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第二章 ウィアッド 3

 お昼を過ぎて食堂に人がまばらになり始めた頃、カテリナと交代で昼食のまかないを食べる。本日の賄いはパンにジングを使った酸味と甘み、僅かに辛味のあるソースを絡めた肉を挟んだハンバーガーもどきだった。

 後引く辛味と肉の脂の甘み、そして、さっぱりとしたジングの酸味が全体をあっさりとした味に纏めている。まかないがおいしいと仕事のモチベーションがあがるとトーアは思いながら食後のジングジュースを飲み干して、午後もがんばるぞとやる気を漲らせ椅子から立ちあがった。


「はぁ~……」


 調理場から食堂へ出た瞬間に聞こえてきたため息にトーアは出鼻を挫かれる。

 ため息はカウンターに座ったディッシュが発したもので、ディッシュが持つと小さく見えるコップを片手に肩を落とし大きな身体を丸くしていた。


「……ディッシュ。そんな大きな声でため息をつくんじゃないよ。辛気臭い」


 カウンターに立っていたエリンは顔をしかめてディッシュを睨んでいたが、ディッシュは姿勢はそのままに顔だけをエリンへと向けた。眉を下げた情けない表情で口を開く。


「そんなことを言っても……」

「まぁ、あんたがため息をつくのはわかるけどね」


 エリンの隣にトーアは並ぶ。食堂には既に談笑する宿泊客が数人残っているだけで当分、配膳が必要となることはなさそうだった。


「トーアかい。お昼は食べたかい?」

「はい。ジングの酸味が効いていて、さっぱりしてておいしかったです」

「そりゃよかった。あと何度か試したら宿のメニューに使ってもいいかもね。ジング消費の目処がつけば万歳ってもんさ」


 そこへ再びディッシュが大きなため息をついた。トーアはちらりとディッシュに視線を向けた後、それとなくエリンの傍に寄る。


「……どうかしたんですか?」

「ん?ああ、ディッシュがどうこうした訳じゃないんだよ。村の若い連中が臆病者なだけさ」

「村の若い人たちが?」


 トーアの声に肩を落としていたディッシュが顔を上げた。


「トーア、ウィアッドの特産品はなんだか知っているか?」

「それはディッシュさんと出合った時に……えっと、畜産品とジビエ料理でしたよね」


 ディッシュから唐突に振られた話にトーアは少し考えた後、答える。


「ああ、その通り。畜産品はホワイトカウの乳を使ってチーズやバターなんかを作ってるし、ホーンシープの毛は服や旅に使うような物に加工されてる。問題はもう一つ、ジビエ料理だ。ジビエに使う魔獣を狩るのは、専業で狩人をしている俺のほかに二人しかいない。一応、村の男衆は兼業で狩りに参加したり手伝ったり出来るように訓練や実践も経験してる。村を守るために狩りをする場合もあるからな」


 魔獣ということは普通では考えられないほど凶暴な獣かもしれないが食用なんだとトーアは少しだけショックを受けた。エリンが言った村の若い連中が臆病者という言葉と狩りの訓練という話にトーアはディッシュが溜息をついていた理由を理解した。


「つまり若い人たちが狩りの訓練に行きたがらないってことですか?」

「そうだ……森での実践を踏まえた訓練になるからな。危険がないわけじゃない」


 若い世代が育たなければ特産品が得られず、そして村に何かあった時に自衛できる手段がないという二つの意味で重要な狩りの訓練に行きたがらないという事態にディッシュは頭を抱えているらしかった。


「だが専業の俺やあとの二人も入念な下見と計画を立てて行うものだ。獲物を限定して準備した訓練でも何だかんだ言って行こうとしない。まったく……今いいだけじゃダメなのにな」


 再びディッシュは大きくため息をついた。エリンも顔をしかめるが今回はたしなめる事は無かった。ディッシュの言葉に思うところがあるのかもしれない。


――自分のステータスを確かめるのと……自衛できるだけ戦えるのか、試すのには丁度いい……かな?


 ディッシュが言ったように準備が整えられているのなら危険は少ないはず、とトーアはディッシュに向き直る。


「ディッシュさん、私が行きましょうか?村の人たちに発破をかけるというわけではないですが……」

「トーアが?うーむ……いや、だがなぁ」


 丸めていた身体を起こし、腕を組んで考え始めるディッシュ。反応はあまり思わしくないように見えた。トーアの見た目であればその反応は正常に思える。


「もともと居た所で、狩りの経験はありますから足手まといにはなりません」

「狩りの経験が?」


 ディッシュの視線がトーアの身体を確認するように動く。

 CWOをはじめた時は、今以上に何もない状況で狩りの合間に生産という比重だったが、物が揃い始めると次第に比率は逆転していった。

 それでも一人で狩りを行うことも、そして、身を守る以上の技術をトーアは身につけていた。


「ディッシュ、準備は万全なのだろう?トーア君を連れて行ってみてはどうかね?」

「あんた、いいのかい?」


 調理場から現れたデートンにエリンは怪訝そうに視線を向けていた。


「ああ。私も村の若い子達の態度には少々思うところがあったからね。トーア君の言うとおり、若い子達のやる気の起爆剤になってもらおうかな」


 デートンは茶目っ気をにじませながら笑みを浮かべる。

 トーアは小さく頷くと、ディッシュは今までの辛気臭い雰囲気を感じさせない勢いで立ち上がった。


「わかりました。トーアは狩りができるような服はもっていないんだろう?今日は準備で明日、早速狩りに行くぞ。こいつは……忙しくなるぞ」

「あ、ちょっと、ディッシュさん!トーアちゃんに危ない事させないでくださいよ!」


 足音を響かせながらディッシュは宿の出口へと向かって行った。調理場から慌てて出てきたカテリナが声を上げる頃にはディッシュは宿の外に出ており、カウベルが鳴る音だけが響いていた。


「もぉ……!トーアちゃんも狩りが出来るなんて本当なの?」

「はい、一人で狩りにも行きましたし、もちろん友人と協力して狩りを行ったこともあります。ディッシュさんの言うことはちゃんと聞いて、危ない事はしません」

「本当ね?約束よ?」


 カテリナに両手を取られ、じっと正面から見つめられながら言い聞かされる。トーアはカテリナを安心させるように頷く。更にカテリナが口を開こうとすると大きな音を立てて宿のドアが開かれた。

 ドアを開けたのはディッシュですぐに宿の中に入って早足にトーアに近づいてくる。


「トーア、すまんが来てくれ!本人も居ないのに靴やら服のサイズをどうこうできるわけないとノルドにどやされちまった!」

「えっ……!?あっ!?ディ、ディッシュさんっ!?」


 トーアは驚いているうちに、ディッシュの片腕に抱え上げられる。お腹にディッシュの腕が回っており、足も手も完全に宙に浮いていた。人どころか荷物のような扱いにトーアは腕から脱出しようとする。


「ちょっとトーアを借りていきます」

「あっ!?わっ!?でぃ、ディッシュさん!待ってっ!自分でっ!自分で走れっ……あ、あっ……わっ、わぁぁぁぁぁぁっ!?」


 抱えられたまま大股でディッシュは宿の外へ出て走りだした。足が踏み出されるたびに腹部に響く振動と速さに思わず叫び声を上げるトーア。


「あぁぁっ!?ディッシュさん!トーアちゃんに乱暴しないでくださーい!!」


 カテリナの声が後ろから聞こえてきたがディッシュの速度は変わらず、身体の芯もぶれずに村の中を走っていく。トーアの体はディッシュの腕にしっかりと抱え込まれているが地面が近づき振動が腹部を圧迫する。そこらの絶叫系コースター顔負けの迫力に、トーアは目的地に到着するまで吐いてしまわない様にぐっと歯を食いしばり口を閉じた。




 しばらくディッシュの腕に抱えられながらトーアは運ばれてディッシュは立ち止まった。ディッシュの息は乱れてもおらず、ある建物に入ってトーアは降ろされるがへたり込んでしまう。


「トーア?大丈夫か?」

「……ちょ……っと、ま……待って……ください……」


 口を手で押さえて昼食が出てくるのを防ぎつつ、トーアは息を整える。まだ視界が揺れていたがのろのろと立ち上がった。


――ジェ、ジェットコースターとか絶叫系……苦手なんだけど……自分で飛んだり跳ねたりする分にはいいのに……。


 胸を手で押さえて呼吸を整える。

 次第に視界が揺れていたのが収まり、トーアは建物の中の様子を確認することが出来た。棚には刀剣類が並び、革鎧も飾られていた。鉄の焼ける匂いが漂っている事もあり、恐らくここはウィアッドの鍛冶屋か武具店であることが窺えた。


「……ディッシュの旦那。どうやって連れてきたんです?」

「あーいや……それはだな……。すまん、トーア」

「いえ、大丈夫……です……」


 言い澱みばつが悪そうにするディッシュに首を横に振る。

 本音を言えばまったく大丈夫ではないが、トーアは店のカウンターに近づいて心配そうに見る男性の視線に気が付いた。


「やぁ、君が噂のトーア嬢かな?」

「あ、え、は、はい。リトアリス・フェリトールです。トーアと呼んでください」

「初めまして、僕はノルド・フェルトミア。ウィアッドで唯一の鍛冶師だよ。それにトーアが腰に付けてるポーチの製作者でもある。後は、まぁ、農具とかのメンテナンスや、馬具、馬車に使う金具の整備といったところが僕の仕事さ」

「あ……は、はじめ、まして」


 にこやかに笑いながら自己紹介をするノルドを見て、トーアはウェストポーチを買うときに思い描いていた職人像と大きくかけ離れた人物であったことに想像と違うと驚きつつも、軽く頭を下げた。

 ディッシュを一回り大きくしたような職人像からかけ離れたノルドは、短く切りそろえられた金髪に海を思わせるような深い蒼色の瞳、細身で整った顔立ちの爽やか系の男性で、身に付けている質実剛健な造りのウェストポーチからは想像もできない人物だった。


「なぁ、ディッシュの旦那。本当にトーアを狩りに連れて行くのか?トーアには悪いが狩りが出来そうには……弓とか使うのか?」

「一応、経験はあるって話でデートンさんからも了承を貰っている」

「村長が?うーん……なら、まぁ……ディッシュの旦那も一緒に行くって話だしなぁ……とりあえず、森を歩けるだけの服装を用意しないとね。お代は……」

「もちろん俺が出す。トーアに出させる訳にもいかないしな」

「でも、そんな……」


 だがトーアの持ち合わせは銅貨三枚しかなく、店にあるものは買えそうになかった。ディッシュを見上げるが大きな手で頭を撫でられる。


「狩りに行ってくれるトーアへのお礼だ。それにそんな格好で森は歩けないからな」

「あ……ありがとうございます」


 ディッシュの好意にトーアは礼とともに頭を下げた。


「気にするな。ノルド、トーアにはブーツとグローブ、後は厚手のズボンと長袖の服を用意してくれ。武器は俺の使ってるのを用意する。ああ、そうだ。トーアは駅馬車でエレハーレに行く予定なんだ。そっちにも使いまわせるようなものにしてくれ」

「了解」

「よし。なら俺は家に帰って明日の用意をする。トーア、明日、朝食の配膳が終わった頃に宿の方に迎えに行くから、準備を整えて待っていてくれ」

「は、はい!わかりました!ディッシュさん、ありがとうございます」


 ディッシュは照れたように笑いながら、店を出て行った。


「さ、トーア、ちょっとサイズを測らせてもらうよ」

「はい、お願いします、ノルドさん」


 ノルドはサイズを計った後、ディッシュが言ったように厚手のズボンと長袖、膝下まであるロングブーツ、膝上のソックスに革のグローブをそろえてもらった。子供用のサイズかもしれないが、トーアの身体には丁度よかった。

 ソックスやブーツの履き心地も悪くなく、グローブも余ることも指の動きを妨げるということも無かった。指周りはタイト気味に作られており、革製のため使い込めば指に馴染んだグローブになるだろう、とトーアは調子を確かめるように手を握る。


「大丈夫かな?」

「はい。きつすぎるということも余り過ぎている訳でも無いです」

「うんうん、よかった。トーア、コレをつかって」


 さわやかな笑みを浮かべたノルドは頷きながら、大き目の麻袋をトーアに渡してくる。麻袋を受け取ったトーアは何のためかわからず首をかしげる。


「流石にそのままの格好で食堂に出る訳にはいかないだろう?着替えてこれに入れていけばいいよ」

「ありがとうございます」


 礼を言った後、店の一角にある試着室で着替える。試着室から出た後に受け取った服やグローブ、ブーツを麻布に入れた。


「ディッシュの旦那が付いていくとは言え、森では何が起こるかわからないから無理しないようにね」

「はい」

「……ああ、まったく。うちの若い連中もこう、素直だったらいいんだけどなぁ……」


 トーアが素直に頷くと、ノルドは苦笑いを浮かべながら頭を撫でてくる。この頃、頭を撫でられることが多いなぁと思いつつ、別に嫌ではないとも感じていた。

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