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第十章 十二時間のデスゲーム 14

 しばらくしてトーアのホームドアにクアルとメリアがやってくる。


「トーア、大丈夫かしら?」

「みんな……その、おおっぴらにじゃないけど、戦勝パーティしてるよ」

「うん、大丈夫だよ。戦勝パーティはまぁ……仕方ないよ」


 戦闘終了後のあの静けさを思い出し、トーアは力なく笑った。


「まぁ、それで勝利じゃなくてトーアが無事だった事を祝おうと思って」

「メリアが秘蔵のワインを開けてくれるってさ」


 気を使ってくれた二人に感謝しつつ、トーアは笑顔を浮かべて二人をホームドアに招いた。台所でおつまみを作り、歓談室のテーブルに並べる。そして、三人で一晩中飲んだ。メリア秘蔵のワインだけではなく、トーア手製のどぶろくから蒸留酒、日本酒、ウィスキーなど、ただクアルとメリアと食べて飲んで笑いながら話して夜を明かした。




 ウィスキーグラスを手にしたまま、ゆったりと座れるソファーに座り寝落ちしていた事にトーアは気が付いた。


「……ん……ぅ……あ?」


 目を擦り体を起こそうとするが倦怠感と頭痛に顔を顰め、ソファーに再び沈み込む。


――流石に飲みすぎた……。


 テーブルの上だけではなく床にも酒が入っていた小さな樽や瓶、かめが散乱し、食べかけのつまみや軽食が残っている。

 クアルは床で一升瓶を抱えてむにゃむにゃと寝言を言っており、メリアはワイングラスを手にしたまま頬杖をついてすぅすぅと寝息を立てていた。

 状態異常の【酩酊】にでもなっているのだろうと、確認のためパーソナルブックを捲りステータス欄を開く。


「な、なんじゃこりゃぁぁっ!!?っ~!いったぁぁっ……!!」


 そこに表示されていた内容に思わず大声をあげてしまい、そのせいで走った頭痛にトーアは頭を抱えて悶絶する。トーアの声にクアルとメリアも目を覚ましたのか、眠たそうな顔をして目を開けた。


「ぅ……トーア……朝からそんな大声出さないで。頭に響く……」

「ぁぁ……飲みすぎね。【酩酊】状態かしら……それで、トーアはどうしたのよ……?」


 とりあえず【酩酊】状態を回復する為に抗酩酊薬をクアルとメリアに渡し、三人同時に飲んだ。すぐに頭痛と倦怠感、吐き気もおさまり、すっきりした気分になる。


「ふぅ、それでトーアはどうしたの?」


 はっきりとした思考の中で再びパーソナルブックのプロフィール欄を再び確認し、間違いない事を確認していた。


「いや、あの……私に二つ名が……」

「あら、二つ名?これで気狂いかしまし全員、二つ名持ちになったわね」

「よかったよかった」


 クアルは『刻印狂人マッドサイエンティスト』、メリアは『人形王国の女王マリオネットクインダム』の二つ名を得ており、今まではトーアだけ二つ名はなかった。

 CWOの二つ名は主にゲーム内掲示板『プレイヤーに二つ名をつけよう』というスレッドで議論が行われていつの間にかプレイヤーに付与されている。恐らく運営が付与していると思われるが、スレッドで議論されていないプレイヤーにも二つ名が付与される場合があるため、今も謎が多く、二つ名は削除する事が出来ないものになっている。

 トーアに付けられた二つ名は『鮮血の生産者ブラッドバス・クリエーター』。どう考えても昨日の出来事が原因だった。


「掲示板の内容を読む限り、昨日のことが原因みたいね」

「生産と凄惨をかけているんだって」

「うっ……ううううう……」


 確かに模擬戦の戦闘領域を血の海に変えたためまったく反論が出来ない。身悶えるトーアの元にいくつかメッセージが届く。


『さすがトーアだ!普通の生産者に出来ない事をやってのけるぜ!』

『見ることは出来なかったが凄まじいものだったらしいな、二つ名獲得おめでとう。トーアの名もCWOの世界に広まるだろう』

『生産者とは一体。まぁ、ついに二つ名持ちになったんだ、おめでとう』


 友人であるプレイヤー達から届いたメッセージに頭を抱える。極めつけにサクラから届いたメッセージに天井を仰ぎ見ることになる。


『教訓じゃな』


 長い溜息をついたトーアだったが、クアルとメリアは笑みを浮かべていた。


「じゃぁ、トーアの二つ名取得を祝って、飲みましょうか」

「うん。今日も酒宴だね」

「……二日酔いになったばっかりなのに」


 元気よくお酒を用意する二人にトーアは呆れつつも、新しいワインを取り出してテーブルの上に置く。トーアの薬があるためどんなにむごい二日酔いも怖くないというメリアにトーアは思わず笑い、追加のおつまみや軽食を用意して再び宴会を始めた。


 その後、イベントを攻略していたプレイヤー達が見つけた新たな素材の加工法をトーアが発見し、最初に作成した剣を受け取ったプレイヤーが十周年記念イベント『神々の依頼』を終わらせる。

 イベントが終わった事で『現実』の再現が終わりログアウトの項目がパーソナルブックに復活した。デスゲームを生き残ったプレイヤー達は歓喜に沸きながらログアウトしていく。

 トーアはイベントが始まったときと同じように広場にテーブルを出して座り、その様子を眺めている。


「トーア、ログアウトしないの?」


 イベント開始時と同じようにギルと共にテーブルに座っており、トーアと同じようにその様子を眺めていた。他にも同じようにその場で酒宴を開いているプレイヤー達もいる。


「うん、もう少しだけイベントが終わった事に浸っていようかなって」

「僕は先にログアウトするよ。現実の状況を確認したいし」


 トーアが『鮮血の生産者ブラッドバス・クリエーター』の二つ名を手にした時は、ギルはディーと共にCWOの世界を巡っていろいろなことがあったらしい。『神々の依頼』のイベント攻略にも少しだけ関わっていた。


「……CWO、サービス終了になるかな」


 立ち上がったギルへ視線を向けず、トーアはぼそっと呟く。声が聞こえたのかギルは椅子に座りなおし、神妙な顔で頷いた。


「なるだろうね。結局どれだけのプレイヤーが死んだかわからないけど……多くの人が死んだのだろうだから」

「……そうだよね」

「トーア、デスゲームで人を殺めたとしても罪に問われるかわからない。その時にならないと」

「うん。……私もログアウトするよ。何か騒ぎになっているかもしれないし」

「もしかしたら病院のベッドの上だったりしてね」


 その冗談にトーアは笑って、先にログアウトするギルを見送った。椅子とテーブルを仕舞った後にパーソナルブックからログアウトを選んだ。

 浮遊する感覚に目を閉じるが、なぜかどこかに着地したことで目を開く。そこはどこかの建物の個室で中心に掘りごたつがあり、テーブルには船盛りと一升瓶が置かれていた。そして、どこにでも居そうな無精髭を生やしたおっさんといえる年齢の男性が座っている。


「おう。リトアリス・フェリトールだな。こっちに座ってくれ」

「……ここはどこ」


 思わず身構えたトーアだったが、男性は手を左右に振った。


「おいおい、待ってくれ。事情を話すから座ってくれ。デスゲームを終わらせた剣を作ったリトアリス・フェリトールに頼みたい事もあるしな」

「…………」


 胡散臭いものを感じながらもCWOで起こった事を知っている事、イベント攻略後から姿を見せないARウィンドウに現れた人物につながりがありそうな可能性に素直に掘りごたつに座る。


「とりあえず、俺はこの騒動やCWOの大本を管理している大神って呼ばれてる存在だ」

「大神?」

「詳しい事は話が長くなるから今度な。まぁ世界を管理する存在をまとめている存在と思ってくれればいい」

「……胡散臭い」

「まぁ、そうだろうな。それはとりあえず置いておいてだ」

「いや、待ってよ。このデスゲームを全て計画したっていうのなら、あなたは犯罪者でしょ!?」


 テーブルの船盛りをつついていた男性は怪訝そうな顔をする。


「ああ……いちいち説明するのも面倒になってきたな……全部あいつにアナウンスさせればよかった。とりあえず、今回の事で誰も死んでいない。目的があってこんな事をしたんだ。誰も無駄に死なせる訳がないだろ」

「え、な、え?死んでない?でも、私はレスティさんを!」


 男性はコップに入った日本酒らしき液体を一気に飲み干して息をついた。


「まぁ、落ち着け。説明するっていうのにも色々と順序ってものがあるからな。まず今回のデスゲームで死んでる奴はいない。リトアリスたちが生活していた場所から別の場所にログアウトしただけだ」

「じゃぁ、レスティさんやレイさんは……」

「心配するな、アレスティア・ベルバロットとアンカレイド・ガフティリアはちゃんと生きてる。もちろん現実でもだ。話が終わったら会わせてもいい。むしろ、二人からトーアに会える様にしてくれと言われているからな」


 身体の力が抜けてほっとする。視界が歪み涙が出そうになるがぐっと堪える。

 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けたあと、正面に座る男性を見据えた。


「それで話って?」

「リトアリス・フェリトール。生産者でありながらその手で作り出した黒鎧を身にまとい、返り血で赤黒く染めた猛者。異世界に行く気はあるか?」



 男性の雰囲気が今まで感じた事のないものに変わる。人の形をしているが生物とはまったく違う別の存在を感じさせる何かに。

 雰囲気に飲まれつつも答えた。


「異世界……?」

「おう。まぁ、普通に違う世界だと思ってくれればいい。魔法があったりモンスターが出たりだな。どうだ?」


 が、すぐにその雰囲気は霧散して普通のおっさんに戻る。物凄く残念な気持ちになりながら異世界というものの説明にファンタジーしか感じなかった。だがいままで経験していたデスゲームというものも充分ファンタジーかとトーアは思う。


「どうだって言われても……私みたいな普通の人間、異世界に行かせてなにさせたいの?」

「あ、現実のではなく、リトアリス・フェリトールとして異世界に行くんだ」

「トーアの姿で?」


 男性の言葉に一時期流行ったMMORPGのキャラクターで異世界にトリップする系統のファンタジー小説を思い出す。口を閉じたまま考えるが、初めから答えは決まっていた。異世界、CWOと同じような世界で暮らして生産して生活するというものは少しだけ望んでいる事を素直に肯定する。


「いきなりとか、すぐじゃなければ」

「おう、それはもちろんだ。リトアリスにも普通の生活があるだろうしな」

「話は終わり?」

「俺のほうからはそうだ。少し待ってろ」


 スマートフォンのようなものを取り出した男性はどこかに電話をかけて一言、二言話した後、スマートフォンを仕舞った。

 しばらくして部屋の外に人の気配を感じ、顔を向ける。


「おじゃましまーす……」

「レスティさんっ!」

「ぁ……トーア、わっ……」


 恐る恐ると部屋に顔を覗かせたレスティにトーアは飛びつくようにして抱きついた。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ……あの時、私は……」


 抱きついているうちにぼろぼろと涙が溢れだしてくる。トーアの様子にレスティはものすごく申し訳なさそうな顔をして、頭を撫でてくる。


「私もごめん。トーアにあんな事を背負わせて……。あの後、レイ姉さんにすっごい怒られてね」

「え……?」

「散々罵られて『死ぬのなら一人で死ね!』って言われちゃったよ。でもそれだけむごい事をトーアにしたんだから……だから、その、ごめん……」


 神妙な顔をして謝るレスティにトーアははいと頷いた。


「トーア、この子のことを許してもいいの?」


 レスティの横から顔を出したレイがトーアに尋ねてくる。レイも本当に生きていたことにほっとして、問いにトーアは頷いた。


「まったくこの子は……そんなに背負い込まなくてもいいんだからね?」


 溜息をついたレイはどこからともなくハンカチを取り出しトーアが流した涙を拭いた。そして、鼻をかむように言われ、素直に言われたとおりにする。


「トーア、私もCWOを引退するよ」

「え……ぁ……はい……」


 あんな事があったのだから仕方ない事だと思ってトーアは頷いた。後日、いくつかのアイテムをトーアに渡す事を約束し二人はログアウトしようとパーソナルブックを開いた。


「トーアはCWOを続けるの?」


 ふと気が付いたかのようなレイの質問にトーアは少しだけ考えた後、小さく顔を縦に振る。


「はい、まだ続けようと思います」

「そっか。何かの間違いで復帰した時はよろしくね」


 レスティへ笑みとともにはいと返すと二人はログアウトして消えた。


「俺のほうも聞きたい事、伝えたいことは以上だ。ログアウトしてもいいぞ」

「CWO、続けるつもり?」

「ああ。十二時間、プレイヤー達を拘束したが何も問題は起こっていない、死人も出ていない。続けても問題はないはずだ。引退者はでるかもしれないがな」


 男性の言葉にレイやレスティのような嫌な経験をしたプレイヤーが居るため仕方ないのかもしれないと思い、頷いた。ふとある事を尋ねる。


「あの仮面の人って何者なの?」

「ああ、あいつは世界を管理する存在候補と言ったところだな。ちなみに広場で殺された奴、居ただろ?あれもこっち側の存在で仕込みだったわけだ」

「どうりで……」


 全て初めから仕組まれていた事に溜息をついてトーアはログアウトする。

 現実に戻り、時計を見ると朝の六時をさしていた。説明にあったとおり本当に十二時間しか経っていなかった。


「……なんて長い十二時間だったんだか……」


 立ち上がってサクラから教わった正拳突きを行うが、CWOと違い体が付いていかなかった。

 やっぱり無理かと一人苦笑いを浮かべながら、リトアリス・フェリトールこと明野 幸太は日常へと戻っていく。大神と名乗った男性の言うとおりCWOの運営は続いた。引退者が多く現れたものの、トーアのように残る者、『デスゲーム』が行われたという都市伝説めいた事実を耳にして増えた新規プレイヤーも現れる。

 そして、半年後、トーアは輪廻の卵を完成させ、異世界であるコトリアナにやってくることになった。

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