第一章 護衛依頼 1
異界迷宮『小鬼の洞窟』からでたトーアたちは、その後、宿泊するための建物で一夜を明かした。早朝、他の冒険者達が動き始めた頃、トーア達はエレハーレに向けて出発する。
エレハーレまでの道中は『小鬼の洞窟』で特異個体と遭遇し戦ったり、その後、コトリアナを管理する神と言えるような存在と出会ったりしたことを忘れそうなほど長閑で平和な道のりだった。
「異界迷宮で出遭った特異個体のこと、ギルドに報告しようとおもうんだけど」
昼食のため道の横で休憩中、トーアはギルとフィオンに切り出した。
焚き火で焼いた肉を挟んだ固焼きパンをかじっていたフィオンは目を大きくして驚いていた。その顔にはいいの?と書かれていた。
「僕は報告してもいいと思うよ。あんなのが何体も居るとは思いたくないけどね」
「でも、その……大丈夫なのかな」
口の中の物を飲み込んだフィオンは眉を寄せ心配そうにする。特異個体の事を説明する際に、フィオンが知ったトーアとギルの秘密の事を心配しているのだろうと察する。
「んー……まぁ、うまく説明するよ」
うまくトーアが説明すると不安げなフィオンを宥めて休憩を終え、再びエレハーレへ向かって歩き始めた。
その後、何事もなくエレハーレへ到着し寄り道をせずにロータリーの傍にあるエレハーレのギルドへ向かう。
半ば日が傾き始めてる時間のためか、ギルド内は閑散としておりカウンターに座る女性職員たちもカウンター内で静かに話をしていた。
トーアがクエスト受注カウンターに近づくと話をやめて居住まいを正した。
「おつかれさまです、リトアリスさん」
顔を覚えられているなぁと思いつつ、受けていたクエストの報告を行い、報酬を受け取る。そして、異界迷宮『小鬼の洞窟』でホブゴブリンの特異個体に遭遇、討伐した事を告げた。
にこやかな表情の女性職員だったが、僅かに頬がひくつき『またですか』とあきれたような目でトーアを見てくる。
「少し、お待ちください」
そう言って女性は立ち上がり、ギルドの奥へと向かって行った。
様子を窺っていたギルとフィオンがカウンターにやってきたので、待って欲しいといわれた事を話す。
流石に報告だけで済ます話ではないのだろうとトーアは思った。しばらくそのまま待っていると女性が再び姿を見せる。
カウンターに戻ってきた女性からギルド長であるリオリムに直接報告して欲しいと言われ、トーアはギル、フィオンと顔を見合わせた。
女性から案内を受けてギルド長であるリレラムの部屋に入ると、すでにリレラムはソファーに座っており、話を記憶するためかペンを持った職員も座っている。
「お疲れ様です、リトアリスさん、ギルビットさん、フィオーネさん。異界迷宮で特異個体に遭遇した、と聞きましたが……」
そこでリレラムは言葉を切り、トーア達にソファーを勧めてくる。とりあえずと、トーアたちは勧められたソファーに腰掛けた。
リレラムは傍に座る職員に目配せをした後、トーアたちに顔を向ける。
「では、何が起こったのか教えていただけないでしょうか」
頷いたトーアは異界迷宮『小鬼の洞窟』でおきた出来事をかいつまんで説明する。
話し終わったトーアは、途中で運ばれたお茶を口にしながら、うまく説明できただろうかとちらりとリレラムに視線を向ける。フィオンと前もって話しておいたとおり、トーアの【神々の血脈】や、コトリアナでいうところの天命兵装、【成長装具】のことは触れもしなかった。
トーアの話を聞いたリレラムの表情は苦々しく難しいものになっており、眉間には深い皺が生まれていた。
「特異個体がさらに凶暴化する、という事象は実は未確認ながらギルドへ報告されていました。その時は多くの犠牲者がでたということでしたが……リトアリスさん達がご無事でよかったです」
「特異個体が異界迷宮で現れるというのは、珍しい事なんでしょうか」
「はい、私が聞く限り初めての出来事です。特異個体は普通に生息している生物が変化するという報告はありましたので、冒険者の方が頻繁に訪れる異界迷宮では現れることはないというのがギルドの見解でした」
なるほどとトーアは小さく頷く。
「今後、異界迷宮は封鎖するのでしょうか?」
ギルの質問にリレラムは首を左右に振る。
「いいえ、逆に封鎖することで特異個体が生まれやすくなるかもしれません。今は封鎖せず、逆に倒し続けた方が良いと思います」
リレラムの話すギルドの方向性は、コトリアナを管理する通称『神』の男性から聞いた特異個体の話を踏まえて問題ないだろうとトーアは思う。
逆に封鎖することで中の魔物や魔獣が長く生存し、『魔王』の影響が蠱毒のように濃くなり特異個体に変化するのを助けてしまう可能性がある。
それを防ぐにはより冒険者達が異界迷宮に入り、魔物や魔獣を討伐していけばいいと考えた。
――まぁ、冒険者が死んで悪い影響が出るかもしれないけど……。
人の情念は恐ろしいって言うしとトーアは思いつつ、報告も終わり話が途切れたのを見計らい部屋を辞することをリレラムに告げる。
リレラムの視線がメモをとっていた職員に向けられると、職員は問題はないという風に頷き返した。
トーアの報告が書かれた紙を軽く読んだリレラムは何度か小さく頷いた後、立ち上がる。
「報告、ありがとうございました。この事はギルドの本部に報告し、他の冒険者の方も注意するよう連絡いたします」
同じように立ち上がったトーアはよろしくお願いしますと小さく頭を下げた後、立ち上がり会釈したギルとフィオンとともに部屋を出る。そのままギルドの建物を出て行くとフィオンが大きく息をついた。
「はー……追求されなくてよかったね」
「うん。まぁ……力量を誤解された気もするからよかったのか、わからないけどね」
あー……とフィオンは困った表情になる。
ギルドの評価については置いておくとして、宿に戻ろうとトーアは二人に言った。
押しなれたスウィングドアを開けて、夕凪の宿に入る。
カウンターでコップを磨いていたベルガルムが凄みを利かせて顔を上げるが、入ってきたのがトーアだと気が付くと、にやりと笑った。
「そろそろ戻ってくる頃だと思ったぜ。ギルもフィオンの嬢ちゃんも無事みたいだな」
「一応、ね。私達が小鬼の洞窟に行っていた間、何かあった?」
カウンターに近づきながら尋ねると、ベルガルムは肩をすくませる。おもしろいくらいに何もないらしく、そんなもんだよねとトーアは呟いた。
「ま、トーアが戻ってきたんだ、まだ騒がしくなりそうだがな」
「……私ってそんな風に思われてるの?」
あんまりな言い様だと憤慨する。むっとトーアがベルガルムを見るとベルガルムは大きな声で笑い出し、テーブルに座っていた顔見知りの常連達も肩を震わせて笑い出す。
「まぁ、そりゃぁ、トーアが来てからっていうもの、ゴブリンの討伐からあの貴族の坊ちゃんとの一件、アメリアとの決闘と色々とやってるじゃねぇか」
それは私のせいではないと声を上げそうになるが、そう言えるのはゴブリンの討伐くらいだった。灰鋭石の硬剣の一件はトーアの不注意によるものであったし、それがきっかけでアメリアの一件が呼び寄せられたのだから、全てトーアの責任と言えばそうかもしれなかった。
「……まぁ、それは一応、落ち着いたし、今は何もないんだから静かになるんじゃない?」
言い訳がましいことを口にすると再び酒場を笑いに包まれた。納得できないと唸りつつも部屋が空いているかをベルガルムに尋ねる。ベルガルムはトーア達が戻ってくる頃だろうと部屋を残していた。
「ま、トーア達は常連だからな」
「まぁ、たまたま空いているだけなんだけどね」
ちょっとだけ困ったように笑うトリアから鍵を受け取り、トーア達は借りた部屋へと向かう。部屋に入ったトーアは、旅装を解きながらホームドアを発動し、初期設定された部屋で汗と埃を洗い流した。
「色々あったけど……材料も増えたし、いろいろしたいなぁ……」
ホームドアでの作業になるので、部屋に閉じこもる事になる。流石にそれは出来ないだろうと小さく息をついた。
『魔王』の復活にはまだ猶予があるというのはこの世界を管理する通称『神』の男性から聞けたが、トーアが依頼されたものを作るための準備にはまだまだ時間がかかりそうだった。
今はエレハーレ周辺の異界迷宮の攻略が終わり、ホームドアの充実に向けての素材の収集も順調なため、エレハーレに留まる理由は特に思いつかなかった。
エレハーレを出発するのはいいがフィオンの故郷でもあるため、出発にはしっかりと確認しなければいけないだろうと考えながら服を着る。
「そろそろ、ラズログリーンに向かうかなぁ……」
ホームドアを解除したトーアは酒場へ階段を降りながら呟いた。
それにギルとのこともちゃんとしないといけないだろうしと、トーアは思い、溜息をつく。
CWOのデスゲームの事を思い返し、心が折れた時、ずっと傍に居てくれた、そして、こうして世界を超えてまでトーアの傍に居てくれる。そんなギルの態度にちゃんと答えなければと思うものの行動に起こせないでいた。
「いや、これじゃずるずるとギルの好意に甘えることになる」
ぐっと拳を握り、チャンスをみて何か行動を起こしていこうと決意を固めるトーア。
「トーア、呼んだ?」
「っえ、あ、ん、な、なんでもないよ」
後ろからギルに声をかけられて顔を左右に振る。すでに決意が揺らいでいるかもしれないがチャンスを見ようとトーアは思った。酒場のいつもカウンター席にギルとともに座る。
フィオンが来るのを待ち、少し早めの夕食をベルガルムに頼んだ。夕食を食べた後、トーアは二人にラズログリーンへ出発する事を提案する。
「ついに、だね。トーアちゃん」
「うん、そうだけど、フィオンはいいの?」
トーアの質問にフィオンは首を傾げた。
「一応、エレハーレはフィオンの故郷だし」
「ちゃんと実家には挨拶していくし……それに、ラズログリーンって冒険者だったら一度は行ってみたい場所だしね」
握り拳を見せて目を輝かせて話すフィオンに、余計な心配だった事をトーアは悟る。
ギルは特に反対意見はないらしく、頷いていた。
「なら駅馬車で行くとして……」
「トーアちゃん、駅馬車で行くならタイミングが……」
「え?」
壁に貼られている駅馬車の運行予定表を見ていたフィオンの言葉に、トーアも運行予定表に視線を向ける。
日付と運行予定表を確認すると丁度、駅馬車はエレハーレを出発していた。次のラズログリーン行の駅馬車が出発するのは当分先だった。
ギルも運行予定表を確認し、トーアと顔を見合わせるとそれぞれ溜息をつく。
「出発は次の駅馬車でいいかな」
トーアの言葉に二人は頷いた。
酒場で雑談をした後、トーア達はそれぞれ部屋に戻る。
部屋に鍵をかけ、ホームドアに入ったトーアはそのまま鍛冶場へと向かった。スチールシープから刈り取った金属の羊毛と言えるものを溶かす坩堝を鉄で作ろうと考えていた。
――本当はアルミナで作れば一番いいんだけど……セラミックを加工できるほど設備整ってないからなぁ。
磁器、ファインセラミックと呼ばれる類のモノが一番良かったが、現状では鉄製で作るしか出来そうになかった。
火を入れて十分に温まった炉に鉄のインゴットを入れて熱していく。予定の坩堝は直径二十センチ、底は丸底にし、注ぎ口は簡単に作る予定だった。
赤くなった鉄のインゴットを取り出し、金床の平らな部分に置いて槌で叩いていく。ある程度平たくした後は、金床の鳥口と呼ばれる円錐状に尖った部分に当ててコップのように変形させる。全体の厚みを均一に作らなければ効率的に加熱できないため、それだけは注意しながらトーアは作業を進めた。
最後に注ぎ口を作って焼き入れと焼き戻しを行う。水は【湧き水】で作成した水球で間に合わせる。
しゅうしゅうと湯気をあげる坩堝を徐冷用の木の棒の上に置き、出来栄えにトーアは満足の息をついた。
夜も遅くなっているので、炉の火を落として今日の作業を終える。
再び初期設定の部屋で汗を流し、ホームドアを出たトーアはベッドに寝転がり、今後の作業の事を考えているうちにいつの間にか眠りについていた。