第十章 十二時間のデスゲーム 12
翌日、街の広場へと向かう。まだ鋼龍装は身につけておらず、鋼龍装のもっとも肌に近いアンダーウェアの上から足元まで覆うローブを羽織っている。
広場には話を聞きつけたプレイヤー達が集まっており、ゲーム内掲示板でも多くのプレイヤー達が戦況を実況しているようだった。
「ふん、逃げずに来たみたいだな」
「まぁ、やってみないとわからないでしょ」
トーアからPvPを申し込む。了承された対戦相手のリストが表示されると目の前のプレイヤーだけではなくパーティと思われる数人のプレイヤー名が表示される。そして、模擬戦の条件として、どちらかが全滅するまで終了しない事になっていた。
「人数とルールは決められてなかったからな」
あざ笑うプレイヤーだったがトーアは耐えに耐えていた事をやめる。
「別に、かまわないよ」
トーアは自然に笑みを浮かべるがその笑みに対峙したプレイヤーは僅かにたじろぐ。PvPが開始されるカウントダウンが始まり、戦闘フィールドとなる空間がAR表示され通常の空間と切り離された。トーアはローブを勢い良く脱ぎ、手にしたローブをチェストゲートに収納する。
トーアが身につけている身体のラインが丸わかりの首元まで覆う全身タイツのようなアンダーウェア姿に、観客となったプレイヤー達からざわめきが起こった。
「【鋼龍装】展開」
脚を肩幅に開き、両腕を軽く広げると顔を除く全身から艶のない黒い棘が生え、すぐにトーアの体の中に埋没し消える。あとには棘と同じような色合いをした顔を除く全てを覆う全身鎧が残った。トーアが『外骨格型強化全身甲冑【鋼龍装】』を身にまとった姿に辺りから再びざわめきが起こる。
【鋼龍装】はトーアが最初に身につけていたアンダーウェアを含む四層から構成されている。
第一層のアンダーウェアは肌に直接触れる部分で、メリア、クアルとの研究で発見された『布に【刻印】を縫い付ける』という技術の完成形であり、各種耐性を持ち、金属鎧並みの防御性能を獲得している。
鋼、黒重鋼、黒鋼龍素材を混ぜた合金で作成されたハニカム構造の板が第二層になり、柔軟性を必要としない腕や脚、胸部といったところに配置されている。全体の基礎となる部分で続く第三層、第四層を支えている。
第三層は爬虫類の外皮に似たうろこ状の構造をしており、全身を覆い、甲冑の弱点である関節部分を完全に覆っている。うろこ状のパーツ一つ一つに施された【刻印】と【付加】によりステータス向上効果が莫大な補正を生み出していた。
もっとも外側にあたる第四層は関節部と腹部、手、足を除く通常の甲冑が配置される部分にあり、黒鋼龍の外殻を削りだして作られた防具兼打撃具になる。デザインはトーアの女性的なラインを崩さずに必要な機能を詰め込んだものになっていた。
腰には鋼龍装と同じ素材で出来た『百胴抜』という刀のような形状の剣が二本、使い捨てる事を前提とした灰鋭石の硬剣が二対四本刺してある。
【刻印】と【付加】の効果は全て力といった攻撃に必要なステータスに傾けられており、防御能力はアンダーウェアと素材がもつ硬さしかない。鎧部分は【贄喰みの殻】が吸収しているため、トーアがしたように瞬間的な着脱を可能にしていた。
『戦闘開始!』
PvPの開始を告げる機械音声が辺りに響くがトーアも相手プレイヤー達も動く事はなかった。
しばらく睨みにあっていたがこの状況を鼻で笑い、へらへらとした顔で一人がトーアにゆっくりと近づいてくる。
「どうした?そんな大層な鎧を作っても結局動けないのか?」
剣が抜かれて鋼龍装に覆われたトーアの喉元に突きつけられた。トーアはそれを鼻で笑い、顎部分に折りたたまれたフェイスカバーを展開する。フェイスカバーは鼻の上まで一瞬で覆い、側頭部に折りたたまれていた面当てが顔の前でひとつになりトーアの顔を完全に覆う。内側は【刻印】による透過処理が行われており視界を妨げることはない。この状態の鋼龍装はある程度の気密性を持ち、完全に閉じた状態にある。
変形した鋼龍装に剣を突きつけたプレイヤーは思わず剣を引こうとしたが、トーアはその剣の腹をつまんでとめた。
「な……えっ……!?」
驚き、固まったプレイヤーは剣を再び引こうとしたが、びくともしない事に目を丸くする。今のトーアのステータスは鋼龍装によって戦闘系の上位プレイヤーに届く能力を得ていた。引くことが出来なかったプレイヤーが困惑した表情のまま突き出そうとした瞬間、剣を引いて抜き手を放つ。
プレイヤーの金属鎧の上から鋼龍装に覆われたトーアの手がプレイヤーの中にもぐりこんだ。プレイヤーの身体が一度だけびくりと大きく震える。
あるものを掴み取りトーアは手を引きあるものを引きずり出した。“現実”が再現された影響下のためか綺麗な心臓が現れる。今も脈動する心臓からは真っ赤な血が溢れ出しトーアの手だけではなく鋼龍装も赤く染め、無造作に、見せ付けるように心臓を握りつぶし、血と肉片をあたりに撒き散らした。
「【贄喰らい】」
手に残ったままだった剣から艶のない黒い棘が生え、そのまま剣を喰らう。トーアと戦うと言ったプレイヤー達は倒れこんだ仲間だったものを見て動揺し棒立ちになっていた。
その隙を逃さず戦闘系アビリティ【駆動】のスキル【縮地】を発動し、トーアと戦う事を言ったリーダー格のプレイヤーの前まで一息に距離をつめる。
「な……」
宙で構えを取り着地と同時に固まっているプレイヤーの喉に拳をめり込ませ勢いのまま吹き飛ばす。
「っがっ……!?」
一撃で喉をつぶされ、吹き飛んだプレイヤーは戦闘領域として区切られた壁に激突しそのままずるずると下へ落ちる。
トーアの両脇に立っていたプレイヤー達は慌てて身構えようとするが、動き出す前に灰鋭石の硬剣を両手で抜く。回転してしゃがみこみながらもっとも近くにいた二人のプレイヤーの喉、手首、脇、股といった急所を灰鋭石の鋭さに物を言わせて斬り裂いていく。
「ぐぅっ!?」
「ぎゃぁぁっ!?」
二人のプレイヤーから血が噴出して、鋼龍装を更に赤く染める。二本の灰鋭石の硬剣は使い物にならないほどに欠けるが、しゃがんだ状態でさらに二本の灰鋭石の硬剣を抜き、後衛として下がっていたプレイヤー四人に向かって投擲する。
「ぐぇっ……!?」
「いやぁっ!?」
四本の灰鋭石の硬剣は外れることなく命中し、四人のプレイヤーは倒れこむ。崩れ落ち始めた両脇のプレイヤーを飛び上がると同時に両翼に向かって蹴り飛ばす。
混乱から回復しつつある右翼側のプレイヤーが蹴り飛ばされた仲間だったものを受け止め、動きが止まった。
トーアはそれを見逃さず、飛び上がりの着地と同時に手刀と抜き手に両手をそれぞれ構えで飛び掛る。
標的となったプレイヤーは受け止めた仲間だったものを横に投げ剣を半ばまで抜くが、鋼龍装の硬さに任せたトーアの横薙ぎの手刀に剣がへし折られ、プレイヤーの首が跳ね飛ぶ。
首と胴が別れたプレイヤーはそのまま真横に吹き飛び、後ろに隠れ剣を抜いたプレイヤーが露になる。構えていた抜き手を放ち、鎧の隙間から体内に手をもぐりこませ、肝臓をつかみそのまま抜き取った。
「ぎゃぁぁぁああああっ!!?」
絶叫とともに絶命したプレイヤーの肝臓を握りつぶした瞬間、背後に迫る殺気に脚を大きく開き、姿勢を低くする。
空気を斬り割く音とともにトーアの頭上を巨大な斧が通り過ぎた。左翼側のプレイヤー達が我に返り、襲い掛かってきたらしい。
――やっと戦いらしくなってきた。
身体を向きなおした瞬間、普通の全身甲冑に大盾、突撃槍を構えた女性キャラクターのプレイヤーが突撃してくる。鋼龍装のなかで笑ったトーアは構え、突っ込んでくる突撃槍にあわせて回し蹴りを放つ。蹴りは槍の側面を撃ち切っ先を逸らす。
回し蹴りの勢いのまま突っ込んできたプレイヤーに足払いをかける。
「っ……!?きゃぁぁっ!?」
身につけていた装備の重量のためか盛大な音を立てて転倒し逆側まで転がっていった。
残った大斧を持ったプレイヤーは転がっていったプレイヤーの名前を叫びながら振りかぶった大斧をトーアに向け振り下ろしてくる。
迫る大斧の側面に触れ、鋼龍装によって爆発的に強化された膂力で軌道を無理やり横に逸らし、大斧は地面にぶつかり大きな音をたてた。
「なッ……」
目を見張り驚くプレイヤーに、トーアは指を左右に振りもう一度攻撃するように挑発する。
憤怒の形相で叫びながら大斧を横薙ぎにするプレイヤーの姿にトーアは薄く笑う。迫る大斧に合わせて一歩踏み込み、戦闘系アビリティ【拳】のスキル【無刀取り】を発動する。
大斧の柄に触れて迫る速度以上の回転で奪い取り、回転の速度を殺さずに大斧を持っていたプレイヤーの身体を鎧ごと真横に薙ぎ払う。
「ぁ……え……?」
腰の辺りから二つになったプレイヤーはぽかんとした表情をしていた。トーアは奪った大斧をおおきく振り上げてありったけの力でプレイヤーに叩きつける。
水が入った袋がつぶれるような音とともにプレイヤーの上半身は血と共にあたりに飛び散った。
「っ……ぅ……ぐすっ……くっ……」
倒れこんでいた突撃槍のプレイヤーは体勢を立て直して立ち上がっていたがその顔は恐怖のせいか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
大斧は墓標のように地面に突き刺さし、トーアはゆっくりと突撃槍のプレイヤーと向き合う。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
決死の覚悟とも取れる叫び声をあげて再び突撃してくる。トーアは冷静に腰を落として両手を前にだし構えた。槍の穂先が触れるギリギリの距離で身体を捻り、突撃槍を脇で固定し突撃の勢いを使って重装備のプレイヤーを後ろに投げる。
再び大きな音を立ててプレイヤーは転倒し、仲間達の血の海に倒れこんだ。返り血に染まりながらトーアへの恐怖からか逃げるように後ずさって行く。
「ひっ……いや……いやぁぁっ!」
プレイヤーにゆっくりと近づく。トーアの鋼龍装はいまや全身に返り血を浴び、飛び散った肉片で汚れ、赤黒く輝いていた。
そして、手には奪い取った突撃槍が握られている。
「ひっ……いやっ……やめっ……ごめんなさいっ……!ごめんなさいぃぃぃっ!??」
トーアは手にした突撃槍をふりあげて、切っ先をがんっと鎧で守られたプレイヤーの胸部に当てる。そして、そのまま徐々に力を込めて押し込み始めた。
「へ……え……い、いや……やめ……いぎぃっ!?」
突撃槍が金属鎧がめり込み、次第に変形する。呆然としていたプレイヤーの表情がトーアが何をしようとしているか察したのか恐怖に変わった。
「いやっ!?あっ!?あっ!!?ごめっ……ごめんなさいっ!いやぁっ!ゆるしてっ!ゆる…いぎいぃいっ!?」
突撃槍がゆっくりと沈み、プレイヤーは逃げ出そうと暴れだし悲鳴が絶叫に変わる。
「ごべんなざぃ!ゆる゛じでぇっ…!ぁっあ゛っがっ!げぼっ……!?あ゛っ!?あ゛っ!!あ゛あああああぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!?」
突撃槍の半ばまで突き刺さると悲鳴は止まり、暴れていたプレイヤーはぴくりとも動かなくなった。
あたりを見渡して戦闘領域内で立っているのはトーアだけになったが、まだ戦闘終了を告げるアナウンスはない。生き残りが居るのはトーアにはわかっており、血の海と化した戦闘領域内をゆっくりと歩き出す。
背後に生まれた殺気に反応し、飛来したものを反射的に掴む。手にしたのは鉄の鏃と木の胴を使った矢だった。
「っ……くそっ!」
振り返ると戦闘領域ギリギリに入った建物の屋根に弓を構えたプレイヤーが悪態をついていた。