第十章 十二時間のデスゲーム 10
眩しさに目を開けると窓から朝日が差し込んでおり、熟睡には程遠いが今までと違って悪夢にうなされる事はなく目覚める。
「……トーア、おはよう」
「おはよう、ギル」
部屋に入ってきたギルにトーアは微笑んだ。それにギルは驚いたようで目を丸くする。
「心配かけてごめんね。すぐ大丈夫とはいかないけど……でも、決めたから、生きようって」
「と、トーア?」
身体を起こしてベッドから降りようとすると体がふらついた。すぐ近くにやってきたギルに身体を支えられながら無理はしない方がいいといわれるがトーアは首を小さく横に振る。トーアのホームドアに移動する事を告げて、戸惑うギルとともにトーアのホームドアに入り、真っ直ぐに台所に向かった。
「今日は私がご飯を作るから、座って待っててね」
「え、あ、ほ、本当に大丈夫?」
うんと頷いてチェストゲートからエプロンを取り出して身につける。
そして、ホームドアの大きなキッチンでいくつもの料理を同時進行しながら、トーアとギルでは食べきれない量の朝食を作っていく。ジャンルに統一感はなく和食からフレンチ、中華などそのときに思いついたものを作り、大テーブル一杯に並べた。
その姿にギルは微妙に心配そうな顔をしながらも、どこか安堵した雰囲気をみせる。
「さ、出来たよ。食べよう」
「と、トーア、いままで何も食べてなかったんだからいきなり重たいものは……」
トーアとギルの前にはじゅうじゅうと音を立てる分厚いステーキが置かれており、ステーキの上に置かれたガーリックバターが絶妙な塩梅で溶け始めていた。
大丈夫と返したトーアはいただきますと手を合わせた後、ステーキを大きめに切り取り口に運び咀嚼する。じゅわりと口に広がる肉の旨味、塩と胡椒で味付けされ、絶妙な焼き加減で調理されていた。
咀嚼を続けながらサラダやご飯、他のおかずを貪るようにして口に入れてしっかりと咀嚼して飲み込んでいく。
「っ……ぅ……ぅぅ……!」
いつの間にか、トーアは滂沱とも言える量の涙を流していた。
口にした料理は全て美味しかった。とても美味しかった。美味しいと感じるのは生きている事、食事が出来るという事はこれからも生きて行こうと願う心があるからだと食事を続けながらトーアは想う。
――今を生き、明日を生き残るために私は……食べて一生懸命生きる!それがきっと残った私が出来ることだから。
だが作った料理の半分も食べないうちに満腹になってしまったトーアだったが涙は止まっていた。ギルももう食べれないようで、水が入ったコップを傾けていた。
「けふっ……作りすぎたかな」
「ふっ……ははははっ……!チェストゲートに入れておけば大丈夫だと思うよ」
小さくげっぷしたトーアの言葉にギルは笑い始める。その表情は明るくなっていた。残った料理をとりあえずチェストゲートに収納した後、食後のお茶をギルと共にすする。
「ギル、少し……ううん、当分のあいだ街を出るよ」
「……どこか行くつもり?」
「それは秘密。あ、でも危険な所じゃないよ」
結果的に危険になるかもしれないという事は口にはしなかった。
「……わかった。僕も少し思うところあって街を出るつもりだったから」
「そっか……無茶はしないでね」
それはこっちの台詞とギルは笑ったあと立ち上がる。そのまま準備があるからとトーアのホームドアを出て行った。
その後、お風呂に入り身を清めたトーアはある人物が居る場所へ行くために用意を整える。そこは凶悪なモンスターが出没する深い森と険しい山、そして、ステータス異常を引き起こす厳しい自然環境が存在するCWOの中でも高位のプレイヤーが訪れるような場所。だがそこには一人のプレイヤーが山篭りと称して生活をする場所としても知られていた。
「ちゃんと整理がついたようだの」
その人物は倒木の上に座り、トーアの姿を見て好々爺といった雰囲気で笑みを浮かべる。その人物の後ろには熊型モンスター最強の一角、ボルケイノキリングベアの熊吾郎とブリザードクリスタルベアの熊衛門が腹ばいになりくつろいだ様子でトーアを見ていた。
その人物とはサクラ・ソミソナギであり、背後の二頭はサクラのペット、騎獣でもある。
トーアはサクラの前に膝をついて座り、姿勢を正した。
「一応ですが。サクラさん、いえ師匠、一つお願いごとがあります」
「……言うてみい」
トーアの行動に何かを察したのかサクラの好々爺然とした雰囲気が消える。トーアは頭を地面に打ち付けるようにして下げた。
「私に“人を殺す術”を教えてください!」
深い息を吐いたサクラはチェストゲートから煙管を取り出して一度ふかした後に理由を聞いてくる。
「私がレスティさんを殺してしまったのは技術が未熟でそれしか方法が取れなかったからです。しっかりと制圧できるだけの力量があれば……相手を生かすも殺す事も出来る技術があれば、もう二度とあんな事にならないと思ったからです!」
「……ふむ。それは確かに一理ある。じゃがそれはわしも道半ばの事柄でもあるんじゃぞ?トーアの考えているようには一生かけても叶わぬかもしれんぞ?それにいつか終わるCWOの世界だけで使える技術かもしれん、それでも……その道を往くのか?」
サクラの言葉にトーアは少しだけ顔を上げ、サクラと視線を合わせた。
「覚悟はしました。もう二度と誰も殺さない、そのために」
視線を決して目を逸らさないトーアに、サクラは覚悟を感じ取ったのか口角を上げる。
「わかった。ならば今からはじめるかの」
「はいっ!師匠、よろしくお願いします!」
再びトーアは頭を下げた。
煙管をしまったサクラはやおら立ち上がると付いて来いと言い残し、近くの木へと無造作に飛び移る。
そして、この凶悪なモンスターが跋扈する森で『鬼ごっこ』を始めることを言う。姿を隠して戦いを回避しながらサクラの元にやってきたトーアにとってこの森のモンスターを倒す事はむずかしかった。
「……トーア、顔が引きつっておるが大丈夫かの」
「だ、大丈夫、です」
「十、数えたらわしを追ってこい」
そのまま枝の上を飛んで行くサクラを目で追いながら数を数え始める。その間に装備を点検し問題ない事を確認し、サクラの後を追って何度か木を蹴ってあがった。サクラが飛んで行った方向に目を凝らすとサクラは笑みを浮かべて待っているのが見える。
辺りを窺った後、サクラの後を追い枝を蹴った。
そのあと、モンスターに気が付いては姿を隠しながら付かず離れずの距離を保ったサクラを追い続ける。一度だけモンスターに見つかり、双短剣を抜いたがモンスターの背後に現れたサクラの一撃によってあっさりと屠られた。
「ぁ……」
「ふむ。まぁ、今回はこんなものじゃろう。陽も沈んできた、戻るとするか」
若干落ち込みつつサクラが居た野営地へと戻り、トーアが夕食を作る。サクラが倒したモンスターの肉を使った野趣溢れる山菜鍋だった。
「うむ。やはりトーアの飯はうまいの。舌が肥えてしまいそうじゃ」
「ありがとうございます」
「飯を食ったあとは、格闘の形を教えるからの」
はいと頷き、トーアは山菜鍋を口に運んだ。夕食のあとはサクラの言葉通り格闘の形を教わる。まずは一つ目ということで基本的な形からだった。
「その形が出来るようになった後は新しいものを教える。その後は、通して一つ目、二つ目が出来た後に三つ目を教えるからの」
はいと返事を返して形を繰り返す。何度も形を繰り返したあと、サクラが今日はここまでと言った。明日も早いからしっかり休むようにと言ったサクラは自らの寝床であるテントへ入って行った。トーアも事前に用意したテントの中に入り、その場に寝転がる。
VRゲームであるCWOに肉体的な疲れと言ったものは異常状態として存在するが、実際に感じることはなかった。モンスターに隠れながらサクラを追いかけたため、精神的な疲れをトーアは感じている。チェストゲートから取り出した毛布に横になりながら包まり、丸くなる。
小さく欠伸をしたあとすぐに眠りに落ちた。レスティが出てくる夢を見ることはなかった。
翌日からは朝食の前に教わった形を初めから行い、問題がないとサクラが認めると新たな形を教わる。その後、朝食を食べて再び鬼ごっこを行い、お昼を食べた後は形の訓練のあとにサクラと模擬戦を行った。
CWOにはプレイヤーの生死に関わらない形で対人戦を行えるシステムがデスゲームが始まる前からある。デスゲームによって変わった事は実際に痛みや衝撃が本物のように再現されていたが、どのような傷を負っても死ぬことはなかった。
ゆっくりとした動きでの模擬戦を行いながら体捌き、攻撃の仕方を実戦形式で学ぶ。日が暮れるまで模擬戦を行い、夕食を挟み、再び形の訓練、柔軟体操を経て一日を終える。
――こんな生活、現実じゃ絶対に出来ない……。
毎日倒れこむようにしてテントの中で横になりながらトーアは思った。
そんな生活を何日、何週間も続けるうちにトーアの戦闘系アビリティは成長していた。サクラとの鬼ごっこも最初の頃よりも脚を止めることなく続けることができるようになり、モンスターと遭遇した場合もトーアが対処できるようになっていた。
その日は夕食の食材を調達するためにサクラとともに木の枝を飛び回る。脚を止めたサクラの視線の先には、見上げるほどのイボイノシシ、ジャイアントボアと呼ばれるモンスターが居た。
「……やってみい」
サクラの言葉に頷き、トーアは宙に身を躍らせる。
「てりゃぁぁぁっ!!」
ジャイアントボアの眉間に狙いを定めて落下しながら拳を繰り出す。
水音が混じる破裂音と共に、ジャイアントボアの身体が内部からはじけ飛ぶ。
「ぁ……」
「まだまだ、じゃな」
着地したトーアの横に下りたったサクラの一言に肩を落とすがすぐに顔を上げる。草陰から番いと思われる別のジャイアントボアが姿を見せていた。
「こうじゃ」
トーアが反応した時にはサクラは新たに姿を見せたジャイアントボアの前に立ち、何かをする。
パンと乾いた音が響きジャイアントボアはそのまま真横に倒れこんだ。頭部の穴という穴から血が噴出し白目をむいていた。
「トーアのは力が拡散しておる。まだ身体の動きが一致してない現われじゃな。じゃがジャイアントボアを一撃で倒せるようにはなったの」
「は、はい……」
サクラが行ったのは衝撃だけ通して内部を破壊する技で、分厚い毛皮と脂肪をもったジャイアントボアも一撃で殺すことができるプレイヤースキルに近い技である。
ふむとサクラは二頭のジャイアントボアを見て、今日は牡丹鍋じゃなとうれしそうに微笑んだ。
その場で手早くジャイアントボアを解体したトーアはサクラとともに野営地に戻り、味噌をたっぷりと使った牡丹鍋を堪能する。
「ふむ。やはりVRのメリットのお陰じゃな」
サクラの椀にお代わりを注いで差し出しながらトーアは首を小さく傾げた。
「本来であればトーアがジャイアントボアにしようとした技はこの短い月日で出来るものではないよ。技術もそうじゃがなにより、技術を充分に行える肉体が必要になる。それも薄紙を一枚ずつ積み重ねるような長い鍛錬じゃな」
「確かに現実では出来ないと思います」
「そうじゃろうな。身体の動かし方や感覚はわかるかもしれんが、肉体の方がついていかんはずじゃ。“CWOのリトアリス・フェリトール”だからこそ出来ること、VRゲームだからこそこうして遥かに短い期間で取得できるようになるというのを肝に銘じておくんじゃぞ?」
はいとトーアは頷き、牡丹鍋を口に運んだ。