第十章 十二時間のデスゲーム 6
茶菓子であるチーズケーキが焼きあがる頃、レスティはレイとディーとともにトーアのホームドアにやってくる。
「あれ、ディーさん?」
「トーアに依頼というかお願いがあってね。レイとレスティの後でいいから」
わかりましたと頷き、三人を広間へと通す。そして、茶菓子とお茶を出した後、レスティに完成した棍を渡した。
出来栄えにレスティは満足そうに笑みを浮かべる。
「さすがトーア。これに【不確定性因果律】を使うと……」
ポケットから銀のカード【不確定性因果律】を取り出したレスティはそのまま、棍に差し込むように触れさせる。僅かな光を放ちながら【不確定性因果律】が棍の中に吸い込まれていった。レスティはそのまま宙でARウィンドウを操作するかのように手を動かすと棍が一度だけ光り輝く。
「これで完了っと」
立ち上がったレスティが棍を左右に引っ張ると音を立てて三つに分かれ、棒だったものが三節棍に変わった事にトーアは目を丸くする。
「これが私の【不確定性因果律】の力だよ。今まで使ってみた物の中で一番パラメータがいじれる幅が大きくていい感じだよ」
とても満足げなレスティの表情にトーアはうれしくなった。
「よし、なら早速これで狩りに行ってくる!レイ姉さん、支援よろしく!」
「あ、ちょっとレスティ!もぉ……トーア、ありがとう、お疲れ様」
チーズケーキをしっかりと手に取ったレスティはそのまま広間を出て行き、レイも慌てて立ち上がってレスティの後を追って行った。そしてすぐにARウィンドウが現れ二人がホームドアから出た事を表示した。
「……それで、ディーさんはどうしたんですか?」
「クアルに顔を繋いで欲しいんだ。理由を説明すると僕も成長装具を手に入れてね。成長装具に必要な設計図を起こしたのはいいんだけど、色々と問題があってね」
問題?とトーアが首を傾げるとディーはパーフェクトノートを取り出して設計図を表示させる。そこには全身鎧の設計図が描かれており、構成する部品一つ一つに【刻印】を施し効果を発動させながら鎧全体でも一つの【刻印】として発動できるというクアルが発見しトーアが最初に作成した技術が使用されていた。全身鎧という大規模な設計は初めて目にしたが、使われる【刻印】が不完全なものだと気が付き、顔を上げる。
「やっぱりわかったみたいだね」
「はい。【刻印】に問題がありますね」
「ああ……それでトーア、クアル、メリアの『気狂いかしまし』の力を借りたいんだ」
『気狂いかしまし』の呼び名はあまりいい気持ちにはならなかったが、トーアも名案がすぐに思い浮かばずクアルも【刻印】に関係する事であれば喜ぶであろうし、メリアにもデザインや意見を聞こうとパーソナルブックを取り出し、二人に連絡をとった。
すぐに二人からトーアのホームドアに来るという返事が返ってきたので、パーソナルブックを閉じる。
「二人はすぐ来るみたいです。私はその防具を作ればいいんですか?」
「いや、トーアにもこの設計を詰めてほしいんだ。製作については成長装具のほうでどうにかなるからね」
「ディーさんの成長装具は生産系だったんですか?」
「いや……特殊な物なんだけど……クアルとメリアが来てから見せるよ」
苦笑いを浮かべるディーは溜息と共に再びトーアが用意した紅茶を飲みはじめた。
しばらくしてクアルとメリアがホームドアにやってくる。
二人を広間に通した後、再びディーから説明を聞いたクアルとメリアは協力することを了承した。
「それで手に入れた『成長装具』なんだけど……」
おもむろに立ち上がったディーが右腕を前に突き出す。手首には白に近い灰色の金属とも植物、生物とも言えない素材で出来た腕輪があった。トーア達が不思議な顔をした瞬間、腕輪から同じ素材の物質があふれ出した。
トーア達が驚いている間にその物質はディーの腕に巻きつき、灰色のガントレットと化す。そのデザインは妙に刺々しく歪み、捩れていた。
「『名状しがたきもの』、これが僕の手に入れた成長装具だよ。能力は見てもらったとおり、指定した形状を作り出すというものかな」
「……妙に刺々しいのはディーさんの設定なんですか?」
「いや、これは普通のガントレットの設計図をそのまま使ってるんだ……」
『名状しがたきもの』が作り出したガントレットを動かして見せるディーの顔は少し影が出来ていた。他のレシピを元にした形状を試してみたが、正気を失って行くようなデザインとなってしまったらしい。
「名前の通り、異形なる存在と契約した気分だよ。まぁ、デザインの事は置いておいて、設計に書き込んだ【刻印】は設定した形状通りに再現されてその機能を発揮するみたいでね」
「それでこの鎧を作ってみたいってことですか……」
「面白い。これだったら試作で素材をムダにすることもないし、問題点もすぐわかる」
「でもデザインがね……まぁ、仕方ないわ。着脱する部分を廃する作りも可能となれば選択肢は広がるわね」
「うん。だから従来の鎧よりももっとこうフィットしたというか、服、ううん、皮……皮膚って感じまでいけるんじゃないかと思う」
クアルとメリアと話しながら、ディーの設計図を写したトーアのパーフェクトノートに修正点や改善案を書き込んでいく。その様子を見ていたディーは小さく笑い声をあげる。
「どうしました?」
「いや、さすが『気狂いかしまし』というか。僕の設計がどれだけ甘かったかと思ってね」
ディーが肩を震わせて笑うのをみて、トーアはクアル、メリアと顔を見合わせて眉間に皺を寄せた。
「私は気狂いかしましって呼び名、あんまり好きじゃないです」
「あら変な物を作るのはトーアじゃない。私は意見やデザインには口は出すけど」
「えっ!?変な物っていわれるのは、大体はクアルが持ち込んだ設計図だし……!」
「……私も本当に出来るか半信半疑なところあるし」
「という事は、ほとんど私のせい?」
クアルからも攻撃され、トーアは頭を抱える。反論するには思い当たる点が色々と多すぎた。
その様子を見ていたディーは再び笑い出し、呆れたような視線を向けてくる。
「いや、やっぱり設計できる方もそれに意見を出す方も、ましてそれを作る方も大概だと思うよ」
ディーの言葉にクアルやメリアも眉間に皺を寄せるが、トーアと同じように思い当たる点があるのか、視線を逸らすだけで反論はなかった。
「……結局、似たもの同士ってことなんじゃ」
「……そういうことね」
トーアの呟きにメリアが答え、三人揃ってため息をつくが直に顔を上げる。
「『気狂いかしまし』の事は作るのは楽しいから、諦めよう」
「ん、私も考えるの楽しいから気にしない」
「私もよ。二人はデザインに無頓着だから、機能を保ちながら考えるの楽しいわ」
納得したようにトーアはクアルとメリアと同時に頷いた。
「楽しんでいるからこそ、すごいものが作れる。いいことだね」
紅茶のお代わりを自ら注いだディーの言葉にトーアは再び頷いた。
数日後、設計図の修正を終えて、一度目の試着をしてみる事になる。場所はトーアのホームドアの最下層に当たる通称『実験場』で、天井を高くし、広い空間に土を敷き詰めただけの空間だった。大体の用途としては魔法などの実験用の場所になる。
トーアはクアルとメリアと共にディーから少し離れて立って様子を見ていた。
「よし……装着」
ディーの小さな声を共に、手首、足首、首のそれぞれにつけられた『名状しがたきもの』から灰色の物体が溢れだす。すぐにディーの体を包み込み、トーア達のデザインからかけ離れた形状へと変わる。それは妖艶でいて美しく、それでいて醜くおぞましいという相反する印象を同時に抱くものだった。
「……うん。苦しさもないし、動きづらいという事も無い。ステータスは……僕の設計の倍以上強化されてるね」
満足げなディーの言葉を聞きながら、トーアは思わず遠い目をする。メリアは頭を抱えてしゃがみこみ、クアルは近くのテーブルでどこからか用意した百面ダイスを転がしていた。
「正常値、かなり減った」
「……ああ、うん……私も」
「はぁ……二人とも冗談はそれくらいにしておきなさい」
クアルに続いてトーアも百面ダイスを転がすと、ショックから立ち直ったメリアが立ち上がる。その間に、一通り動きを確認したディーが『名状しがたきもの』を解除していた。
「ありがとう、三人のお陰だよ」
「あ、変な所ないですか?まだ一度目の試作なので……」
「うーん……今のところ、問題らしい問題はないね。後は実際に使って改善点を見つけていけばいいかな。その時はまたお願いするよ」
その後、ディーは十周年イベント『神々の依頼』で広がった場所を探検しに行くとトーアのホームドアから去っていく。残ったトーア達は実験場から広間に場所を移し、お疲れ様会ということでお茶会を始める。
「ディーさんの鎧、どうにか実用化出来ないものかな」
「難しいと思うわ。あの技術を汎用的なものにできれば、と思うところはわかるけど」
ガトーショコラを一カット食べた後にトーアは話を切り出した。だがメリアは首を横に振る。トーアも実用化は難しいという考えがあったがあえて口にしていた。
もし通常の全身鎧に『名状しがたきもの』と同じような【刻印】を施した場合、【刻印】が機能しているか着脱や使用するたびに全体を検査する必要がある。その点、『名状しがたきもの』は展開するたびに万全の状態になるため、その検査を必要としない。かといって通常の全身鎧の部品数や【刻印】の数を減らせば従来のものと変わらないものになる。
可能性としては『名状しがたきもの』のように、決められた形状に変化するものを任意で現すことができる成長装具ならば可能というところだった。
トーアがメリアとうーんと唸っている間、クアルは口の中を一杯にしてチーズケーキを食べた後、苦めのココアを飲み一息ついて、次のケーキへと手を伸ばしていた。
「鎧みたいな金属じゃなくて、もっと柔らかいものに【刻印】が出来ればいいんだけどね。それだとメンテナンスの問題が少しは軽くなるんじゃない?」
今までの【刻印】の常識を覆すようなクアルの言い様に喉まで出かかった否定の言葉を飲みこみ、クアルの言葉に隠された可能性を考え始める。
【刻印】は魔力が通る回路を構築するため、金属板や他の素材に金属の線を埋没させる必要があった。だがもし柔らかいもの、たとえば布などに回路を刺繍することでその性能を発揮する事が出来れば、ディーの『名状しがたきもの』で使われた技術とは別の技術が生まれる可能性が出てくる。
「クアル、さすが!」
トーアの言葉に頷くメリア。だが当のクアルはオペラを口に運びながらきょとんとしていた。
パーソナルブックを開き、その場でチェストゲートから余り布を取り出して魔力を通すであろう金属糸で【刻印】を刺繍し、コースターを作成する。
「出来た。とりあえず上に乗ったものを保温するような布製のコースターだよ。いくつか作ってはみたけど……」
それぞれが使っていたカップやマグカップをコースターに乗せて効果を確認するが、ほとんどが効果を発揮せず、辛うじて一つが僅かにマグカップを保温していた。
「……まぁ、初めから出来るなら誰かがすでにやってるわ」
メリアの言葉に頷いて、失敗作と成功例を調べて改善点を洗い出してパーフェクトノートに書き出し、雑談を交えながら検証を続ける。
数日かけて試作と検証を続けた結果、布が織られた方向にあわせて金属糸を通す必要がある事がわかった。目の細かい布に金属糸を通すのは難しいということから、織らずに繊維を押し固めた不織布を試したところ、最も効果がはっきりと現れる。
「不織布が一番だね。ということで、不織布の厚みの中に【刻印】を入れてみました」
「うーん……私のだと【刻印】が機能してないわね」
「……【裁縫】のアビリティも必要みたい」
メリアの前に置かれたコースターは美麗な刺繍と共に【刻印】が施されていたが【刻印】の効果が現れず、クアルの前にはコースターとは言えず雑巾と言うにも微妙な塊があった。
トーアの飾り気のない不織布のコースターは上に置かれたマグカップを暖めている。
「総括すると、【刻印】と【服飾】のアビリティを持ち、【刻印】が発動できるような正確な刺繍の技術が必要ということね」
「……一部のプレイヤーだけが出来そうな感じ。【服飾】アビリティをあげてる人はだいたい【付加】の方をとってるし」
若干落ち込んだ様子のクアルを慰めた後、代表してトーアがゲーム内掲示板に新たに見つけた技術の報告を書き込んだ。トーアは技術の独占はあまりしない。今までに作った武具で培った技術で有用なものは公表し、一部は今も使われていたり、今ある技術の起点となったりしている。だが技術から発展したノウハウについては商売の種でもあるためしっかりと隠していた。
クアルは技術開発をしているという認識はないためかあまり秘匿するつもりはないらしい。メリアは発見、開発を行うトーアとクアルに一任している。
今まで公表した技術については作成できるプレイヤーを選ぶか高いプレイヤースキルを求めるものであるため、驚きというよりも呆れを含んだ反応が返ってきていた。
「よしっと。……いつもながら反応が早いけど、何時も通り」
「称賛されているのか馬鹿にされているのか、いまいちわからないわね」
「……一応、よろこんでくれてるんじゃないかな」
『また変な物作ってる』『さすが気狂いかしましだぜ!』『そこに痺れる』『憧れるぅ!』といった悪ふざけめいた反応と、真面目に疑問点を質問するプレイヤーに返信を送る。
――ディーさんの全身鎧の再現の糸口はつかめなかったけど……応用が利く技術だし……。
返信を送りながらトーアは思ったものの、あの全身鎧のことがいつまでも頭に残った。
その日は、クアルとメリアと雑談をしているうちに日が暮れて二人はそれぞれのホームドアへと帰っていく。トーアもお風呂に入って汗を流した後、体が沈みこむようなベッドに寝そべり眠りについた。