第十章 十二時間のデスゲーム 11
さらに数週間が過ぎてサクラとの模擬戦の後に一通りの修行と教えるべき技術は全て教えたとサクラが口にする。
「それはつまり……」
「うむ。いわゆる免許皆伝という訳じゃな。じゃが、これで終わりではないよ。トーアが最初に言ったことのスタートラインにいまやっと立てたという事じゃ。これからは日々の鍛錬を欠かさず行うんじゃぞ」
サクラの言葉にトーアは地面に正座をして、背筋を伸ばしたあと深く頭を下げた。
「師匠、ありがとうございました」
「うむ。この後はどうする?」
「すぐに街に戻ろうと思います」
「そうか。息災でな」
もう一度頭を下げて礼をしたあとトーアは立ち上がり、街へ向かって駆け出す。
「ふむ……トーアの成長はVRのメリットだけとは言い難いの」
後ろで呟いたサクラの声はトーアには聞こえなかった。
デスゲームが始まったCWOのゲーム内時間で数ヶ月ぶりに拠点としている街へ戻ったトーアは、すぐにホームドアに向かいたかったが広場でお茶会をしていた、メリアとクアルに呼び止められる。
「トーア、ギルからどこかに出かけているって聞いたけど……無事に戻ってきたのね」
「うん。サクラさんのところでちょっと武者修行をね」
「ちょっとって期間じゃない……」
むっとした表情のクアルにトーアは小さく謝るがすぐに立ち去りたかった。
「そんなにそわそわして、どうしたの?」
「え、あ、そのー……実は武者修行中は料理だけはその、作れてたんだけど、ほかは一切何も作ってなくて」
禁断症状じみた物作りの欲求が高まっている事をトーアは説明すると、クアルとメリアは顔を見合わせたあと深く溜息をついた。
「まったくトーアは変わらないわね」
「何か作りたいものでもあるの?」
「うん。物作りはしてなかったけど、設計図案だけは考えてて……ディーさんの鎧?成長装具?を参考にしたものを作ろうかなって」
パーフェクトノートを取り出してこつこつと書き込んだ設計図案を広げようとする。
「ああ、あれね……名前がついたのよ」
「名前?」
そういえばと【名状しがたきもの】というのはディーの成長装具の名前で、開発中も鎧としかトーアたちは呼んでいなかった。レスティの棍は結局名前が付かなかったので成長装具の名前である【不確定性因果律】とトーアは呼んでいる。
「うん。総包戦拵『ナナシノケモノ』」
クアルのぶっきぶらぼうな言い様も含めて不吉な印象しか感じない名称にトーアは盛大に眉を顰める。
「な、名無しの獣?」
「そう。それもカタカナ表記でね……ディーさんと一緒に行動しているギルが居なかったらモンスターと間違われるところだったらしいわ」
「ギルがディーさんと?」
「あら聞いてなかったの?」
メリアの質問にトーアは頷き返す。ギルと別れるとき『思うところ』がどのような物かは聞かなかったが、クアルとメリアの話を聞く限り、トーアと同じように武者修行ということらしかった。
「結構いろいろとやってるわね……掲示板にログが残ってると思うわ」
「あとで確認してみる」
「トーア、ナナシノケモノを元にしたってことは【刻印】、使ってるんでしょ?設計図みせて」
クアルの興味津々と行った表情にトーアはにんまりと笑って設計図案を広げる。
「ナナシノケモノと同じく全身を覆う鎧ね。着脱する構造ないけど、どうするつもり?」
「それは私の成長装具で解決できることがわかったから……汎用っていうよりも私専用になるかな」
「そういうことならまぁ……仕方ないわね。はぁ、結局成長装具でごり押しになっちゃうのね」
僅かに眉を寄せながらメリアは溜息をついた。クアルは全身の部品に施される【刻印】を一つ一つ確認し、目を輝かせている。
「すごい。あの【刻印】の構造が生かされる作りになってる……写しを貰ってもいい?」
「写すのはいいけど……まだ完成版じゃないよ?試作もまだだしね」
それでもいいというクアルとついでに貰っておくというメリアに写しを渡した。
「それにしても可愛げのないデザインね。必要なものだけを取り付けたって感じだわ」
「う……いや、その、プロトタイプだし……基本構造が出来てからでもいいかなぁーって」
デザインの事など二の次、三の次くらいにしか考えていなかったトーアはメリアから僅かに視線を外しながら言い訳する。
メリアは微妙に口を尖らせていたものの、まったくと言って微笑んだ。
「とりあえず、うん。ホームドアに戻るよ」
「ええ。手伝える事があるなら手伝うわ」
「私も。ナナシノケモノを作ってから面白いものなかったから、手伝わせて」
ありがとうと礼を言ったトーアは二人と別れ、いつもホームドアを発動させている場所に向かう。その場でパーソナルブックからホームドアの設定を開き、専用の作業室を追加する。ホームドアに入ったトーアは真っ直ぐに新たに設置した部屋に向かった。
数日の間、寝食も忘れて部分的なプロトタイプをいくつか作成していたトーアは腹が鳴る音に目を覚す。
「うぁ……え……あ、ご飯、食べるの忘れてた……」
数ヶ月ぶりの物作りでテンションが限界突破していたらしく、三大欲求の二つを忘れるほどのめりこんでいたことを自覚する。のそのそと食堂へ向かい、以前作りすぎてしまった食事の残りをチェストゲートから取り出して貪るようにして口に運んだ。
その後、お風呂で汗を流したトーアは何度も書き直した設計図を眺める。
「そろそろ、クアルとメリアを呼んで試作し始めてもいいかな……」
続けてチェストゲートに収納してある使いそうな素材の数を確認をするが色彩鋼のひとつである黒重鋼、その上位互換であたる黒鋼龍と呼ばれるモンスターから取れる甲殻などの在庫が少ないことに気が付いた。
「買うか、狩りに行かないとダメかなぁ」
黒鋼龍は討伐方法が確立されているため、デスゲームとなった今も危険度は少なく狩る事ができる。準備無しとは言えないため、先にプレイヤー達が開いている露店を覗いてからにしようと外出の用意を始めた。
街の職業神殿前に伸びる大通りはデスゲームが始まった当初は人通りが少なくなったが、プレイヤーたちはこの状況に慣れたらしく普通に露店を開いている。
大通りの両端には生産系、採取系プレイヤー達が開く露店が並び、ときおり道から外れた場所で露店を開き格安で商品を販売するようなひねくれたプレイヤーも存在していた。
「お、トーアじゃないか。ここのところ姿を見せなかったから死んだかと思ったぜ」
「武者修行しててさ」
「武者修行か!これ以上、変な物作るのは勘弁してくれよ!」
顔見知りの採取系プレイヤーはゲラゲラと笑ったあと、何が必要なのか尋ねてくる。
「黒鋼龍の素材、出来れば質の良い物が欲しいんだけど」
「ああ、トーアお得意のだな……あーあるにはあるが、そんな数はないな」
「とりあえず、買えるだけ買いたいんだけど……」
快諾したプレイヤーから素材を受け取ってお金を支払う。予定した量が揃っていないため続けて露店を巡ろうと大通りを歩き出した。
いくつかの露店をめぐり、目に付いた商品を眺めていると後ろから聞こえた小さい悲鳴に反射的に振り返る。
「わ……」
「ぅ……あ、ごめんなさい」
よろめきながら倒れこんできた女性キャラクターのプレイヤーを受け止めた。気にしないという風に首を振り、受け止めたプレイヤーを立たせる。
「チッ……!」
原因と思われる鎧をきた戦闘系と思われる男性キャラクターのプレイヤーが悪びれた様子もなく舌打ちをしており、そのプレイヤーの周りにはパーティと思われるプレイヤーが数人同じような表情をしていた。
「それで、俺達から素材を買うのか」
「……そんな高い値段じゃ買えません。わざわざトレードまで使って……」
トレードという言葉にトーアだけではなく状況を察したらしい周囲の生産、採取系プレイヤー達が顔を顰める。
CWOのアイテムの売り買いを行うシステムは三つあった。
一つはゲーム内のNPC商店や露店での取引で、アイテムに設定された値段から二倍から零倍で取引が行えるもの。アイテムに設定される値段は使われている素材、アイテムランクにより増減し、希少かつ高いアイテムランクであれば高く販売する事ができるが上限がある。他の売り買いのシステムの中でも最も安く取引されるものだが駆け出しのプレイヤーにとって商店で買い叩かれる事もなく、かといって法外な値段がつけられた武具に涙する事もない。トーアのような上位の生産系プレイヤーにとってある程度、転売を抑制されるシステムは思いのほか受け入れられていた。
二つ目はトーアが輪廻の卵を販売したオークションによるもので値段の上限はない。希少な素材やアイテムランクの高い武具、消費アイテムなどの販売は主にオークションで主立って行われている。
三つ目はトレードと呼ばれるプレイヤー同士がアイテム同士、アイテムと金銭で交換するというもの。通常の売り買いとオークションと異なり一対一での交渉となるため、アイテムの価値が低くとも高い金銭を支払わせるといった事も可能だった。
「なんだと!?」
「そんなに高く買ったら、私だって生活ができなくなります!」
睨みつけ凄む戦闘系プレイヤーにトーアの前に立つプレイヤーは僅かに身体を強張らせる。プレイヤー同士の戦いになった場合、圧倒的に不利なのはトーアの前に立つプレイヤーだった。
「互いに納得できなければトレードしなければいいでしょ」
「なんだと?」
思わず口を出してしまったトーアに戦闘系プレイヤーの視線が移る。あたりからは心配そうな視線が集まった。
「生産系や採取系のプレイヤーが生意気言うんじゃねえよ!俺達が命がけで素材を狩ってこなければ何も出来ない奴らの癖に!逆に俺らに感謝しながらアイテム作っていればいいんだよ!」
「…………は?」
戦闘系プレイヤーが口にした言葉にトーアの口から低い声が漏れる。トーアの雰囲気が変わった事に気が付いたのかあたりは一瞬で静かになり、トーアのすぐ前に立つ生産系と思われるプレイヤーは小さく身体を振るわせ始めていた。
「生産系プレイヤーが何も出来ないって、本当にそう思ってるの?」
「作るしか能がないだろ!戦うことも出来ず、街から出ることも出来ない。素材がなければ何も出来ないお荷物プレイヤーどもだ!」
再び吐かれた暴言に辺りのプレイヤー達も剣呑な雰囲気を見せるが、戦う術を持つ生産系プレイヤーは少ないためか睨みつけるだけで誰も言い返す事はない。
「本当に戦えないと思っているなら証明してあげる」
唯一のトーアの発言に戦闘系プレイヤーは噴き出して大笑いを始める。
「ははははっ!どうやって証明するんだ!」
「模擬戦、PvPをすればいいんじゃない」
「PvP?おまえとか?」
戦闘系プレイヤーだけではなくそのパーティのプレイヤーも顔を見合わせて笑い始めた。
「別に戦わなくてもいいけど、何も出来ないっていう生産系プレイヤーからのPvPから逃げたあなた達は何なんだろうね」
トーアの言葉に笑い声がぴたりと止まり、凄みを利かせてにらみつけてくる。
戦闘系プレイヤーは鼻で笑った後、ハンデのつもりなのか七日後、この街の広場で模擬戦をすることを決めてプレイヤーの一団は去って行った。
すぐにトーアの周りに露店を開いていたプレイヤー達が集まり始める。
「お、おい、トーア、あんな事言って大丈夫なのかよ。あんななりしてるがアイツらはこの頃、頭角を見せ始めた中堅に足をかけてる奴らだぞ?」
「ん、うん、まぁ……手伝ってくれる人が居れば何とかなると思う」
絡まれていたプレイヤーがおろおろとするのを慰めていると、露店を巡っていた戦闘系のプレイヤーたちも近づいてきた。
「トーア、戦闘の手伝いなら俺達が手伝うぞ。俺達はあいつらみたく考えてる訳じゃないからな」
僅かに怒りをみせるプレイヤーを宥めるながらトーアは首を横に振る。
「ううん、ある物が出来れば私だけでも大丈夫だと思う」
「ある物?」
「ディーさんのナナシノケモノを生産で再現しようと思って。まぁ……私も成長装具を使う予定だけど」
ナナシノケモノの呼び名に辺りからはあーとかうーんと言った微妙な反応だった。そして、すぐにナナシノケモノの設計に関わったのが『気狂いかしまし』だという事に気が付いたのか妙に納得される。
場所をトーアのホームドアに移す頃には、ゲーム内のメールで事情を知ったプレイヤー達が集まり始めていた。思った以上に人数が集まったことにトーアは困惑しつつ、ホームドア内の会議室という広い部屋に集まってもらう。集まったプレイヤーは生産系、採取系のプレイヤーだけではなく、戦闘系プレイヤーの姿がある。戦うことになるプレイヤー達の言ったことを許せないという話だった。
「アイツの言う事は一理ある。だが戦いの為の装備や道具を作ってくれるのはトーアのような生産系プレイヤーや素材を採取してくれるプレイヤー達の協力があってこそだ。だから俺達は協力する」
「ありがとう……なら、これが設計図で必要な素材の試算だよ」
会議室の壁に設計図を大きく表示させる。
「パーツの一つ一つに【刻印】と【付加】か、確かにこの量は七日じゃ人数が必要だな」
「あぁぁ……俺のアビリティレベルじゃ手伝えそうにない……」
「これ、本当に問題ないのか?」
「ナナシノケモノは見たことないが……アレもこんな感じなのか」
生産系のプレイヤーたちは感想を口にしながら頭を抱えているようだった。戦闘系と採取系のプレイヤー達は必要な素材を集める算段を始めていた。
その様子をみて、こんなにも協力してくれるのはなぜだろうかと疑問に思う。
「どうしたの?」
「その、協力して欲しいって言ったけど、こんなに協力してくれるとは思ってなくて」
尋ねてきたクアルに感じた疑問を話す。珍しくクアルの表情が優しくなる。
「私はあんな事を言う人がいて腹がたったけど、私は身を守ることしか出来なくて泣き寝入りをするしかなかった。だけど、トーアはそれは違うと矢面にたった。だから、それに協力したいって思ったの」
「それは……」
それはトーアの一方的で個人的な怒りで挑発したにすぎなかった。
「俺もそうだ!」
「私もよ!」
辺りで話をしていたプレイヤー達が言いながらトーアの近くに集まる。
「トーア、俺達生産者の意地、みせてくれ!」
「採取ばっかりしてる俺達だってな、あんな風に言われれば腹が立ってるんだ」
「……わかった。みんな、協力してくれてありがとう!」
おう!とプレイヤー達が返してそれぞれが動き出した。
トーアは生産用の施設が集まる階層を開放し、用意していた素材を使ってトーアの設計図どおりに作成を始める。一日目、二日目で必要な数を超える素材が集まり、トーア達生産系プレイヤーの手によって三日かけてすべてのパーツを加工、修正を施して最終日である六日目、予定していた全ての工程を完了し、ディーの成長装具で作られた“ナナシノケモノ”を人の手によって再現した全身甲冑が完成する。
「想像以上に威圧感がある……」
「設計した私が言うのもなんだけど、かっこいいでしょ?」
甲冑を身にまとったトーアはそのまま胸を張った。微妙な顔をしたメリアは、機能美という事で納得しようとしていた。そして、共に全身甲冑を作ったプレイヤーから名前は決まっているのかと尋ねられる。
「ん……『外骨格型強化全身甲冑【鋼龍装】』」
「……いわゆるパワードスーツ?」
クアルのじと目付きの突っ込みにトーアは首を横に振り、漢字で言った方がかっこいいと胸を再び張った。きりりとした表情で言ったトーアに、誰かが噴出すと辺りに居たプレイヤー達が大笑いを始める。
「ま、まぁ、そうだな!これで明日の勝算はあるのか?」
「もちろん。これの性能はみんなわかってるでしょ」
まぁなというプレイヤー達は必ず観戦に行くと約束して、トーアのホームドアを出て行く。残っていたクアルとメリアもホームドアを出て行き、トーアだけが残る。
トーアの顔から先ほどまで浮かべていた笑みが消えていた。
鋼龍装を身にまとったままサクラから教わった形を全て確認したあと、【贄喰みの棘】【贄喰みの殻】のスキルを確認する。
「明日、師匠から教わったこの力が試せる。この……鋼龍装で」
みしりと音がなるほど拳を握り締めたトーアは、自身が凄惨な笑みを浮かべている事を最後まで気がつけなかった。