第十章 十二時間のデスゲーム 5
デスゲームと化したCWOの中で何十日目の朝を迎える。
「ふぁ……」
トーアはホームドア内の寝室に設置した自作のキングサイズのベッドの上で欠伸とともに体を起こす。ベッドから降りて毛の長いカーペットの上を素足のままぺたぺたと歩いて化粧台の前に座る。
近くの台にパーソナルブックを置き、髪をブラシで梳かしながらページをめくった。こうして髪を整えることにすっかり慣れてしまった事に僅かに嘆息しつつフレンド一覧のページを開く。今までならログイン状況を確認する為のページだが、死んでしまったプレイヤーも灰色で表示される事がわかったため、トーアはこうして毎朝確認するのが習慣になってしまった。
この日はフレンドに登録したプレイヤーの名前が灰色に染まることなく、ほっと息を吐いた。
「よしっと」
髪を三つ編みにして椅子から立ち上がる。
今日はイベント攻略をしていたプレイヤー達が発見し、職業神殿に設置される事になったあるものを見に行く予定だった。
私服に着替え、最低限の防具を身につける。腰の後ろには短剣を二本刺し、その上から容量を増やしポーション類を収めたウェストポーチを太目のベルトで固定し、用意を整えた。
ホームドアを出てギルと待ち合わせをしている広場へと出発する。
「おまたせ」
「ううん、今来たところだから」
恋人じみた挨拶をしてギルと合流するが、首から下がる鎖にはギルから贈られた婚約指輪があるため、恋人というよりも夫婦と言った方かもいいのかもと思う。CWOのシステム上の婚姻ではあったが。
広場から近くの場所にある職業神殿に向かい、地下へと降りる。そこには職業を取得する際の宝玉と同じ大きさの玉が浮かんでいた。
「これが……?」
「恐らくね。各地の職業神殿に設置されたとは言え、しばらくの間は人が押し寄せたみたいだったよ」
イベント攻略を行うプレイヤー達が見つけたのは『成長装具』と呼ばれる道具を使うためのスキルを手に入れること出来る宝珠で、ギルの言うとおり現在は各地の職業神殿の地下に宝珠が安置されている。使い方は職業を取得する時と同じで手で触れれば良いという事だった。
だが『成長装具』を手にする事ができなかったプレイヤーも存在し、取得しているプレイヤーとの差はわからなかった。ゲーム内掲示板では『とりあえず触れて確かめてみる』という事を推奨していた。
手に入れることが出来る成長装具も武器になるものから、生産、採取に向くもの、用途が特殊なものまで様々な種類が報告されている。
「じゃぁ……」
「先にいいよ」
興味津々と宝珠を見つめていたのがギルにばれていたのか、ギルは微笑みながら宝珠に手を向けた。ならと頷いて先に宝珠の前に立ち、両手で挟みこむようにして宝珠に触れる。
その瞬間、あたりは暗闇に包まれ両手で挟んだはずの宝珠も消えていた。
驚きながらも辺りを窺いながら腰の短剣に手を伸ばすが、何かに呼ばれた気がして辺りを再度見渡した後、視線を下に向ける。
地面に黒く艶のない棘の生えた花のようなものが一輪だけ生えていた。花はスポットライトが当てられているかのようで、その純黒とも言える姿をはっきりと照らし出している。
『あなたは私の贄?』
音はなかったが幼さを感じさせる声での問いかけは目の前の棘がしているとなんとなく感じ、どう返答するか考えたのは一瞬で自然と口が動いた。
「私はあなたの敵じゃないよ」
『では何?私を殺す相手?私を使う者?……それとも共に生きてくれる者?』
「……共に生きてくれる者、かな」
『なら私は貴方とともに往く。だけど私は動けないから……』
「一緒に往こう」
言葉と共にそっと花弁に触れる。指先から手首まで艶のない黒い棘が次々と生えるが痛みはなかった。すぐに棘は身体のなかに埋没し何かに繋がったような感覚を覚える。
花のようなものがあった場所には、もう何も残ってはいなかった。瞬きをすると宝珠の前に戻っていた。
――なんだったんだろう、あれは?
不思議に思いながらも終わったのだろうと宝珠から手を離す。
「トーア?」
「あ、うん。大丈夫」
宝珠に触れていた手を見ているとギルが心配そうに声を掛けてくる。小さく首を横に振って宝珠の前から離れた。続けてギルが宝珠に触れている間にトーアはパーソナルブックを捲り、スキルのページを開いた。そこには【贄喰みの宿主】というスキルが追加されており、『黒き棘の宿主にして共生者』と短い解説が書かれている。
顔を上げると宝珠の前から戻ってきたギルが不思議そうな顔で手をまじまじと見つめていた。
「どうしたの?」
「いや、多分、成長装具は手に入ったんだけど……その前にちょっと」
「もしかして変な空間に居た?」
驚いた顔をしたギルだったが、トーアも同じように別の空間に居たことを告げ、そこで何があったのか、新しいスキルを取得した事を話し、ギルは何と出会ったのか尋ねる。
「ぼろぼろになった騎士?かな。騎士がこっちに気が付くと『軍団旗を継ぐ者か?』って尋ねられて、自然と……“志を継ぐ者”って答えたんだ。結局、軍団旗は受け取ることになったんだけどね」
「うーん……スキルを確認してみたら?私は【贄喰みの宿主】っていうのが増えていたよ」
「……【銀腕の騎士】が追加されてる。確かにあの騎士は銀の甲冑を着ていたけど……」
「もう少し調べるっていうか、使ってみる必要があるかもね」
ホームドアの前でギルと別れたあと、【贄喰みの宿主】を発動して体から黒い棘が生えるという二度目の衝撃経験をして、【贄喰みの棘・紅】【贄喰みの棘・蒼】【贄喰みの殻・翠】を手にした。体から生えるときに痛みはなくその色合いからあの謎の空間で出会った艶のない黒い棘と同じもののように感じた。
スキルの説明を読む限りスキルの成長に必要な物は武具で、在庫をチェストゲートに余らせていたトーアはある程度残しながら喰わせることにした。
――あの棘が言っていた“贄”って武器とか防具の事だったのかな?まぁ……私は在庫整理ができていいけど。
いつも使う短剣を【贄食らい】によって形状を覚えさせていくつかの専用スキルを実際に使った結果、生産系プレイヤーが持つものとしては不釣合いだなと小さく息をついた。
成長装具が登場してから戦闘方法の変化からか武器や防具の新造依頼が多くなり、トーアは鼻歌交じりに楽しく生活を送っていた。
そこへ困った顔をしたレスティと行動を共にしているレイがトーアのホームドアにやってくる。
「どうしたんですか?」
「うん、まぁ、トーアに頼みたいことがあるんだ」
頬を掻くレスティを不思議に思いつつも成長装具関係の事かと思いながら、ホームドアの広間に通して話を聞くことにした。
トーアが用意した紅茶を飲んで一息ついたレイが先に口を開く。
「トーア、私もレスティも『成長装具』を手に入れることが出来たの」
「恐らくそうだと思いました。何か必要なんですか?」
「あ、私のほうはいいの。私のほうは戦い方を変える必要がないどころか強化してくれるようなものだったから」
そう言ってレイは両手に嵌められた十個のリングと、首に付けられたチョーカーを見せる。レイの成長装具の名前は【不形の十三指環】といい、吸収した金属を登録した形で出現させるというものらしかった。レイは魔法系アビリティ【土】の派生アビリティである【金】を主軸とし中距離で戦うため、レイに合った『成長装具』だとトーアは思った。
「トーアたちに作ってもらった『へクスディザイア』もそのまま使えるしね」
紅茶をコースターに置きレイはニッコリと笑う。レイの言った『へクスディザイア』はトーアがクアル、メリアと共に作成した武器の一つで少し変わったレイの注文で作成した身の丈ほどの大剣の名前である。
『へクスディザイア』は最低限の剣としての性能は保っているが大部分が杖と詠唱器しての役割を持って作成されており、レイも剣というよりも杖として運用していた。
レイの注文は『剣みたいな杖』というもので、近接系のプレイヤーと思わせておいて遠距離という戦い方をしたいという要望から生まれた武器である。
「でも、レスティのほうがね……」
トーアの出した茶菓子を口に運んでいたレスティは話を振られた事に気が付いて、口の中に残っていたお菓子を紅茶で流し込んだ。
「ん、私の成長装具は【不確定性因果律】っていうんだけどさ。その性能がねー……レイ姉さんみたく作ってもらった豪鎖神杖と合わなくて」
レスティの持つ『豪鎖神杖』もまた、レイの持つ『へクスディザイア』と同様、トーア、クアル、メリアの三人『気狂いかしまし』が作成した武器で、見た目は身の丈ほどの長さの杖だがCWOの杖に搭載される詠唱器は一切なく、刻まれた【刻印】は全て杖自体を強化するためのものだった。扱い方は棍のように扱って打つ、突く、払うという風に使用し、通常詠唱器がある部分は打撃具として使用する。これもレスティの『杖のような近接武器』という注文を形にしたものだった。
レイとレスティの戦闘スタイルは既に広まっているため、騙されるようなプレイヤーは少なくなっているがそれでも二人は対人戦では中堅の中でも上位に当たるほどの腕前である。
「合わない、ですか?」
レスティの言葉にトーアは小さく首を傾げた。【贄喰みの棘】はトーアのプレイスタイルを拡張するようなものだったが、ギルが手にした【機械仕掛けの腕】は十全に使用するため戦闘スタイルの変更と拡張を余儀なくされている。他にも『成長装具』に関係する依頼から使うためにプレイスタイルを変更する必要に迫られたプレイヤーも居た事を思い出し、トーアはどんなことが起こったのかと身構えた。
「トーア、そこまで身構えるほどのことじゃないわ。単純に『豪鎖神杖』と【不確定性因果律】が合わないだけよ」
「これが私の『成長装具』、【不確定性因果律】」
ポケットからレスティが取り出したのは銀の板のようなもので大きさは手の中に納まるほどだった。武器や防具どころか何かの道具にも見えなかった。
「特殊な部類の成長装具で、既存の武具に使う事で、形状や特性を変化させることができるんだ」
「豪鎖神杖では変化させにくいですか?」
「ああ、いやぁ……形状と特性の変化には素材が関係するみたいなのと、特に金属で作ってあるほうが変化の幅が広くなるみたいで……それで、新しい武器をトーアに作ってもらいたくて」
豪鎖神杖に使用した素材のことを思い出してみれば、植物や生物由来のものが多かった。レスティからの注文を確認するとオリハルコン、ミスリル、アダマンチウムの三種を一定の割合で混ぜた合金で本格的な棍を作成して欲しいとのことだった。
その三種の在庫はあるため、作成することについては問題はない。
「素材は用意してきたから、信用依頼でお願い」
「わかりました」
信用依頼とは材料を用意して生産者に生産のみを依頼するもので、結果については口を出さないというもの。生産者は腕前を見込まれて依頼を受けるため、信用にかけて全力で生産を行う。だが詐欺が横行している行為でもあるため、ある程度知り合いになったプレイヤーか、ある程度ゲーム内で名が知れたプレイヤーに依頼する場合が多い。トーアは常に全力で生産に当たっているため、他のプレイヤーからの信頼は得ていると思っている。
レスティから形状についての注文を聞いて、パーフェクトノートに書き込む。注文内容が決定し、トーアはパーフェクトノートを閉じた。
「ちょうど依頼もないですし、すぐに取り掛かりますね」
「うん、素材はこれね。出来たら連絡して」
必要な素材をレスティから受け取ると、レスティは立ち上がる。レイも続いて立ち上がるとお茶と茶菓子の礼を言ってトーアのホームドアを出て行った。
――棍、かぁ。ディーさんが使ってたの思い出すなぁ。
初めて会ったころのディーが使っていたのは棍だったことを思い出しながら、素材を手に作業室へ向かう。レスティが棒術を使うようになったのは、トーアと同じようにCWOの世界を右往左往した初心者時代にディーと出会い、護身のために棍の使い方を教わったとのことだった。その後、レスティは独学で棍を操るようになり、レイは魔法を使うようになったらしい。
鍛冶場で作業を進めたトーアは、三つの金属を使った長さ二メートル程の棒を作り上げる。色はほのかに橙色で断面は六角形を横長にしたもの、両端には石突の代わりに槍の穂先のように尖らせてあった。
その場で軽く振り、重心の偏りや乱れを確認する。
「んー……うん、いいね」
問題がない事を確認して、トーアはレスティに連絡する。すぐに取りにいくという返事があったので、茶菓子でも作ろうとトーアはキッチンへと向かった。