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第一章 護衛依頼 3

 ギルと対峙したゲイルはすでに服が肌に張り付くほどの脂汗を流しており、構えたままぴくりとも動いていない。それは少しでも動けば木剣とは言え切り捨てられるような殺気をギルが放っているからかもしれなかった。

 その光景は以前、トーアと模擬戦をした時とほぼ同じ光景にトーアの目には映った。だがゲイルの表情が決死の表情に変わる。その変化にトーアは僅かに目を見張った。


「でりゃぁ!」


 ギルの本気の殺気を受けながらもゲイルは前に踏み込み、ギルへと切りかかる。上段からの隙だらけの一太刀にギルは攻撃を捌き、ゲイルの胴を薙ぐ。

 息の詰まる声を上げてゲイルはその場に膝をついた。ギルが摸擬剣を下ろそうとするとゲイルは顔を上げた。


「もう一度!もう一度、お願いしやす!」


 顔を上げたゲイルは歯を食いしばりながら立ち上がる。その表情には絶望も恐怖もなく、一心に前へと諦めを微塵もにじませないものだった。

 再び摸擬剣を構えなおしたギルは小さくうなずき、ゲイルに切りかかる。トーアから見れば手加減した一撃だったものの、ゲイルは辛うじて摸擬剣を受け止め斬り返した。

 何合か摸擬剣を打ち合わせた後、ギルの摸擬剣がゲイルの腕をたたいた。


「ぐっ……」


 衝撃でゲイルは摸擬剣を手から落とすが、すぐに拾い直してもう一度と口にする。

 その後、ゲイルはギルに何度も打ち据えられるが、一度も諦めるような素振りを見せることなく立ち上がってみせた。トーアがそろそろ止めようと思ったとき、ゲイルの腹部にギルの一太刀が入る。

 ゲイルは立ち上がるかと思ったが体力が切れたのか膝をつき肩で呼吸していた。しかし、その表情だけは死んでおらず、取り落とした摸擬剣を握ってすぐに立ち上がろうとしている。

 その姿にギルは小さく息をついて構えを解くと、あたりに撒き散らされていた殺気が霧散する。


「ゲイルの覚悟、理解出来たよ。パーティに加わるのを認めるよ」


 その言葉にゲイルは心底嬉しそうな表情を浮かべて座り込んでしまう。その様子にギルはゲイルに手を差し出した。


「あ、いや、ははは……すみやせんが、しばらく立ち上がれそうにありやせん、先に酒場の方に戻っていてくれやせんか」

「……わかったよ。トーア、フィオン、先に戻っていよう」


 ゲイルから摸擬剣を受け取ったギルは、トーアとフィオンの傍にやってくる。そのままでいいのかと視線で尋ねるとギルは頷いていた。

 ゲイルの状態はギルの殺気を真正面から受け続けたのだから、すぐに立ち上がるのは難しいのかもしれなかった。恥ずかしい姿を見せたくないというゲイルの心情を慮り、トーアはフィオンの背中を押す。野次馬になっていた常連客たちにも声をかけて酒場へと移動する。

 酒場に入った常連客たちは早速ギルとゲイルの摸擬戦を肴に朝から酒を注文し始め、ベルガルムは酒を用意しながら頬を吊り上げて笑みを見せた。その妙な笑い方にトーアは嫌な予感がして、視線を逸らそうとした。


「トーア、おまえさんにお客さんだ」


 視線を逸らす前に声をかけられ、溜息を飲み込みながらベルガルムに向き直る。

 次はどんな厄介事が来たのかとベルガルムが指した方向を見ると、ギルドの制服を着た男性が立っていた。

 エレハーレギルドがトーアに連絡を取る時の職員で、トーアの視線に気が付くと軽く腰を折り、頭を下げる。


「おはようございます、リトアリスさん。朝からなにやら厄介事のようでしたが」


 ベルガルムから事情を聞いたのか、職員の男性の言葉にトーアは苦笑いを浮かべた。


「は、ははは……まぁ、一応、解決はしたと思います。あなたが来たということはギルドから何か?」

「はい。リトアリスさんたちのパーティに指名依頼が届きましたので、その連絡に参りました」


 男性が差し出した一枚の紙を受け取ったトーアは内容に目を通していく。紙には依頼主と依頼内容が書かれており、普通の依頼書と変わりはなかった。以前受けたゴブリン討伐の時にはここまでしっかりした紙は渡されていない。緊急性の高い事案であったので手続きを省いたのだろうとトーアは一人納得する。

 指名依頼の内容は街から街を移動する隊商の護衛と書かれていた。隊商の行き先はラズログリーンで、エレハーレからラズログリーンまでの短い期間の依頼だった。


「指名依頼ですが、依頼主からはリトアリスさんの予定次第では断られても構わないということでした」


 依頼主の名前を再度確認し、ウィアッドからエレハーレへ行くために同乗させてもらった隊商のリーダーの名前だった事を思い出す。


「あ、あー……依頼を受けるかの返答はすぐにする必要がありますか?」

「この場での返答の必要はありませんが、できるだけ早くの返答をお願いしたいと承っております」


 男性の話に頷いて、パーティ内で話し合い本日中に決めることを伝える。わかりましたと男性は軽く会釈した後、酒場を出て行った。


「トーア、どうする?」

「うーん……まぁ、ゲイルもパーティに加わるってことだし、四人で決めよう」


 後ろから紙を覗き込んできたギルに紙を渡して、再びテーブル席に座る。

 内容を確認したギルは指名依頼の内容が書かれた紙をフィオンに渡していた。


「いや、ははは……心配をおかけしやした」


 フィオンが依頼内容を確認しているとゲイルが照れくさそうにやってくる。トーアが椅子を勧めるとゲイルは軽く頭を下げた後に腰掛けた。

 指名依頼の内容を読み終わったのかフィオンが顔を上げる。


「早速、パーティの一員ということで、ゲイル、今こういう依頼がきててどうするか決めたいんだけど」


 フィオンが差し出した紙を受け取ったゲイルは内容に目を通しているうちに表情が驚きに変わっていく。


「隊商護衛の指名依頼っすか……さすが」

「さすがって、どういうこと?」


 驚きつつも手にしていた紙をテーブルの上に置いたゲイルは理由を話し始める。

 ゲイルの話では商店などの信用を得ているパーティには、このような護衛依頼や駅馬車の護衛の依頼が行われる場合があるらしい。

 駅馬車の護衛はギルドから推薦されたパーティへ国から依頼がされる。そのぶん競争はかなり激しく依頼を受けるという事は冒険者として一定の名声を得たと言ってもおかしくはないらしい。

 だが、隊商の護衛となるとギルド側の査定はなく完全に世間一般の評価が依頼に直結している。そして、商人の命と共に商品を守るということから駅馬車での依頼よりも条件が厳しいとの事。


「もちろん安く済ませることも出来るけど……護衛が略奪者になるって事もあるって父さんが言ってた」


 フィオンの言葉に商店が背負うリスクというものを考えればしっかりとした冒険者に依頼をしたいと考えるのは当たり前かとトーアは頷いた。


「……まぁ、それでも依頼が来ていることが重要か」

「それにクリアンタ商店と言えばエレハーレだけじゃなくて王国内の街に支店を持つような大きな商店……さすがですぜ!」

「あー……実はね。この依頼者とは顔見知りでね」


 今回の場合、実績を積み重ねた結果ではなく、依頼主がトーアの顔見知りという事もあり、どちらかと言えば伝手で依頼が来ているのかもしれなかった。

 ウィアッドからエレハーレに来る時に知り合った商人である事を説明する。


「まぁ、目的地がラズログリーンってことが私は重要かなと思ってる」

「確かに。駅馬車を待つよりも早くラズログリーンに行ける」


 不思議そうな顔をするゲイルにトーア達の状況を説明するとなるほどと頷いた。


「ですが、隊商の護衛依頼となると王国中を回るものなんすけど……」

「うーん……ここにはエレハーレ、アレリナ、ラズログリーンまでの間ってあるね」

「そうなんすよ。そんな短い期間っていうのは珍しい話ですぜ」


 腕を組んで考える素振りを見せるゲイル。

 トーアも理由を考えてみたものの情報が少なく、かと言って何かの罠と疑うような立場に居る相手でもなかった。


「とりあえず……私としてはメリットが大きいから、護衛期間を一応確認してから受けてもいいと思う」


 どう?と他の三人に確認する。三人は頷いてみせ、トーアの考えに賛成のようだった。


「なら、今からギルドに行こう」


 夕凪の宿でゲイルの部屋を取った後、依頼の詳細を聞くためギルドへ出発する。


 早朝の依頼争奪の時間が終わっている為か、ギルドの中は閑散としていた。休憩用のテーブルには数名の冒険者らしき男達が座っており、カウンターには女性職員が座っているため、人が居ないという訳ではない。

 トーア達がギルドの中に入ったのに気が付いたのか視線が集まる。次第に慣れてきた視線を無視してトーアはクエスト受注のカウンターに真っ直ぐ向かった。


「指名依頼の受注をしたいんですが」

「はい。少々お待ちください」


 カウンターの下から紙の束を取り出した女性職員は数枚の紙をめくったあと依頼主から直接、依頼内容を確認して欲しいと言った。


「クリアンタ商店の場所はご存知ですか?」

「あ、私知ってます」


 トーアの後ろで話を聞いていたフィオンが小さく手を上げる。

 フィオンの実家であるマクトラル商会はクリアンタ商店と取引があるらしく、場所は知っていると話す。トーアもエレハーレに来た時に訪れた事はあり、場所も覚えているはずだが少し自信がなかった。


「ならフィオン、案内お願いできる?」


 任せてと頷くフィオン。女性職員に問題ない事を告げて、ギルドから出て、クリアンタ商店へと向かう。


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