第十章 十二時間のデスゲーム 7
翌朝になり日課となりつつあるログイン者の確認をトーアはする。そこに書かれていたことにトーアは目を疑い髪を梳いていた手を止めた。すぐにパーソナルブックを手に取り、灰色になったプレイヤーネームに触れて詳細を表示させる。
「……なんで、レイさんが」
トーアがレイと呼ぶ、アンカレイド・ガフティリアの名前が灰色になっており、表示された詳細情報の状態の項目は『ログアウト』と表示されている。今のCWOで『ログアウト』というのは、十周年開始イベント時にログインしていなかったプレイヤーか、すでに死んでいるプレイヤーの二通りしかなかった。
慌てながらもレイの実の弟であるレスティにゲーム内のメールをする。そして、レイを知るフレンドになにか情報がないか同じようにゲーム内のメールを送った。返信を待つ間はゲーム内掲示板を開いて情報を集める。だがこれといってめぼしい情報はなかった。
そうしているうちにレイと初めて出会った時のことや共にCWOをプレイした記憶が蘇り、自然と涙が流れ出してくる。そんな中、ホームドアに来客を告げるベルが鳴った。人に会う気分ではないが、無視するわけにも行かず流れた涙を拭って簡単に髪を縛り、寝巻きから私服に着替えて玄関に向かう。ドアを開け来客の顔を見たトーアは思わず顔が引きつりそうになる。
「レスティ……さん」
「トーア、いいかな」
連絡をとりたいと思っていたものの、レスティにどう言葉をかけていいかまだ整理がついていなかった。憔悴しきったレスティの顔を見てとりあえずホームドアの客間に通してソファーにレスティを座らせた。トーアは茶菓子やお茶を用意する。だがレスティは置かれたクッキーに視線を向けるが手はつけなかった。
「レイが、殺された」
「それは……」
しばらくしてレスティが言った言葉を信じられずに声が漏れる。レイが亡くなったのはわかっていたが、人当たりの良いレイが誰かに殺されるとは思っていなかった。頷いたレスティはレイが殺されたという状況を話し始める。
レイが殺された森はプレイヤーが姿を消すという噂が立っており、仲の良いプレイヤーがそこで姿を消した事でレイは調べ始めたらしい。
レスティと連絡を取りながら気配を隠蔽し行動してたが次第にモンスターに絡まれることが多くなり、不思議に思いながら探索を続けると、何人かのプレイヤーが遊び感覚でモンスターをレイにけしかけていた事がわかる。それはPKと等しい行為でもあるMPKという、自身の手を汚さないで他のプレイヤーを殺すものだった。
それに気が付いたレイは魔法と防具による隠蔽を使って、けしかけられたプレイヤーがどんな恐怖を味わったのか思い知らせる為にMPKを行っていたプレイヤーの一人にモンスターをけしかける。だが寸でのところでレイはモンスターを倒してプレイヤーを助けたらしい。
レスティはゲーム内掲示板にプレイヤー名を晒すことを提案したがレイは改心するのならば何もしないという連絡を最後に、唐突に連絡が途切れる。
「それで……フレンドリストを確認したらレイ姉さんの名前が灰色になっていたんだ」
「それは……」
どう考えてもそのMPKを行っていたプレイヤーが怪しい。だがトーアはそれを口には出来なかった。もしレイがそのプレイヤーに殺されていた時、どうすればいいのかトーアは考えることが出来ず、またレスティを直視することが出来ずに視線を彷徨わせる。
「トーア、ごめんな。こんな事を話して」
「いえ、その……私もその、気になっていたので」
憔悴しきった表情でレスティは微笑むと唐突に立ち上がった。
「えっ……」
「話したらすっきりしたよ。ありがとう、トーア」
「あ、いえ、その……私は何も、出来てませんから……」
そう言うことしか出来ず、ホームドアから出て行くレスティを見送る。その日はレイの死亡に関する情報を探すだけで終わってしまった。
レイの死から数日が経ち、MPKを行っていたプレイヤー達の情報が流れ始める。ゲーム内掲示板ではその四人のプレイヤーたちを探し晒し出そうという動きがあったがトーアは静観していた。
もしMPKをしていたプレイヤーを見つけたとしても、どうすればいいのかまだトーアは整理しきれていなかった。
ゲーム内掲示板を表示していたパーソナルブックを閉じ、小さく溜息をつく。そこへホームドアに来客が来た事を告げるベルが鳴る。誰だろうと思いながら玄関ドアを開けるとめずらしく焦った表情のディーが立っていた。
「トーア、いま大丈夫かい?」
「……とりえず、中にどうぞ」
気持ちを切り替えてディーをホームドアに通し、客間のソファーに向かい合って座る。
「何があったんですか?」
「レスティが、PKをしたみたいだ」
「……まさか、レイさんを殺した相手ですか?」
ディーもまたレイが亡くなった事情を知っていたのか小さく頷いた。トーアの元に訪れたレスティの様子からPKという凶行に走ったとしても仕方ないように思え、もし、あの時に何か声をかけていればと後悔しそうになる。
事の発端は死んだプレイヤーの仲間だっていう奴がレスティに襲われたとゲーム内掲示板に書き込んだことからで、CWOのプレイヤー達は様々な反応を返したが自業自得という冷淡な反応が嫌に目についた。
レスティを止めたいというディーはサクラやギルなどの物理的にレスティをとめることができるプレイヤーに声をかけており、トーアは集合場所として会議室と呼んでいる大きな部屋を提供する。集まったプレイヤー達は全員、自身が持つ対人用の最高の装備を整えていた。
集まったプレイヤーの前にディーが立ち、手をたたき注目を集める。すでにその時にはレスティは二人目のプレイヤーを殺していた。
「事態は急を要しています。これ以上、レスティが罪を重ねるのを放置している訳にはいきません」
「ディーよ、レスティが居る場所はわかっておるのかの」
武闘着に身を包んだサクラの質問にレスティは周辺の地図を広げる。
「居ると思われるのは件の森です。レスティ自身の詳細な場所はわかりません」
広げた地図はディーが自らの足で確認し作成した地図で精度は非常に高い。集まったプレイヤーで別れて森の中に居るレスティを探索する段取りを話したディーはトーアに視線を向ける。
トーアもまた探索用の装備を整えており、レスティを探すのに参加するつもりだった。
「トーア、本当にこちらでいいのかい?」
「はい……私もレスティさんを止めたいです。戦えないですけど……探す事は出来ますから」
トーアの腕前では成長装具を手に入れる前のレスティでも戦うのは難しい。だがじっとしていられなかった。
後方支援として情報整理を行うのはクアルとメリアで掲示板などから得られた情報や捜索を行うプレイヤーからの連絡を全体に知らせる役割を担う。
トーアの装備は探索用の膝下ブーツ、ポーチ、双短剣、グローブやレガース、手甲、そして、【付加】により隠蔽性を高めたマントを身に纏う。他に布に【刻印】を刺繍して防御能力を向上させたアンダーウェアのプロトタイプを着ている。
「トーア、レスティを見つけても戦わずわしらに連絡するんじゃぞ?」
「わかってます。今使っている武器を作ったのは……私でもあるんですから」
「トーア、すぐに連絡すんだよ?」
銀色の甲冑を身にまとったギルに更に念を押され、トーアは頷いた。
用意を整えたトーアは他のプレイヤーと共に街を駆け出してレスティが居るという森へと向かう。森に到着したプレイヤーから分散して森の中に入り、トーアもモンスターを回避するため木の枝に飛び乗り姿を隠しながら森を進んだ。
――でも……もしレスティさんを見つけたとしても、どう声をかければいいんだろう。
飛び出してきたもののトーアはまだ迷いを抱えており、復讐心から凶行に走ったレスティにかける言葉などすぐに思いつかず、木の枝の上で立ち止まる。
そこにクアルから三人目の犠牲者が出た事を告げるメッセージが届いた。迷っている時間はもうない。
枝を蹴り森の奥へと進む。モンスターを避け静かな森の中で僅かに剣戟の音を耳が捉える。
「っ……!?」
枝の上で立ち止まり、耳を澄ます。
耳を澄ませながらもパーソナルブックを開き、クアルに連絡する。そして大体の方向をさだめた後、地面に降りて駆け出す。
密生した木々の隙間からレスティの姿を見つけて何が起こっているのか理解した瞬間、ギルやサクラの警告を思い出す事なくトーアは草陰から飛び出した。
「レスティさん!ダメぇっ!!」
蛇のようにうねった橙色の金属の先端が一人のプレイヤーの胸を貫き、そのまま縫うように何度も貫いていった。そのたびに血が噴き出し、プレイヤーの体が壊れたように痙攣する。
レスティはゴミを捨てるかのように無造作に手にしたものを振り、プレイヤーだった塊を投げ捨てた。水音を立てながらソレは転がる。
「ぁ……あぁぁ……だめ……」
ポーチからポーションを取り出して、転がったモノに近づくがすぐに光の粒になって消えた。
「トーア……か。何しにきたの?」
「っ……れ、レスティさんをと、止めるために……」
伸びた金属が縮み棍となる、それは一度だけ見た成長装具【不確定性因果律】。三節棍ではなく更に節が増えており、三節棍とは言えない代物になっている。
四人の犠牲者を出したレスティは血や内臓、肉片が付いた【不確定性因果律】を振る。あたりの草木に血が半円状にとんだ。レスティの顔はうっすらと笑みを浮かべており、返り血を気にもしない異様な雰囲気にトーアは左手で逆手に、右手で順手に短剣を抜き、足を肩幅に広げる。
「やっと……レイ姉さんの仇はとれたよ。ははは……まったく、殺されると思わないでMPKをしてたなんてね。あはは……面白いじゃない、あいつらは謝っていたよ。自分たちが何をしたわかってないんじゃないかな」
「で、も……レスティさんがやったことは……やり方はダメだよ」
「ふふふ、あはは……そうだね。それでも構わないんだ、もう目的は達成できたからね」
ひゅんと風を切り【不確定性因果律】が振られ、レスティが構えを取った。
「っ……レスティさんは、この後……どうするつもりですか」
「この後のことなんて考えてないよ。トーアは私をどうしたいのかな?」
笑みを崩さずにレスティはわずかに距離をつめる。目は笑っておらず、ぞわりと走る悪寒にトーアは息を呑み、双短剣を構えなおした。
「どう、したいか……なんて」
結局、トーアはどうするか決めることができていない。予定では戦闘が出来るサクラやディー、ギルや他の参加したプレイヤーを待ち、後方から支援するつもりだった。だがあの光景を見て思わず飛び出し、こうしてレスティと対峙している。
今は時間稼ぎをして、他のプレイヤーが到着するのを待つしかないと考えた。
「ふぅん……トーアだけで私を止める事は出来ないのはわかってると思うし……それにギルさんが姿を見せないのもおかしい」
時間稼ぎをしようとしていることに気が付いたのか、レスティは一歩踏み出し蛇腹状に伸びた【不確定性因果律】が横から迫る。
「っう!?」
迫る【不確定性因果律】を黒重鋼を使った重いが硬い短剣ではじくように凌ぐ。が、一撃は重たくじんと手に痺れが残った。
レスティの表情は変わらずに笑みを浮かべているが目は笑っていない。すでに四人のプレイヤーを殺め、もう戻れないところまで来ているのだと、トーアは覚悟を決める。
「さぁ、私を止めてみて、トーア!」
【不確定性因果律】が蛇腹状に伸び、生き物のようにうねって地面を打ち鋭利な先端がトーアに迫った。