第十章 十二時間のデスゲーム 13
伏兵という汚いやり方に怒りを覚えつつトーアは向き直る。そして左の百胴抜を左手で逆手に抜くと艶のない黒い棘が左手と百胴抜を覆い、さらに棘が生えて形状を変えた。
艶のない黒い棘が再びトーアの身体の中に戻った時、トーアの手には一つの機械弓が残る。
その弓は以前、弓を使うプレイヤーから強力な弓をという依頼を受けて作成した【鋼黒弓】という弓である。何枚もの板バネと構造によって凄まじい張力を発揮した強弓である。
だが強力すぎて依頼者も製作者であるトーアも使う事が出来ず、チェストゲートに眠っていた規格外不良品であった。しかし、鋼龍装の武装を選ぶ際、鋼龍装のステータスならば引くことが出来るとわかり、トーアは【贄喰みの棘】に食わせていた。
いきなり現れた弓に建物の屋根に居たプレイヤーは一瞬固まる。受け止めた矢を【鋼黒弓】で射ろうとした瞬間に矢は粉々に砕けちってしまった。
――やっぱり、弓が強力すぎて普通の矢は使えないか。
身構えたプレイヤーだったが矢が弾けとんだことに目を丸くする。トーアは右手で腰の辺りをなで鋼龍装の一部を【贄喰みの殻】の能力で変化させる。艶のない黒い棘が幾つも生え、細長い筒状を形作った。
棘が再び消えたとき、トーアの腰には通常の矢筒よりも長いものが現れていた。右手で矢筒から【鋼黒弓】専用の矢を取り出す。幾つもの返しがついた鏃と金属の本体を持った矢というよりも杭や短槍と言ってもおかしくないものである。
「な……!?くっ……」
建物を飛び降りるプレイヤーに向けて、矢を番え【鋼黒弓】を引き絞る。ギリギリギチギチと弓にあるまじき耳障りな金属音が響き、矢が放たれる。
落下中のプレイヤーは避ける事ができずに、背にしていた建物に縫い付けられた。
「ぐっ……あっ……やめっ……ぎゃぁぁあぁぁぁっ!!?」
続けて放った矢に身体を貫かれ、建物に磔にされ動かなくなる。鋼黒弓と矢筒が再び艶のない黒い棘に覆われて、元に戻す。百胴抜を鞘に納め、最後に生き残っているであろう最初に喉をつぶしたリーダー格のプレイヤーの下へ足を向ける。
「【フレイムボム】!!」
魔法を発動する声と共に巨大な火球が戦闘領域内に現れ、トーアに迫った。
最初に灰鋭石の硬剣を投げつけたプレイヤーの一人が生き残っていたかと思いながらトーアは、右手で百胴抜きをすばやく抜き、口早に詠唱を行う。
「『我に放たれるは汝が贄よ、偏食にして痩躯の棘よ彼のものを啜り喰らえ』【偏食の痩棘】!」
右手に握られた百胴抜から艶のない黒い棘が生え、中から細く曲がりくねった棘が現れる。
迫る火球に【偏食の痩棘】を突き出す。【偏食の痩棘】が歓喜に震え、一瞬で火球を喰らい尽くした。
「え……」
魔法を放ったプレイヤーの完全な不意打ちに緩んだ顔は火球が消えたことに呆然としたものに変わった。【偏食の痩棘】は【贄喰みの棘】のスキルの一つで、『魔力によって創造されたものしか食わない』という特性を持つ。武具を喰らう【贄喰み】の中でも最も偏食で悪食な棘だった。
火球を【偏食の痩棘】に喰わせたトーアは、【偏食の痩棘】を解除して鞘に戻し、魔法を放ったプレイヤーに向きを変えてゆっくりと近づく。
「ひっ……!?いっ……い、いやっ!」
四つんばいで逃げようとするプレイヤーの脚を片手でつかみ、物のように振り上げ、無造作に石畳の地面に叩きつける。
「ぎゃぺっ!」
小さな悲鳴をあげた後、プレイヤーは動かなくなった。だがトーアは何度も地面や戦闘領域で区切られた壁にたたきつける。そのたびに鋼龍装だけでなく地面も壁も流れだした血で真っ赤に染まった。最後に遠心力をつけて逆側の壁に放り出す。車のフロントウィンドウにぶつかった羽虫のようにひしゃげつぶれた人の形をしたものは、真っ赤な跡を残しながら、ずるずると地面へと落ちる。
人だったものにトーアは目もくれず、生き残ったプレイヤーの元へ脚を向けた。
血の海と化した戦闘領域を歩き、動かなくなった肉の塊を踏み潰して喉をつぶし、吹き飛ばしたプレイヤーに近づく。
「私、すごく怒っているけど、なんでかわかる?」
プレイヤーは答えず、剣を構えて立ち上がる。叫び声をあげながら剣を振りかぶって斬りかかって来るがトーアはその剣をつまんで止めた。
驚き固まるプレイヤーの両肩の関節を打撃で外す。そして、胸元を掴み、両膝を蹴り砕く。
「がああぁぁっ!?」
「ねぇ、答えてよ。そろそろしゃべれるでしょ?」
答えようとしないプレイヤーは小さく溜息をつき、もっと素直になるようにあるものをチェストゲートから取り出した。
地響きと共に戦闘領域の中心に巨大な高炉が現れる。トーアがプレイヤーを引きずりながら近づくと重々しい音と共に動き出し、最も高い部分から火花と煙を噴き上げ、動き始めた。
初めは怪訝そうにしていたプレイヤーだったが、トーアが高炉に備え付けられた階段を登り始めるとトーアの意図を悟ったのか首を振り、かろうじて動く脚をばたつかせ始める。
「やめろっ!やめてくれっ!ゆるしてくれっ!頼む!なぁ!聞こえてるんだろう!!」
「へぇ、何に対して許してくれって言うの?」
金属製の階段を一つ登るたびに、カン、カン、と音が嫌に響いた。
「そ、それはっ……生産系や採取系のプレイヤーを馬鹿にしたことだ!」
「じゃぁ、ちゃんと言って」
高炉の最も高いところに到着しトーアはプレイヤーの胸元を掴んだまま、高炉の上に吊り上げる。プレイヤーは宙に浮き、下から吹き上げる熱風に髪がなびき、顔が引きつった。
「ひぃ……!?せ、生産系や採取系のプレイヤーを馬鹿にして、すみませんでした!」
「……わかってないなぁ。あなたが言ったことは的外れでもないんだよ?生産系プレイヤーは素材がなければ何も作ることが出来ないのは本当の事。だから戦闘系プレイヤーに採取や護衛の依頼を出したりする。だけどそれは一方的な依存関係じゃない」
トーアはそこで一度言葉を切って鋼龍装のフェイスガードを全て開き、顔を見せる。
「戦闘系プレイヤーが身につけている武具は誰の手によるもの?CWOに居る生産系プレイヤーの誰かが作り出した代物なんだよ?生産系と戦闘系プレイヤーは互いに依存しあってる関係なのわかってる?どちらが上という訳ではなく、生産系プレイヤーは戦闘系プレイヤーが居なければ何も作れず、戦闘系プレイヤーは採ってきたものから何かを作って貰わなければ、自身の身を守る事もできない。私が言いたい事、理解した?」
「わかったっ!わかったからっ!今後はっちゃんと、そういうのを尊重する!すまなかった!!」
プレイヤーの真に迫る謝罪にトーアは満面の笑みを浮かべた。
「わかってくれて、よかった。でも私は許さない」
笑みを浮かべたままプレイヤーを掴んでいた手を離した。
「あ……」
プレイヤーの顔は一瞬で絶望に染まり、そのまま高炉の溶けた金属が沸き立つ炉の中へ落ちる。
「ぎゃああぁぁあぁぁぁっっ……!!!!」
悲鳴が聞こえていたのは短い間ですぐに聞こえなくなった。
『戦闘終了!リトアリス・フェリトールの勝利です!』
機械音声が勝敗を告げ、戦闘領域が解除される。肉片と血の海と化した戦闘領域は跡形もなく綺麗になり、トーアが取り出した高炉だけが残る。
対戦したプレイヤー達は最初の立ち位置に戦闘前と同じ姿で立っていた。だがその顔は白に近いほど真っ青で自身の体に触れて何かを確かめたり、震えている。
高炉をチェストゲートに戻し、トーアはゆっくりとプレイヤー達に近づいた。
「これからは私が言ったこと、忘れないでね」
顔を覗きこむようにして言うと、リーダー格のプレイヤーは白目を剥いて泡を吹いて倒れこんだ。他のパーティメンバー達が倒れたプレイヤーを支えながら、逃げるようにして広場を去って行った。トーアも鋼龍装を解いて再びローブを羽織る。
辺りの観客たちの一部は顔を青くし、口元を手で押さえていた。勝負が付いたことによる歓声はなく、ただ静かだった。
「ぁ……」
そこでトーアは自身に向けられる視線に篭ったものを悟り、何をしたのか気が付いた。
トーアはある場所へ行くため歩き出すと、観客達は音を立てて道を開ける。それを気にもせずにトーアは歩き、次第に早足になり、最後には駆け出した。そして、いつもホームドアを設置する場所に到着するとすぐにホームドアに入り真っ直ぐにキッチンに向かい、シンクで盛大に吐いた。
「うっ……おぇぇぇぇっ!……なんで、私は、あんな……」
腹から湧き上がってくる胃液を内容物ごとシンクにぶちまける。なにも吐き出せなくなって身体が凍えたように震え始め、トーアはその場に崩れ落ち身体を抱きしめる。
――怖い、怖い!怖い!!あんな風にするつもりなかった!少し……動けなくするだけであんな……あんな風にするつもりはなかった!!
相手を動けなくするだけのつもりだったが、結果は血の海で肉片と返り血に塗れて一人立つことになった。
鋼龍装の中でのトーアはずっと笑みを浮かべていた事を思い出し、自身の中に凶暴性を初めて知り自然と泣いていた。
「あんな……あんな事をするために師匠と修行した訳じゃないっ……のにっ……!!」
何を学んだのかと後悔しながら身体を丸めて、何度も床に額を打ち付けた。ホームドアに来客が来たことを告げるベルに顔を上げる。誰かと会う気分ではなかったが、トーアは呼吸を整えて涙を拭ってふらつきながら立ち上がった。
「トーア、いいかの」
「っ……し、師匠……は、はい……どうぞ」
正直、一番会いたくない相手であるサクラが来訪したことに内心びくつきながら客間に通し、日本茶と茶菓子を出した。サクラに座るように言われたトーアは向かい合うように座る。
茶を一口飲んだサクラから真っ直ぐに視線を向けられトーアは、力に呑まれ暴れまわった事を叱責されることを覚悟した。
「ふぅ……怖いか?トーア」
「ぁ……の、その……」
「自分が別の意図で身につけた技術で躊躇いなく惨たらしい事をしてしまったことが怖いか?」
叱責されると思っていたがサクラの口調はいつもの好々爺たるものだった。トーアは小さく頷き、そのままうつむく。身体が震えだすのを押さえることができなかった。
「まったく、おぬしはほんに良くできた弟子じゃよ。人にはそういう凶暴性というものがある。普通は理性などでしっかりと押さえ込んでいるがの。だが何かの拍子……怒りに駆られた時や膨大な力を手にした時に現れやすい」
言葉を切り茶菓子である饅頭を頬張るサクラにトーアは実感をもって再び小さく頷いた。
「じゃが、トーアはそれが怖いんじゃろ?」
「はい……最初は動けなく程度にしようと思っていたんです、でも……」
「ある意味、見事といえる。初の実戦で相手の腕前はともかく、あの人数差がありながら蹂躙したんじゃからな」
咎めるような内容にトーアは身体を小さくする。
「技を教えたわしとしては弟子の成長を実感できた、そして、その力に恐怖している事も喜ばしい」
「は……え?」
サクラの言い様にうつむかせていた顔を上げる。サクラは微笑み、愛でるような視線を向けて来ていることにトーアは戸惑った。
「それでいいんじゃよ。自分が手にした力が恐ろしいものであると身をもってわかったじゃろう?もし、力を誇り、溺れるようなことがあればわしはお前を殺さねばならん」
「ぁ……そ、それは……私の師匠、だからですか?」
「うむ。その力を教えたワシに責任がある。だがトーアはその力を恐怖した、恐ろしいものだと。それがわしはうれしい。それでいいんじゃ、出来れば使わない方が良い技術であるとわかっていれば」
「は、はいっ……」
トーアが頷くとじゃがとサクラは言葉を切る。途端に好々爺とした雰囲気が吹き飛び、歴戦の強者が放つ覇気に変わる。肌にちりちりとしたものを感じながら、ぐっと下腹部に力を込めてその覇気を真っ向から受け止めた。
「身の危険、親しき者が苦しめられている時、使わねばならない時は決して躊躇しない事じゃ。その躊躇はおぬしだけではなく、守ろうとした者の命まで奪う事を肝に銘じておけ」
「はいっ!師匠!」
返事と共にテーブルに頭をぶつけんばかりに頭を下げる。すぐにサクラの覇気は霧散し再び好々爺といった雰囲気に変わった。
「それでこそ、わしの愛弟子じゃ」
お茶と茶菓子を食べたサクラは嬉しげな顔でホームドアを出て行く。サクラを見送ったトーアは身体の震えが止まっていることに気が付いた。