険者と、完全に二分されていた。

 今ではクラン『誉の剣』に仕事を依頼、または一緒に仕事をすることはそれ自体が『運試し』と言われるようになっている。

 クラン『誉の剣』もこの状況をどうにかしようとしているらしいが、状況の改善には至っていないらしい。


「……ってことなんす」


 ゲイルの説明を聞いたトーアは、ポリラータの例を見ているためなんて微妙なという感想を抱いた。そのような運試しと揶揄されるほどのクランに依頼を出したジェリボルトにはどんな事情があったのかと視線を向ける。


「そのような評価は私どもクリアンタ商店でも重々承知しており……正直な話ですが、依頼を出すことをやめるべきではという意見もあったそうです。ですが熱心に売り込まれた事と、貴族の方とも取引がある手前、売込みを断る事も、一方的にクエストをやめられたとしても、ギルドに強く言うのは難しいのです」


 悔しげな表情を見せるジェリボルトにトーアは板ばさみなんだろうなと少し同情する。だがそれが『誉の剣』を助長させているのだろうとも思った。そのお陰で依頼が回ってきた事を考えると、微妙な顔をせざるを得なかった。


「とりあえず、ジェリボルトさん……クリアンタ商店としての事情は理解しました。その『誉の剣』のパーティの穴を埋めるという形で私達に依頼が来たという事でよろしいですか?」

「はい。一時的に商品移送のリーダーを私が務めますので、私と一緒にラズログリーンまでの護衛をお願いします」


 トーアは頷いて、依頼について詰めていく。

 もともと『誉の剣』のパーティに依頼していた王都からラズログリーンまでの護衛をトーア達のパーティで補完する形の依頼であるため、それ以上、依頼による拘束はないという話だった。


「リトアリスさん達がお望みであれば護衛依頼として正式な依頼を致しますが……」

「いえ、実は拠点をラズログリーンに移そうと考えていたので……渡りに船というのはこの事です」


 渡りに船という意味を少し考えた様子のジェリボルトだったが、納得がいったのか笑みを見せる。隣で不思議そうにしているゲイルに、意味に気が付いたらしいフィオンが小声で説明していた。


「では、クエストは受けていただけるということでよろしいでしょうか」


 トーアはギル、フィオン、ゲイルに視線で確認すると三人は頷いた。


「短い期間ですがお願いします」

「ではギルドへはこちらから連絡いたします。確認なのですが、リトアリスさん達の中で馬に乗れない方はいらっしゃいますか?荷馬車と併走する形で六頭の馬を用意していまして、リトアリスさん達を含む三つのパーティの方々に交代で乗ってもらう予定なんです」

「えっと……」


 ジェリボルトの質問にトーアは考えながら、他の三人を見る。

 トーアはCWOプレイヤーの嗜みとして長距離を移動できる馬に乗ることはできる。全力で走らせる事はできるが、その状態で戦闘となると別の話であった。降りて戦った方が早いという意味もある。

 ギルに関しては騎乗での戦闘から、重武装かつ突撃槍を使っての横列突撃もでき、曲乗りも一部できる。そして、CWOで馬に乗った経験から現実世界でも乗馬体験をしてきたと聞いたことがあった。


「僕とトーアは一応、乗れます。ですがしばらく乗っていないので慣らす時間をいただきたい」

「わかりました。それについては出発前にしていただくとして、フィオーネさんとガルゲイルさんはどうでしょうか」


「俺はギリレイラの出身なんで、馬の扱いには自信がありやすぜ」


 自信満々という表情で胸を張るゲイルだったが、トーアはギルと共にきょとんとしてしまう。


「あ、あー……ギリレイラは俺の故郷なんすけど、名馬の産地って言われてて、ガキの頃から裸馬に乗ってのっぱらを駆け回ってたんすよ……」

「あ……ああ、そういうこと。ごめん、その王国の地理ってあんまりわからなくて」


 肩を落としたゲイルの説明にトーアは申し訳なさそうに弁明する。


「なら私だけ乗れないかな……」


 フィオンがやや眉を落として呟いた。

 ゲイルのような事情や街を出て旅に出ない限り馬に乗る必要はありませんから、とジェリボルトはフィオンをフォローする。


「出発の日時なんですが、急な話ですが明日にしていただけないでしょうか。今回の一件で日程がギリギリになっていまして」


 それは仕方ないかとトーアたちは顔を見合わせたものの頷いた。

 明日の出発まで時間がないため、トーア達は出されたお茶を飲むと立ち上がる。


「では、よろしくお願いします」


 頭を下げるジェリボルトに見送られ、トーア達はクリアンタ商店を後にした。


 夕凪の宿に戻り、トーア達は明日の出発に備えてそれぞれ用意を始める。共同で使う携帯食料などは何時も通りマクトラル商店で纏めて買うとして、それぞれの消耗品の買出しに街に出た。

 トーアは買出しとお世話になった人々に挨拶をするため、まずは『月下の鍛冶屋』へと向かった。


「おはよう、トーア。今日は仕事だったけ?」


 カウンターに座り店番をしていたトラースは顔を上げて首を傾げる。


「ううん。明日、エレハーレを出発することになったから挨拶にね」

「えっ!?明日?急すぎじゃないか!」


 ばたばたと店番をほったらかして店の奥へと走っていくトラースを追って、トーアは食堂へと顔を出した。

 そこにはカンナが居り、トーアの顔を見るとふっと笑みを見せる。


「トーア、トラースが明日にはエレハーレを出発するって言ってたけど、本当なのかい?」


 頷いたトーアはカンナに事情を簡単に説明し始めた。それが終わる頃には食堂に月下の鍛冶屋の全員が集まっていた。


「ふむ。いつもトーアは突然だな」

「あ、ははは……」


 ガルドにそう言われトーアは誤魔化すように笑う。

 以前とは違いエレハーレに戻ってくる予定がない事を話すと、残念そうな表情を浮かべた。ガルドだけはいつもの仏頂面だったが口を真一文字に結んでいた。


「そうか。ラズログリーンで店を持つつもりなのか?」

「はい。出来ればそうしたいと考えていますが、こだわっている訳じゃありません」


 トーアの説明を聞いたガルドは一度だけ頷いた。トラースは尊敬の視線をトーアに送っており、珍しくミデールも目を輝かせていた。


「まぁ、トーアならば問題はないだろう。もし店がもてなくともな」


 ガルドの評価にトーアは妙な安心感を覚えつつ、座ったままだが頭を下げる。


「色々と目をかけていただきありがとうございました」

「こちらも勉強させてもらった」


 ガルドもまた軽く頭を下げた事にトーアは驚いて固まってしまった。


「あ、いえ、そんな頭を上げてくださいガルドさん!」


 固まっていたのはトーアだけではなくカンナ以外の全員が固まっていたようだった。

 落ち着いたら手紙を出すことを約束してトーアは月下の鍛冶屋を後にする。

 そのあと、灰鋭石の硬剣フレッジ・ブレード騒動でお世話になった、『鉄火の咆哮』のレテウス、『アイラクス工房』のリオリム、『白銀の煌』のレガーテ、『クラム鋳掛いかけ精錬店』のリグレットに最後の挨拶をしていった。

 最後にフェンテクラン商店へと足を向ける。


「居るかなぁ……」


 店に入るとちょうど店主であるアリシャが姿を見せていた。


「あ、トーアさん。どうかされましたか?まさか、何か商品の売り込みでしょうか?」


 トーアの姿に気が付いたアリシャは店員と話していたのを中断してまでトーアの傍にやってくる。


「いえ、明日、エレハーレを発つのでその挨拶に来たんです」

「え、あ……そうでしたか、どこへ向かう予定なのでしょうか」


 アリシャの顔が僅かに引きつったように感じたが、そこは商人としてのプライドなのかすぐに笑みに戻る。

 ラズログリーンに向かう事を告げるとそうですかと視線を落とした。


「あ、あの、アメリアは……?」

「ああ、私のお店は販売する店舗と作業場が別なのでここにはいませんよ」

「そ、そうですか……」


 残念なようなほっとしたような気持ちになったトーアは小さく息をつく。


「作業場の場所をお教えしましょうか?」

「あ、いえ、最後に勝負とか言い出して面倒な事になりそうなので……。申し訳ないですがアメリアにはよろしくと伝えておいてくれませんか?」


 くすくすと笑いながらアリシャはいいですよと頷いた。挨拶も済んだのでトーアはフェンテクラン商店を後にする。明日からの旅に必要な物や消耗した物を買い足して夕凪の宿に戻った。


 夕食はベルガルムの好意により豪勢な夕食となる。


「トーアには稼がせてもらったからな。それにしてもついにラズログリーンか」


 夕食を食べていると近くにやってきたベルガルムがしみじみと呟いていた。

 トーアもギルド推奨の宿とは言え、初めは大丈夫かと疑ったが思いのほかすごしやすくエレハーレに居る間はずっと世話になっている。


「まぁ、トーアなら大丈夫だろうと思うが、無理と思ったらさっさと別の所に移ったほうがいいからな」

「それはベルガルムの経験則?」

「そうだな。なんだかんだ言っても日常生活ができないとどうにもならんからな」


 確かにとトーアは頷いた。

 夕食を済ませて、明日も早いためトーア達はそれぞれ部屋に戻り、ホームドアで日課を済ませる。

 そして、早めにベッドに入り眠りについた。

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