表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/167

第二章 ウィアッド 4

 鍛冶屋から出ると陽は大分傾いていた。ノルドに宿の方向を聞いてトーアは西日に照らされた道を歩いていく。夕食の提供が始まっているかもしれないので、早足に村の中を進んでいるとちらりちらりと視線を感じて、目だけで辺りを確認する。

 村の若い男達が何人か集まり言葉を交わし、トーアの方へこっそりと視線を向けていた。ディッシュの話した狩りに行かない村の若い男たちだとすぐにわかった。


――もう私が狩りに行くことは広まってるのかな……いや、まぁ……あんな風に抱えて走られたらみんな何事かと思うよね……。


 運ばれたときのことを思い出して胃のむかつきを感じながらトーアはげんなりして宿へと急いだ。


 トーアが宿に戻ると丁度、夕食の用意を始めた所だった。

 もっていた荷物を部屋に置き、エプロンと三角巾を身につけて夕食の配膳を始める。てきぱきと仕事をしているとトーアをナンパした青年の注文も取ったが、相手が気まずそうにしているだけでトーアは他の客と同じように接すると、再び青年は肩を落としていた。

 前回よりも視線が減っているような気がして、昨日は珍しさに目を引いていたのだろうとトーアは結論する。

 忙しさは変わらないものの特に問題は起こらず配膳の仕事を終えて、デートンとエリンと共に夕食を食べる。


「トーア君、明日はディッシュと狩りに行くのだし、カテリナの手伝いはしなくてもかわまないよ」

「あ、でも……洗濯物を運ぶのだけ手伝います。量が多いですし……」

「なら、用意を整えてからカテリナの手伝いをするということでいいかね?」

「はい、わかりました。デートンさん、エリンさん、おやすみなさい」


 デートンとエリンのおやすみと言う返事を聞いて、割り当てられた部屋へとトーアは戻った。


 部屋に戻ったトーアは、寝巻きのワンピースに着替えた後、小さく息を吐いた。

 宿の仕事は常に忙しい訳ではなく食事時が一番忙しい。シーツの取替えや部屋の掃除などもあるため本当はもっと忙しいのかもしれないが、トーアに割り振られた仕事はまだ少ない。だが仕事をしているという充実感を感じていた。


――あの依頼が無ければもっとこう異世界を旅したり、ゆっくりと生活してみたいけど……その前に今は職業神殿に行かないとなぁ……。


 トーアは寝転がって天井を見上げる。明日は狩りかと思い手を握った。

 CWOでの経験はある。デスゲームでも現実に近い感覚で戦った。だが現実となって初めての実戦を明日に控えていることに気分が高揚し頭がさえてしまい、今すぐ寝るというのは難しかった。


「……柔軟してから寝ようかな」


 気分の高揚をごまかすようにベッドから立ち上がり【ホームドア】を発動する。

 ホームドアの中で柔軟と師匠から教わった型を一通りこなし、十分に体を動かして汗をかいた。ホームドアに最初から設置されている水道でタオルを濡らして体を拭く。蛇口を捻るとお湯も水もどこからともなく出てくる謎設備だが、トーアは深く考えないことにした。このスキル自体、ファンタジーの産物だからだった。

 傍らの竈は薪を使うこともできそうだったが上部はガスコンロにしかみえなかった。身体を拭き終わり竈に近づき構造を確かめる。

 【刻印】が刻まれた魔導石がスイッチとなっているようで、押し込むとガスコンロ部分に火がついた。スイッチを捻ると火力の調節が出来ることを確認して火を消した。

 調理器具があれば問題なく料理が作れそうだった。


「【刻印】を使ったコンロ、かな。確かそんなレシピあったなぁ……」


 湿ったタオルを手にホームドアを出ようとしたトーアは、ふとホームドア内の時間経過はどうなっているのかという疑問が浮かぶ。CWOではホームドア内は時間が経過し、チェストゲート内は時間が経過しなかった。

 それを確かめるため二つの湿ったタオルを用意し、片方はチェストゲートに収納し、もう片方はホームドア内に干した。次に使うときにタオルが乾いているか確認すればCWOと同じか異なるかわかるはずである。湿ったタオルを試した後は腐るようなもので実験する必要があるが、今はいいだろうとトーアはホームドアを出た。

 欠伸をしながらトーアはベッドに横になった後、シーツに包まれて眠りに就いた。




 翌日、トーアは朝の配膳をカテリナと交代し、昨日受け取った装備に身につけて一人で洗濯場へ洗濯物を運んでいた。既に洗濯場には村の女性達が洗濯を始めており、話し声や笑い声が聞こえてくる。


「おはようございます」

「おはよう、トーア。聞いたよ?うちのバカ共の代わりに狩りに行くんだって?大丈夫なのかい?」


 トーアの挨拶に顔を上げた女性が何人か声をかけてくる。トーアはシーツを山積みにした籠を置いた。


「はい、ディッシュさんも居ますし、無理はしません。……あの、もうそんなに広まってるんですか?」


 一様に女性たちは頷き、トーアがディッシュに抱えられて走ったのが何事かという所から広まったそうだった。ウィアッドはこの話で持ちきりで狩りに行かない男達は戦々恐々としてるとか女性たちはかしましく話してくれた。


「まぁ、ディッシュが一緒ってのが一番心配なんだけどねぇ。うちのバカ共はいくらでも怪我してもいいけど、トーアは女の子なんだし、もし怪我をして傷が残ったらどうするつもりなんだい。まったく」

「大丈夫ですよ。大物を期待していてください」


 女性たちは笑い声をあげながら、なら今日はご馳走だねとトーアの冗談に乗ってくれた。獲れたとしてもそんな大きなものではないだろうというのがトーアの予想だったが、それくらいの見栄を張ってもいいと思っていた。


「まったく、そんなことを言って無理したらダメよ?」


 少しだけ呆れ顔のエリシアにたしなめられ、トーアは頷いた。


「はい。それじゃ、そろそろ行きますね」

「カテリナから話は聞いてるから、いってらっしゃい。無茶したらダメよ?」


 何度目かになるかわからなくなってきた注意に頷いて、トーアは宿へと歩き出した。そんなに無茶をしているように見えるだろうかと首をかしげるが外見のことを考えれば、狩りに行くというのはおかしいことかもしれなかった。

 宿に戻り、冒険者志望の青年に見つからないように裏口でディッシュを待つ。トーアが行くなら俺もと言い出して付いてこられても面倒だった。その前にディッシュやデートン、青年の面倒を見ているという冒険者が止めるのが先かもしれない。


「トーア、待たせたな」

「大丈夫です、ディッシュさん」


 ディッシュの声にカテリナは裏口から顔を出して外に出てくる。


「ディッシュさん、トーアちゃんの事お願いします。トーアちゃん、絶対に、絶対に無理しちゃダメよ?ディッシュさんの言うことをちゃんとよく聞いて……」

「カテリナ、トーアも子供じゃないんだ。狩りの経験もあるというし、引き際は弁えているはずさ。だろう?トーア」


 続けて裏口から出てきたエリンに問われてトーアは頷く。


「で、でも、義母さん……」

「でもも、なにもないよ。ほら行っておいで。二人共無事に帰ってくるんだよ?」

「はい。いってきます」


 心配そうに眉を下げるカテリナに見送られてトーアとディッシュは歩き出した。

 街道沿いに出たところでディッシュが足を止めたのでトーアも立ち止まる。


「まずは一度俺の家に行って、トーアの武器を用意するぞ」


 トーアは頷いて再び歩き出したディッシュの隣に並んで歩く。


「トーアは何を使うんだ?俺の持っている武器を貸すことになるが、家にあるのは小剣、剣、短槍、弓、あとは森の中じゃかさばるが、普通の槍と大弓があるぞ」

「そうですね……とりあえず、剣と短槍を貸してくれませんか?」

「ああ、わかった。……弓はいいのか?」


 トーアは首を横に振る。弓は射ることは出来るもののあまり得意なほうではない。ディッシュの言った武器は全て扱うことは出来る。元々トーアは自分の作った武器を使ってみたいという思いから、さまざまな武器を使ってみた。そのうち、生産系アビリティ【鍛冶】のスキルである【武具の心得】の隠れた能力である“全ての武具の扱いに補正がかかる”に気がついて、CWOにある基本的な武器からプレイヤーが考えたネタ武器も一通り手に触れて使ってみたこともある。

 そして、戦闘の師匠からも武具の扱いは一通り教わっているため、得手不得手はあるもの理論をもって扱うことができる。

 早歩きで進むディッシュを歩幅の差から小走りでトーアはついていき、ほどなく森に程近いディッシュの家に到着する。鍵の付いた納屋のような場所にディッシュはトーアに待っていろと言って入った。中を覗き込むとそこには狩りに使う武器や罠、それを修理、保全するための道具が並んでいた。鉄と保管に使う油の匂いが漂っていた。

 唯一、場違いに感じる物が壁にかけられているのにトーアは気が付く。


「…………」


 大きな半月状の斧と研ぎ上げられた穂先が付いたハルバードがあった。他の道具も丁寧に手入れされているがそのハルバードは使い込まれ、そして丁寧に修理と手入れを繰り返し、長年使われていることを感じさせた。


「……ん?ああ、あれは俺が冒険者だった頃に使っていた武器だ」

「ディッシュさん、冒険者だったんですか?」

「ああ、まぁ……色々あって、故郷のウィアッドで猟師なんてしてるが、結構腕はよかったんだぞ。防具とかは処分したが、あれだけは……な」


 ディッシュは武器を通してどこか遠くを見る目をしていた。

 自分の命を預けて戦い続けてきた得物を処分することは、難しいに違いなかった。ディッシュがハルバードにどれだけ手をかけているのかは、ハルバードの状態を見れば一目でわかることだった。


「……まぁ、あれのことはいい。とりあえずトーアが使えそうな剣だ。ちょっと具合を確かめてみれくれ」


 ディッシュから剣を受け取ってトーアは剣帯を腰に巻いて、鞘から剣を抜く。

 僅かな鞘走りの音とともに抜かれた剣は、研ぎ上げられ曇りのない幅広の両刃剣。刃の長さは80cm程で柄の長さはトーアの拳三つ分ほどある。鍔に装飾は無く刃に対して垂直に真っ直ぐに伸びたシンプルなものになっている。物品鑑定<外神アウター>で確認すると製作者はノルドとあった。

 特に重量に偏りは感じなかったが重心が切っ先よりにあるために切りつけるというよりも叩き切るという鉈のような印象を受ける。

 トーアはディッシュから離れて剣を正眼に構えた。

 小さく踏み込み、縦、横、袈裟と振り、空気を切り裂く。

 重さに振り回されるということも無く切っ先よりの重心は叩きつけるようにして剣を振るうトーアにとって合っていると思えた。流石にトーアが作った剣というほどではないものの、手に馴染みそうな剣である。

 残心の姿勢を解いてゆっくりと剣を鞘に納めた。


「……大丈夫そうです」


 だがディッシュの反応がまったくない事にトーアはディッシュに視線を向ける。口を開けて立ち尽くしているディッシュがはっとしたように口を閉じた。


「あ、ああ……なら、短槍はこれだ」

「はい」


 ディッシュから短槍を受け取って、再び離れて構える。

 通常の槍よりも半分ほどの長さの柄は狭い森の中でも扱え、穂先はひし形になっており、これも鋭利に研ぎ上げられていた。これもノルドの作品であるためか装飾らしい装飾は無い。その代わり、作りは頑丈で重心も穂先からやや柄に寄ったところにある。

 短槍を構えて、突き、払い、薙ぐといった動作を確認する。剣と比べて軽く感じるが欠点ではなかった。


「こっちも大丈夫です。……ディッシュさん?」


 再び固まっていたディッシュにトーアが声をかけるとはっとしたようにディッシュは開いていた口を閉じて、近づいてくる。


「いや……そこまで使えるなんて予想外だったもんでな。誰かから教わったものか?」

「あ……あー……はい……」


 CWOでの師匠との修行を思い出しトーアは顔が強張るのを感じた。


「……大丈夫か?」

「は、はい。その……武芸全般を教えてくれた人が物凄く厳しいことを要求してきたのを思い出して……」

「そ、そうか。なんというか、すまん」


 師匠の鍛錬はスパルタだった。

 いま思い出しても背筋がぞわぞわと寒くなる修行の日々。デスゲーム中にトーアが強くなる為に師匠が出したメニューであったがきっと愛の鞭であり、死にかけることも多々あったが師匠はちゃんと助けてくれたじゃないかと考え、生死が絡む環境が自分を強くしたとトーアは思うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ